東京高等裁判所 平成4年(ネ)4946号 判決 1999年7月23日
三八一号事件控訴人、四九四六号事件被控訴人(一審原告) 笠間繁夫 ほか一六二名
四九四六号事件控訴人、三八一号事件被控訴人(一審被告) 国
代理人 大野重國 齋藤繁道 伊藤隆 竹田御眞木 中垣内健治 松本真 宮崎芳久 鶴巻勲 竹野清一 恒川浩二 ほか一七名
主文
一 一審原告ら(別紙承継一審原告目録記載の各一審原告ら及び一審原告福田一二を除く。)の米軍機の夜間飛行等の差止請求及び騒音到達の禁止請求に係る控訴を棄却する。
二 原判決主文第一項2を取り消す。
一審原告ら(別紙承継一審原告目録記載の各一審原告ら及び一審原告福田一二を除く。)の自衛隊機の夜間飛行等の差止請求及び騒音到達の禁止請求に係る訴えを却下する。
三 原判決主文第二項を次のとおり変更する。
1 一審原告ら(別紙承継一審原告目録記載の各一審原告ら及び一審原告福田一二を除く。)の平成一〇年一二月一八日以降に生ずべき損害の賠償請求に係る訴えを却下する。
2 一審被告は、別表一「損害賠償額一覧表」中の「氏名」欄記載の一審原告らに対し、それぞれ同一覧表中の一審原告に対応する「損害賠償額合計」欄記載の金員及び右金員のうち、「昭和五九年九月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する昭和五九年一〇月一日から、「平成三年一二月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する平成四年一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 2掲記の一審原告らの平成一〇年一二月一七日までに生じた損害(一審原告橋本彦惠、一審原告保田タミ、一審原告佐藤信子、一審原告菅原正弘、一審原告佐藤峰湖、一審原告吉田智、一審原告池田正志、一審原告室伏明、一審原告秋山ちゑ子、一審原告谷内枝、一審原告田中文枝、一審原告森田祥子、一審原告森田茂夫及び一審原告森田悦子については、被承継人死亡後の分を除く。)のその余の賠償請求、その余の一審原告らの平成一〇年一二月一七日までに生じた損害(一審原告遠藤フヂ子、一審原告中山レイ子、一審原告中山敦、一審原告荒井祐美及び一審原告中山哉については、被承継人死亡後の分を除く。)の賠償請求並びに一審原告ら(一審原告福田一二を除く。)の米軍機及び自衛隊機の夜間飛行等の差止請求及び騒音到達の禁止請求に関する弁護士費用に係る損害の賠償請求をいずれも棄却する。
四1 一審原告加藤光代は、一審被告に対し、四万八一〇一円及びこれに対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 一審被告の一審原告加藤光代に対するその余の民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てを棄却する。
五1 訴訟費用は、一審被告の一審原告加藤光代に対する民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てに関して生じた費用を除き、第一、二審を通じ、第三項2掲記の一審原告らと一審被告との間に生じたものは、これを四分し、その三を同一審原告らの負担とし、その余を一審被告の負担とし、その余の一審原告らと一審被告との間で生じたものはすべて同一審原告らの負担とする。
2 一審被告の一審原告加藤光代に対する民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てに関して生じた費用は、これを二〇分し、その一を同一審原告の負担とし、その余を一審被告の負担とする。
六 この判決は、第三項2及び第四項1に限り、仮に施行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 一審原告ら
1 原判決を次のとおり変更する。
(一) 一審被告は、自ら又はアメリカ合衆国軍隊をして、一審原告ら(別紙承継一審原告目録(原審)欄記載の各一審原告ら及び一審原告福田一二(番号一四五)を除く。)のために、
(1) 厚木海軍飛行場において、毎日午後八時から翌日午前八時までの間、一切の航空機を離着陸させてはならず、かつ、一切の航空機のエンジンを作動させてはならない。
(2) 厚木海軍飛行場の使用により、毎日午前八時から午後八時までの間、一審原告らの居住地に六五ホンを超える一切の航空機騒音を到達させてはならない。
(二) 一審被告は、一審原告らに対し、それぞれ別表二「請求額一覧表」中の一審原告に対応する「合計」欄記載の金員及び右金員のうち、「昭和五六年一〇月から昭和五九年九月までの損害」欄記載の金員に対する昭和五九年一〇月一日から、「昭和五九年一〇月から平成三年一二月までの損害」欄記載の金員に対する平成四年一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(三) 一審被告は、(一)掲記の一審原告らに対し、一審原告角田信成を除く一審原告らについては平成四年一月一日から、一審原告角田信成については平成六年一月一日から、右(一)、(1)の航空機の離着陸及びエンジンの作動の禁止並びに同(2)の航空機騒音の到達の禁止が実現されるまで、一か月につき各二万三〇〇〇円を当該月の末日ごとに支払え。
2 一審被告の控訴を棄却する。
3 一審被告の民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てを棄却する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。
5 仮執行の宣言
二 一審被告
1 原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消し、右部分に係る一審原告らの請求をいずれも棄却する。
2 一審原告らの控訴を棄却する。
3 別表三「原状回復等請求債権額一覧表」中の「氏名」欄記載の一審原告らは、一審被告に対し、それぞれ同一覧表中の一審原告に対応する「合計」欄記載の金員及び右金員に対する平成四年一二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。
5 3につき仮執行の宣言
6 仮執行の免脱の宣言
第二事案の概要
本件は、厚木海軍飛行場の周辺に居住し、又は居住していた一審原告らが一審被告に対し、自衛隊及びアメリカ合衆国軍隊の使用する各航空機の発する騒音等により身体的・精神的被害、生活妨害等の損害を被っていると主張して、(1) 人格権又は環境権に基づく妨害排除又は妨害予防の民事上の請求として、自衛隊機及び米軍機の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量の規制、(2) 「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法」(以下「民事特別法」という。)二条。国家賠償法二条に基づき、居住開始の日の属する月の翌月(居住開始の日が昭和三四年一二月三一日以前のときは昭和三五年一月)以降に生じた過去の損害及び差止め実現までの将来の損害の賠償を求めた事案である。
原審は、(1) 一審原告らの差止請求のうち、米軍機の差止請求に関する部分を却下し、自衛隊機の差止請求に関する部分を棄却し、(2) 損害賠償請求のうち、平成三年一二月一七日(原審の口頭弁論の終結の日の翌日)以降に生ずべき将来の損害の賠償請求に関する部分を却下し、右前日以前に生じた過去の損害の賠償請求に関する部分について、WECPNL八〇以上の地域に居住し又は居住していた一審原告らの請求の一部を認容し、その余の一審原告らの請求を棄却した。
一審原告らは、原審が、一審原告らの差止請求を却下し、あるいは棄却したこと、一審原告らの健康被害を認めず、WECPNL八〇未満の地域に居住し又は居住していた一審原告らについてその被害が受忍限度内であると判断したこと、WECPNL八〇以上の地域に居住し又は居住していた一審原告らについて認められた損害賠償の額が不当に低額であることなどを不服として控訴した。なお、原審は、過去の損害の賠償請求のうち、居住開始の日の属する月の翌月(又は昭和三五年一月)から昭和五六年一〇月までに生じた損害の賠償請求に関する部分については、消滅時効の完成を理由として一審原告らの請求を棄却したが、一審原告らは、この点の認定判断については不服を申し立てていない。
一審被告は、原審が、騒音や振動等の侵害行為及び被害の有無、程度、一審被告による住宅防音工事等の周辺対策についての事実認定を誤り、さらには、厚木海軍飛行場の公共性、環境基準等についての評価、判断を誤ったことなどにより、WECPNL八〇以上の地域に居住し又は居住していた一審原告らについてその被害が受忍限度を超え、厚木海軍飛行場の設置、管理に違法性があると判断したこと、一部の一審原告らについて危険への接近の理論を適用して免責又は損害賠償額の減額をしなかったことなどを不服として控訴し、また、民訴法二六〇条二項(旧民訴法一九八条二項)の判決を求める申立てをした。
第三当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり当審における主張を付け加えるほかは、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 承継関係
(一) 一審原告ら
(1) 橋本千惠子(番号四八)は平成五年二月二〇日に死亡して、夫橋本彦惠がその権利義務を承継し、(2) 佐藤正典(番号六二)は平成八年四月八日死亡して、妻佐藤信子、長男菅原正弘(先妻との間の子)及び長女佐藤峰湖が法定相続分に従いその権利義務を承継し、(3) 吉田富代(番号六七)は平成一〇年一〇月一二日死亡して、夫吉田智がその権利義務を承継し、(4) 池田松太郎(番号七〇)は平成五年一月七日死亡して、長男池田正志がその権利義務を承継し、(5) 室伏トメ(番号七三)は平成九年一月二二日死亡して、長男室伏明がその権利義務を承継し、(6) 秋山豊(番号一一四)は平成四年一二月一七日死亡して、妻秋山ちゑ子がその権利義務を承継し、(7) 谷内位(番号一二三)は平成六年九月二二日死亡して、妻谷内枝がその権利義務を承継し、(8) 森田武樂夫(番号一五二)は平成五年五月二九日死亡して、妻森田祥子、長男森田茂夫及び長女森田悦子が法定相続分に従いその権利義務を承継し、(9) 中山五福(番号一六〇)は平成三年一二月一〇日死亡して、妻中山レイ子、長男中山敦、長女荒井祐美及び二男中山哉が法定相続分に従いその権利義務を承継した。
(二) 一審被告
(1)、(4)、(6)、(8)及び(9)の各事実は認める。(2)、(3)、(5)及び(7)の各事実のうち、被承継人がそれぞれ一審原告ら主張の日に死亡したことは認めるが、その余は知らない。
2 民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てについて
(一) 一審被告
別表三「原状回復等請求債権額一覧表」の「氏名」欄に記載された一審原告らは、平成四年一二月二一日、横浜地方裁判所執行官に仮執行の宣言を付した原判決に基づく強制執行を申し立て、同日、同一覧表の「認容額」欄、「遅延損害金」欄及び「執行費用」欄記載の各金員の交付を受けた。
よって、本案判決を変更する場合において、一審被告は、右一審原告らに対し、民訴法二六〇条二項に基づき、右仮執行の宣言に基づき給付した同一覧表の「小計」欄記載の金員及び仮執行により受けた損害である同一覧表の「執行費用」欄記載の金員並びに右各金員に対する強制執行の日の翌日である平成四年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 一審原告ら
一審被告の主張事実は認める。
3 当審における当事者双方の主張の詳細は、一審原告らについては、「最終準備書面」及び「最終準備書面別冊(引用図表)」に記載のとおりであり、一審被告については、「最終準備書面」及び「最終準備書面引用図表」に記載のとおりである(以下、それぞれの最終準備書面の別冊引用図表については、「一審原告ら引用図表」、「一審被告引用図表」という。)。
理由
第一当事者及び厚木基地の概要・管理関係等
一 当事者
当事者間に争いのない事実に、<証拠略>を総合すれば、次の事実が認められる。
1(一) 一審原告ら(被承継人を含む。)は、厚木基地に近接する綾瀬市、大和市、相模原市、座間市、海老名市及び藤沢市等の区域内に居住し、あるいは過去に居住していた周辺地域住民であり、その居住地は、別表四の「一審原告らの住所・転入時期等一覧表」記載のとおりである。
なお、一審原告角田信成(番号一〇一)は、住民票上、昭和六〇年一〇月六日に大和市上草柳七丁目一〇番二四号ライオンズマンション鶴間第二の一〇三号に転居したことになっているが、右マンションには同一審原告の姉が居住し、同一審原告は実家である大和市西鶴間三丁目六番七号にそのまま居住していたものである。
また、一審原告水野和秋(番号二一)は、住民票上、平成八年八月一六日に岩手県和賀郡東和町安俵四区一一〇番地一四に転居したことになっているが、妻の郷里に購入した土地に建物を建築する際、住宅金融公庫からの融資を受けるために同所の住民票が必要であったので住民票上の住所を移転しただけであって、同一審原告は従前の座間市南栗原三丁目二番三―五一一号ファミネスさがみ野にそのまま居住していたものである。
(二) 原審口頭弁論の終結の日の後、(1) 橋本千惠子(番号四八)が平成五年二月二〇日死亡して、夫橋本彦惠がその権利義務を承継し、(2) 佐藤正典(番号六二)が平成八年四月八日死亡して、妻佐藤信子、長男菅原正弘、及び長女佐藤峰湖が法定相続分に従いその権利義務を承継し、(3) 吉田富代(番号六七)が平成一〇年一〇月一二日死亡して、夫吉田智がその権利義務を承継し、(4) 池田松太郎(番号七〇)が平成五年一月七日死亡して、長男池田正志がその権利義務を承継し、(5) 室伏トメ(番号七三)が平成九年一月二二日死亡して、長男室伏明がその権利義務を承継し、(6) 秋山豊(番号一一四)が平成四年一二月一七日死亡して、妻秋山ちゑ子がその権利義務を承継し、(7) 谷内位(番号一二三)が平成六年九月二二日死亡して、妻谷内枝がその権利義務を承継し、(8) 森田武樂夫(番号一五二)が平成五年五月二九日死亡して、妻森田祥子、長男森田茂夫及び長女森田悦子が法定相続分に従いその権利義務を承継し、(9) 中山五福(番号一六〇)が平成三年一二月一〇日(原審口頭弁論の終結の直前であるが、(1)ないし(8)の者と同視してよい。)死亡して、妻中山レイ子、長男中山敦、長女荒井祐美及び二男中山哉が法定相続分に従いその権利義務を承継した。
2 一審被告は、安保条約及び地位協定に基づき、アメリカ合衆国に厚木基地を提供して米軍にその使用を許すとともに、その一部である飛行場区域に海上自衛隊厚木飛行場を設置して自らこれを管理、使用している。
二 厚木基地の概要、設置・管理の経緯及び法律関係等
次のとおり付加、訂正するほかは、原判決一八二頁七行目から一九五頁七行目までを引用する。
1 原判決一八二頁八行目の「三、四、一三」の次に、「<証拠略>」を付け加える。
2 原判決一八三頁三行目から四行目に「その面積は、約五一一万三六三三平方メートルである。」とあるのを、「その面積は、平成一〇年四月一日現在で約五〇六万九一一八平方メートルである。」と改める。
3 原判決一八八頁九行目の「a」の次に、「(同項bにより、アメリカ合衆国が行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は、両政府がaの規定に従って合意した施設及び区域とみなされた。)」を付け加える。
4 原判決一八九頁三行目から一九一頁末行までを、次のとおり改める。
「(1) 厚木基地は、昭和二七年四月以降、その全域が米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供されて、米軍がこれを排他的に管理、使用してきたが、昭和四六年六月三〇日、我が国とアメリカ合衆国の基地使用に係る政府間協定が締結され、その結果、その一部について我が国の海上自衛隊との共同使用及び使用転換が決定され、同年七月一日から実施された。
厚木基地には、昭和四六年七月一日当時、本判決添付の「厚木飛行場管理区分図」の<1>ないし<9>の部分が含まれていたが、右部分が昭和四六年から平成六年までの間に順次我が国に返還されたので、右協定による現在の厚木基地の使用関係は次のとおりとなっている。すなわち、厚木基地は、同図面の青枠部分の区域からなるところ、(ア) 同図面の緑斜線部分は、地位協定二条四項aに基づき米軍と海上自衛隊との共同使用部分とされ、(イ) 同図面の赤斜線部分(滑走路を含む本件飛行場の主体部分で、原判決及び本判決において、「飛行場区域」あるいは「海上自衛隊厚木飛行場」と呼んでいる部分である。)は、我が国に使用転換されて海上自衛隊の管轄管理する施設となったが、同時に地位協定二条一項に基づき同条四項bの規定の適用のある施設及び区域として一時使用を認める形式で米軍に対し引き続き使用が認められて、米軍と海上自衛隊とが共同して使用し、(ウ) その他の部分は、地位協定二条一項に基づき米軍に対し引き続き提供され、米軍が専用している。」
第二本件訴えの適法性について
一 差止請求に係る訴えの適法性等
本件における差止請求は人格権等に基づくものであるところ、人格権等並びにこれに基づく妨害排除及び妨害予防請求権は、いずれも帰属上の一身専属権であり、既に死亡した者の差止請求権は、その死亡によって消滅し、訴訟承継人に承継される余地もないから、原審及び当審において訴訟承継をした一審原告らの訴えのうち差止めを求める部分については、被承継人の死亡により当然に訴訟が終了しているというべきである(原審において訴訟承継した一審原告らについては、差止めを求める部分について控訴を提起していない。)。
そこで、その余の一審原告らについて検討する。
1 自衛隊機に関する差止請求について
当裁判所は、自衛隊機に関する差止請求に係る訴えは不適法であると判断するが、その理由は、次のとおりである。
(一) 自衛隊法三条は、自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる旨を定め、同法第六章は、自衛隊の行動として、防衛出動(七六条)、命令による治安出動(七八条)、要請による治安出動(八一条)、海上における警備行動(八二条)、災害派遣(八三条)、領空侵犯に対する措置(八四条)等の各種の行動を規定している(なお、右の行動に必要な情報の収集、隊員の教育訓練も自衛隊の行動に含まれる。防衛庁設置法五条四号、八号参照)。自衛隊機の運航は、右のような自衛隊の任務、特にその主たる任務である国の防衛を確実、かつ、効果的に遂行するため、防衛政策全般にわたる判断の下に行われるものである。そして、防衛庁長官は、内閣総理大臣の指揮監督を受け、自衛隊の隊務を統括する権限を有し(自衛隊法八条)、この権限には、自衛隊機の運航を統括する権限も含まれる。防衛庁長官は、「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和三六年一月一二日防衛庁訓令第二号)を発し、自衛隊機の具体的な運航の権限を右訓令二条七号に規定する航空機使用者に与えるとともに、右訓令三条において、航空機使用者が所属の航空機を使用することができる場合を定めている。
一方、右のような自衛隊の任務を遂行するため、自衛隊機に関しては、一般の航空機と異なる特殊の性能、運航及び利用の態様等が要求される。そのため、自衛隊機の運航については、自衛隊法一〇七条一項、四項の規定により、航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用が大幅に除外され、同条五項の規定により、防衛庁長官は、自衛隊が使用する航空機の安全性及び運航に関する基準、その航空機に乗り組んで運航に従事する者の技能に関する基準並びに自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準を定め、その他航空機による災害を防止し、公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならないものとされている。このことは、自衛隊機の運航の特殊性に応じて、その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るための規制を行う権限が、防衛庁長官に与えられていることを示すものである。
(二) 以上のように、防衛庁長官は、自衛隊に課せられた我が国の防衛等の任務の遂行のため自衛隊機の運航を統括し、その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るため必要な規制を行う権限を有するものとされているのであって、自衛隊機の運航は、このような防衛庁長官の権限の下において行われるものである。そして、自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音等の発生を伴うものであり、防衛庁長官は、右騒音等による周辺住民への影響にも配慮して自衛隊機の運航を規制し、統括すべきものである。しかし、自衛隊機の運航に伴う騒音等の影響は飛行場周辺に広く及ぶことが不可避であるから、自衛隊機の運航に関する防衛庁長官の権限の行使は、その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務づけるものといわなければならない。そうすると、右権限の行使は、右騒音等により影響を受ける周辺住民との関係において、公権力の行使に当たる行為というべきである。
(三) 一審原告らの自衛隊機に関する差止請求は、一審被告に対し、自衛隊機の一定の時間帯(毎日午後八時から翌日午前八時まで)における離着陸等の差止め及びその余の時間帯(毎日午前八時から午後八時まで)における音量の規制を民事上の請求として求めるものである。しかしながら、右に説示したところに照らせば、このような請求は、必然的に防衛庁長官にゆだねられた前記のような自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することになるものといわなければならないから、行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして、民事上の請求としての右差止請求は不適法というべきである。
(四) 一審原告らは、本件において、国民の権利義務を変動させるような処分行為はそもそも存在しないし、自衛隊機の運航は周辺住民との関係では全くの事実行為であるから、民事上の請求として自衛隊機に関する差止請求をすることは許される、などと主張するが、一審原告らの右主張は、右判示したところと異なる見解に立つものであるから、これを採用することはできない。
2 米軍機に関する差止請求について
(一) 一審原告らの米軍機に関する差止請求は、米軍機の運航等に伴う騒音等による被害を主張して人格権、環境権に基づき米軍機の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量の規制を請求するものであるが、右請求は、後述するように、米軍機の運航等を規制し、制限することのできる立場にない一審被告に対し、その支配の及ばない第三者の行為の差止めを求めるものであって、主張自体失当というべきものである。したがって、裁判所が右差止請求の当否を判断することが安保条約及び地位協定に何ら影響を及ぼすものではないし、また、その内容に踏み込んで判断する必要もないのであるから、統治行為ないし政治問題に該当するということはできない。
また、一審原告らの米軍機に関する差止請求は、一審被告に対し第三者(米軍)の行為の差止めを求めるというにとどまり、米国政府との交渉を義務づけたり、米国政府との外交交渉をすべきことを求めたりすることを内容とするものではないから、行政上の義務づけ訴訟ないし行政上の給付訴訟に該当するということもできない。
さらに、一審原告らの請求の趣旨は、前記第一のとおりであって、一審被告に対して給付を求めるものであることが明らかであり、また、このような抽象的不作為命令を求める訴えも、請求の特定に欠けるものということはできない(最高裁昭和六三年(オ)第三九五号平成五年二月二五日第一小法廷判決・裁判集民事一六七号下三五九頁参照)。
したがって、米軍機に関する差止請求に係る訴えは不適法ということはできない。
(二) そこで、さらに進んで、米軍機に関する差止請求の当否について、便宜ここで判断することとする。
(1) 一審原告らは、米軍機の運航等に伴う騒音等による被害を主張して人格権、環境権に基づき米軍機の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量の規制を請求するものであるところ、一審原告らの主張する右の被害を直接に生じさせている者が一審被告ではなく米軍であることは一審原告らの主張自体から明らかであるから、一審被告に対して右のような差止めを請求することができるためには、一審被告が米軍機の運航等を規制し、制限することのできる立場にあることを要するものというべきである。
これを本件についてみると、前記第一で確定したとおり、厚木基地は、本判決添付の「厚木飛行場管理区分図」の青枠部分の区域からなり、我が国とアメリカ合衆国との間で締結された政府間協定により、現在、(ア) 同図面の緑斜線部分は、地位協定二条四項aに基づき米軍と我が国の海上自衛隊の共同使用部分とされ、(イ) 同図面の赤斜線部分は、海上自衛隊の管轄管理する施設となったが、同項bの規定の適用のある施設及び区域として米軍に対し引き続き使用が認められ、(ウ) その他の部分は、引き続き米軍が航空機を保管し整備等を行うため専用している、というのである。このように、厚木基地に係る一審被告と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから、一審被告は、条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り、米軍の厚木基地の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得るものではないところ、関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうすると、一審原告らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、一審被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、本件米軍機に関する差止請求は、その余の点について判断するまでもなく、主張自体失当として棄却を免れない。
(2) 一審原告らは、米軍機に関する差止請求は、一審被告に対しその管理する施設の提供の制限を求めるものであるところ、厚木基地の飛行場部分(本判決添付の「厚木飛行場管理区分図」の赤斜線部分)は、地位協定二条四項bの規定の適用のある施設及び区域として米軍に使用が認められたのであり、米軍による使用は、「日本国政府は、…施設及び区域への出入りの便を図るため、合衆国軍隊の要請があったときは、合同委員会を通ずる両政府間の協議の上で、それらの施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地、領水及び空間において、関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする。」との地位協定三条一項の規定によるものであって、「出入りの都度使用を認める」という類型の一時使用であり、一審被告は、条約ないしこれに基づく合意によって定まる義務の範囲外であれば、その施設管理権を制約されないから、右差止請求は認められるべきであると主張する。
しかしながら、一審原告らの米軍機に関する差止請求は、米軍機の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量の規制を求めるものであって、一審被告の管理する厚木基地の提供の制限を求めるものと解することはできないから、一審原告らの右主張は、異なる前提に基づくものであるか、又は独自の見解に立つものであるといわざるを得ない。したがって、一審原告らの右主張は、採用することができない。
二 損害賠償請求に係る訴えの適法性
1 統治行為ないし政治問題について
一審被告は、一審原告らの損害賠償請求の当否を判断するためには、その前提として、厚木基地を自衛隊ないし米軍が使用することの適否、配備機種や運航方法の適否、さらには我が国の防衛体制や極東における米軍の配置の適否、条約の効力等について判断することが不可欠であって、これらの事項は、いずれも国家統治の基本にかかわる高度な政治性のある事項であり、統治行為ないし政治問題として裁判所が判断することは許されないと主張する。
ところで、一審被告による厚木基地の使用及び供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかについては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に判断すべきものであるから、右判断に当たっては、厚木基地の使用及び供用の公共性ないし公益上の必要性についても検討することになる。しかしながら、右にいう公共性ないし公益上の必要性とは、ある程度抽象的類型的に考慮すれば足りるというべきであって、一審被告の主張するように、厚木基地を自衛隊ないし米軍が使用することの適否、配備機種や運航方法の適否、さらには我が国の防衛体制や極東における米軍の配置の適否、条約の効力等についてまで具体的に判断しなければならないものとは考えられない。
したがって、一審被告の右主張は採用することができない。
2 将来の損害の賠償請求について
一審原告らの損害賠償請求のうち、将来の損害(当審の口頭弁論の終結の日の翌日である平成一〇年一二月一八日以降に生ずべき損害)の賠償請求に係る訴えは不適法であると判断するが、その理由は後に述べるとおりである。
第三侵害行為
次のとおり、付加、訂正、削除するほかは、原判決二三三頁二行目から三〇八頁一〇行目までを引用する。
1 原判決二三五頁八行目と九行目の間に、次のとおり付け加える。
「その後平成一〇年に空母がインディペンデンスからキティホークに交代した。」
2 原判決二三九頁四行目の「<証拠略>」の次に、「<略>」を付け加え、五行目の「<証拠略>」の次に、「<略>」を付け加える。
3 原判決二四二頁九行目の「計量法」を「平成四年法律第五一号による改正前の計量法(昭和二六年法律第二〇七号)」と改める。
4 原判決二四四頁三行目から二五五頁四行目までを、次のとおり改める。
「(2) 厚木基地北側の騒音状況
昭和三五年以降の各地点における騒音測定データの主なものは、原判決添付の原告ら引用図表及び本判決添付の一審原告ら引用図表にまとめられているとおりである。
厚木基地の北側について主要なデータを抽出すると、原判決別表四1ないし9(昭和三五年から平成三年まで)及び本判決別表五1ないし10(昭和五六年から平成一〇年まで)の該当欄(野沢宅、吉見宅、林間小学校)のとおりである。
ア 最高音は、すべて一〇〇ホンを超えており、そのほとんどが一一〇ホン以上である。
野沢宅(北端北一)においては、常に一二〇ホン前後の騒音が記録されており、昭和四五年には一三五ホンの記録がある。吉見宅(北端北二)においては、昭和六〇年に一一四ホン、平成一〇年に一一二ホンが記録されたほかは一一六ホン以上の騒音が記録されており、平成四年には一二三ホンの記録がある。林間小学校(北端北三)においては、常に一一〇ホンを超える騒音が記録されている。
イ 七〇ホン以上の騒音の一日最高測定回数は、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和五六年前後から従前に比べて大きな値を示すようになり、昭和六〇年代に入ってからは更に測定回数が増加している。
野沢宅(北端北一)においては、昭和五七年に三〇〇回を超えて、昭和六〇年以降は四〇〇回台ないし六〇〇回台の数値が測定されるようになり、著しい増加がみられる(ただし、平成六年には三九二回、平成八年には二七〇回、平成九年には三六八回が測定されている。)。吉見宅(北端北二)においては、昭和五七年に前年の一一七回から二〇八回に増加し、以後平成九年までは二〇〇回前後から三六三回の間で推移している。林間小学校(北端北三)においては、昭和五七年に一〇四回を記録してから常に一〇〇回を超える回数が測定されており、平成八年には四一三回が測定されている。
ウ 七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数についても、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和五〇年代後半から測定回数が漸増する傾向にある。なお、昭和四三年から四五年ころにも比較的高い値(六〇回台)が測定されている。
野沢宅(北端北一)においては、昭和五九年から平成五年までの間が九〇回台ないし一〇〇回台を推移し、平成六年から平成一〇年までの間が七〇回台ないし八〇回台を推移している。吉見宅(北端北二)においては、昭和五八年に四〇回を超え、特に平成元年から平成九年までの間は五〇回台ないし七〇回台を推移した。林間小学校(北端北三)においては、昭和五八年から三〇回前後を推移していたが、平成元年から平成一〇年までの間は三四・八回から四八・一回の間を推移している。
エ 記録された七〇ホン以上の騒音回数のうち、八〇ホン以上の騒音が占める割合(以下「八〇ホン以上の騒音が占める割合」という。)は、各測定地点でそれほど目立った変動はなく、野沢宅(北端北一)、吉見宅(北端北二)においては、七〇パーセント前後ないし八五パーセント前後の数値、林間小学校(北端北三)においても、ほとんどが七〇パーセント前後ないし八〇パーセント前後の数値を示している。
オ 七〇ホン以上の騒音の最高持続時間及び平均持続時間は、昭和五〇年代後半から増加傾向がみられる。ただし、平均持続時間は、各測定地点とも平成二年に最高値を記録したあとは、漸減する傾向にある。
カ 深夜早朝(二二時から翌六時まで。以下同じ。)の最高音は、いずれも一〇〇ホンを超えていて、野沢宅(北端北一)においては一〇六ホンから一二一ホンまでの間、吉見宅(北端北二)においては一〇四ホンから一一四ホンまでの間、林間小学校(北端北三)においては一〇三ホンから一一四ホンまでの間をそれぞれ推移している。
深夜早朝の最高測定回数は、数値にばらつきがみられ、野沢宅(北端北一)においては四回から四九回までの間、吉見宅(北端北二)においては二回から三二回までの間、林間小学校(北端北三)においては五回から六八回までの間をそれぞれ推移している。
深夜早朝の平均測定回数は、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和五〇年代後半から測定回数が漸増している。野沢宅(北端北一)においては、〇・三回から一・五回の間を推移していて、昭和六一年から平成三年までの間は一・〇回を超えている。吉見宅(北端北二)においては、〇・二回から〇・九回までの間を推移していて、昭和五七年から平成七年までの間は〇・五回を超えている。林間小学校(北端北三)においては、〇・二回から一・〇回までの間を推移していて、昭和五八年から〇・五回を超えており、その中でも平成元年から平成三年までの間、平成六年、平成七年が比較的多い。
キ 日曜日の最高音は、いずれも一〇〇ホンを超えていて、野沢宅(北端北一)においては一一一ホンから一一七ホンまでの間、吉見宅(北端北二)においては一〇四ホンから一一七ホンまでの間、林間小学校(北端北三)においては一〇二ホンから一一六ホンまでの間をそれぞれ推移している。
日曜日の最高測定回数は、数値にばらつきがみられ、野沢宅(北端北一)においては三四回から一四七回までの間、吉見宅(北端北二)においては二八回から一〇七回までの間、林間小学校(北端北三)においては一八回から四一三回までの間をそれぞれ推移している。
日曜日の平均測定回数は、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和六〇年代前半から測定回数が漸増している。野沢宅(北端北一)においては、昭和六二年から二〇回を超える回数が記録され、吉見宅(北端北二)においては、平成元年から一〇回を超える回数が記録され(なお、昭和五七年、五八年にも一〇回を超える回数が記録されている。)、林間小学校(北端北三)においても、平成元年から一〇回を超える回数が記録されている(ただし、平成四年、五年にはそれぞれ九・五回、九・七回が記録されている。)。
(3) 厚木基地南側の騒音状況
北側と同様に、騒音測定結果から主なデータを抽出すると、原判決別表五1ないし9(昭和三五年から平成三年まで)及び本判決別表五1ないし10(昭和五六年から平成一〇年まで)の該当欄(月生田宅、森山宅、富士見台小学校)のとおりである。
ア 最高音は、森山宅(南端南南西二)で昭和五四年に記録された九九ホンを除き、すべて一〇〇ホンを超えており、そのほとんどが一一〇ホン以上である。
月生田宅(南端南南東〇・八)においては、昭和五七年及び平成一〇年に一〇九ホンを記録したほかは一一〇ホンを超える騒音が記録されており、昭和五〇年には一二九ホンの記録がある。森山宅(南端南南西二)においては、昭和五五年から一一〇ホンを超える騒音が記録されており、平成元年には一二〇ホンの記録がある。富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、常に一〇〇ホンを超える騒音が記録されており、昭和四九年には一二六ホンが記録されている。
イ 七〇ホン以上の騒音の一日最高測定回数は、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和五六年前後から従前に比べて大きな値を示すようになり、昭和六〇年代に入ってからは更に測定回数が増加している。
月生田宅(南端南南東〇・八)においては、昭和五八年から常に二〇〇回を超えるようになり、昭和六〇年から平成五年までの間及び平成一〇年には三〇〇回を超える回数が記録されている。森山宅(南端南南西二)においては、昭和五六年に二〇〇回を超えるようになり、昭和五七年から平成五年までの間は昭和六三年を除き三〇〇回を超える回数が記録されている。富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、昭和五八年に一〇〇回を記録してから平成六年、七年を除き一〇〇回を超える回数が測定されており、平成二年には三三五回が測定されている。
ウ 七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数についても、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和五〇年代後半から測定回数が漸増する傾向にある。
月生田宅(南端南南東〇・八)においては、昭和五九年から平均六年、七年を除いて五〇回を超える回数が記録されていて、昭和六二年から平成三年までの間は八〇回以上の回数が記録されている。森山宅(南端南南西二)においては、昭和五七年から平成八年まで平成六年を除き六〇回を超える回数が測定されている。富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、昭和五七年から一五回を超える回数が測定されていて、昭和六一年以降は昭和六三年を除き二〇回以上の回数が測定されている。
エ 八〇ホン以上の騒音が占める割合は、各測定地点でばらつきがあり、月生田宅(南端南南東〇・八)においては、二〇パーセント台ないし八〇パーセント台の数値、森山宅(南端南南西二)においては、四〇パーセント前後ないし五〇パーセント台の数値、富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、ほとんどが三〇パーセント台ないし五〇パーセント台の数値を示している。
オ 七〇ホン以上の騒音の最高持続時間は、年度によるばらつきが大きいが、昭和五〇年代後半から増加したということができる。
七〇ホン以上の騒音の平均持続時間も、昭和五〇年代後半から増加している。月生田宅(南端南南東〇・八)においては、昭和五七年から平成九年までの間一〇分を超える時間が記録されていて、その中でも昭和六一年から平成五年までの間が二〇分前後の高い値を示している。森山宅(南端南南西二)においては、昭和五五年から平成九年までの間一〇分を超える時間が記録されていて、その中でも平成二年及び平成五年には二〇分を超える高い値を示している。富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、昭和五五年から五分を超える時間が記録されている。
カ 深夜早朝の最高音は、北側に比べて若干低い。月生田宅(南端南南東〇・八)においては、九四ホンないし一二五ホンまでが記録されているが、昭和四〇年代後半において最近よりも高い数値が記録されている。森山宅(南端南南西二)においては、九四ホンないし一一三ホンまでが記録され、富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、八九ホンから一一九ホンまでが記録されている。
深夜早朝の最高測定回数は、数値にかなりのばらつきがみられ、月生田宅(南端南南東〇・八)においては五回から四四回までの間、森山宅(南端南南西二)においては五回から八六回までの間、富士見台小学校(南端南南東三・九)においては二回から三一回までの間をそれぞれ推移している。
深夜早朝の平均測定回数は、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和六〇年ころから平成五年ころまでの間に比較的高い値を示している。月生田宅(南端南南東〇・八)においては、〇・三回から一・六回の間を推移しているが、昭和六〇年から平成二年までの間は〇・九回を超えている。森山宅(南端南南西二)においては、〇・四回から一・三回までの間を推移しているが、昭和六一年から平成五年までの間は平成四年を除き〇・九回を超えている。富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、〇・〇二回から一・三回までの間を推移しているが、昭和六一年からは平成五年までの間は昭和六三年を除き〇・五回を超えている。
キ 日曜日の最高音は、富士見台小学校(南端南南東三・九)で昭和六一年、六二年に九九ホン、平成一〇年に九七ホンが記録されたのを除き、すべて一〇〇ホンを超えていて、月生田宅(南端南南東〇・八)においては一〇二ホンから一一四ホンまでの間、森山宅(南端南南西二)においては一〇六ホンから一一三ホンまでの間、富士見台小学校(南端南南東三・九)においては九七ホンから一一〇ホンまでの間をそれぞれ推移している。
日曜日の最高測定回数は、数値にばらつきがみられ、月生田宅(南端南南東〇・八)においては二六回から二一八回までの間、森山宅(南端南南西二)においては二九回から一六〇回までの間、富士見台小学校(南端南南東三・九)においては一三回から一三五回までの間をそれぞれ推移している。
日曜日の平均測定回数は、測定地点によってばらつきがみられ、月生田宅(南端南南東〇・八)においては、昭和六一年から平成三年までの間に二〇回前後の比較的多い回数が記録され(なお、平成一〇年にも二八・二回を記録している。)、森山宅(南端南南西二)においては、昭和五六年から一〇回を超える回数が記録されていて、平成二年からは平成四年の一九・一回を除いて一三回前後から一四回前後までの回数が記録され、富士見台小学校(南端南南東三・九)においては、平成二年から平成五年までの間八回を超える回数が記録されている。
(4) 厚木基地西側の騒音状況
西側について、騒音測定結果から主なデータを抽出すると、原判決別表五1ないし9(昭和三五年から平成三年まで)及び本判決別表五1ないし10(昭和五六年から平成一〇年まで)の該当欄(綾西小学校、柏ヶ谷小学校、ひばりが丘小学校)のとおりである。
ア 最高音は、すべて一〇〇ホンを超えており、一〇五ホンないし一一五ホンの範囲の音が大部分を占めている。綾瀬小学校(南端西一・五)においては、昭和四九年に一二八ホンが記録されている。
綾西小学校(南端西南西三・二)においては、常に一〇五ホンを超える騒音が記録されており、平成八年には一一二ホンの記録がある。柏ヶ谷小学校(北端西三)においては、常に一〇四ホン以上の騒音が記録されており、昭和五六年には一一七ホンの記録がある。ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、常に一〇八ホン以上の騒音が記録されており、そのほとんどが一一〇ホン以上の騒音である。
イ 七〇ホン以上の騒音の一日最高測定回数は、昭和五五年以降、一〇〇回台ないし四〇〇回台まで記録されているが、二〇〇回台の記録が多い。
綾西小学校(南端西南西三・二)においては、平成二年に四九八回が記録されたほか、昭和六二年から平成二年までの間に三〇〇回を超える回数が記録されている。柏ヶ谷小学校(北端西三)においては、昭和六二年に四〇二回が記録されたほか、平成二年から平成五年までの間及び平成一〇年に三〇〇回を超える回数が記録されている。ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、昭和六二年に三二〇回が記録されたほか、昭和五七年から平成五年までの間昭和五九年を除いて二〇〇回を超える回数が記録されている。
ウ 七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数は、綾西小学校(南端西南西三・二)においては、昭和五九年から平成三年までの間は四〇回台ないし七〇回台まで測定されたが、平成四年以降は三〇回台の回数が記録されている(なお、平成六年は二九・二回が記録されている。)。柏ヶ谷小学校(北端西三)においては、昭和五九年以降四〇回台ないし七〇回台まで測定されている。ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、昭和五七年から昭和五九年までの間に五〇回台が続き、その後四〇回台ないし三〇回台となり、さらに平成六年以降は二〇回台が記録されている。
エ 八〇ホン以上の騒音が占める割合は、測定地点及び年度によってばらつきがある。
綾瀬小学校(南端西一・五)においては、昭和四四年から昭和四八年の間及び昭和五二年に五七パーセントないし六八パーセント、柏ヶ谷小学校(北端西三)においては、昭和四七年から昭和五二年の間に五三パーセントないし七九パーセント、東中学校においては、昭和五一年ないし昭和五三年に四一パーセントないし四五パーセント、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、昭和六二年から平成五年までの間及び平成八年ないし平成一〇年の間に四〇パーセントないし五二パーセントがそれぞれ記録されているが、これ以外の時期については三〇パーセント台以下である。綾西小学校(南端西南西三・二)においては、昭和五六年以降二〇パーセント台以下であり、それも漸減する傾向がみられる。
オ 七〇ホン以上の騒音の最高持続時間及び平均持続時間は、昭和五七年あるいは五八年以降に大きな値が示されているが(なお、綾瀬小学校(南端西一・五)における平均持続時間は、昭和四〇年代後半においても比較的大きな値を示している。)、平成六年ないし平成八年までの間は比較的小さい値となっている。
カ 深夜早朝の最高音は、南側よりもやや低めであり、九〇ホン台が目立つ。綾西小学校(南端西南西三・二)においては八七ホンないし一〇八ホン、柏ヶ谷小学校(北端西三)においては八五ホンないし一〇一ホン、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては八九ホンから一〇五ホンまでが記録されている。
深夜早朝の最高測定回数は、数値にかなりのばらつきがみられ、綾西小学校(南端西南西三・二)においては五回から四九回までの間、柏ヶ谷小学校(北端西三)においては三回から一四九回までの間、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては五回から六二回までの間をそれぞれ推移している。
深夜早朝の平均測定回数は、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和六三年ころから平成四年ころまでの間に比較的高い値を示している。綾西小学校(南端西南西三・二)においては、〇・一回から二・四回の間を推移しているが、昭和六三年から平成二年までの間が一・一回を超えている。柏ヶ谷小学校(北端西三)においては、〇・一回から一・五回までの間を推移しているが、平成元年から平成四年までの間は一・〇回以上である。ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、〇・二回から一・四回までの間を推移しているが、昭和六三年から平成三年までの間は一・〇回以上である。
キ 日曜日の最高音は、各測定地点で数回九〇ホン台が記録されているが、ほとんどは一〇〇ホン以上であり、綾西小学校(南端西南西三・二)においては九六ホンから一〇九ホンまで、柏ヶ谷小学校(北端西三)においては九三ホンから一一〇ホンまで、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては九六ホンから一一四ホンまでをそれぞれ推移している。
日曜日の最高測定回数は、数値にばらつきがみられ、綾西小学校(南端西南西三・二)においては八回から四四五回までの間、柏ヶ谷小学校(北端西三)においては一二回から一八二回までの間、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては三六回から一五四回までの間をそれぞれ推移している。
日曜日の平均測定回数は、測定地点によってばらつきがみられ、綾西小学校(南端西南西三・二)においては、昭和六一年から平成三年までの間一〇回を超える比較的多い回数が記録され(なお、平成一〇年にも一四・五回を記録している。)、柏ヶ谷小学校(北端西三)においては、平成元年以降は平成六年に八・九回、平成八年に九・八回を記録したほかは一〇回を超える回数が記録され、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、昭和五六年から平成四年までの間に昭和六三年に八・七回を記録したほかは一〇回を超える回数が記録されている(なお、平成一〇年にも一一・一回を記録している。)。
(5) 厚木基地東側の騒音状況
東側については、大部分が尾崎宅(中央東〇・八)のデータであるが、その主なものを抽出すると、原判決別表五1ないし9(昭和三五年から平成三年まで)及び本判決別表五1ないし10(昭和五六年から平成一〇年まで)の該当欄(尾崎宅)のとおりである。
ア 最高音は、すべて一〇〇ホンを超えており、昭和四四年から昭和五〇年までの間は、昭和四九年に一二八ホンを記録したほか、いずれも一一〇ホン台である。昭和五一年以降は、一〇三ホンないし一一五ホンの騒音を記録している。
イ 七〇ホン以上の騒音の最高測定回数は、昭和五五年に一〇〇回台になってから増加傾向を示し、昭和六三年以降は二〇〇回台以上を記録している。また、平成一〇年には五一五回を記録している。
ウ 七〇ホン以上の騒音の平均測定回数は、昭和四四年、四五年に七〇回台であったが、その後減少し始め、昭和五五年前後から再び増加傾向を示し、昭和六二年から平成三年までの間及び平成一〇年には六〇回台ないし八〇回台の数値を記録している(なお、平成一〇年には一一六・二回が記録されている。)。
エ 八〇ホン以上の騒音が占める割合は、昭和五〇年から昭和五二年及び昭和五七年から昭和六一年までの間に、六〇パーセント台ないし七〇パーセント台を記録している。昭和六三年には八六・六パーセントを記録したが、平成になってからの数値はそれほど高くない。
オ 七〇ホン以上の騒音の最高持続時間及び平均持続時間は、昭和五六年ころから増加傾向にある。平均持続時間は、昭和四四年、四五年においてもかなり高い値を示している。
カ 深夜早朝の最高音は、九〇ホンないし一〇四ホンを記録している。
深夜早朝の最高測定回数は、数値にかなりのばらつきがみられ、四回から七一回までの間を推移している。
深夜早朝の平均測定回数は、昭和六二年以降大きな値を示しており、その中でも昭和六三年から平成二年までの間及び平成九年が比較的高い。
キ 日曜日の最高音は、昭和五六年、五七年に九〇ホン台が記録されているが、ほとんどは一〇〇ホン以上であり、九五ホンから一一五ホンまでを推移している。
日曜日の最高測定回数は、数値にばらつきがみられ、二一回から二七八回までの間を推移している。
日曜日の平均測定回数は、昭和六〇年以降一〇回を超える回数が記録されており、その中でも昭和六三年から平成二年までの間及び平成八年から平成一〇年までの間は二〇回を超える回数が記録されている。」
5 原判決二五五頁四行目と五行目との間に、次のとおり付け加える。
「(6) 検証の結果
原審における検証の際の測定値は、原判決添付の原告ら引用図表の表3、表4及び被告最終準備書面(第一分冊)四一八頁二行目から四三四頁八行目までに引用された数値のとおりである。
当審における検証の際の測定値は、本判決添付の一審原告ら引用図表の別表10及び一審被告の最終準備書面一四五頁一〇行目から一五四頁九行目までに引用された数値のとおりである。当審における検証の際の騒音について、一審被告は、一審原告らの主張するような強度のものではないと指摘し、これに対し、一審原告らは、当審における検証の際の騒音の測定値がそれほど大きくなかったとしつつ、当日の飛行方向、天候(曇り後に降雨)が影響していると指摘する。」
6 原判決二五五頁五行目の「空母ミッドウェーの横須賀入港と騒音状況」を「空母ミッドウェー及び同インディペンデンスの横須賀入港と騒音状況」と改め、二五五頁一〇行目の「<証拠略>」の次に「<略>」を付け加え、二五八頁一〇行目と一一行目との間に、次のとおり付け加える。
「平成三年九月からは、空母ミッドウェーに代わって、空母インディペンデンスが横須賀港に入港するようになった。その入港状況は、次のとおりである(なお、平成三年には、空母ミッドウェーが八月までに一〇〇日間横須賀港に入港している。)。
平成三年 六三日
四年 一五五日
五年 二〇七日
六年 二三三日
七年 二〇〇日
八年 二〇三日
右の入港状況によると、年度によって多少の差異はあるが、空母インディペンデンスは、およそ一年の半分以上は横須賀港に入港していることになる。空母インディペンデンス艦載機は、空母ミッドウェー艦載機と同様に、空母インディペンデンスの入港三日前くらいに厚木基地に飛来し、その出港三日後くらいに帰艦するので、このことを考慮すると、艦載機は半年以上厚木基地において離着陸している計算になる。
平成七年の騒音状況を滑走路に近い野沢宅(北端北一)についてみると、七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数と同平均持続時間は、八九回、二四分五四秒であるが、空母インディペンデンス入港中の一日平均値は、一〇三回、三〇分四四秒であるのに対し、同空母出港中のそれは、七三回、一七分五〇秒である。
また、月ごとの騒音状況を野沢宅(北端北一)及び月生田宅(南端南南東〇・八)についてみると、空母インディペンデンス不在の月における一〇〇ホン以上の騒音測定回数(前記のとおり、一〇〇ホン以上の騒音は米軍機によるものと考えられる。)は、他の月の測定回数及び月平均測定回数(年間測定回数から計算したもの。)に比べて目立って少ないことが多く、また、同空母不在の月について計算した七〇ホン以上の騒音発生回数に占める一〇〇ホン以上の騒音の発生回数の割合も、当該年度全体について計算した割合よりも低いことが多い。例えば、平成七年についてみると、五月、九月、一〇月は空母インディペンデンスが出港中であるが、野沢宅において、右期間の一〇〇ホン以上の騒音発生回数は、順に三一回、五〇回、四九回であり、同年の一〇〇ホン以上の騒音発生回数の月平均は、二四四回である。同じく一〇〇ホン以上の騒音が占める割合を当該月ごとに計算すると、順に一・四パーセント、二・六パーセント、二・四パーセントとなるが、平成七年全体では九・〇パーセントである。月生田宅においても同様であり、右期間の一〇〇ホン以上の騒音発生回数は、順に一一回、九回、一三回であるが、同年の月平均は、八〇回である。一〇〇ホン以上の騒音が占める割合を月ごとに計算すると、順に〇・九パーセント、一・六パーセント、一・六パーセントであるが、平成七年全体の数値を平均すると五・七パーセントである。そのほかの測定データについても、数値が比較的低いときは、空母インディペンデンスの出港期間中である場合が多いことがうかがわれる。」
7 原判決二五八頁一一行目の「空母ミッドウェー」を「空母ミッドウェー又は同インディペンデンス」と改める。
8 原判決二五九頁九行目の「<証拠略>」の次に「<略>」を、「<証拠略>」の次に「<略>」を付け加える。
9 原判決二六〇頁二行目の「順に、」から四行目の「である。」までを、次のとおり改める。
「次のとおりである。
昭和五七年 七五日
五八年 七〇日
五九年 三二日
六〇年 四〇日
六一年 六二日
六二年 五八日
六三年 五四日(一審原告らによると五五日)
平成元年 四五日(一審原告らによると四四日)
二年 三〇日
三年 三三日
四年 二八日
五年 三二日
六年 五日
七年 九日
八年 八日
九年 四日
一〇年 七日(七月まで)」
10 原判決二六六頁二行目と三行目との間に、次のとおり付け加える。
「(4) 空母ミッドウェー艦載機によるNLPは、当初、三沢、岩国の両飛行場で開始されたが、両飛行場が同空母の母港である横須賀港から遠距離に位置するため、支援要員の増加、維持修理、補給面での負担等の問題から、昭和五七年二月から厚木基地で行われるようになった(なお、前記のとおり、平成三年九月からは、空母ミッドウェーに代わって、空母インディペンデンスが横須賀港に入港するようになった。)神奈川県や関係七市は、早い段階から一審被告や米軍に対し、NLPの中止や代替訓練施設の設置を繰り返し要請し、また、米軍も、昭和五八年八月、一審被告に対し、厚木基地に代わる施設として、横須賀、厚木から一〇〇ノーティカルマイル(約一八〇キロメートル)以内であること、一定規模(長さ一八〇〇メートルから二四〇〇メートル、幅一五〇メートル等)以上の滑走路があること等の条件を備えた飛行場の提供を要請した。一審被告は、調査検討の結果、三宅島に代替飛行場を設置することを計画したが、三宅島村議会は、昭和五九年一月、右飛行場の誘致に反対する決議をした。一審被告は、三宅島に代替飛行場を設置する計画の実現にはなお相当の期間を要するものと見込まれたので、厚木基地周辺の騒音軽減のため、米軍に対し、三宅島に代替飛行場を設置するまでの暫定措置として、硫黄島で艦載機着陸訓練を実施するよう申し入れ、米軍は、平成元年一月、基本的に右申入れを受け入れた。そこで、一審被告は、平成元年度から滑走路関連施設、給油施設等着陸訓練に必要な施設の整備に着手し、総額約一六六億八六〇〇万円の費用をかけて、平成五年三月に右施設を完成させた。
硫黄島において実施されたNLPの日数は、次のとおりである。
平成三年 六日
四年 四日
五年 二四日
六年 七日
七年 二七日
八年 一九日
九年 一八日
一〇年 五日(七月まで)
硫黄島における施設の整備により、厚木基地におけるNLPの実施日数は、前記のとおり、平成六年以降顕著に減少し、また、騒音発生状況も相当程度改善されたということができ、新聞でもそのような報道が多くなされた<証拠略>。すなわち、一審被告が指摘しているように(一審被告最終準備書面一三九頁以下)、平成五年と六年の騒音状況(七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数と一日平均持続時間)を野沢宅(北端北一)、月生田宅(南端南南東〇・八)及び林間小学校(北端北三)についてみると、本判決別表五3及び6のとおり、野沢宅においては、平成五年の七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数と同平均持続時間が一〇二回、三二分三七秒であるが、平成六年のそれが八四・五回、二四分五四秒であり、月生田宅(南端南南東〇・八)においては、平成五年の七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数と同平均持続時間が五九回、一九分五七秒であるが、平成六年のそれが四四回、一三分〇二秒であり、また、林間小学校(北端北三)においては、平成五年の七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数と同平均持続時間が四〇・四回、一三分四七秒であるが、平成六年のそれが三六・三回、一三分三三秒である。
しかしながら、厚木基地におけるNLPの実施日数が平成六年以降顕著に減少したといっても、平成六年における一年を通しての騒音発生状況を野沢宅(北端北一)についてみると、一日当たり平均騒音測定回数一〇〇回を超える日が、一月は三日(最高音一一六ホン、一日当たり最高測定回数一四一回、以下同じ。)、二月は一日(一一四ホン、一一八回)、三月は一〇日(一一八ホン、二八二回)、四月は二二日(一一八ホン、二五八回)、五月は一六日(一一七ホン、三〇六回)、六月は八日(一一七ホン、一四八回)、七月は八日(一一七ホン、二四〇回)、八月は七日(一一三ホン、一七〇回)、九月は九日(一一八ホン、一六八回)、一〇月は一〇日(一一八ホン、一九四回)、一一月は六日(一一九ホン、二〇〇回)、一二月は一七日(一一八ホン、三九二回)となる。平均すると、大体三日に一回の割合で一日当たり一〇〇回を超える七〇ホン以上で持続時間五秒以上の騒音に曝されるのであり、最も騒音測定回数の多い日(一二月一日)は三九二回に上っており、最高音も一一三ホンから一一九ホンの間であるから、相当激甚な騒音発生状況が続いているものというべきである。また、七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数と同平均持続時間についてみても、野沢宅においては、平成六年以降の最小値又は最少時間は七四・四回、二〇分一六秒(いずれも平成一〇年)であるが、NLP開始前である昭和五六年以前の数値からみると、改善されたものということはできないのであり、このことは、月生田宅(南端南南東〇・八)及び林間小学校(北端北三)についても同様である。そのほか、年間の騒音測定回数及びそのうちNLPによる騒音測定回数の推移を野沢宅(北端北一)についてみると、一審原告ら引用図表の別表2の「年計(内NLP)」欄のとおりであり、NLPによる騒音の全体に占める割合は、昭和五七年から平成五年までの間の全体で計算すると一〇・四パーセントであるから、これによれば、NLPの分散訓練が行われても、当然に厚木基地周辺地域における騒音発生回数が大幅に減少するものと期待することはできない。
また、硫黄島の代替施設は、厚木基地から約一八〇〇キロメートルの距離にあって、米軍が一審被告に要請した代替飛行場としての条件を備えておらず、右施設はあくまで暫定的なものとされているから、今後硫黄島でどの程度NLPが実施され、厚木基地における訓練がどの程度減少するかは、米軍の運用いかんにかかっており、少なくともNLPの硫黄島への完全移転が実現される見通しは立っていない。」
11 原判決二六八頁一行目と二行目との間に、次のとおり付け加える。
「(七) デモンストレーション飛行
厚木基地においては、毎年基地開放日にデモンストレーション飛行が行われてきたが、平成五年ころから開放日一、二日の飛行及びその前二、三日のリハーサル飛行が行われるようになり、多数の航空機愛好者が訪れているが、その一方、厚木基地の付近の住民から事故発生の危険に対する不安と騒音の被害を訴える苦情が多く寄せられ、神奈川県及び周辺七市は、厚木航空施設司令官等に対し右デモンストレーション飛行の中止を要請した<証拠略>。
(八) 航空機騒音の特殊性
航空機騒音は、一審被告も指摘するように、<1>騒音暴露の持続時間が短く一過性で間欠的であること、<2>飛行場からの距離、離着陸の別、離着陸の方向、飛行経路によって騒音の影響が異なること、<3>屋内においては一定程度緩和されること、等の特殊性を有することは明らかであり、侵害行為としての航空機騒音を考察するに際しては、これらの特殊性を十分考慮すべきである。
もっとも、右のような航空機騒音の特殊性は、航空機騒音の評価方法であるWECPNLの算出において考慮されているし、航空機騒音に係る環境基準の設定及び生活環境整備法に基づく区域指定においても考慮されているところである。
また、騒音の大きさないし影響は、音源(飛行場ないし飛行経路)からの距離によるところが最も大きいと考えられるから、飛行場から離着陸する航空機による騒音の影響を考慮するについては、飛行場からの距離が重要であり、騒音の測定結果等によって行われた生活環境整備法に基づく区域指定が基本的に騒音コンター(等音線)をもって画されるのは当然のことであって、同一の指定区域の中では、ほぼ騒音の大きさ及び被害は近似するものと考えられる。」
12 原判決二七一頁四行目の「継続し、」を「継続する。」と改め、その次に「深夜早朝に生ずることも多い。」とあるのを削除する。
13 原判決二八八頁二行目の末尾に次のとおり付け加える。
「ところで、防衛施設庁は、環境基準に対応して防衛施設たる飛行場について周辺対策を行うため、防衛施設としての飛行場に適合するWECPNLを定めるにつき、日本音響材料協会に研究を委託し、同協会は専門学者を含む調査研究委員会を設けて研究を行ったが、同研究委員会は、WECPNLの理念と防衛施設周辺の騒音の特殊性を考慮しつつ公共用飛行場のWECPNLとの整合を図って防衛施設としての飛行場に適合するWECPNLを定めたものであり、右の処理、殊に騒音発生回数Nに累積度数九〇パーセントに当たる日の飛行回数を代入する点は、防衛施設たる飛行場のように航空機の飛行回数及び飛行経路が特定できない場合において、騒音を受けた人の感じる影響を考慮したものであって、それ自体科学的な根拠を有するということができ、必ずしも周辺対策の対象戸数を増やすためのみによって決定されたものではないと認められる<証拠略>。」
14 原判決三〇四頁一〇行目の「二九のとおりである。」を「二九のとおりであり、」と改め、その次に「平成二年から平成一〇年までの間の厚木基地に関連する墜落事故、不時着事故、落下物事故等は、その証拠を含め一審原告ら引用図表の別表26のとおりである。」を付け加える。
15 原判決三〇五頁一一行目から三〇六頁八行目までを、次のとおり改める。
「厚木基地に関連した事故及び厚木基地周辺で発生した事故は二四三件にのぼり、その内訳は、墜落八〇件、不時着五〇件、落下物六三件、その他五〇件である(ただし、前記のとおり、墜落と不時着の件数は、正確には確定し難い。)。このうち半数以上が、厚木基地内及びその付近並びに厚木基地周辺の大和市、綾瀬市、藤沢市、相模原市、座間市及び海老名市において発生しており、大和市における事故発生件数は五〇件、厚木基地内及びその付近並びに綾瀬市、藤沢市及び相模原市における件数は、それぞれ一五件前後となっている。この間、複数の死者を出す悲惨な事故も何回か発生しており、全体的にみて死傷者の数も決して少なくない。」
第四被害
次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決三〇九頁二行目から四四一頁三行目までを引用する。
1 原判決三六五頁九行目の「総合すれば、」の次に「騒音と睡眠妨害との間の量的な対応関係が高度に解明されたとはいい難いとしても、」を付け加え、三六六頁六行目の「多くないが、」を「多くなく、夜間の通常の睡眠時間帯には部屋を締め切るなどしていて、防音工事のされた部屋では騒音の減衰効果もあるといえるが、」と改め、同頁七行目の「原告らの」の次に「体質や心理状態等、」を付け加える。
2 原判決四二四頁一行目及び五行目の「ECPNL」をいずれも「WECPNL」と改める。
3 原判決四四一頁三行目の次に、行を改めて次のとおり付け加える。
「当審において、当裁判所は、一審原告らの各陳述録取書を含む書証及び一審原告<略>の各本人尋問を行った。これらの陳述録取書及び本人尋問において、一審原告らは基本的に原審と同様の被害を訴えていることが認められる。なお、平成二年ころに行われたNLPの際等に大和市役所等に多数のかつ激しい調子の苦情が寄せられたが<証拠略>、平成五年に硫黄島におけるNLPが行われるようになり、分散訓練が行われるようになってからは、厚木基地でNLPが実施された場合でも苦情の件数等が少なくなったことが報道されている<証拠略>。」
第五厚木基地の使用ないし供用の公共性
次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決四四三頁二行目から四五三頁六行目までを引用する。
1 原判決四四五頁一〇行目の<証拠略>の次に<略>を、一一行目の<証拠略>の次に<略>を付け加える。
2 原判決四四七頁四行目の「昭和五四年六月」から五行目の「出動している。」までを、「昭和五四年六月から平成九年八月までの間、合計二一回にわたり、近郊の火災消火のために出動している。」と改める。
3 原判決四四八頁二行目の「検討中であるが」を「検討したが」と改め、同頁四行目の「整備している。」を「整備し、平成三年から分散訓練を実施している。」と改める。
第六周辺対策及び音源対策等
次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決四八三頁二行目から五一三頁七行目までを引用する。
1 原判決四八三頁七行目の<証拠略>の次に<略>を付け加える。
2 原判決四八四頁三行目を「原判決添付の被告引用図表の第四表ないし第二〇表及び本判決添付の一審被告引用図表の第一表ないし第二三表に整理されているとおりである。」と改める。
3 原判決四八七頁五行目と六行目の間に次のとおり付け加える。
「昭和四八年に設定された航空機騒音に係る環境基準の「第2 達成期間等」では、後記第七(違法性)において検討するように、その「1」で、公共用飛行場の周辺地域においては、飛行場の区分ごとに一定の達成期間内に環境基準(値)が達成されるものとするとしているが、達成期間が五年をこえる地域においては、中間的に改善目標を達成しつつ、段階的に環境基準(値)が達成されるようにするものとするとしている。そして、自衛隊等が使用する飛行場の周辺地域においては、平均的な離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、当該飛行場と類似の条件にある公共用飛行場の区分に準じるべきものとしており(第2の2)、厚木基地はその第一種飛行場に類似するものと認められるところ、第一種飛行場については「一〇年以内に、七五WECPNL未満とすること又は七五WECPNL以上の地域において屋内で六〇WECPNL以下とすること。」とされている。ところで、その「3」では、航空機騒音の防止のための施策を総合的に講じても、「1」の達成期間で環境基準(値)を達成することが困難と考えられる地域においては、当該地域に引き続き居住を希望する者に対し家屋の防音工事等を行うことにより環境基準(値)が達成された場合と同等の屋内環境が保持されるようにするとともに、極力環境基準(値)の速やかな達成を期するものとする、としているが、一審被告の周辺対策としての住宅防音工事は、右の趣旨によるものと考えられる。」
4 原判決四八九頁三行目の「にのぼる」の次に、「(更に、平成九年度までに、一七万五一四四世帯(うち五万九〇三五世帯が追加工事)について、一審被告の助成による防音工事が完成しており、その補助金総額は、約四〇六六億七〇九三万円にのぼる。)。」を付け加える。
5 原判決四八九頁六行目から四九〇頁三行目までを、次のとおり改める。
「WECPNL八〇以上の区域において、住宅防音工事の助成を必要とする住宅(世帯)数は、約八万一六〇〇戸(世帯)であるが、そのうち住宅防音工事の希望世帯八万一〇二六戸(世帯)に対しては、平成九年度末までに既にその工事を完了している。WECPNL七五以上八〇未満の区域において、住宅防音工事の助成を必要とする住宅(世帯)数は、約三万六〇〇〇戸(世帯)であるが、そのうち住宅防音工事の希望世帯三万五〇八三戸(世帯)に対しては、平成九年度末までに既にその工事を完了している。また、全室防音工事は、WECPNL七五以上の区域において五万九〇三五戸(世帯)について完了している。」
6 原判決四九一頁一〇行目から四九二頁二行目までの4項を、次のとおり改める。
「一審原告ごとの住宅防音工事の実績については本判決添付の一審被告引用図表の第一表及び第二表のとおりである。一審原告らについて、その工事費用を平成九年度までの実績によってみると、新規工事については一世帯平均約一八六万円、追加工事については一世帯平均約三七三万円にのぼる。」
7 原判決四九二頁七行目の「減されるというべきである。」の次に「室内においてWECPNL六〇以下の状態が保持されるようになれば、さきに1で触れた環境基準の「第2 達成目標等」の「3」が達成されたことになる。」を付け加える。
8 原判決四九四頁一行目の「できない。」の次に、次のとおり付け加える。
「一審被告は、部屋数は限定されているにしても、十分静ひつな場所として住宅防音工事の実施された部屋が常に確保されているという事実は重視されるべきである、住宅防音工事は、単に住宅の防音機能が増大するのみならず、新築建物のような美観が再生され、あわせて空調装置等の機能が備わるという副次的効果も大きい、冷房等の使用による健康上の悪影響の発生など起こるはずがない、住宅防音工事施工室内においては十二分に快適な日常生活が営めるよう配慮されているし、右施工室の窓や出入口等を開放しても、開放と同時に、また、開放の度に航空機の騒音が到達して、一審原告らの生活に影響を及ぼすわけではないと主張するが、一審被告の主張は、住民の生活実態や航空機騒音の特質を軽視している面があるといわざるをえないし、一審被告の主張を考慮したとしても、住宅防音工事によって騒音被害が十分に救済されるとは考え難いものである。」
9 原判決四九四頁一一行目の「職業訓練校」を「職業能力開発校等」と改め、四九五頁二行目から六行目までを、次のとおり改める。
「平成九年度までの実績は、本判決添付の一審被告引用図表の第九表のとおりであり、補助金の交付金額は、小・中学校が二一一億二〇六五万四〇〇〇円(一一二校)、高校・併設校が六四億一四二〇万七〇〇〇円(一七校)、大学が一七三二万三〇〇〇円(一校)、幼稚園・保育所が七二億六〇四〇万円(四七施設)、薄弱児通園施設・薄弱者更生施設・薄弱者授産施設が三億四四六八万円(四施設)である。」
10 原判決四九五頁一一行目の「その実施状況は」から四九六頁二行目の「である。」までを、次のとおり改める。
「その実施状況は、本判決添付の一審被告引用図表第一七表のとおりであり、平成九年度までの交付金額は、八事業主体に対して約一三億六三八四万円である。」
11 原判決四九六頁七、八行目の「母子健康センター」の次に「等」を付け加え、八行目の「平成」から一一行目の「である。」までを、次のとおり改める。
「平成九年度までの実績は、本判決添付の一審被告引用図表の第九表のとおりであり、補助金の交付金額は、病院一九施設、特別養護老人ホーム三施設、デイサービスセンター三施設、老人介護支援センター二施設につき、合計約二四億〇四三八万円である。」
12 原判決四九七頁一〇行目の「平成」から四九八頁二行目の「行っている。」までを、次のとおり改める。
「平成九年度までの防音助成の実績は、本判決添付の一審被告引用図表の第一一表のとおりであり、公民館、図書館、学習等供用施設、保健相談センター施設、特別集会施設、老人福祉センター施設等合計七七施設について、合計約七八億一〇六七万円の補助を行っている。」
13 原判決五〇〇頁一〇行目から五〇一頁四行目までを、次のとおり改める。
「平成九年度までの移転措置の実績は、原判決添付の被告引用図表の第五表及び本判決添付の一審被告引用図表の第五表のとおりである。昭和五九年五月三一日の告示の時点において、移転措置の対象区域は面積約三二〇ヘクタール、移転補償の対象家屋数は約一七〇〇戸であったが、平成九年度末において、移転済み建物の戸数は二三五戸、買収済みの土地は六八万四一六二平方メートルであり、支出金額は合計約六三億六八二〇万一四九〇円である。」
14 原判決五〇一頁五行目から六行目の「昭和五九年度及び六〇年度を除き、昭和四七年度から平成二年度まで」を「昭和五九年度、六〇年度及び平成五年度を除き、昭和四七年度から平成九年度まで」と、同六行目の「及び二年度」を「ないし四年度」と改める。
15 原判決五〇一頁八行目の「る。」の次に、次のとおり付け加える。
「一審被告は、移転措置制度を利用するか否かは、土地、建物を所有する者の意思に委ねられているから、一審被告が積極的に取り組んでも、これを利用する者の家庭的事情、当該地域の地理的優位性、土地への愛着等から、この制度を利用せず、当該区域に居住等を継続することを選択している者が大半であって、これも致し方ないところであるから、右制度の利用実績のいかんに関らず、右のような施策が採られていること自体が評価されるべきであると主張する。しかしながら、右の施策が採られていること自体は評価すべきであるとしても、一審被告自身が自認するように、右制度を利用するか否かは土地、建物を所有する者の意思に委ねられているのであるから、右制度の利用が少ないことをもって、一審原告らに不利益に取り扱うことはできないというべきである。」
16 原判決五〇二頁六行目から八行目までを、次のとおり改める。
「平成九年度までの実績は、原判決添付の被告引用図表の第七表及び本判決添付の一審被告引用図表の第七表のとおりであり、五二万三九七三平方メートルの土地区域を緑地緩衝地帯とし、約八億八六八九万三九五〇円を支出した。」
17 原判決五〇三頁二行目の「できない。」の次に、次のとおり付け加える。
「一審被告は、「植栽の理論と技術」<証拠略>を援用して、樹本の植栽による遮音効果について主張する。しかしながら、<証拠略>には、「植樹による減衰値は、立木密度(単位面積当りの植樹本数)、配列方法、樹種、樹高、枝葉の密度などによって一概にはいえないが、一般に樹木は枝葉の間に空隙が多く、音はその間を回折し透過するので、騒音を防ぐ目的には著しい効果を期待することはできない。むしろ音源や遮音建造物を遮蔽することによる心理的効果のほうが大きい。」という記載もあるから、右記載にかんがみると、樹木の植栽による遮音効果がそれほど大きいものであるとは考えられないし、厚木基地周辺の緑地帯における立木密度、配列方法、樹種、樹高、枝葉の密度等についての具体的な主張はなく、その実際の効果の程度を認めるに足りる証拠もない。」
18 原判決五〇五頁二行目の「補填延べ件数は」から三行目の「である。」までを、次のとおり改める。
「平成三年度以降、平成九年度末までの実績は、本判決添付の一審被告引用図表の第一三表のとおりであり、補てん延べ件数は一六四万七三四一件、補てん総額は約九五億〇七〇三万二一八一円である。」
19 原判決五〇六頁一行目から三行目までを、次のとおり改める。
「その実績は、原判決添付の被告引用図表の第一四表及び第一五表並びに本判決添付の一審被告引用図表の第一四表及び第一五表のとおりであり、一審被告は、平成九年度までに、テレビ共同受信施設の設置に総額約一九億九二四六万三〇〇〇円、排水路改修工事に総額約三〇億〇四六三万七〇〇〇円の補助金を交付している。」
20 原判決五〇六頁七行目の「きない。」の次に、次のとおり付け加える。
「一審被告は、一審被告の行っている各種の周辺対策のすべてが、直ちに騒音の大きさを顕著に底下させるものではないとしても、周辺住民の生活の安定及び福祉の向上を図るものであり、これにより周辺住民の騒音源に対する好意的評価を高め、それがひいては騒音により被る精神的不快感を解消し、又は軽減する効果があるから、右諸施策は、違法性を認めることを困難とする事情の一つとして相応の評価をすべきであると主張する。確かに、<証拠略>には、飛行場周辺住民のうるささが音源に対する社会的態度によって大きな変容を受けるものであることが示されており、このことは経験則上も理解しうるところではあるが、本件において、一審被告の行っている各種の周辺対策は、一審原告らが住居を中心に被っている航空機騒音による被害に対しては間接的な効果をもつにとどまり、かつ、右周辺対策が一審原告らの騒音源に対する好意的評価を高めたとの具体的事実は特段うかがえないから、一審被告の右主張を考慮したとしても、右周辺対策を格別に評価することはできない。」
21 原判決五〇八頁五行目の「その実績は」から七行目の「交付された。」までを、次のとおり改める。
「その実績は、原判決添付の被告引用図表の第一六表及び本判決添付の一審被告引用図表の第一六表のとおりであり、昭和五〇年度から平成九年度までに、大和市及び綾瀬市に対し、総額約一三一億五二四〇万四〇〇〇円の調整交付金が交付された。」
22 原判決五〇九頁一一行目の「このために」から五一〇頁一行目の「である。」までを、次のとおり改める。
「このために一審被告が支出した賃料の総額は、原判決添付の被告引用図表の第一九表及び本判決添付の一審被告引用図表の第一九表のとおりであり、平成九年度までで約四億四五〇一万九四六五円である。」
23 原判決五一一頁二行目から四行目までを、次のとおり改める。
「原判決添付の被告引用図表の第二〇表及び本判決添付の一審被告引用図表の第二〇表のとおり、これまでに、相模原市、大和市、座間市、綾瀬市及び藤沢市に交付した基地交付金の総額は約二八六億〇二三四万八〇〇〇円、調整交付金の総額は約六七億六〇〇七万三〇〇〇円である。」
第七違法性
次のとおり、付加、削除、訂正するほかは、原判決五一五頁二行目から五三九頁九行目までを引用する。
1 原判決五二三頁一行目と二行目の間に次のとおり付け加える。
「なお、公害対策基本法は平成五年一一月に廃止され、環境基本法(平成五年法律第九一号)が新たに施行されたが、同法は、一六条一項において、公害対策基本法九条一項と同様に、「政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」と規定し、更に、環境基本法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成五年法律第九二号)は、二条において、前記環境基準を環境基本法一六条一項の規定により定められた基準とみなす旨規定している。」
2 原判決五二五頁六行目から五二九頁一行目までを削る。
3 原判決五二九頁二行目の「四 損害賠償請求の関係」を、「三 違法性の検討」と改める。
4 原判決五二九頁三行目の「損害賠償請求の」から四行目の「あるが、」までを、次のとおり改める。
「一審被告による厚木基地の使用及び供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかについては、前記のとおり、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に判断すべきものであるが、」
5 原判決五三一頁九行目の「既に認定したとおりである。」の次に、「さきに認定したように、平成三年以降NLPが硫黄島においても行われるようになり、厚木基地におけるNLPの実施日数は平成六年以降顕著に減少し、騒音発主状況も一定程度改善されたということができるが、それでも、なお相当の騒音状況が続いているといわざるを得ない。」を付け加える。
6 原判決五三五頁八行目と九行目との間に、次のとおり付け加える。
「なお、一審被告は、一審原告らのうちにはコンター区域外に通勤している者もいるから、一審原告らの共通の被害とは、平日の夜間、土曜日の午後及び休日のみの騒音被害に限られるべきであると主張する。確かに、航空機騒音による被害といっても、一審被告が指摘するような通勤の有無や通勤先に限らず、一審原告らのそれぞれの身体的、心理的、社会的な条件等の相違に応じてその内容及び程度を異にするものであるといわなければならない。しかし、そこには、全員について同一に存在が認められるものや、また、例えば生活妨害の場合についていえば、その具体的内容において若干の差異はあっても、静穏な日常生活の享受が妨げられるという点においては同様であって、これに件う精神的苦痛の性質及び程度において差異がないと認められるものも存在しうるのである。そして、本件請求は、右のような観点から、厚木基地の周辺地域を生活の本拠とする一審原告らにおいて同一と認められる性質・程度の被害を共通する損害として、各自につき一律の額の慰謝料という形でその賠償を求めるものであると理解することができるのであり、厚木基地の周辺地域を生活の本拠とする以上、航空機騒音による共通の被害を平日の夜間、土曜日の午後及び休日のみに限らなければならないということはできない。」
7 原判決五三六頁一〇行目の「その公共性を過度に強調することはできず、」の次に、「国や公共団体の他の公共的役務や行政諸活動と単純に比較することはできないとしても、」を加え、五三七頁二行目の「いい難い。」の次に、次のとおり付け加える。
「そしてまた、厚木基地が、一審原告らを含む周辺住民の日常生活の維持存続に不可欠なものではないことはもとより、周辺住民が厚木基地の存在によって利益を受けているかどうかは具体的に明らかでないばかりか、仮に何らかの利益を受けているとしても、その利益とこれによって被る前記(三)の被害との間に、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うというような彼此相補の関係があるとは考えられない。」
8 原判決五三七頁三行目から五行目までを、次のとおり改める。
「(五) 地域性、先(後)住性及び危険への接近に関しては、後に述べるとおりである。」
9 原判決五三九頁二行目の「厚木基地においては、」から四行目の終わりまでを、「厚木基地においては、同基準の告示から既に二五年を経過しようとしているところ、一審被告による周辺対策としての住宅防音工事によって屋内の騒音状況は相当改善されたといえるとしても、屋外の環境基準そのものの達成は、なお遅れているといわざるを得ない。」と改める。
10 原判決五三九頁五行目の「そこで、」を「そして、」と改め、その次に「厚木基地における航空機騒音が一審原告らにもたらす共通の被害である生活妨害によって被る精神的苦痛の程度は侵害行為の中心である騒音の屋外騒音レベルに相応するものということができるから、」を付け加える。
11 原判決五三九頁九行目と一〇行目の間に、次のとおり付け加える。
「これに対し、一審被告は、右判断は、航空機に係る環境基準を受忍限度(違法性)の実質的な基準として用いたものにほかならず、これは右環境基準の趣旨ないし法的性質、内容を正解しないと主張する。右環境基準の性格については右二に判示したとおりであって、右環境基準が直ちに受忍限度を超える被害を受けた者とそうでない者とを識別する基準となるものでないことは明らかである。しかしながら、航空機騒音による一審原告ら各自の被害が受忍限度を超えるかどうかを判断するに当たって、侵害行為の態様及び被害の内容との関連性を考慮した共通の基準を設定するにつき、右環境基準の趣旨、内容を勘案することが許されないものではなく、また、現に右環境基準をもって直ちに右にいう基準としたものではないから、一審被告の右主張は失当であって、これを採用することはできない。
また、一審原告らは、生活環境整備法による第一種区域は、「自衛隊等の航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しい」と認めているのであり、また、右区域内は、実質的にもWECPNLが八〇を超えているか、限りなくこれに近いから、現在の第一種区域を画する騒音コンターをもって区分すべきであると主張する。しかしながら、前述のとおり、本件の航空機騒音による被害が受忍限度を超えるかどうかを判断するについて、環境基本法(平成五年法律第九一号)に基づく環境基準や生活環境整備法による区域指定は行政上の目標としての性格を有することは否定できないところ、これらの区域指定をも勘案したうえ、侵害行為の態様及び被害の内容との関連性を考慮するならば、WECPNL八〇以上の区域に居住し又は居住していた一審原告らにおいて受忍限度を超える被害を受けたと認めるのが相当であり、そうである以上、区分は工法区分線をもって行うのが妥当であるといわざるを得ない。これと異なる見解に立つ一審原告らの主張は、採用することができない。」
第八損害賠償請求について
次のとおり、訂正するほかは、原判決五四三頁八行目から五五四頁二行目までを引用する。
1 原判決五五三頁四行目の「平成三年一二月一七日」を「平成一〇年一二月一八日」と改める。
2 原判決五五三頁八行目の「米軍機について」から一一行目の「ものである以上」までを、「米軍機について夜間飛行等の差止め及び騒音到達の禁止を求める部分がいずれも棄却すべきものであり、また、自衛隊機について夜間飛行等の差止め及び騒音到達の禁止を求める部分がいずれも却下すべきものである以上」と改める。
第九地域性、先(後)住性及び危険への接近
一 次のとおり付加、訂正するほかは、原判決四五五頁二行目から四六七頁三行目までを引用する。
1 原判決四五五頁三行目<証拠略>とある次に<略>を付け加える。
2 同四五七頁三行目の<証拠略>の次に<略>を付け加える。
3 同四五九頁三行目の「同空母の」から四行目の「状況になった。」までを、
「同港を母港とするに伴い、同空母の艦載機が厚木基地に飛来して、整備・補給・訓練等の諸活動を行い、特に同空母の出入港時に頻繁に繰り返される航空機の離着陸により激甚な騒音が発生するという事態が生じ、現在の航空機騒音等に係る状況がほぼ確立された。この間、政党や住民団体等により、同空母の横須賀母港化に対する反対抗議運動等が行われた。」と改める。
二 危険への接近について
1 危険に接近した者が、その存在を認識しながらあえてそれによる被害を容認していたようなときは、事情のいかんにより加害者の免責を認めるべき場合がないとはいえないのであって、これを本件についてみるのに、居住者が航空機騒音の存在についての認識を有しながらそれによる被害を容認して居住したものであり、かつ、その被害が騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので直接生命、身体にかかわるものでない場合においては、厚木基地の公共性並びに米軍機及び自衛隊機の活動の公共性をも参酌して考察すると、居住者の入居後に実際に被った被害の程度が入居の際同人がその存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであったとか、入居後に騒音の程度が格段に増大したとかいうような特段の事情が認められない限り、その被害は同人において受忍すべきものというべく、右被害を理由として慰謝料の請求をすることは許されないものと解するのが相当である(以下この理論を「危険への接近の理論」という。)。
2 危険への接近の理論の本件における適用について
(一) 一審被告は、米軍の空母ミッドウェーが横須賀港をいわゆる母港とするに伴い、同空母の艦載機が飛来して整備、補給及び訓練等の諸活動を行うようになった後の昭和四八年末ころ以後に転入した者については、(1) 航空機騒音による被害の発生状況についての認識と右被害の容認があったから、一審被告の免責を認めるべきである、(2) 仮にその後NLPの開始、存続により騒音の程度が格段に増大したとの特段の事情があると認められるとしても、NLPが開始された昭和五七年二月より前の被害については一審被告の免責を認めるべきであるし、また、NLPの実施回数は、平成六年から格段に少なくなり、もはや特段の事情として評価し得ない程度となったから、同年以降の被害についても一審被告の免責を認めるべきである、(3) 仮に航空機騒音の存在について容認していなかったとしても、右騒音についての認識を有し、あるいは過失によりこれを認識しないで転居してきたから、損害賠償額の認定に当たっては相当額の減額をすべきである、と主張する。
(二)(1) 前記認定事実、とりわけ厚木基地の所在地(大和市、綾瀬市、海老名市に所在する。)がその名称から周辺自治体の住民にとってさえも必ずしも周知であるとはいい難いことや厚木基地における航空機の運航回数、運航態様には変動性が認められること等に照らすならば、一審原告らのうち、たまたま航空機の飛行が比較的少ない日曜、祭日等に下見に来たため、実際に周辺地域に転居するまで、厚木基地の存在やその航空機騒音の程度を知らなかった者がいたであろうことは推認するに難くなく(一審原告鈴木伸治(番号一九)、同石井照男(番号一五七)の原審における各本人尋問の結果等)、また、仮に厚木基地の存在や航空機騒音の程度を知っていたとしても、一審原告ら(全員)については、少なくとも本件の侵害行為及びこれに基づく被害を積極的に容認するような動機はなかったものというべきであるから、危険への接近の理論を適用して一審被告の損害賠償責任自体を否定することはできない。
(2) しかしながら、他方において、さきにもみたように、厚木基地については、昭和三五年ころから騒音問題が生じて神奈川県も同年八月から騒音の測定を開始し、昭和三五年七月二七日の朝日新聞全国版に「ジェット測定に悩む厚木周辺」という見出しの記事が掲載されていたところ<証拠略>、昭和四六年の日米による共同使用が開始されたころから空母ミッドウェーの横須賀母港化問題が生じ、日米間の折衝を経て昭和四八年一〇月初めにミッドウェーが初入港し、その直前ころ(同年九月末に初飛来)から艦載機が飛来するようになって騒音がそれまでとは格段に異なる激しいものとなり、また同年一二月に海上自衛隊の移駐により騒音が一層増加したこと<証拠略>、右ミッドウェーの横須賀母港化等に対しては、母港化問題が発生して以来、政党、住民団体等による反対抗議運動等が行われ、入港のころには厚木基地周辺の騒音等による被害が社会問題として注目を集めるようになっていたことが認められる。
そうであれば、一審原告らのうち、少なくともミッドウェーの横須賀港入港後である昭和四九年以降に厚木基地周辺地域に転入した者については、特段の事情のない限り、本件侵害行為やこれに基づく被害を認識していたか、仮にこれを認識していなかったとしても、認識しなかったことにつき過失があったというべきであり、このことは、それ以前から周辺地域に居住していて騒音の被害を受けるに至った一審原告らとの間の衡平の観点からも、損害賠償額の算定に当たって考慮するのが相当である。
昭和四九年以降に厚木基地周辺地域に転入した者は、別表一の「転入年月日」欄に記載した者である。なお、別表四のとおり、一審原告本間重雄(番号三九)及び同本間眞佐子(番号四〇)は、昭和四八年六月に厚木基地周辺地域である大和市福田三四番地に転入した後昭和五四年三月二八日に現在の住所に転入したものであり<証拠略>、一審原告三瓶克子(番号一一三)は、昭和四二年七月ころから現住所又は周辺地域である藤沢市下土棚一六一〇番地に居住していたと認められ<証拠略>、いずれも昭和四九年以降に周辺地域に転入したとは認められない。
また、一審原告木村久枝(番号八八)は、別表四のとおり昭和四二年一〇月一日に周辺地域である綾瀬市深谷一三八〇番地(WECPNL八〇の場所)に転入した後、昭和五一年八月一〇日大和市上草柳八丁目一九番三号(WECPNL九〇の場所)に、さらに平成四年一〇月二五日同市上草柳八丁目一九番一号(WECPNL九〇の場所)に転居したものであって<証拠略>、昭和四九年以降に周辺地域に転入した者ではないが、昭和五一年八月の転居に当たっては従前の住居における程度を超える騒音の悪影響ないし被害についてはやむを得ないと容認したものと考えるのが相当であるから、請求時(昭和五六年一一月)からNLP開始時(昭和五七年一月)までについては損害賠償額の算定に当たって右の点を考慮するのが相当であり、右期間WECPNL八〇の場所に居住するものと同視することとする。
なお、一審原告小池享(番号一五五)は、昭和五三年三月二三日に大和市福田四〇四一番地の二四から現住所に転居したことが認められるが<証拠略>、右大和市に転入した時期が明らかでないので、昭和五三年に周辺地域に転入したものとして扱わざるを得ない。
(3) もっとも、厚木基地においては、昭和五七年二月以降NLPが実施されるようになったところ、NLPについては、その実施が家族の団らん時である夕食時から休息、睡眠時間である夜間に及び、その間連続的で密度の濃い航空機騒音が発生するなど、騒音発生の時間帯、発生の頻度、音量及び音質等の点において、右の時期を境にして、騒音量に質的な変化がみられるということができるから、昭和四九年以降厚木基地周辺地域に転入した者であっても、NLPの開始前に居住を始めたのであれば、NLPの実施により実際に被った被害の程度が、入居の際にその存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであったか、入居後に騒音の程度が格段に増大したという特段の事情があるというべきであるから、右の認識や認識しなかったことについての過失は、NLPの開始前の被害に係る損害の算定に当たってのみ考慮すべきである(なお、一審被告は、NLPの実施回数は平成六年から格段に少なくなり、もはや特段の事情として評価し得ない程度となったと主張するところ、前記のとおり、確かにNLPの年間の実施日数に限ってみれば、平成六年から格段に少なくなったものということができるが、同年以降においても、相当激甚な騒音発生状況が続いていて、NLPの分散訓練が行われても、当然には厚木基地周辺地域における騒音発生回数が大幅に減少するものと期待することはできず、また、NLPの硫黄島への完全移転の見通しもないのであるから、これらの点にかんがみると、昭和四九年以降NLPの開始前に厚木基地周辺地域に転入した一審原告らにおいては、平成六年以降に被った被害の程度は、入居の際にその存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるか、あるいは、入居後に騒音の程度が格段に増大したままであるといわざるを得ない。したがって、一審被告の右主張は、採用することができない。)。
(三) そして、一審原告らのうち、NLPが開始された昭和五七年二月以降に厚木基地周辺において居住を開始した者(番号二六、九〇、一〇一、一一八、一四六)については、別途検討する必要がある。
(1) 一審原告前田晃(番号二六)
<証拠略>によれば、一審原告前田晃は、昭和五七年三月二八日に横浜市保土ヶ谷区上菅田町九五一番地から綾瀬市小園四二三番地一〇四(現在の表示綾瀬市小園南二丁目一番一四号)に転入したこと、同一審原告は、昭和五一年ころに、勤務先の相模鉄道株式会社から右綾瀬市小園の土地を購入し、昭和五七年に右土地上に建物を建築したのであるが、右土地の購入や建物の建築に当たって五、六回現地を見たときには航空機の騒音がほとんど気にならなかったことが認められ、右事実に、同一審原告が転入した日がNLPの開始からそれほど間がないことを併せ考えると、同一審原告が、本件の航空機騒音やこれに基づく被害を認識し、あるいは、認識していなかったことに過失があるとしても、NLPの実施により実際に被る被害をも認識していたとか、これを認識していなかったことに過失があるということはできない。
(2) 一審原告加藤晶美(番号九〇)
<証拠略>によれば、一審原告加藤晶美は、東京都八王子市犬目町二六六番地工学院大学校宅に大学教員である夫と居住していたところ、昭和五六年に夫の母が死亡したことにより、一人残された夫の父の世話をするために、昭和五七年九月六日に大和市上草柳八丁目二〇番一〇号に転入し、以後現在まで同所に居住していることが認められる。そして、他に特段の事情が認められない本件においては、同一審原告は、大和市上草柳に転入するに当たり、航空機騒音が問題とされている事情ないしは航空機騒音の存在の事実を知っていたものというべきであるが、右事実によれば、現住居への転入は同一審原告にとって選択の余地のないものであったというべきであり、そうであれば、同一審原告が航空機騒音による被害を容認して入居したものということはできない。
(3) 一審原告角田信成(番号一〇一)
ア <証拠略>によれば、一審原告角田信成は、出生以来実家である大和市下鶴間三一八一番地(現在の表示大和市西鶴間三丁目六番七号)に居住していたが、昭和五六年四月に就職し、昭和五八年一月四日から名古屋営業所勤務となって愛知県海部郡弥富町大字前ヶ須新田字南本田三四八番地所在の社宅に転居したところ、同年四月一日会社の都合で川崎市の営業所勤務となって実家に戻ったことが認められ、右事実によれば、同一審原告は、勤務先の都合で一時的に実家を離れたというにとどまり、新たに厚木基地周辺に転入したものということはできないから、昭和五八年四月一日に実家に戻ったことをもって、危険への接近の理論を適用することはできない。
イ しかしながら、前掲各証拠によれば、同一審原告は、別表四のとおり、平成元年一月三一日前記大和市西鶴間の実家(なお、同市上草柳七丁目のライオンズマンションには現実に居住したと認められない。)から東京都稲城市東長沼三七二番地の六さくら荘に転居して、その後、平成六年一月四日実家である大和市西鶴間三丁目六番七号に転居し、さらに同年一〇月二七日相模原市東林間八丁目六番一九―三〇三号に転居したことが認められる。右の転居の理由として、同一審原告は、平成四年に父が頚椎硬膜外腫瘍という大病をして一時は生きるか死ぬかという状態になり、また、翌年には母が乳ガンを患い、祖母も高齢で体が弱ってかなりの介護を必要とするようになっていた、平成六年一一月一二日に結婚して、双方の実家に近い現住所を新居にした、と説明するが、介護が必要としながら一〇か月弱の間同居したにとどまるなど、右の説明のみをもってしては、同一審原告の転居が選択の余地のないものであったとは考え難いのであって、そうであれば、同一審原告は、本件の航空機騒音とこれによる被害を十分認識しながら、あえてこれを容認して平成六年一〇月の転居をしたものと認めざるを得ない。
そして、同一審原告の被害は、騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のように直接生命、身体にかかわるものでないから、厚木基地の公共性並びに米軍機及び自衛隊機の活動の公共性をも参酌して考察すると、特段の事情があることが認められない本件においては、平成六年一〇月の転居後の被害は同一審原告において受忍すべきものであり、右被害を理由として慰謝料の請求をすることは許されないものと解するのが相当である(同一審原告については、東京都稲城市に転居した平成元年一月三一日以降、慰謝料の請求が認められないことに帰する。)。
(4) 一審原告河津勝則(番号一一八)
<証拠略>によれば、一審原告河津勝則は、昭和三八年ころから大和市に居住するようになって、昭和五〇年ころからは同市上草柳三丁目一〇番一五号の借家に居住していたが、昭和五七年一一月七日に現住所の座間市ひばりが丘二丁目七六一番地の四三に転居したことが認められ、同一審原告の居住状況を考えると、航空機騒音による被害をも勘案して新たに厚木基地周辺において居住を開始した者とは同視できないというべきであるから、危険への接近の理論を適用することは相当でない。
(5) 一審原告福田博(番号一四六)
<証拠略>によれば、一審原告福田博は、昭和五二年一月から大和市上草柳一八五番地の二文ヶ岡住宅(借家)に居住していて、航空機の墜落事故の不安や家が手狭になったことから、昭和五七年一〇月一〇日に現住所の海老名市東柏ヶ谷六丁目四番八号に転居したことが認められ、同一審原告の居住状況を考えると、航空機騒音による被害をも勘案して新たに厚木基地周辺において居住を開始した者とは同視できないというべきであるから、危険への接近の理論を適用して、その被害のすべてを同一審原告において受忍すべきものとすることは相当でない。もっとも、<証拠略>によれば、同一審原告は、右転居によりWECPNLが八〇から八五の場所に移転していることが認められ、同一審原告は、右転居に当たっては従前の住居における程度を超える騒音の悪影響ないし被害についてはこれをやむを得ないものと容認したものと考えるのが相当であるから、このことは、損害賠償額の算定に当たって考慮するのが相当である。
(四) なお、一審被告は、コンター区域外に転居した後、再びコンター内に転入した者(番号二一、四八、一四五)については、右転入に当たって被害の容認があったことは明らかであるから、免責法理としての危険への接近の理論が適用されてしかるべきであると主張する。
(1) 一審原告水野和秋(番号二一)
一審原告水野和秋は、第一、一、1のとおり、住宅金融公庫からの融資を受けるために、住民票上、住所を岩手県和賀郡東和町安俵四区一一〇番地一四に移転しただけであって、従前の座間市南栗原三丁目二番三―五一一号ファミネスさがみ野にそのまま居住していたのであるから、右事実によれば、危険への接近の理論を適用する前提を欠くのであって、一審被告の主張は採用することができない(もっとも、昭和五二年八月に周辺地域に転入したから、NLP開始時までは損害賠償額を減額する。)。
(2) 亡橋本千恵子(番号四八)
<証拠略>によれば、亡橋本千恵子は、昭和三八年五月八日から大和市福田三七一七番地に居住していたところ、昭和五七年に居住建物を全面改築したことが認められ、右事実によれば、同人は、右改築のため一時的に同市下和田八三一番地に転居したにすぎないと推認すべきである。一審被告の主張は採用することができない。
(3) 一審原告福田一二(番号一四五)
一審原告福田一二は、別表四のとおり転居しているが、同一審原告は、昭和五七年一月一九日に海老名市東柏ヶ谷二丁目八番二八号に転入してから昭和五九年一〇月五日にコンター区域外の東京都世田谷区に転居するまでの分に係る損害の賠償を請求するにとどまるから、一審被告の主張は、それ自体失当である。
(五) (1) また、一審被告は、厚木基地周辺において複数回転居を実行した一審原告田中護(番号三三)については、右転居に当たって被害の容認があったというべきであるから、免責法理としての危険への接近の理論が適用されると主張する。
一審原告田中護は、別表四のとおり転居しているが、<証拠略>によれば、同一審原告は、昭和五一年七月一〇日から綾瀬市上土棚三六七番地三の鉄工所の事務所に居住するようになり、昭和六〇年一月一四日に父が賃借していた同市上土棚七一二番地所在の建物に転居したこと、同一審原告は、勤務先の社長の知人に頼まれて、住宅防音工事の助成を受けるために、二度にわたり、一時的に藤沢市葛原一九二六番地所在の賃貸住宅に移り住んだこと、その後、綾瀬市上土棚七一二番地所在の建物が取り壊されることになったことから、同一審原告は、平成七年八月七日、現住所である藤沢市葛原一一三五番地の五に転居したことが認められる。右事実によれば、二度にわたる転居は、いずれも一時的なものにとどまるのであって、その間の実質的な生活の本拠は綾瀬市上土棚七一二番地であったと考えられるから、危険への接近の理論を適用することは相当でないが、住宅防音工事の助成を受けるために藤沢市葛原所在の賃貸住宅に転居したことに照らすと、少なくとも右転居の期間中は、騒音の悪影響ないし被害についてはこれをやむを得ないものと容認したものといわざるをえないから、その被害は同一審原告において受忍すべきものである(なお、転入時期にかんがみ、NLP開始時までについて損害賠償額を減額する。)。
(2) 次に、一審被告は、WECPNLの低い場所から高い場所に転居した者について、被害の容認があるというべきであるとして免責法理としての危険への接近の理論の適用があると主張する。
一審原告木村久枝(番号八八)については、さきに検討した。
一審原告後藤和枝(番号一一二)は、別表四のとおり平成九年九月二〇日にWECPNL八〇の場所から八五の場所に転居したことが認められるので<証拠略>、転居後もWECPNL八〇の場所に居住するものとして扱うのが相当である(なお、右の転居先の居室について防音工事がされていたことは確定できない。)。しかし、右転居後の損害について免責法理としての危険への接近の理論を適用するのは相当でない。
また、承継前の一審原告森田武樂夫(番号一五二)は、平成元年四月一日にWECPNL八〇の場所に転居したと認められるが<証拠略>、それ以前の居住場所も工法区分線の内側にあってWECPNL八〇の場所であるから、免責法理としての危険への接近の理論を適用するのが相当とは考えられない。
第一〇消滅時効
一 原審は、過去の損害の賠償請求のうち、居住開始の日の属する月の翌月(又は昭和三五年一月)から昭和五六年一〇月までに生じた損害の賠償請求に関する部分については、消滅時効の完成を理由として一審原告らの請求を棄却したが、一審原告らは、この点の認定判断については不服を申し立てていない。
二 もっとも、一審原告らの控訴の趣旨に照らすと、昭和五六年一〇月一日以降に厚木基地の周辺に居住を開始した者を除いた一審原告らにおいては、居住開始の日の属する月の翌月(又は昭和三五年一月)から昭和五六年九月三〇日までに生じた損害の賠償請求に関する部分に限って不服を申し立てなかったものと解する余地がないとはいえない。
しかしながら、仮に一審原告らにおいて昭和五六年一〇月一日以降に生じた損害の賠償を請求する趣旨であるとしても、同日から同月二一日(一審原告らが本件訴えを提起した日である昭和五九年一〇月二二日から三年前の前日)までに生じた損害についての賠償請求権は、時効により消滅したものであるから、一審原告らの請求は右の限度で理由がないというべきである。その理由は、原判決五五四頁四行目から五五七頁末行までの記載のとおりであるから、これを引用する。
第一一損害賠償額の算定
次のとおり、付加、訂正するほかは、原判決五五八頁二行目から五六三頁八行目までを引用する。
1 原判決五五九頁二行目の<証拠略>の次に<略>を付け加え、三行目のの<証拠略>の次に<略>を付け加え、七行目のの「別表一原告ら損害賠償額一覧表」を「別表一「損害賠償額一覧表」」と改める。
2 原判決五五九頁一一行目の「掲げている。)。」の次に「なお、一審原告森士郎(番号一〇)は平成二年六月に、一審原告倉橋芳枝(番号二七)は平成六年三月に、一審原告久保田良治(番号四七)は平成七年七月に、一審原告矢澤洋二(番号五一)は昭和六三年に、一審原告雨宮松代(番号六五)は平成六年に、一審原告石山イセ(番号一一一)は平成七年四月に、一審原告秋山豊(番号一一四)は平成二年二月に、一審原告福田博(番号一四六)は平成二年一〇月にそれぞれの住所において建物を新築しているので、これも付記している。」を付け加える。
3 原判決五六〇頁二行目の「完成した時点」の次に「、建物新築の時点」を付け加える。
4 原判決五六〇頁一〇行目から一一行目にかけての「(平成三年一二月一六日)の属する平成三年一二月」を「(平成一〇年一二月一七日)の属する平成一〇年一二月」と改める。
5 原判決五六一頁六行目の「計算する。)。」の次に「建物を新築した場合は、すべて翌月(新築の月が明らかでないときは翌年一月)にこれらの事実が生じたものとして計算する。」を付け加える。
6 原判決五六三頁一行目と二行目との間に次のとおり付け加える。
「5 一審原告らのうち、昭和四九年以降NLPの開始前に厚木基地周辺地域に転入した者については、昭和五六年一一月から昭和五七年一月までの間、一か月当たりの慰謝料額を、次のとおりとする。
WECPNL八〇以上八五未満の区域 五〇〇〇円
WECPNL八五以上九〇未満の区域 八〇〇〇円
WECPNL九〇以上九五未満の区域 一万二〇〇〇円
6 一審原告らのうち、工法区分線内において、WECPNLが小さい区域から大きい区域に転居した者については、原則として、従前の区域を基準とした慰謝料額とする。」
7 原判決五六三頁八行目と九行目との間に次のとおり付け加える。
「三 右に述べたところによれば、平成一〇年一二月一七日までに生じた一審原告らの損害の賠償として、一審被告は、別表一「損害賠償額一覧表」中の「氏名」欄記載の一審原告らに対し、それぞれ同一覧表中の一審原告に対応する「損害賠償額合計」欄記載の金員及び右金員のうち、「昭和五九年九月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する昭和五九年一〇月一日から、「平成三年一二月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する平成四年一月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。」
第一二民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立てについて
一 一審被告の右の申立ての理由として主張する事実は、当事者間に争いがない。
二1 一審原告加藤光代(番号九九)の平成一〇年一二月一七日までに生じた損害の賠償請求は、前記第一一記載のとおり、合計八二万〇三八〇円及びうち一五万四〇〇〇円に対する昭和五九年一〇月一日から、うち三一万四六〇〇円に対する平成四年一月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないことになるから、原判決中同一審原告の請求に係る右認容額を超える部分に付された仮執行の宣言はその効力を失うことになる。
右によれば、平成四年一二月二一日(本件の強制執行をした日)において一審原告加藤光代が一審被告に対し請求できる金額は、八二万〇三八〇円並びにうち一五万四〇〇〇円に対する昭和五九年一〇月一日から平成四年一二月二一日までの遅延損害金六万三三二九円及びうち三一万四六〇〇円に対する平成四年一月一日から同年一二月二一日までの遅延損害金一万五三〇〇円の合計八九万九〇〇九円であり、同一審原告は右の限度で強制執行をすることでき、また、これに相応して要する執行手数料一万四〇〇〇円についても一審被告から取り立てることができるにとどまる。
そうすると、一審原告加藤光代は、一審被告に対し、仮執行の原状回復として、別表三「原状回復等請求債権額一覧表」の「小計」欄記載の九四万七一一〇円から右八九万九〇〇九円を控除した四万八一〇一円とこれに対する強制執行の日の翌日である平成四年一二月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
したがって、一審被告の一審原告加藤光代に対する申立ては、右の限度で理由があり、その余は失当である。
2 一審被告のその余の一審原告らに対する民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立ては、本案判決の変更されないことを解除条件とするものというべきであるから、これについては判断を示さない。
第一三結論
一 以上判示したところによれば、一審原告らの請求に対する当裁判所の判断は、次のとおりである。
1 差止請求に係る訴えについて
(一) 第二、一のとおり、原審及び当審において訴訟承継をした一審原告ら(別紙承継一審原告目録記載の各一審原告ら)の訴えのうち差止めを求める部分については、被承継人の死亡により当然に訴訟が終了しているというべきである(原審において訴訟承継をした一審原告らについては、差止めを求める部分について訴訟を提起していない。)。
(二) その余の一審原告ら(一審原告福田一二を除く。)の差止請求に係る訴えのうち、自衛隊機に関する差止請求に係る訴えは不適法であるからこれを却下すべきであり、米軍機に関する差止請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。
2 損害賠償請求に係る訴えについて
(一) 本件における損害賠償請求は、人格的利益の侵害を理由に慰謝料及びこれを訴求するために必要な弁護士費用相当額の賠償を請求するものであるところ、既にみたとおり、その請求権は日々新たに発生するものであって、口頭弁論の終結前に死亡した被承継人らについては、その死亡後に発生する余地がなく、したがって、これを承継することもないから、被承継人らが死亡した後の損害賠償を求める部分(過去の損害賠償請求の一部及び将来の損害賠償請求の全部)については、被承継人の死亡により当然に訴訟が終了しているというべきである。
原審において訴訟承継した一審原告らの被承継人ら死亡後の損害賠償を求める部分については、原審において当然に訴訟が終了したところ、右一審原告らは右部分については控訴を提起していない。
当審において口頭弁論の終結前に死亡した被承継人ら(別紙承継一審原告目録(当審)欄記載の被承継人ら)の死亡後の損害賠償を求める部分は、その死亡により当然に訴訟が終了した。
(二) (1) (一)を除くその余の一審原告ら(一審原告福田一二を除く。)の平成一〇年一二月一八日以降に生ずべき損害の賠償請求は、不適法であるから却下すべきである。
(2) 一審原告らの平成一〇年一二月一七日までに生じた損害の賠償請求は、別表一「損害賠償額一覧表」中の「氏名」欄記載の一審原告らにつき、それぞれ同一覧表中の一審原告に対応する「損害賠償額合計」欄記載の金員及び右金員のうち、「昭和五九年九月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する昭和五九年一〇月一日から、「平成三年一二月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する平成四年一月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は(一)のとおり当然終了した部分を除き失当としてこれを棄却し、その余の一審原告らにつき、当然終了した部分を除きすべて失当として棄却すべきである。
(3) また、一審原告ら(一審原告福田一二を除く。)の米軍機及び自衛隊機の夜間飛行等の差止請求及び騒音到達の禁止請求に関する弁護士費用に係る損害の賠償請求は、理由がないからこれを棄却すべきである。
二 したがって、差止請求に係る訴えにおいて、自衛隊機に関する差止請求を棄却し、米軍機に関する差止請求に係る訴えを却下した原判決は不当であるから、自衛隊機に関する差止請求については、これを棄却した部分を取り消して、右請求に係る訴えを却下すべきであるが、米軍機に関する差止請求については、右請求に係る訴えを却下した部分については一審原告らのみが控訴を提起しているので、右部分を取り消して請求を棄却することは不利益変更禁止の原則に触れると考えられるから、右却下部分に対する一審原告らの控訴はこれを棄却すべきである。そして、損害賠償請求に係る訴えにおいて、平成三年一二月一六日までに生じた損害の賠償請求については右一の判断と異なる限度で原判決は不当であり、同月一七日以降に生ずべき損害の賠償請求については正当であるというべきであるが、当審において右の将来の請求の一部が当然に現在の請求となったため、一部修正をしなければならなくなったので、原判決を変更することとする。
また、一審被告の一審原告加藤光代に対する民訴法二六〇条二項の裁判を求める申立ては、前記の限度で理由があるからこれを認容すべきである。
なお、仮執行の宣言はこれを付するが、仮執行の免脱の宣言は、相当でないからこれを付さないこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩井俊 小圷眞史 高野輝久)
当事者目録<略>
指定代理人目録<略>
代理人目録<略>
承継一審原告目録<略>
別表一 損害賠償額一覧表<略>
別表二 請求額一覧表<略>
別表三 原状回復等請求債権額一覧表<略>
別表四 一審原告らの住所・転入時期等一覧表<略>
別表五1 最高音<略>
別表五2 七〇ホン以上の騒音の一日最高測定回数<略>
別表五3 七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数<略>
別表五4 八〇ホン以上の騒音が占める割合<略>
別表五5 七〇ホン以上の騒音の一日における最高持続時間<略>
別表五6 七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間<略>
別表五7 深夜早朝(二二時から翌六時まで)の最高音<略>
別表五8 深夜早朝(二二時から翌六時まで)の騒音の一日最高測定回数及び平均測定回数<略>
別表五9 日曜日の最高音<略>
別表五10 日曜日の騒音の一日最高測定回数及び平均測定回数<略>
厚木飛行場管理区分図<略>
(別冊)
一審原告ら最終準備書面<略>
一審原告ら最終準備書面別冊(引用図表)<略>
一審被告最終準備書面<略>
一審被告最終準備書面引用図表<略>
(参考)第一審(横浜地裁昭和五九年(ワ)第二五五二号 平成四年一二月二一日判決)
主文
一 差止請求に係る訴えについて
1 原告ら(但し、別紙当事者目録一記載の原告らを除く。)の訴えのうち、米軍機について夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止を求める部分をいずれも却下する。
2 原告ら(但し、別紙当事者目録一記載の原告らを除く。)の請求のうち、自衛隊機について夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止を求める部分をいずれも棄却する。
二 損害賠償請求に係る訴えについて
1 原告ら(但し、別紙当事者目録一記載の原告らを除く。)の訴えのうち、平成三年一二月一七日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生ずると主張する損害の賠償を求める部分をいずれも却下する。
2 被告は、別表一原告ら損害賠償額一覧表中の「原告氏名」欄記載の各原告に対し、それぞれ同表中の各原告に対応する「損害賠償額合計」欄記載の金員及びそのうち「昭和五九年九月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する昭和五九年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 前項記載の原告らの平成三年一二月一六日までに生じたと主張する損害に係るその余の賠償請求(但し、別紙当事者目録二記載の原告らの請求については、被承継人死亡後の分を除く。)、その余の原告らの平成三年一二月一六日までに生じたと主張する損害賠償請求(但し、別紙当事者目録三記載の原告の請求については、被承継人死亡後の分を除く。)及び原告らの第一項の訴えに関する弁護士費用の損害賠償請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、第二2項記載の原告らに生じた費用の一〇分の九と被告に生じた費用の六〇分の四五を同原告らの負担とし、同原告らに生じたその余の費用と被告に生じた費用の六〇分の五を被告の負担とし、また、その余の原告らに生じた費用と被告に生じたその余の費用を同原告らの負担とする。
四 この判決は、第二2項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨(但し、原告福田一二(原告番号一四五)については、1及び3を除く。)
1 被告は、各原告に対する関係において、自ら又はアメリカ合衆国軍隊をして、
(一) 厚木海軍飛行場(この名称については、請求原因1、2参照。)において、毎日午後八時から翌日午前八時までの間、一切の航空機を離着陸させてはならず、かつ、一切の航空機のエンジンを作動させてはならない(以下、この請求を「夜間飛行等の差止」という。)。
(二) 厚木海軍飛行場の使用により、毎日午前八時から午後八時までの間、原告らの居住地に六五ホン(ホンA、又はデシベルA)を超える一切の航空機騒音を到達させてはならない(以下、この請求を「騒音到達の禁止」という。)。
2 被告は、原告らに対し、別表二損害賠償請求額一覧表D欄記載の各金員及び同一覧表A欄記載の各金員に対する昭和五九年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
3 被告は、原告らに対し、昭和五九年一〇月一日から、第1項(一)の夜間飛行等の差止及び同項(二)の騒音到達の禁止が実現されるまで、一か月につき各二万三〇〇〇円を当該月の末日ごとに支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えをいずれも却下する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
当事者の主張の要旨は次のとおりであるが、その詳細は、原告らについては、別冊「厚木基地爆音公害訴訟(第二次)第一審最終準備書面(第一分冊、第二分冊)」及び「最終準備書面別冊(引用図表)」記載のとおりであり、被告については、別冊「横浜地方裁判所昭和五九年ワ第二五五二号航空機離着陸差止等請求事件最終準備書面(第一分冊、第二分冊)」及び「最終準備書面別冊最終準備書面引用図表」記載のとおりである(以下、最終準備書面の別冊引用図表については、「原告ら引用図表」「被告引用図表」という。)。
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告らは、厚木海軍飛行場(昭和三六年四月一九日調達庁告示第四号による名称である。以下、慣用に従い便宜「厚木基地」という。)に近接する綾瀬市、大和市、相模原市、座間市、海老名市、藤沢市等の区域内に居住する、あるいは過去に居住していた周辺地域住民であり、その居住地は、別表三原告らの住所・転入時期等一覧表記載のとおりである。
(二) 被告は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」(昭和三五年六月二三日条約第六号。以下「安保条約」という。)及び「同条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(昭和三五年六月二三日条約第七号。以下「地位協定」という。に基づき、厚木基地をアメリカ合衆国に提供して、同国軍隊(以下「米軍」という。)にその使用を許すとともに、厚木基地内に海上自衛隊厚木飛行場(後記2(三)にいう自衛隊管理共同使用区域、あるいは被告引用図表第一図の赤斜線部分である。以下、この部分のみを指すときは「海上自衛隊厚木飛行場」あるいは「飛行場区域」といい、厚木基地というときは、海上自衛隊厚木飛行場を含む全体の区域を指す。)を設置し、その管理の下で、自らこれを使用している。
2 厚木基地の概要、沿革、管理区分等
(一) 厚木基地は、神奈川県の中央部東側に位置し、大和市、綾瀬市、海老名市の三市にまたがっている。
同基地は、南北方向に延びる幅四五メートル、長さ二四三八メートルの滑走路(その南北両端には、各三〇〇メートルのオーバーラン部分がある。)を有し、その面積は約五一一万三六三三平方メートルである。
(二) 厚木基地は、昭和一三年に旧日本海軍によって航空基地と定められ、昭和一六年から使用が開始された。戦後米軍に接収され、昭和三〇年ころからジェット機が飛来するようになったため、昭和三二年から三五年にかけて滑走路延長工事、安全地帯の追加提供、滑走路のかさ上げ工事が行われ、昭和三五年には、大型ジェット機の離着陸が開始された(なお、原告らは本訴において昭和三五年以降の損害賠償を請求している。)。
昭和四六年に、厚木基地のうち飛行場施設の大部分が日本政府に返還され、海上自衛隊の管理下で、飛行場区域を米軍と海上自衛隊が共同使用することとなった。その結果、自衛隊のプロペラ機やヘリコプター等も、米軍のジェット機等とともに、厚木基地において離着陸を行うようになり、昭和四八年には海上自衛隊航空集団司令部が厚木基地に移駐した。同年一〇月からは、空母ミッドウェーがしばしば横須賀港に入港し、同空母の艦載機が飛来するようになった。
その後、昭和五四年には、大規模な滑走路の改修工事が行われ、昭和五七年二月からは、空母ミッドウェー艦載機の夜間連続離着陸訓練(以下「NLP」という。)が開始された。平成三年九月からは、空母ミッドウェーに替わり、より大型の空母インディペンデンスが横須賀港に入港し、その艦載機が飛来するようになった。
(三) 右のとおり、厚木基地は、当初被告が設置し、昭和一六年ころから使用していた施設であるが、戦後は米軍の接収期間を経て、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約」(昭和二七年四月二八日条約第六号。以下「旧安保条約」という。)の下では、「同条約三条に基づく行政協定」(以下「行政協定」という。)二条一項に基づき、安保条約の下では、地位協定二条一項aに基づき、昭和四六年六月三〇日まで、いずれも米軍の管理下で、専らその使用に供されてきた。
その後、飛行場区域が我が国に返還され、昭和四六年七月一日以降は、同区域を被告(海上自衛隊)が管轄管理することとなった。被告は、地位協定二条四項bにより、米軍に同区域の一時使用を認めて現在に至っている。すなわち、厚木基地は、原告ら引用図表の図一記載のとおり、米軍専用区域(同図凡例の2(1)―a地区)、米軍管理共同使用区域(同2(4)―a地区)及び自衛隊管理共同使用区域(同2(4)―b)に区分される。米軍専用区域は、米軍の管理、使用下にある部分であり、米軍家族住宅、ゴルフ場などがある。また、米軍管理共同使用区域は、米軍の管理のまま、自衛隊が米軍と共同使用している部分であり、司令部、病院、消防署、兵舎、レクリェーションセンターなどがある。自衛隊管理共同使用区域は、被告の海上自衛隊において管轄管理し、米軍に対して一時使用を認めている部分であり、滑走路、管制施設などを含む厚木基地の中枢部分である。
3 侵害行為
(一) 航空機騒音
(1) 飛行騒音
i 騒音状況の推移
厚木基地周辺の騒音調査は、神奈川県が中心となって、昭和三五年から開始された。その後徐々に測定態勢が整えられ、昭和四五年(一部では昭和四四年)からは、八か所程度の固定点で継続的に騒音測定が行われるようになり、現在に至っている。
昭和三五年以降の騒音状況のデータによれば、次のような事実が明らかである(なお、後記のとおり、騒音の測定単位としてホンA・デシベルAが用いられるが、以下、測定された航空機騒音を表すときは、原則として「ホン」といい、これをもってホンA・デジベルAを意味することとする。但し、実験結果等を示すときは、デシベル等の表現を用いることもあり、過去の測定であるためホンA・デシベルAによる測定値であるか否か必ずしも明確でない場合についても、いちいちその旨を断らない場合がある。)。
ア 昭和三五年の訓練飛行は激しく、九月六日には一日に九八三機が観測されている。昭和三七年の地上整備音(エンジンテスト音)の測定によれば、滑走路中央から東一・五キロメートル地点で、午後七時から一〇時までの間、ほとんど連続して七〇ホン以上の地上整備音が響き、持続時間一時間四五分四八秒、最高音一〇五ホンに及んだことがあった。昭和三九年の善徳寺(滑走路北端から北へ約一キロメートル)における測定では、一日の最多測定回数が七九一回に及び、日曜日や深夜の飛行も多かった。
イ 昭和四〇年前半までは、激しい騒音状況が続くが、その後やや減少する。しかし、昭和四三年以降も、最高音一二三ホン、一日の最高騒音測定回数(七〇ホン以上。以下同じ。)が一九九回、一日の最高騒音持続時間が三時間二〇分という測定値がみられ、日曜日や深夜の飛行も多い。昭和四五年には、一三五ホンの騒音が記録されている。騒音がやや減ったのは、海上自衛隊が厚木基地の使用を開始した昭和四六年ころである。
ウ 昭和四八年一〇月以降空母ミッドウェーが横須賀港に入港するようになってからは、空母艦載機の離着陸や周辺空域での飛行が特定の日に集中し、編隊飛行も行われて、集中的かつ大きな騒音が発生するようになった。昭和四九年以降の騒音測定回数は、明確に増加の傾向を示し、特に昭和五四年一〇月から一二月にかけて滑走路の大改修を行った後(昭和五五、五六年)の騒音増加が著しい。野沢宅(滑走路北端から北一キロメートル)及び月生田宅(滑走路南端から南南東〇・八キロメートル)についてみれば、一日の最高騒音測定回数は、野沢宅で二六六回(昭和五五年五月)、月生田宅で二三〇回(昭和五六年一〇月)であり、日曜日の飛行は、両地点とも一日あたり一〇ないし一五回、深夜(二二時から六時まで)の飛行は、同じく〇・五ないし一・〇回であるが、日曜日でも飛行の多い日には、五〇回前後ないし八〇回に及ぶこともあり、深夜の飛行も、野沢宅では最高一八回、月生田宅では二四回を記録している。
エ 昭和五七年二月NLPが開始され、騒音の程度、測定回数等は、年を追うごとに激化してきた。最高音は、一一〇ホン程度以上を記録し、一日の最高測定回数は、昭和六二年一月六日に六二七回を記録している。一日平均測定回数も、昭和五五、六年ころの約二倍程度になっている。一日の最高騒音持続時間は、野沢宅で四時間五四分七秒、月生田宅で三時間四四分七秒に達している。日曜日の飛行状況は、野沢・月生田両宅とも、一日平均およそ一一ないし二三回であるが、一日五〇回前後になる日も少なくなく、一〇〇回前後に及ぶこともあり、最高は、野沢宅で一四七回、月生田宅で一一九回である。深夜の騒音は、右両宅とも一日平均〇・六ないし一・五回であるが、野沢宅で最高四九回、月生田宅で最高四四回が記録されたこともあり、年を追って増加傾向にある。
ii 空母艦載機による騒音
昭和四八年一〇月、空母ミッドウェーが横須賀港を母港としてからは、騒音回数が次第に増加し、ミッドウェーの横須賀入港中の騒音密度は非常に高いものとなっている。
ミッドウェー艦載機は、ミッドウェー入港三日前くらいに厚木基地に飛来し、その出港三日後くらいに帰艦する(残留するものもある。)。この間、艦載機は、厚木基地に駐留して、修理、補給、訓練等を行う。ミッドウェーは、延べ日数にして一年のうち約半年近く横須賀港は滞在しているから、艦載機は半年以上厚木基地に駐留していることになり、この間、特に集中的に周辺地域を騒音の渦に巻き込んできた。すなわち、厚木基地には、ミッドウェーが出港しているときにも、自衛隊機、米軍常駐機、ミッドウェー艦載機の残留機、他の基地からの連絡機、ミッドウェー以外の艦船の艦載機等が常時離着陸しているが、これに加えて、ミッドウェーの入港時やその前後には、その艦載機が大挙飛来、駐留して、昼夜を問わず訓練飛行や離着陸を繰り返し、地域全体を騒音の嵐に巻き込んでいるのである。
iii NLPの実態
昭和五七年二月以降行われるようになったNLPは、艦載機による騒音渦に輪をかけるものである。
NLPは、通常一七時ころから二二時までの時間帯に行われ、艦載機が厚木基地西側の場周経路(天候によっては、東側のGCA場周経路)を用いて旋回しながら、滑走路上でタッチ・アンド・ゴー(航空機が着陸後、惰性の落ちないうちにエンジンを全開し、再離陸する方法)やロー・パス(滑走路上に車輪を接地せずに低空飛行して再上昇する方法)を繰り返す。通常二機が場周経路上に入り、交互に目標点への着地訓練をする。これによって、周辺地域は、一分半ないし三分に一回の飛行騒音に見舞われる。NLPは、年間概ね四〇日ないし六〇日実施され、七、八月に特に多い。年末年始の時期にも頻繁に行われている。
NLPが実施された昭和六〇年一一月一日の野沢宅における測定を例にとれば、この日は早朝五時四五分から騒音が発生し、午前六時には既に九八ホンを記録している。午前九時台には相当の騒音回数に達し、昼休みも爆音が繰り返された。午後四時までは約二分に一回、それ以降午後九時までは一分に一回の騒音が続き、四八六回目の騒音が止んだのは、午後一〇時四二分であった。記録された最高音は、午後七時台の一一三ホンであり、最高騒音持続時間は、同じく七時台の二四分四四秒である。子供の勉強、家族そろっての夕食や会話、テレビ視聴、音楽鑑賞、睡眠のすべてが爆音によって妨げられている。
iv 機種ごとの騒音ピークレベル
厚木基地から南北約一キロメートルにおいて測定された機種ごとの騒音ピークレベルは、次のとおりである。
ジェット機では、A―七コルセア、F―四ファントムが一二〇ホン(なお、これらの機種は、昭和六一年にFA―一八ホーネットに替わり、同機の騒音最高値は一二五ホンに達している。)、A―六イントルーダーが一〇三ないし一一五ホン、A―四スカイホークが八五ないし一〇五ホンである。プロペラ機では、輸送機のC一三〇、C一一七が八〇ないし九五ホン、対潜哨戒機S―二トラッカーが七〇ないし九八ホン、同P―三オライオンが七八ないし九三ホン、早期警戒機E―二ホークアイが七〇ないし九五ホンである。ヘリコプターのS―六一は八〇ホンである。
自衛隊機(すべてプロペラ機)のYS―一一、P―二J、B―六五の最高音は、いずれも九八ホンに及んでいる。
(2) 地上騒音
エンジンテスト、ランアップ等に伴う地上騒音も無視できない。前者は、ジェットエンジンを取り外し、修理した後のテスト音、後者は、地上におけるジェット機のエンジン駆動音であるが、特にエンジンテスト音は、その音量も大きく、変動しながら長時間継続し、早朝や深夜にも行われることから、周辺住民に大きな被害を与えてきた。
(二) 振動・排気ガス
ジェット機は、激しい爆音を発生させるだけでなく、地上に強い振動を惹き起こし、低空を飛行することにより、排気ガスや煤煙等を撒き散らす。
(三) 墜落等事故の危険
昭和二七年から平成元年までの三八年間で、厚木基地に関連した事故及び厚木基地周辺で発生した事故は二一二件にのぼり、その内訳は、墜落七五件、不時着四四件、落下物五七件、その他三六件である。このうち一一五件が、厚木基地周辺の六市内で発生している。右期間の死傷者は、乗員や軍属を除いても、死者二〇名、負傷者六一名にのぼる。
厚木基地周辺は人口稠密地帯であり、原告らは、いつ自分の居住地や勤務先で事故に遭遇しても不思議でない状況のもとに置かれ、絶えず事故の不安と恐怖に怯えながら、事故を想起させる強大な爆音にさらされつつ生活することを余儀なくされている。
4 被害
(一) 騒音による被害は、まず、うるさい音に暴露されるということそれ自体である。原告らは、前項記載のとおりの騒音に暴露されているところ、これらの騒音は、「航空機騒音に係る環境基準について」(昭和四八年一二月二七日環境庁告示第一五四号、以下「航空機騒音に係る環境基準」ということがある。)において定められた基準値(専ら住居の用に供される地域においてはWECPNL七〇以下、これ以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域においてはWECPNL七五以下。)やその他の騒音に関する諸規制値を超えるものである。その結果、原告らにおいて、聴覚的不快感を生じ、注意が拘束され、更に様々な二次的、三次的障害が生じてくる。
騒音による被害は、不快感を中心とするものであるから、うるささだけではなく、それへの対処に伴う精神的心理的過程を含めて理解することが重要である。また、騒音による各種被害は、相互に密接不可分であるから、個々の被害を全体として総合的に把握する視点が必要不可欠である。以下において各種被害を一応区分して主張するのは、人格権ないし環境権の侵害の内容を具体化し、騒音との結び付き等を明らかにし、被害の構造及び全体像を明らかにするためである。
(二) 生活破壊
(1) 会話、通話妨害
爆音によって、コミュニケーションの基本である会話が著しく妨害される。また、通信手段として極めて重要な電話についても同様である。
会話妨害は、声が届かない、聞き取れないというその間だけのことをいうのではなく、大声を出さなければならないこと、話の流れを寸断され、雰囲気を壊されること、聞く者も耳をそばだてなければならないこと、会話に集中できなくなること、会話をやめてしまうこと、電話による通話が中断の繰り返しで必要以上に長引くこと、これらの事態の発生により心理的影響が持続することなど、すべてが会話妨害である。物理的に何秒間声が届かなかったかなどという騒音持続時間の長短の問題ではない。
(2) テレビ、ラジオの視聴妨害
テレビやラジオは、日常生活に不可欠な情報媒体であり、爆音によるその視聴妨害は、原告らの生活に重大な支障を及ぼしている。爆音により音声が聞こえなくなることはもちろん、画像が乱れたり、線が入ったりすることも多い。重要な部分を聞き落としたり、見逃したりすることによって、全体の意味がわからなくなることもあり、不便や苦痛は大きい。
(3) 読書、音楽等趣味生活と知的活動の妨害等
爆音は、思考や精神の集中を妨げ、読書や執筆等の知的活動を不可能にする。また、音楽鑑賞や演奏をはじめ、あらゆる趣味の趣向を損ね、原告らから生活のうるおいを奪っている。そのほかにも、礼拝等宗教的活動に必要な静寂さを奪い、ペットの動物に対しても様々な影響を与えている。
(4) 教育、保育に対する悪影響
乳幼児を持つ親達は、騒音のもたらす恐怖感が乳幼児の人格形成に影響するのではないかとの不安を捨て去ることができない。また、騒音による授業等の妨害・中断は、幼稚園における保育や学校における教育にも支障を及ぼしている。更に学齢にある者にとって、騒音は、学校や家庭における日常の学習や受験勉強の大きな阻害要因となっている。
(5) その他家庭生活への悪影響
日常生活のあらゆる場面で、爆音は、苦痛と混乱をもたらす。例えば団欒の時間を奪われてイライラがつのり、意思の疎通が円滑にいかなくなって家族間に不和が生じることがある。また、来客のもてなし、遠隔地の家族との同居、近所との連絡、行事、冠婚葬祭等に支障が生じることもある。
(6) 交通事故の危険
ジェット機の爆音によって、自動車の接近音やクラクション、シグナルの警笛音等周囲の音を聞くことができず、また、ジェット機の離着陸等やその爆音に気をとられて、交通事故の危険が増大する。
(7) 職業生活の妨害
爆音は、様々な形で原告らの仕事の遂行に悪影響を及ぼしている。例えば、厚木基地周辺に事務所等を置いて仕事をする者にとっては、爆音が直接その業務を妨げることになる。また、自宅へ仕事を持ち帰ったり、自宅で仕事の準備をしたりする者にとっても、大きな負担である。爆音による睡眠不足が仕事に与える影響も深刻であり、特に夜勤等の変則勤務に従事する者への影響は大きい。仕事上必要なコミュニケーションも取りにくくなっている。屋外で作業する者にとっては、爆音は衝撃となって仕事に影響を及ぼす。爆音が高度の精神的集中を必要とする精密作業や知的作業を妨害し、業務の危険性を増す場合もある。
(三) 睡眠妨害
深夜早朝に繰り返される飛行、NLPやエンジンテスト等により、十分な睡眠をとることができない。一旦目が覚めればすぐに再び寝入ることができるとは限らず、睡眠妨害は、爆音が続いている時間だけにとどまらない。十分な睡眠をとれないこと自体が重大な苦痛であり、このことがまた生活や仕事にも深刻な影響を与える。このため、睡眠薬や精神安定剤を服用する者も少なくない。
(四) 精神的被害
飛行機ことにジェット機の衝撃的な爆音は、恐怖感、緊張感、圧迫感、墜落への不安感等を生じさせ、これによる精神的ダメージ自体が大きな被害となっている。ヘリコプターやエンジンテストの音も、飛行騒音とは別のうるささがあり、精神的被害に輪をかけている。爆音による精神的ダメージは、老人や障害者など弱い立場にある人々にとって、より強烈である。また、爆音は、戦争体験等それぞれの恐怖体験を想起させ、原告らに精神的苦痛を与えている。
(五) 身体的被害
航空機騒音に伴う不快感の結果として、原告らの身体にはストレスの負荷が生じ、他のストレスに対する抵抗力が弱まっている。そして、他のストレスの負荷により、疾病や不健康状態が現実に生じ、あるいは生じ得る状態である。
(1) 聴覚への障害
圧倒的な爆音にさらされると、一時的な聴力障害が生じる。その後、耳鳴りに悩まされる段階を経て、やがて永久的な聴覚障害(難聴)となる。
(2) 聴覚以外の身体的被害
爆音のためにストレスがたまり、従来は正常血圧だった者が高血圧になっている。また、現に高血圧の者は、騒音の血圧への影響について、大きな不安を持っている。そのほかにも、爆音による身体の変調として、頭痛、肩凝り、不眠、胃の病気、食欲不振などがある。
(3) 乳幼児等の発育に対する影響
激甚な騒音により、乳児が哺乳を妨げられたり、ひきつけや痙攣を起こしたりすることがある。また、発育に不可欠な睡眠が十分とれないというような様々な生理的悪影響が生じている。そして、地域の子供達の身体的成長をも阻害する結果をもたらしている。
(4) 療養の被害
爆音は、病気等で療養中の者に対しては、より一層ひどいダメージを与える。病気の治癒を遅らせたり、かえって悪化させたりする。
(六) 財産的被害
爆音及び航空機の飛行に伴い、原告らは様々なかたちで財産上の被害を被っている。
まず、爆音があるため、本来不要な出費を余儀なくされる。例えば、爆音による通話妨害のため、電話代が余計にかかり、長距離通話の場合など決して少なくない金額となる。防音室で利用するクーラーの電気代も無視できない。受験生が遠くの図書館で勉強するために支出する交通費等、爆音を避けるための費用もかかる。
また、爆音のため、保有する財産の資産価値が減少したり、収入の減少をもたらすことがある。例えば、不動産の価値が本来よりも低く見積もられて売却が困難になっている。アパートの賃貸にも支障が生じる。爆音が直接間接に仕事を妨害し、収入が減少することも多い。
更に、爆音による振動が壁、天井等のひび割れやはげ落ちを生じさせるなど、家屋に損傷を与えるほか、飛行機から排出される排気ガスや油煙などによる洗濯物の汚損などの被害もしばしば見られる。
(七) 周辺実態調査等に示される被害実態
右にみたような被害は、ひとつ原告らのみにとどまるものではなく、厚木基地周辺住民一般にも及んでおり、このことは、厚木基地周辺住民に対するアンケートや実態調査等の結果にも現れている。
すなわち、本件飛行場周辺の被害に関しては、厚木基地爆音防止期成同盟(以下「厚木爆同」という。)が、昭和三七、四一、五五、五八年に、主として同盟会員を対象に騒音被害に関するアンケート調査を実施し、様々な被害について分類・集計が行われているほか、周辺自治体等によるアンケート調査・意識調査、日本医科大学生理学教室高橋悳らによる子供の発育に対する影響の調査研究(昭和四〇、四一年)、財団法人労働科学研究所による厚木基地周辺実態調査研究(昭和五八年)等があり、これらの調査研究等は、原告らの被害を客観的に裏付けている。
また、他の飛行場(大阪国際空港、横田基地、福岡空港、小松基地)における周辺住民へのアンケートや実態調査等においても、同様な被害が存在することが示されており、原告らの被害を一層客観的に確認することができる。
5 住民・自治体の被害解消努力と国及び米軍の対応
(一) 住民の運動
厚木基地周辺住民の爆音に対する運動の経過は、航空機の爆音による被害の重大さを映し出す鏡であり、周辺住民の長年にわたる苦痛と損害、被告の責任の重大さを知る上において不可欠である。
右運動は、厚木爆同を中心として行われてきた。厚木爆同は、昭和三五年に被害住民の組織として結成され、以後一貫して厚木基地の機能拡大に反対し、爆音公害や航空機事故の防止のため、多様な運動を精力的に推進し、今日では全住民一丸となっての運動に発展してきている。これまでに横浜地方法務局及び神奈川県人権委員会に対する救済申立、飛行規制協定締結の申し入れ並びにテレビ受信料不払い運動の開始(以上昭和三六年)、国政調査権発動を求める国会への請願(昭和三九年)、防衛施設庁への解決事項申し入れ及び実力行使の検討(昭和四三、四四年)、自衛隊移駐に対する反対運動(昭和四五ないし四八年)、空母ミッドウェーの横須賀母港化反対運動(昭和四七、四八年)、第一次爆音差止訴訟の提起(昭和五一年)、本件訴訟の提起(昭和五九年)等の活動をはじめとして、様々な署名運動、請願活動等が行われてきた。
(二) 地方自治体の立場と活動
神奈川県をはじめ、厚木基地周辺各自治体も、基本的には住民の運動と足並みを揃えながら、騒音問題に取り組んできた。すなわち、神奈川県による周辺地域の騒音調査の開始(昭和三五年)、米軍機墜落事故等の発生に伴う県議会及び関係市議会による様々な決議並びに各自治体による抗議・申し入れ・要請等、基地関係県市町連絡協議会による基地返還の要望(昭和四五年)、大和市の自衛隊移駐反対意見書の提出(昭和四六年)、空母ミッドウェーの横須賀母港化に反対する旨の大和市、同市議会等の意見書提出(昭和四七、四八年)、その他騒音軽減措置を求める様々な要望・要請・申し入れ等が行われてきた(自治体等の要請・決議状況については、原告ら引用図表の表三一のとおりである。)。
各自治体の対応は、厚木基地周辺住民の受けている被害が地方行政の立場からも放置しえない深刻な状態に立ち至っていることを反映するものであり、厚木基地の反公共性を浮彫りにするのみならず、厚木基地周辺地域が軍用基地の存在を前提とする地域特性を有することについて社会的承認が存在するという事実がないこと及び被告による周辺対策が深刻な基地被害発生の防止に資するところがないことを示すとともに、膨大な要望・要請がされたにもかかわらず、これらを無視して顧みなかった被告の姿勢の不当性と責任を明らかにするものである。
(三) 国・米軍の対応と基地機能の強化拡大
騒音被害の深刻さについては、内閣総理大臣、防衛庁長官等もこれを認める発言を行っている。然るに、被告は、滑走路延長工事の実施(昭和三二年)、基地敷地の追加提供(昭和三三年)、滑走路かさ上げ工事の実施(昭和三四、三五年)、自衛隊移駐(昭和四六年)、ミッドウェー横須賀母港化の承認(昭和四八年)、全天候型ILS装置の新設を含む滑走路等の大改修・整備(昭和五四年)、対潜哨戒機P―三Cの配備(昭和五六年)、NLP実施の容認(昭和五七年)等により、基地機能を拡大し、騒音の激化を招いてきた。
これまで米軍の行ってきた飛行コース変更等の騒音軽減措置、日米合同委員会の合意による厚木飛行場周辺の航空機の騒音軽減措置(昭和三八年)、飛行高度の規制措置の改定(昭和四四年)等は、いずれも騒音を減少させるに十分ではなく、また、被告が大金を投じて実施している住宅防音工事等の周辺対策も、決して有効な方法ではない。音源対策を施さないまま周辺対策で足りるとする被告の態度は、基地の強化、恒久化を目指すものに他ならず、被告の対策の貧困と誤りを示すものである。
6 人格権・環境権
(一) 原告らは、憲法一三条及び二五条に基づき、静穏かつ自由にその私的生活及び社会的生活を継続し、人間たる尊厳にふさわしい生活を営む権利の総体である人格権と、環境素材を平等に共有し、これを保全し、享受する権利としての環境権(とりわけ生活が支障なくできる程度の静穏に対する権利)を保有している。これらの権利は、およそ人が生存し、生活をするための基礎となる権利である。
(二) 人格権
人格権(包括的あるいは一般的人格権)は、様々な人格的利益が侵害され又は侵害されようとする場合に、侵害行為の差止を請求する根拠ないし不法行為法において保護されるべき利益として、判例及び学説上確立された権利である。その実定法上の根拠は憲法一三条であり、同二五条も反面からこれを裏付けている。
本件においては、米軍機や自衛隊機の発する騒音等により、原告らは、各種の生活妨害や健康被害を受けている。このことは、自らの身体を侵されたり、その危険に曝されたりすることなく、静穏かつ自由にその私的生活及び社会的生活を継続することができるという、原告ら各個人の有する利益が著しく侵害されているものというべく、このような人格的利益は、それ自体個々人の尊厳ある生存や生活と切り離すことのできないものであり、一般的人格権の構成部分として位置付けられるべきものである。
(三) 環境権
環境権は、公害や環境破壊からの自由、あるいは政府の施策等による積極的な環境破壊を受けない権利という自由権としての側面と、国家や公共団体に環境保全・改善のための積極的な配慮や施策を要求する権利という社会権としての側面がある。すなわち、環境は、人間の生活する場として、最低限侵してはならない水準を持つ。環境が破壊されれば、人格権も侵害される場合が多いであろうが、それに至らない場合あるいはそれに至る以前でも、人は、自由権としての環境権によって、生きるための最低限度の水準をもつ環境を、生存の基本的な条件として確保できるはずである。環境権侵害による被害は、自らの生存する条件である最低限度の環境が害されることそれ自体である。自由権としての環境権は、憲法一三条を根拠とし、同二五条によって反面から裏付けられている。
本件において、原告らは、自由権ないし自然権としての環境権に基づき、自らの生活を規定する周辺地域の環境を被告の侵害から守り、人が住むに値する水準にすることを求めるものである。厚木基地周辺において断続的にしかも昼夜を問わず騒音に曝される環境は、人が健康に通常の生活を営むことができるものとはいえず、原告らの環境権は侵害されているというべきである。
7 差止請求
(一) 人格権・環境権に基づく差止請求権
人格権・環境権は、およそ人が生存し、生活をするための基礎となる権利であり、支配権たる性格を有するものである。公害の排出等によって、人格権・環境権が反復継続して侵害されれば、人の生存や生活の基盤は根底から脅かされることになる。このような場合、過去になされた侵害行為について損害賠償が認められるだけでは不十分であり、その侵害行為の差止によって、違法状態の排除を直接に実現すべきである。ことに人の生存や生活の基礎たる人格的利益が深刻に侵害されている場合には、その侵害行為の差止によって、被害を受けている者の地位の根本的な保全・回復を図るとともに、違法行為の継続と被害の拡大を防止すべしとする法理は、既に確立されてきている。騒音公害による人格的利益の侵害、特に人の健康に関わる侵害行為は、緊急に差し止められなければならないというべきである。
(二) 本件侵害行為について
(1) 基地周辺住民が激しい航空機騒音等に曝される場合、その被害は極めて深刻である。例えば、人の睡眠は、四〇ホンのレベルにおいて阻害され、五〇ないし六〇ホンのレベルの騒音は、会話を妨害し、継続的思考を中断させ、学習や作業能率に悪影響を与える。このような状況が断続的に続けば、音声によるコミュニケーションはもちろん、読書や休息も著しく困難となり、精神面でも平穏な状態を保つことが難しくなる。また、このような被害の累積により、毎日の生活が円滑に送れなくなり、被害は一層拡大する。更に、六〇ホン以上の騒音暴露のもとでは、内分泌系、自律神経系に変化が生じるとの被検データがあり、血圧上昇、異常出産、胃腸機能障害などの健康状態悪化に繋がる危険性が大きく、八〇ホンの断続的騒音暴露のもとでは、一時的聴力・損失がみられる。
したがって、睡眠の関係ではその深度阻害を引き起こす四〇ホン、その他の生活妨害の関係では五五ないし六〇ホン、健康保全の関係では六〇ないし七〇ホンを超える騒音が、断続的かつ昼夜を問わずもたらされる状態は、静穏かつ自由にその私的生活及び社会的生活を継続する利益を著しく侵害するものであり、そのような環境は、人が健康に通常の生活を営むことができない環境というべきである。
(2) 騒音に関する環境基準や規制基準との関係をみれば、次のとおりである。
航空機騒音、鉄道騒音及び建設作業騒音を除く一般騒音に関する環境基準(昭和四六年五月二六日閣議決定)は、その数値を原告らの大部分が居住する第一種ないし第二種住居専用地域又は住居地域についてみると、昼間が五〇ホン以下、朝夕が四五ホン以下、夜間が四〇ホン以下である。また、工場騒音に関する規制基準(昭和四三年一一月二七日厚生・通産・運輸省告示第一号)は、第一種及び第二種住居専用地域につき、各時間帯ごとに右と同様の基準値を定めており、住居地域については、昼間が五五ホン以下、朝夕が五〇ホン以下、夜間が四五ホン以下と定めている。更に、特定建設作業に関する規制基準(昭和四三年一一月二七日厚生・建設省告示第四三〇号)によれば、住居の用に供される地域では、平日午後七時から翌朝七時までくい打機及びびょう打機の使用が、午後九時から翌朝六時まではそれ以外の作業も禁止され、日曜・休日は全面的に作業禁止とされている。
(3) 本件で問題とされている航空機騒音のレベルは、九〇ないし一一〇ホンを上回ることが通常であるというような激甚な騒音であり、右にみたレベルをはるかに超える深刻なものである。かような騒音公害排出行為の反復継続による人格権・環境権の継続的な侵害は、人間生活の通常の営みを不可能にする人間破壊行為ともいえるものであり、これが停止されなければ、原告らの人格権・環境権の保全・回復ないし人としての生存や生活の基盤の回復は、到底実現されえない。そこで、原告らは、夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止を求めているが、これらは極めて控えめな請求というべきである。
(三) 自衛隊機・米軍機に関する差止請求
(1) 自衛隊機に関する差止請求
被告は、厚木基地内に海上自衛隊厚木飛行場を設置し、その管理の下で自ら保有する自衛隊機を運航して、激しい騒音を発生させている。
ところで、被告の機関である内閣総理大臣、防衛庁長官及び各級部隊指揮官等は、自衛隊法の定めるところにより、自衛隊基地の設置、改廃及び管理、自衛隊機の調達補給及びその運航に関する一般的ないし具体的な規制や指示等につき、種々の権限を有するから、被告が本件差止の内容を実現するため、自衛隊機による騒音の発生を防止制限しうる立場にあることは、いうまでもない。
(2) 米軍機に関する差止請求
米軍は、安保条約及び地位協定に基づき、厚木基地とくに飛行場区域を使用して、その指揮下にある軍用機を運航し、激しい騒音を発生させている。
しかしながら、右飛行場区域は、通常の自衛隊基地と同様、被告がその責任において管理使用する施設であり、航空交通管制権も、一定の範囲で被告に帰属している。他方、米軍の厚木基地とくに飛行場区域の使用権限は、安保条約及び地位協定のうえで、様々な制約を受けており、無制限なものではない。したがって、被告は、米軍の活動が条約及び協定、日米合同委員会の合意に反し、第三者の権利を侵害するような態様でなされる場合にまで、これに協力すべき条約上の義務はない。
そこで、被告は、条約及び協定、日米合同委員会の合意に反するような態様でなされる米軍の活動については、飛行場区域の使用を拒絶すること、日米合同委員会で改めて協議すること、アメリカ合衆国に十分な代替施設を提供することにより厚木基地問題の抜本的解決を図ること、「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止に関する法律」所定の運輸大臣の権限(飛行場周辺における航行方法の指定)を行使すること等、被告に可能な様々な手段方法を採ることにより、本件差止の内容を実現することができる。
8 損害賠償請求
(一) 根拠法条及び被告の責任
海上自衛隊厚木飛行場(飛行場区域)は、被告が設置、管理する公の営造物であり、被告によって、自衛隊機及び米軍機の昼夜を分かたぬ旋回訓練、着艦訓練その他の離着陸等の飛行の用に供されてきたが、国家賠償法二条一項の「瑕疵」には、営造物に物理的瑕疵がある場合にとどまらず、営造物が使用目的に沿って利用されることとの関連で利用者ないし第三者に危害を生じさせる危険性がある場合も含まれる。そして、同飛行場は、人口密集地域の中に存在し、滑走路の両端は、厚木基地の境界であるフェンスの間近にまで延びており、その外側には住宅地が控え、滑走路延長線上には、南北とも人口稠密な住宅地があるから、同飛行場に離着陸する航空機は、特に進入時の低空飛行において、住宅地の上空を飛行して騒音を撤き散らすことになる。また、同飛行場は、内陸飛行場であるため、離着陸時の旋回飛行は、付近の住宅密集地の上空で行われ、離着陸訓練やNLPの際には、周辺住宅地の上空で旋回飛行が行われることになる。このような状況のもとで、被告は、同飛行場を自ら使用し、また、米軍に使用させて、激甚な騒音や事故の危険を伴う訓練飛行その他軍用機の離着陸等を継続し、原告らの生活環境を破壊して重大な被害を発生させている。よって、同飛行場の設置、管理に瑕疵があることは明らかである。
また、海上自衛隊厚木飛行場以外の区域(米軍専用区域及び米軍管理共同使用区域)及び施設は、被告の所有する国有財産であるが、地位協定二条一項に基づき、米軍が占有・管理している。これらの区域は、格納庫及び駐機場の一部が飛行場区域の機能に付随する機能を持つほかは、弾薬補給施設や福利施設など、飛行場区域とは別途の目的を持つものであるが、厚木基地の基地機能を全体として高める性格を持ち、被告がこれらの施設の増加・拡充を行ってその都度米軍に無償で提供してきたことにより、飛行場区域における飛行活動が事実上激化し、騒音による被害が拡大したという関係にある。更に、昭和四六年七月に我が国に返還されるまでの飛行場区域は、米軍が地位協定二条一項に基づき占有・管理していたものであり、その後も、被告による使用の許諾により、米軍が事実上滑走路等を占有し、地位協定に基づく一時使用の合意の範囲を超えた飛行訓練を行い、厚木基地周辺住民に対し、甚大な被害を与えている。したがって、原告らの損害賠償請求は、地位協定の実施に伴う民事特別法二条をもその根拠とするものである。
なお、国家賠償法二条一項及び民事特別法二条の瑕疵が供用関連瑕疵を含むものであることは、判例上確立した解釈である。供用関連瑕疵とは、供用に関連して生じた瑕疵(安全性を欠く状況)を指すのであり、適切な供用を怠ったということではないから、国家賠償法一条一項と同法二条一項との境界を不明確にすることはない。
また、国家賠償法二条一項(ないし民事特別法二条)は、無過失責任であるから、危害発生の危険の予見可能性や回避可能性等を問題にする必要はなく、仮に問題になるとしても、これは被告の主張・立証事項である。
(二) 共通被害、包括的請求及び一部請求
本件における侵害行為は、性質上各住民について同質のものであり、厚木基地からの距離や位置関係によって、原告らにおいて程度の差はあるとしても、いずれも相対的には著しい公害被害を惹き起こしているものである。このような共通の侵害行為に曝されるという被害自体を共通被害と呼ぶことができる。原告らは、かような被害による非財産的損害の一切について、それぞれが包括的に損害賠償請求をし、その一部請求としてそれぞれ一律に同額(一か月二万円)の請求をするものであり、各自において認定される損害額がこれを超えるとしても、この限度までの損害賠償しか求めないという趣旨である。
共通被害は、個々的にみれば極めて多様・多彩な損害として生ずる。ことに生活妨害については、生活の数だけ多様な生活妨害があると言ってもよい。しかし、本件においては、継続的な侵害行為が長期にわたっているから、この間、原告らの生活状況が変わっても、騒音等による被害を受け続けてきたということに変わりはない。
航空機騒音による被害は、一人の原告においてさえ多様なものとして現れ、一定程度の騒音が妨害する具体的な生活の内容は、同一人においても、その時々において変化するのが通常である。しかも、本件は、同時に被害を被った多数の原告らによる公害訴訟であるから、日時、態様をもってその被害を詳細に特定することは不可能であり、むしろこのような妨害を特定することに意味はないというべきである。一定程度の騒音がテレビ視聴、読書、会話、病気療養等を妨害するという条件を生み出す場合、そのような条件におかれること自体が、その騒音に曝されることの被害である。したがって、生活妨害の点については、当該一定程度の騒音が通常いかなる生活領域を不可能ならしめ又は顕著に妨害するかという、侵害行為の程度についての判断がされれば、被害者の通常の損害を認定することに支障はない。
騒音被害については、多様な現れ方をし、多様な広がりを持つ各種被害を全体として総合的に把握することが重要である。原告らが被害を区分して主張・立証しているのは、人格権・環境権の侵害の内容を具体化し、被害の構造及び全体像を明らかにするためであるから、全体的被害の一局面にすぎず、そもそも全体として不可分である被害項目を、局部的に切り離して取り出し、その有無を論じたり、原告ら相互の比較をしたりすることは意味がなく、また、個別の被害項目ごとの共通性を問題にし、その共通性がないものを切り捨ててしまっては、騒音被害の全体像を把握することはできない。
(三) 請求内容
(1) 過去の損害賠償
原告らは、国家賠償法二条一項及び地位協定の実施に伴う民事特別法二条に基づき、別表二損害賠償請求額一覧表記載のとおり、原告らが昭和三五年以降に被った非財産的損害に対する包括的賠償請求として、原告ら各自につき、その居住開始日の属する月の翌月一日(但し、居住開始日が当該月の一日である者については、その日から起算する。)から昭和五九年九月三〇日まで一か月につき二万円の割合による損害賠償金及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに同日から本件口頭弁論終結の日である平成三年一二月一六日まで一か月につき二万円の割合による損害賠償金の支払を求める。
(2) 弁護士費用
本伴のようないわゆる公害訴訟は、高度の専門的な知識と技術を要するものであり、弁護士に委任しなければこれを追行することは事実上不可能であるから、原告らが通常負担すべき弁護士費用は、本件不法行為と相当因果関係にある損害というべきである。
よって、原告らは、夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止請求に関しては原告一人につき一〇万円、非財産的損害の賠償請求に関しては各原告につきその請求額の一五パーセント(毎月三〇〇〇円)に当たる弁護士費用相当の損害賠償金の支払を求める。
(3) 将来の損害賠償
厚木基地における航空機騒音による侵害行為は、昭和三五年から数えても三一年間という長期間にわたって継続してきたものであり、近時においてもその程度が増大しつつあるから、今後ともこのような侵害行為が止むことは予想されず、このままでは原告らがなおこれまでと同様の被害を被り続けることは明らかである。
よって、原告らは、前記(一)と同様の趣旨で、夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止が実現されるまで(厚木基地を基点とする航空機騒音が各原告宅につき六五ホン以下になることをもって終期とし、その判断は各原告についてなされる。)、一か月につき二万三〇〇〇円(但し、三〇〇〇円は弁護士費用である。)の損害賠償金の支払を求める。
二 被告の本案前の主張
本件差止請求及び損害賠償請求の訴えは、いずれも不適法である。
1 厚木基地の設置・管理等に関する法律関係
(一) 共同使用開始までの法律関係
厚木基地は、昭和二〇年八月一五日までは、旧海軍省所管の旧軍財産であり、旧海軍省は、飛行場の設置、維持・管理、航空機の運航、これに伴う航空交通管制のすべてを専権的に行っていた。
その後、同年九月二日から日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日条約第五号。以下「平和条約」という。)発効の日の前日(昭和二七年四月二七日)まで、厚木基地は、米軍の接収下にあり、米軍がその管理・運営を行っていた。接収期間中、米軍は、接収という事実行為に基づき、我が国領空の航空活動を完全に掌握し、独自の判断と責任で航空機の運航を行った。
昭和二七年四月二八日、平和条約の発効と同時に、厚木基地は、旧安保条約及び行政協定二条一項に基づき、米軍の使用する施設及び区域として提供され、米軍がこれを管理・使用することになった。その結果、我が国は、提供された施設及び区域について、条約上も管理・使用権限を失った。
昭和二七年に「航空法」(昭和二七年七月一五日法律第二三一号)が制定されたが、同時に「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基づく行政協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(昭和二七年七月一五日法律第二三二号)も制定され、米軍機の運航につき、いくつかの航空法適用除外事項が定められた。また、航空法制定後は、我が国の領空における航空機航行に関する航空交通管制は、運輸大臣の権限事項とされ、米軍機もこれに服することになったが、行政協定(後に地位協定)六条一項に基づき、アメリカ合衆国に提供された飛行場施設の隣接、近傍空域における航空交通管制業務は、同国(具体的には米軍)が行う旨日米合同委員会で合意され、その結果、航空交通管制業務(航空路管制業務、進入管制業務、ターミナル・レーダー管制業務、飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務)のうち、航空路管制業務は運輸大臣が所管し(本件飛行場においては、運輸省東京管制区管制所が行う。)、その余の管制業務は、米軍が行うことになった(但し、進入管制業務及びターミナル・レーダー管制業務は、米軍横田進入管制所及び同横田ターミナル・レーダー管制所(横田管制所)が行っていた(今日に至るまで行っている)ので、本件飛行場の米軍は、飛行場管制業務と着陸誘導管制業務のみを行っていた。)。
昭和三五年六月二三日、安保条約及び地位協定の締結に伴い、我が国は、同協定二条一項aに基づき、米軍の使用する施設及び区域として、引き続き厚木基地をアメリカ合衆国に提供し、米軍がこれを管理・使用することとなった。提供の法的根拠は変わったが、その他の法律関係に変更はなかった。
(二) 共同使用開始(昭和四六年七月一日)以降の法律関係
昭和四六年六月三〇日の日米合同委員会における政府間協定の成立により、同年七月一日以降、厚木基地の一部について、米軍と海上自衛隊の共同使用及び使用転換が実施された。すなわち、被告引用図表第一図(本件飛行場管理区分図)の赤斜線部分(飛行場区域)の管理権が我が国に返還され、同部分は地位協定二条四項bに基づき、また、同図緑斜線部分は同項aに基づき、我が国との共同使用区域とされた。その結果、米軍は、右赤斜線部分を除くその余の部分を同軍の責任において管理し、赤斜線部分については、地位協定二条四項bに基づき、海上自衛隊の管理の下で使用することになった。しかし、赤斜線部分の管理権が我が国に返還されたとはいえ、厚木基地は、安保条約及び地位協定に基づき、我が国の安全並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するために、米軍が我が国政府によって、右赤斜線部分を含め、その全体の使用を許可されているものであるから(赤斜線部分も基本的には地位協定二条一項aに基づく提供施設及び区域である。)、米軍の右目的遂行の為の使用が尊重され、我が国の管理権は、米軍が右目的を遂行するに資するように行われなければならない。我が国は、赤斜線部分に海上自衛隊厚木飛行場を設置して、海上自衛隊がその管理にあたることになった。「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和三三年一二月三日防衛庁訓令第一〇五号、昭和四五年三月一〇日改正)によれば、右飛行場の管理者は海上自衛隊第四航空群司令であるが、同司令が有する管理権の内容は、飛行場の施設を物理的に整備、維持することが中心である。
また、昭和四六年六月三〇日まで本件飛行場につき米軍が行っていた飛行場管制業務と着陸誘導管制業務は、同年七月一日以降、防衛庁長官(海上自衛隊の管制部隊)が行うことになり、米軍機もそれに従うことになった。その余の航空交通管制の所管は、従前と同様である。しかし、ここで我が国が行うことになった飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務は、航空機の航行の安全を目的とするものであって、航空機が航行する際のいわば交通整理を行うものにすぎない。したがって、我が国の右管制権限が米軍機の運航権限自体に関わることはありえず、米軍機の運航活動が我が国の管制権限によって規制を受けることはない。
結局、厚木基地における米軍機の保有及び運航権限は、昭和四六年七月一日以降もすべて米軍に属している。他方、自衛隊機は、我が国がこれを保有し、運航するものであるが、その具体的な運航に関する権限は、「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和三六年一月一二日防衛庁訓令第二号)二条七号に規定する航空機使用者(海上自衛隊厚木飛行場については、航空集団司令官、第四航空群司令及び各隊司令)に与られており、右使用者は、れい下部隊の保有している航空機を同訓令三条に定められた場合に使用することができる。
(三) 厚木基地の財産管理面の法律関係
厚木基地は、昭和二〇年八月一五日までは旧海軍省所管の財産であったが、終戦に伴う同省解体の後は、大蔵省に引き継がれ、同省所管の普通財産となった(この点は今日まで変更がない。)。そして、終戦後間もなく米軍に接収され、昭和二七年四月二七日(平和条約発効の日の前日)まで接収財産の状態が続き、この間米軍が独自に管理していた。
平和条約発効の日から共同使用開始までの間、厚木基地は、行政協定二条一項及び地位協定二条一項によって、アメリカ合衆国に提供された。米軍の用に供する国有財産の取り扱いについては、国有財産法の特別法である「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う国有の財産の管理に関する法律」(昭和二七年四月二八日法律第一一〇号。但し、後に題名改正。)により、その用に供する間、アメリカ合衆国に対し無償で使用することを許すものとされており、細部の取り扱いについては、「合衆国の軍隊の用に供す国有財産の取扱手続について」(昭和二七年九月八日付け蔵管第三三六九号)により、いったん防衛施設庁が当該財産を所轄する部局等から使用承認を受けた後提供するものとしているが、以前から継続して使用されているものについては、継続使用として認められた。
昭和四六年七月一日(共同使用開始)以降、被告引用図表第一図緑斜線部分は、地位協定二条四項aによる米軍管理共同使用区域となったが、引き続き米軍の管理する提供財産としての法律関係が残っている。同赤斜線部分(飛行場区域)は、同項bによる自衛隊管理共同使用区域となったが、これについては、防衛庁と大蔵省との間で国有財産法一二条及び一四条の規定による防衛庁の行政財産への所管換えが協議されたものの、諸般の事情から当面普通財産取扱規則五条該当事案として、同規則三二条を適用し、所管換え手続完了までの間、使用承認を受けたものであり、以後海上自衛隊が管理し、米軍と共同使用することとなった。
2 統治行為ないし政治問題
直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為は、統治行為ないし政治問題として、裁判所の司法審査権の外にあり、裁判所の判断事項には属さないというべきである。
(一) 差止請求と統治行為ないし政治問題
原告らの差止請求は、厚木基地を飛行場として使用することの全面的禁止を求めるに等しいものであり、かような請求の当否は、統治行為ないし政治問題に関するものとして、司法裁判所が判断することは許されない。
(1) 米軍機に関する差止請求
米軍は、現に安保条約及び地位協定に基づいて厚木基地を使用しており、被告は、米軍に対し、厚木基地を使用させる条約上の義務を負担しているから、原告らの請求する差止内容を実現するためには、日米合同委員会における協議等外交交渉を通じて、安保条約及び地位協定を改変するほかない。しかし、安保条約及び地位協定は、日米両国の安全保障に関する高度の政治性を有するものであり、その改変は、主権国としての我が国の存立の基礎に極めて重大な関係を持ち、直接我が国の国家統治の基本事項に関する高度に政治性のある国家行為である。
(2) 自衛隊機に関する差止請求
自衛隊機の活動は、自衛隊の各部隊及び各施設が有機的に結合することによって行われており、海上自衛隊厚木飛行場の設置及び自衛隊機の配備は、我が国の総合的な防衛体制の一環である。具体的な防衛力の整備、維持及び運用にあたっては、国際情勢等の諸事情を踏まえ、国防会議及び閣議決定を経た「防衛計画の大綱」、「防衛諸計画の作成等に関する訓令」(昭和五二年四月一五日防衛庁訓令第八号)等による各種の計画の下に、国会における予算の承認を得て行われる。原告らの差止請求は、海上自衛隊厚木飛行場の飛行場としての使用を全面的に禁止し、防衛施設としての用をなさないようにすることを求めるに等しく、司法裁判所に対し、防衛問題という国家統治の基本にかかわる高度に政治的な事項について、重大な政策決定を求めるものである。
(二) 損害賠償請求と統治行為ないし政治問題
原告らの損害賠償請求の当否を判断するためには、その前提として、厚木基地を自衛隊ないし米軍が使用することの適否、配備機種や運航方法の適否、更には我が国の防衛体制や極東における米軍の配置の適否、条約の効力等について判断することが不可欠である。これらの事項は、いずれも国家統治の基本にかかわる高度な政治性を有する事項であって、統治行為ないし政治問題に該当し、司法裁判所の判断事項に属さない。
3 差止請求の不適法性
(一) 民事訴訟による本件差止請求の不適法性
(1) 自衛隊機の運航活動は、防衛作用の一環として、本来的に被告が統治権の主体として行う権力作用である。
少なくとも防衛出動、治安出動、警備行動、災害派遣、領空侵犯に対する措置、機雷等の除去の各場合における自衛隊機の運航活動は、公権力の行使に当たる事実行為であり、その他の自衛隊機の運航活動も、防衛及び公共の安全の維持という行政目的実現のための作用として、公権力の行使に当たる運航活動と密接不可分なものである。
結局、自衛隊機の運航活動は、すべて公権力の行使に当なる事実行為ということができるから、原告らの求める差止請求のうち、自衛隊機の運航活動に係る部分は、自衛隊法等の実定法規に基づき実施されている事実行為たる公権力の行使そのものについて不作為を求めるものであって、民事訴訟事項に属しない。
(2) 米軍は、安保条約及び地位協定に基づいて厚木基地を使用しており、被告は、これを許容すべき条約上の義務を負っているから、原告らの求める差止請求のうち、米軍機の運航活動に係る部分は、実質的には米国政府との交渉を被告に義務づける行政上の義務づけ訴訟ないし被告に対して米国政府との外交交渉をすべきことを求める行政上の給付訴訟にほかならず、民事訴訟としては不適法である。
(二) 請求の趣旨・内容の不特定
原告らの差止請求のうち、被告が自ら行う夜間早朝における航空機の離着陸の禁止及び航空機エンジンの作動の禁止を求める部分以外の請求は、審判の対象たる行為の具体的内容が特定されておらず、請求の趣旨自体が不特定である。
4 将来の損害賠償請求の不適法性
厚木基地の使用状況は、国際情勢や我が国の防衛力の整備状況等に応じて常に変動するものであり、また、被告の周辺対策も着実に進行している。原告らについても、将来の居住地の変更や死亡など、生活事情の変動の可能性がある。
したがって、本件においては、口頭弁論終結後において、侵害行為又は損害の発生の基礎となるべき事実関係の変動が明らかに予測されるから、将来の給付請求が許容されるための要件を欠くというべきである。
三 本案前の主張に対する原告らの反論
1 厚木基地の設置・管理に関する法律関係
昭和四六年七月一日以降、厚木基地のうち飛行場区域(赤斜線部分)の管理権が我が国に返還され、同部分は、地位協定二条四項bに基づき、我が国との共同使用区域とされた。被告は、同部分に海上自衛隊厚木飛行場を設置し、海上自衛隊がその管理にあたることになった。すなわち、右飛行場区域は、通常の自衛隊基地と同様、被告がその責任において管理使用する施設である。たしかに、米軍は、地位協定二条四項bに基づき、被告の管理の下で飛行場区域を一時使用することができる。しかし、このような一時使用の許諾は、同条一項に基づき米軍の管理に委ねる施設及び区域の提供とは異なり、このことの故に、被告の管理権が名目的なものになってしまうことはない。被告は、単に飛行場の施設を物理的に整備、維持するだけでなく、他人に危害が生じないような状態で飛行場を運用する権限を有する。
また、飛行場区域の一時使用とは、厚木基地のうち米軍が地位協定二条一項に基づいて管理する部分への出入りを可能にするため、出入りのつど一時的に認められる使用をいう。すなわち、飛行場区域は、地位協定三条一項二文に基づき、米軍が米軍専用区域及び米軍管理共同使用区域への出入りを可能とするため、同協定二条四項bにより、出入りのつど使用を認められる部分として合意されたものであって、米軍による飛行場区域の使用は、我が国の関係法令の範囲内でなされなければならず、周辺住民に被害を及ぼすような訓練飛行は、合意の内容に含まれていないのである。したがって、米軍が違法な態様で被告の管理する飛行場区域を使用して出入りをする場合は、被告は、これを認める必要がなく、適法な態様による出入りを求めることが可能である。
2 統治行為論に対する反論
いわゆる統治行為論ないし高度の政治問題の法理は、未だ確立されたものではない。また、本件において、原告らは、自衛隊及び米軍による厚木基地の使用が、その具体的態様において、原告らの人格権・環境権を侵害していると主張するに止まり、裁判所に対して、安保条約及び地位協定の改変や防衛問題に関する重大な政策決定を求めるものでもなければ、我が国の防衛体制や極東における米軍の配置の適否、条約の効力等につき判断を求めるものでもないから、本件は、統治行為論が適用されるべき事案ではない。
3 差止請求の適法性
(一) 差止行政訴訟論に対する反論
(1) 自衛隊機の飛行行為等は、厚木基地の近隣住民を対象として行われる行為ではなく、原告らに対して権力の発動としての意味を全く持っていない。しかも、原告らが問題にするのは、物理現象としての騒音の発生であり、これが原告らに何らかの拘束力を及ぼすわけでもない。また、自衛隊法によって自衛隊が一定の実力を行使することが認められているとしても、このことから直ちに、自衛隊の訓練等が近隣住民に対する関係において公権力の行使たる性質をもつことになるわけではない。したがって、本件の差止請求を行政訴訟によって行うことはできないというべきである。
(2) 米軍機についても、原告らは、一定の騒音排出行為の差止を求めているのであり、仮にその内容を実現するために外交交渉等の手段をとることが適当であるとしても、それは給付内容を実現する手段にすぎず、外交交渉の義務づけを求めているのではない。また、米軍は、違法に第三者の権利を侵害するような活動をしてはならず、日米合同委員会の合意事項を遵守する条約上の義務を負っているから、被告は、条約の趣旨に沿い、飛行場区域の管理者として、原告ら基地周辺住民の権利利益を違法に侵害しないようにその管理供用を行えば足りるのであって、差止の内容を実現するにあたって、新条約の締結や安保条約の改変が常に必要になるわけではない。
(二) 請求の趣旨・内容の特定
原告らは、厚木基地の使用による、一定時間帯における又は一定レベルを超える騒音排出行為の差止を求めるものであり、これは不作為を求める給付請求である。このうち、夜間飛行等の差止を求める部分は、一義的に明確であり、騒音到達の禁止を求める部分も、騒音自体の発生源とその結果(一定レベルを超える騒音の到達)が特定されており、当該結果を発生させるような騒音排出行為をしてはならないという不作為の内容は明確である。執行も、間接強制の方法により、一義的・明確に行うことが可能である。
不作為の内容をいかなる方法で実現するかは、被告の方針と判断によって決定するのが最も適切である。被告が差止の内容を実現する複数の手段を有することは、原告らがそのいずれかを特定して請求すべき根拠にはならず、かえって特定の行為を求めれば、行政上の義務づけ訴訟との関係が問題になってくる。
4 将来の損害賠償請求の適法性
厚木基地周辺における航空機騒音は、昭和三五年から数えても既に三一年間続いていること、その間、原告らが被害の解消に向けて様々な活動を行ってきたにもかかわらず、侵害行為が継続されたこと、被告は、適切な対策を講ずることなく事態を放置し、他方、アメリカ合衆国は横須賀基地を強化し、最近も大型新鋭空母インディペンデンスを配備したこと等の事情を考慮すれば、将来においても、極めて高い蓋然性・確実性をもって、違法な侵害行為が継続し、騒音が更に増加することが予測される。
被告の周辺対策にはさしたる効果がなく、将来騒音被害を解消・軽減するものではない。また、原告らは、もともと確実に予測しうる範囲内で一律に最低限の慰謝料を請求しているのであるから、任意の転居というような一義的に明白な場合(この場合、当該原告につき、将来の損害賠償請求権は終期を迎えることになる。)を除き、原告らの個別事情はおよそ問題にならない。したがって、これらの点は、いずれも将来請求を妨げるものではない。
将来請求を認めても、被告は、その終期が到来した場合に請求異議の訴えによって争うことができる。逆に、これを認めない場合は、原告らがその都度別訴を提起して、将来の損害賠償を請求しなければならず、原告らの負担や訴訟経済の面からみて不合理である。したがって、公平の観点からも、将来の損害賠償請求が認められるべきである。
なお、将来請求の基礎となるべき事実関係が現在存在していること及びその内容が明確であることは、いずれも請求権の存否にかかわる問題であり、請求権そのものの実体的要件であるというべきである。
四 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(当事者)(一)の事実のうち、原告番号一四五福田一二の住所欄<2>は不知。その余は認める。
(二) 同1(二)の事実は認める。
2 請求原因2(厚木基地の概要、沿革、管理区分等)の各事実は概ね認めるが、管理区分に関し、正確には次のとおりである。
昭和四六年六月三〇日の日米合同委員会における政府間協定の成立により、同年七月一日以降、被告引用図表第一図(厚木基地管理区分図)の赤斜線部分(原告らのいう自衛隊管理共同使用区域)は、我が国が管理し、米軍と共同使用している(地位協定二条四項b)。その余の部分は、米軍が施設及び区域の設定、運営、警護及び管理のため必要な措置をとる権限を有し(地位協定三条一項)、そのうち同図緑斜線部分(原告らのいう米軍管理共同使用区域)は、我が国も使用できる共同使用区域となった(地位協定二条四項a)。したがって、米軍の専用区域(原告らのいう米軍専用区域)は、赤斜線部分及び緑斜線部分を除いた部分である。
3(一) 請求原因3(侵害行為)(一)(1)iの各事実については、神奈川県等が騒音を調査していることは認めるが、その詳細及び騒音測定結果については不知。iiの事実のうち、昭和四八年一〇月、空母ミッドウェーが横須賀港に入港したこと、その滞在が延べ日数にして約半年近くになることは認め、その余の事実ないし主張は不知ないし争う。iiiの事実のうち、昭和五七年二月以降NLPが行われるようになったこと、その実施時間、実施方法及び実施日数は概ね認め、その余の事実ないし主張は不知ないし争う。ivの事実は不知。
同3(一)(2)の事実ないし主張は、不知ないし争う。
(二) 同3(二)の事実ないし主張は、不知ないし争う。
(三) 同3(三)の事実のうち、過去において死者を伴う墜落事故が発生したことは認めるが、その余の事実ないし主張は、不知ないし争う。
4 請求原因4(被害)の各事実のうち、音響の刺激が、その程度如何あるいは対象となる個人により、睡眠に多少の影響を与えることがありうること、家族等との会話、電話による通話、テレビ・ラジオの視聴、思考、読書、音楽鑑賞、知的活動、家族との団欒、知的作業及び精密作業等が、航空機の離着陸の態様、飛行方向、高度、気象条件などの状況如何によって、その騒音のため、特定の地域内において瞬間的に若干妨げられることがありうること、航空機の離着陸・エンジンテスト等に際し、多少の排気ガスを生ずること、航空機騒音に係る環境基準等が存在することは認めるが、その余の事実及び主張は、不知ないし争う。なお、被告は、小中学校等において防音工事を実施しており、航空機騒音によって授業が妨害されたり、音楽教育が重大な影響を受けたりすることはない。
5 請求原因5(住民・自治体の被害解消努力と国及び米軍の対応)の各事実のうち、厚木爆同が結成されていること、厚木爆同が横浜地方法務局長に対して「厚木米軍航空基地の航空機騒音による人権事件」を申告したこと、飛行規制協定締結の申し入れが昭和三六年にあったこと、昭和四六年に海上自衛隊第四航空群が移駐を開始したこと、昭和五一年にいわゆる第一次厚木基地訴訟が提起されたこと、昭和五九年に本件訴訟が提起されたこと、昭和四五年に神奈川県知事を会長とする神奈川県基地関係県市町連絡協議会が基地返還に関して要望を行ったこと、昭和四七、四八年に大和市、同市議会等が空母ミッドウェーのいわゆる母港化について要望書等を送付したこと、内閣総理大臣や防衛庁長官が被害に関する答弁をしていること、昭和三三年から三五年にかけて滑走路の両端に安全地帯を設定するための土地を提供したこと、昭和四八年に空母ミッドウェーが横須賀に入港したこと、昭和五四年にILS装置を新設する工事が行われたこと、P―三Cが配備されたこと、昭和五七年にNLPが開始されたことは認めるが、その余の事実は不知ないし否認し、主張は争う。
6 請求原因6(人格権・環境権)の主張は争う。
7 請求原因7(差止請求)の各事実のうち、環境基準等の存在及び日米合同委員会における合意の存在は認めるが、その余の事実は不知。主張は争う。
8 請求原因8(損害賠償請求)の主張は争う。
五 被告の反論及び抗弁
1 違法性について
(一) 判断基準(受忍限度)
厚木基地の使用は適法な行為であり、その使用に際して行われる航空機の離着陸及びエンジン作動等も本来適法な行為である。したがって、厚木基地における航空機の離着陸等が違法行為とされるのは、それが権利濫用にあたる場合であるか、当該行為によっていわゆる受忍限度を超える被害をもたらす場合に限られる。権利の行使に伴い騒音等を生ずる行為の違法性の判断基準を受忍限度に求めることは、判例上確立している。
受忍限度の判断にあたっては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容・効果等の事情を考慮し、これらを総合的に考察すべきである。要するに、受忍限度の判断は、諸種の利益考量要素を厳密に比較検討してなされる高度の総合的価値判断である。その判断にあたっては、平均的、一般的な社会生活者を標準にして、一般的、客観的に行うべきであり、被害者側の特殊事情を考慮すべきではない。また、差止要件としての受忍限度と損害賠償要件としての受忍限度とでは、前者のほうがより高いというべきである。けだし、侵害行為の違法性判断は、各種の要素との比較考量の中でなされる個別的、相対的な判断であり、さきに掲げた諸要因の比較考量に加え、原告らが求める法律効果(差止か損害賠償か)も含めて総合的に判断すべきであるところ、一般に差止のほうが損害賠償より強力な法律効果であって、これが認められれば加害者ないし国民全体が大きな影響を受けるからである。
(二) 環境基準等との関係
原告らは、騒音規制法に基づいて定められた規制基準を援用するが、騒音規制法の規制対象には、航空機騒音が含まれておらず、これを航空機騒音についての受忍限度の判断基準とすることはできない。
また、航空機騒音に係る環境基準は、自衛隊等の使用する飛行場にも適用されるものであるが、そもそも環境基準は、その制定経過や規定の文言からみて、行政上の目標にすぎず、政府が航空機騒音に対する総合的施策を進めるうえで、達成されることが望ましい値を示すものであって、差止請求や損害賠償請求の判断にあたり違法性を基礎づけるべき受忍限度の決定要素となったり、健康被害や環境破壊等の事実を推認させる基準となるものではない。加えて、航空機騒音に係る環境基準の適用に際しては、WECPNLがもともと一般民間航空機の騒音がもたらすうるささを捉えるための評価単位であること、民間航空機と自衛隊等の軍用機とは、その運行形態(飛行回数、その定期性、飛行コース、タッチ・アンド・ゴーの有無など)にかなりの差があること、自衛隊機等についても、公共用飛行場の場合におけると同様のWECPNL値の算出式を採用しているが、その飛行回数Nの値をかなり大きく見込んで算出しているから、公共用飛行場と同じWECPNL値であっても、そのうるささは同じであるとはいえないことなどを考慮すべきである。
(三) 本件「侵害行為」と受忍限度
原告らの主張する侵害行為が違法と評価されるのは、当該行為がいわゆる受忍限度を超える被害を原告らに及ぼす場合に限られるところ、前記諸要素を検討すれば、厚木基地の周辺住民に対する航空機騒音等の影響が社会生活上受忍すべき範囲内にあることは明らかである。その具体的理由は、以下2及び3のとおりである。
2 違法性の評価根拠事実について
(一) 侵害行為の不存在
(1) 航空機騒音について
航空機騒音は、一般に持続時間が短く、一過的・間欠的である。特に離着陸時のピークレベル音の持続時間は短く、ほとんど瞬時ともいえるものである。したがって、航空機騒音による影響は、騒音の終了と同時に速やかに消失し、生活上の利益は、直ちに回復するのが通常である。また、騒音の影響は、飛行場からの距離、機種、離着陸の別、離着陸の方向、飛行経路等によっても異なり、厚木基地においては、風向き(これによって離着陸方向も決まる。)により、全く騒音の影響を受けない地点も生ずる。
厚木基地における自衛隊機は、いずれもプロペラ機であり、その騒音レベルは全体として低く、甚大な被害をもたらす強度の騒音を発するものではない。したがって、防音工事の施工された室内においては、日常生活に対する障害すらもたらすものではない。
厚木基地周辺においては、年間を通じて何日間かは、屋外でも環境基準(WECPNL七〇以下)に適合する日があり、そうでない場合でも、防音工事の施工された室内では、年間を通じて大半の日が環境基準に適合した屋内環境(WECPNL六〇以下)となっている。したがって、厚木基地周辺における航空機騒音の状況は、甚大な被害をもたらすものとはいえない。また、NLPは、年間を通じてわずかな日数しか実施されていないから、その騒音状況を過度に強調し、これが日々継続しているかのような被害認定をすることは許されない。
日米両国は、米軍の厚木基地の使用について、日米合同委員会において、飛行時間の制限並びに飛行活動及び高度の規制等について合意(昭和三八年九月一九日及び昭和四四年一一月二〇日)し、自衛隊も飛行時間等について自主規制措置を定め、周辺住民に対する航空機騒音の影響の軽減に努めている。そして、これらの規制措置は、概ね遵守されている。
結局、厚木基地における騒音量は、近代的な文明生活を営むうえで当然予想しうる各種の機械音に比しても決して高くはなく、また、長時間にわたるものでもなく、人が社会生活を営むうえで受忍すべき範囲内にあることが明らかである。
(2) 排気ガス・振動について
本件においては、排気ガス・振動による侵害の態様や被害の内容が具体的に明らかにされていないが、航空機の排気ガスや飛行による若干の振動は、いずれも自動車の運行等によって生じるものより軽度のものであり、これによって厚木基地周辺の居住者に特段の影響を及ぼすようなものではない。
(3) 墜落等事故の危険について
航空機は、現存する交通機関の中で最も安全性が高い。そのうえ、米軍は、自ら各種の基準を定めて安全性の確保に努めており、自衛隊の航空機についても、その安全を維持するための関係諸法令ないし訓令に従った運行が行われている。また、離着陸に際しては、人家の密集地上空の飛行を少なくする配慮もされている。行政上の措置としては、移転補償及び土地買収により、航空交通量の多い空域の直下の土地を空き地として確保し、飛行場周辺の安全性の保持に役立てている。
(二) 被害の不存在
(1) 原告らの主張、立証方法の基本的誤り
本件訴訟は、各原告の被告に対する個別の訴えの単純併合であるから、原告らは、各原告ごとに被侵害利益を特定し、その具体的内容や因果関係を個別に主張、立証しなければならない。然るに、原告らは、これら各人ごとの個別具体性を離れて、被侵害利益を概括的に主張し、陳述書や原告本人尋問において、主観的な「被害」の事実を述べるのみである。
また、原告らの生活環境や生活条件は原告ごとに様々であるから、その主張する「共通の被害」も、原告らの一部の者だけに認められる被害の可能性を不当に一般化して、これを原告らの共通の被害とするものであって、誤りというべきである。
(2) 原告ら主張の「被害」に対する一般的反論
厚木基地における航空機騒音は間欠的であり、持続時間が短く、その持続時間を過ぎれば被害も終了する一過性のものである。また、厚木基地においては、飛行時間帯や飛行曜日等について、米軍及び自衛隊による規制が行われている。更に、被告による防音工事の施行等の周辺対策は、直接間接に騒音の影響を除去緩和し、より良好な環境を形成するために役立っている。したがって、厚木基地周辺の航空機騒音は、原告ら主張のような甚大な被害をもたらすものではない。
(3) 生活破壊について
i 厚木基地周辺の航空機の飛行回数、騒音量、騒音の持続時間、家屋の遮音効果(防音工事によるもののほか、防音設備がない家屋の遮音効果も含む。)並びに日米両国による飛行規制及びその遵守の事実等を考慮すれば、厚木基地周辺の騒音により、原告らの日常生活に与える影響は軽微なものであって、大きな障害を生じさせるようなものではない。
ii 会話・通話妨害、テレビ・ラジオの聴取妨害等について
厚木基地周辺における騒音量からみて、会話、テレビ・ラジオの視聴、家族生活・趣味生活への影響は軽微であり、住宅防音工事をすればその影響は更に少なくなる。
電話の聴取については、騒音用電話機を使用することにより、騒音の障害を除くことが可能であり、テレビ画面の乱れも、受像機の性能改善等により著しく改善されている。
iii 読書その他の知的活動、知的作業等について
知的活動や知的作業等は、その時の集中度や精神状況による影響も大きく受けるものであり、また、作業能率に対する音の作用は、極めて複雑であるから、航空機騒音のみがこれらの活動を妨害し、あるいは能率を低下させるものとは断定できない。
iv 教育、保育に対する影響について
原告らの中に、厚木基地周辺の学校等の教育施設において、現在教育・保育を受け、あるいは過去にこれを受けた者はないから、原告らが教育環境の悪化によっていかなる利益を侵害されるのか明らかではない。原告らの養育する子女について何らかの影響ないし被害が生じるとしても、その損害は、教育・保育を受ける者自身について生じるのであって、間接的な被害者にすぎない父母らに慰謝料請求権が生じるのではない。
(4) 睡眠妨害について
厚木基地周辺における夜間の騒音量、防音設備の存在及び窓を閉めることによる減音効果を考慮すれば、原告らが厚木基地からの騒音によって睡眠を妨げられることはほとんどない。睡眠と騒音との関係には個体差があり、一般的には、航空機騒音と睡眠との関連性は否定されている。
(5) 精神的被害について
音に対する感じ方は、極めて主観的かつ心理的なものである。同じ音でも人によって感じ方が異なり、また、同一人であっても、時・場所・状況によって常に同じではない。
また、厚木基地からの騒音量は軽微であり、他の都市騒音に比較して必ずしも大きいものではないこと、米軍及び自衛隊により規制措置が採られていること、原告らは周辺対策によって設置された施設を利用できること等の事情を考慮すれば、仮に原告らの中に心理的、情緒的影響を受ける者がいたとしても、社会生活上受忍すべき範囲内である。
(6) 身体的被害について
i 聴覚への障害について
難聴や耳鳴りなど聴覚への障害については、どの原告にそのような障害が発生しているのか明らかでない。そもそも難聴の有無は、聴力検査を経なければ把握できないし、その原因は、音響によるもののほかにも様々なものがあり、本件原告らとの関係では、加齢による聴力の減退も考えられるから、聴力検査を行っても、直ちに騒音によって聴力が低下したことを証明することはできない。耳鳴りについても、騒音との関係を明らかにすることは不可能である。
また、厚木基地周辺においてみられる程度の騒音によって、難聴など聴覚への障害が生じることはない。
ii 健康に対するその他の影響について
騒音とストレス、ストレスと身体的影響との関係については、未だ十分に解明されていないが、身体的不調を生じさせる騒音レベルは、聴力に影響を及ぼす騒音レベルよりかなり高いといわれている。しかも、原告らの主張する身体的被害については、医学的な診断や鑑別がされているわけではなく、原因関係の疫学的解明もされていないから、結局、原告らの主張する症状ないし状態が騒音といかなる関係にあるかは、明らかでないというべきである。
iii 乳幼児等の発育阻害について
原告らの中に乳幼児はおらず、発育不良を自らの被害と主張する者はない。また、証拠によっても、騒音と乳幼児の発育阻害との関係を明確にすることはできない。
iv 療養の妨害について
原告らのうち誰が「病気療養中の者」であるかは明らかでなく、また、騒音が当該疾病にいかなる作用を及ぼしているかを示す証拠もない。
(7) 財産的被害について
振動や排気ガスによってこれらの被害が生じたとはいえず、また、被害を被っている原告及びその具体的内容も明らかでない。
3 違法性の評価障害事実
(一) 厚木基地の公共性
自国の平和と安全を維持するための方法として、我が国は、自衛隊を保有するとともに、安全保障条約に基づき、米軍による安全の保障を求めている。そのうえ、米軍の日本駐留は、ひとり我が国の安全のみならず、極東における国際の平和と安全の維持にも貢献するものである。我が国の平和と独立を保ち、国民の安全を守るための防衛活動は、間断なく続ける必要があり、したがって、防衛の公共性は、いわゆる有事と平時とで異ならない。
かくして、厚木基地は、我が国及び極東の平和と安全を維持するために極めて大きな役割を果たしており、その目的達成のために欠くことのできない高度の公共性を有する施設であって、その公共性は、厚木基地の使用によって原告らに及ぼす影響ないし不利益に優先する。しかも、厚木基地は、その地理的状況や立地条件等が極めて良く、これを他に代替させることは不可能である。
したがって、厚木基地の使用に伴って必然的に発生する騒音等は、原告らも含めた周辺住民にとって、社会生活上やむを得ないものとして受忍すべき範囲のものというべきである。
(二) 地域性、先(後)住性及び危険への接近
侵害行為に公共性があり、被害の内容・程度が生命・身体に直接関わるものでない場合において、空港周辺が航空機騒音を抱える環境であることが社会的に承認された場合、すなわち、当該地域が航空機活動による騒音を伴う環境を有する地域であるという認識が一般的に浸透し、客観的に定着した場合には、いわゆる地域性あるいは先(後)住性の理論により、違法性が否定ないし減殺されるべきである。
また、侵害行為の存在について認識を有しながら、それによる被害を容認して居住を開始したこと、その被害が精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので、直接生命・身体に関わるものでないこと、侵害行為に高度の公共性があること、実際の被害が入居時の侵害行為から推測される被害の程度を超えるものであったとか、入居後に侵害行為の程度が格段に増大したとかいうような特段の事情がないことという要件が充足される場合には、いわゆる危険への接近の法理により、被害者は被害を受忍すべきものであり、このような場合、侵害行為の違法性は否定されるというべきである。
仮に右各理論によって原告らの請求が否定されえないとしても、少なくとも原告らは、居住開始当時、航空機騒音の実態を知っていたか又は容易にこれを知りうる状態にあったから、居住開始時期が新しくなる程、騒音の影響を受忍すべき程度が高くなるというべきである。
(三) 周辺対策及び音源対策等
被告は、当初は行政措置により、その都度施設整備の助成措置や住宅等の移転補償等を行っていたが、その後、昭和四一年以降は「防衛施設周辺の整備等に関する法律」(昭和四一年七月二六日法律第一三五号。以下「周辺整備法」という。)に基づき、昭和四九年以降は「防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律」(昭和四九年六月二七日法律第一〇一号。以下「生活環境整備法」という。)に基づき、種々の周辺対策等を実施してきた。これによって、航空機騒音による影響は、相当程度防止又は軽減されている。この周辺対策等は、今後も実施され、強化されていくものであり、原告らが厚木基地に離着陸する航空機の騒音等によって、生活妨害や不快感といった若干の影響を受けるとしても、これは、社会生活上受忍すべきものである。
周辺対策等の概要は、以下のとおりである。
(1) 生活環境整備法による区域指定
飛行場周辺の生活環境の整備として、住宅の防音工事の助成(四条)、移転の補償等(五条)、緑地帯の整備等(六条)を行うにあたり、被告は、当該地域のWECPNL値に応じ、第一種ないし第三種区域の指定を行ってきた。
(2) 住宅防音工事の助成措置
被告は、昭和五〇年度から、厚木基地周辺の個人住宅に対し、住宅防音工事の補助金交付を実施し、平成二年度までの補助金総額は、約一九〇六億六〇七九万円にのぼる。WECPNL八〇以上の区域における住宅防音工事の希望世帯に対しては、既にその工事を完了しており、WECPNL七五以上八〇未満の区域においては、四一パーセントについて工事が完了している。また、全室防音工事は、一万四五〇〇世帯について完了している。防音工事には、二五ないし三〇デシベル程度の遮音効果があり、防音工事施工室内では、おおむねWECPNL六〇が達成されている。
(3) 住宅防音以外の防音対策
防音対策には、前記(2)に記載したもののほか、学校等、病院等及び民生安定施設の防音工事が実施されており、いずれも目的とする防音効果(一級防音工事については三五デシベル以上)が得られている。
(4) 移転措置等
被告は、昭和三五年から、厚木基地周辺で、飛行場に近接し航空機の運行上好ましくなく、また、航空機騒音等の影響により居住等の環境として適切でないと思われる区域に建物等を所有する者を、より好ましい環境に移転させるとともに、その跡地を買い上げて緑地として整備し、緩衝地帯とする移転措置対策を行っている。
(5) その他の周辺対策
騒音対策以外の周辺対策は、直接騒音値を低下させるものではないが、周辺住民の生活の安定及び福祉の向上を図るものであり、これにより、周辺住民の騒音源に対する好意的評価を高め、騒音によって被る精神的不快感を解消又は低減する効果がある。
このような周辺対策として、騒音用電話機の設置、テレビ受信料の補助措置、障害防止工事の助成、民生安定施設の一般助成、特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成、農耕阻害補償、飛行場周辺の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定、国有提供施設等所在市町村助成交付金(基地交付金)及び施設等所在市町村調整交付金(調整交付金)の助成がある。
(6) 音源対策等
地上における航空機のエンジン整備等に伴う騒音の一部については、飛行場内の消音装置により相当の騒音軽減効果をあげている。
また、日米合同委員会の合意による規制や自衛隊の自主規制、昭和五三年七月三日から行われた飛行コースの改定も、騒音を軽減する効果を伴うものである。
4 人格権・環境権に対する反論
憲法二五条は、国に対して、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営めるよう適切な施策を求める理念上の根拠を定めた綱領的規定である。また、憲法一三条は、基本的人権の尊重を一般的に定めた包括的な人権宣言規定であって、具体的な国民の権利を創設ないし確認したものであるということはできない。したがって、人格権及び環境権を直接根拠づける実定法規は存在しない。
また、人格権ないし環境権として主張される内容は抽象的であり、その範囲ないし限界が明確でなく、権利としての適確性に疑問がある。人格権ないし環境権に基づく妨害排除請求権の成立要件、内容、効果等も明らかでない。このように抽象的で不分明な概念をもって、差止も可能とするような排他性を有する権利を認めることは、法的安定性を害すること甚だしい。
5 損害賠償請求について
(一) 根拠法条に対する反論
(1) 国家賠償法一条一項と二条一項のそれぞれの立法目的及び文理解釈からすれば、同法二条一項は、当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって一般的に他人に危害を生ぜしめる危険性がある場合(以下、この危険性を「物的性状瑕疵」という。)に限って適用されるべきである。
厚木基地は、航空機の離着陸の用に供されることを本来の目的としており、その目的達成のために、飛行場が通常備えるべき性質及び設備を有し、本来持つべき安全性を完全に具備している。したがって、厚木基地には物的性状瑕疵は存在しない。
(2) 仮に、当該営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生ぜしめる危険性がある場合(以下、この危険性を「供用関連瑕疵」という。)にも国家賠償法二条一項が適用されるべきものとしても、原告らは、危害発生の危険性、危険性の予見可能性及び危害発生の回避可能性の存在を具体的に主張、立証すべきであるところ、その主張は未だ不十分であり、また、前記のとおり、侵害行為及び被害が存しないこと、被告が騒音障害をできるだけ軽減するために、運行方式について特段の措置を講じるとともに適切な制限を加えていること並びに種々の周辺対策を行っていることからすれば、厚木基地においては、供用関連瑕疵も存在しないというべきである。
(二) 一部請求及び一律請求について
本件においては、航空機の離着陸、エンジンの作動等の各行為ごとに、その都度損害が発生しているはずであり、履行期によって損害額を区別することが可能であるから、一部請求をするなら、履行期によって特定されたどの部分についての請求をするのか明らかにすべきである。原告らは、漫然と非財産的損害に対する賠償の内金と主張するのみで、その範囲を特定していない。かような一部請求は不適法である。
また、損害の内容は、各原告の厚木基地から居住地までの距離、居住期間、一日のうち居住地にいる時間、居住環境及び職業等それぞれの原告の個別的事情によって異なるはずである。これら各別の事情を捨象した一律請求は不当である。
6 消滅時効の抗弁
(一) 本件損害賠償請求権の時効による消滅時期
原告らが主張する厚木基地の使用を原因とする侵害行為とは、同基地における航空機エンジンの作動、航空機の離着陸に伴う航空機騒音に原告らを暴露することをいうが、このような態様の不法行為においては、侵害行為が日々継続するとともに、損害もこれに見合う形で日々発生しつづけるのであって、侵害行為が長期にわたって蓄積することにより、それが一定の段階に達した時初めて損害が発生する(あるいは更に発生しつづける場合)とは、類型を異にする。換言すれば、本件のような場合は、損害賠償請求権が日々発生するものと理解しうるから、消滅時効も日々進行するというべきである。鉱業法の規定は、鉱害について特に立法により民法の不法行為に関する規定を変更したものである。侵害行為の性質内容、損害の性質、発生の態様について、鉱害と事情を異にする本件において、鉱業法一一五条二項の規定を類推適用する余地はない。
(二) 時効の起算点
「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、一般人が当該損害賠償請求を訴訟において一応合理的に基礎づけるに足りる要伴事実を確認した時をいい、本件において主張される違法行為は、厚木基地における航空機エンジンの作動、航空機の離着陸による騒音等の到達であり、一見してその存在は明らかであるから、原告らは、それぞれの時点において、損害及び加害者を知ったものというべきである。したがって、本件で問題とされる損害賠償請求権は、発生の時から日々時効が進行し、それから三年を経過することにより消滅すると解される。
よって、原告らが本訴を提起した昭和五九年一〇月二二日から三年前である昭和五六年一〇月二二日前の損害(弁護士費用を含む。)に係る賠償請求権は、時効によって消滅している。
(三) 時効の援用
被告は、昭和六二年三月一八日の本件口頭弁論期日において、右滅時効を援用した。
六 原告らの再反論
1 違法性について
(一) 受忍限度論批判
受忍限度論は、もともと不法行為に関する理論であるところ、原告らは、差止請求については、不法行為を理由に請求しているのではなく、直接支配権たる性格を有する人格権・環境権に基づいて、これを侵害する行為の排除を請求しているのであるから、原告らの差止請求について受忍限度論の適用はない。また、本件のように、人の生存・生活の基盤となるべき重要な権利である人格権・環境権の侵害が深刻な程度に至っているような場合には、加害者及び被害者双方の事情等を総合的に衡量するという不明確な形式の受忍限度論は、適用されるべきではない。
仮に本件について受忍限度論の適用があるとしても、受忍限度論は、利益侵害の程度が社会通念上受忍すべき限度内である場合に、例外的に違法性を阻却する理論であり、利益侵害が違法な程度となる限界を画する趣旨で使用されるべきものであって、加害者と被害者との間で、双方の事情を単純に利益衡量するものではない。すなわち、受忍限度論は、利益侵害の程度に着目した議論であるから、受忍限度の判断においては、侵害されている利益の重要性が最も大きな考慮要素であり、侵害行為の程度・態様・性格と被侵害利益の性格・重要性が考慮の中心に据えられるべきである。また、環境基準等の行政基準も客観化された社会通念として考慮すべきである。これに対し、侵害行為の目的・害意・公共性の有無や被害の防止措置の有無・効果などは考慮する必要がなく、仮にこれを考慮するとしても、加害・被害状況に付随する従たる判断要素に過ぎない。本件においては、人格権・環境権の侵害が深刻な程度にまで至っているから、あえて受忍限度に言及する必要はない。
(二) 環境基準等と受忍限度
騒音公害などの被害を防止するという観点から指定される指導基準・規制基準等の行政基準は、社会通念の公的な表れという面を持つから、判例が、受忍限度論における社会通念上又は社会生活上受忍すべき限度の判断において、これを一応の基準とすることは、一面では合理的である。しかし、行政基準は、行政側の被害防止に関する認識の程度や政治的配慮の存在により、必ずしも社会通念上受忍すべき限度をそのまま反映しない場合もありうる。
航空機騒音に係る環境基準においては、専ら住居の用に供される地域についてはWECPNL七〇以下、右以外の地域であって、通常の生活を保全する必要がある地域についてはWECPNL七五以下という数値が定められているが、これは、航空機騒音につき被害の発生を防止することができる十分な基準として設定されたものではない。同基準は、昭和四八年一二月二七日に告示されたものであり、騒音基準の認識自体に不十分なものがあるうえ、公共性の考え方や騒音低減の技術的困難性なども考慮に入れて、当時のあるべき騒音基準さえ上回る数値を環境基準としたものであり、今日における騒音被害の受忍限度を面する基準としては、甚だしく不十分である。
また、航空機騒音に係る環境基準は、単なる行政上の目標値ないし努力目標にすぎないものではなく、現実に達成されなければならない最低限の基準を定めたものというべきであり、国がその達成を図る現実的かつ重大な責務を負うものである。現在定められている基準値は、人の健康を保護し及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準(公害対策基本法九条一項)としても十分ではなく、仮にこれが達成されても、被害が解消されるような水準のものではない。
(三) 本件侵害行為の違法性
原告らは、本件侵害行為の違法性を判断するにあたり、前記のとおり無限定な受忍限度論によるべきではないと考えるが、仮に何らかの意味程度において受忍限度論の適用があるとしても、既に主張した侵害行為及び被害の内容、後に主張する違法性の評価障害事実に関する反論、更には、厚木基地が排出してきた騒音が、既述のように不十分な航空機騒音に係る環境基準さえ大幅に上回るうえ、同基準が定められてから既に二〇年近く経過したのに、近時ますます悪化の傾向を辿っていること等を考慮すれば、本件侵害行為によって原告らが過去に受け、現在なお受けつつある被害が受忍限度を超えるものであることは、明らかである。
2 違法性の評価障害事実について
(一) 厚木基地の反公共性
公共性という不明確な概念を違法性の判断要素に持ち込むことは、本件被害の深刻さに照らして許されない。仮にこれを違法性判断の要素として取り入れるとしても、その内容は、当該事案に即してできるだけ具体的に特定されなければならず、防衛行為一般の重要性、在日米軍の平和への貢献、厚木基地の軍事的拠点としての重要性等(但し、これらについても疑義がある。)を抽象的に主張しても、厚木基地の公共性は明らかにならない。
厚木基地は、アメリカ合衆国の世界戦略の中で重要な役割を果たし、有事の際には攻撃目標となる危険もあるなど、その現実の機能は、むしろ反公共的であり、周辺住民の平和的生存に脅威をもたらしている。また、公共財ともいえる環境を破壊し、その被害が重大かつ広範にわたるという点においても、厚木基地は反公共的である。結局、厚木基地に基本的人権に優位する公共性を認めることはできない。
(二) 地域性、先(後)住性及び危険への接近について
(1) 厚木基地の周辺地域が市街地化されてきたのは、旧海軍省による用地買収前から始まった鉄道の整備や、地理的・気象的条件によるものであって、厚木基地が設置されたことがその原因ではない。
また、厚木基地設置以来の日米関係の進展、世界情勢の変動及びこれらに伴う基地機能の強化等は、一般に予測することが不可能であったというべきであり、住民及び関係自治体が繰り返してきた反対運動や要請行動等に鑑みれば、厚木基地の軍用飛行場としての使用及びその周辺地域における騒音被害が社会的に承認された事実はない。
(2) 地域性及び先(後)住性
従来裁判例で考慮された地域性論は、地域の性格を利害の調整に反映させるため、用途地域の区分を基準にするものであり、被告のいう地域性論は特異なものである。仮に厚木基地周辺の地域性を考えるとしても、その要件は厳格であり、騒音発生地域であることが、一般的かつ社会的に認識され、あまねく了承されていることが必要であるところ、本件において、このような事実はない。また、先住者といえども、それ故に後住者に対する加害行為が是認されるということはない。
(3) 危険への接近
危険への接近の理論は、環境破壊者に環境占有の権利を与えるに等しく、また、被害者が環境の汚染を知って移り住んだとしても、加害者の違法行為が適法行為になることはないから、これを認めるべきではない。
仮に違法性阻却ないし加害者の免責が認められる場合があるとしても、被害者が違法状態を利用して損害賠償を請求するような、被害者に特に非難されるべき事情がある場合に限られるべきである。厚木基地の周辺地域は住宅地であり、首都圏への通勤にも適し、地価も適切であること、不動産物件の下見や案内等は、往々飛行機の飛ばない日に行われがちであること、自己の利用しない軍用飛行場の所在については、関心のないのがむしろ通常であること等からして、一般人が厚木基地の周辺地域に転入するにあたり、予め基地や騒音の存在につき十分な関心と調査を要求することは無理であり、仮に航空基地や騒音の存在を認識できても、その実態を的確に把握することは困難であるから、本件に危険への接近の法理を適用することはできない。
(三) 周辺対策及び音源対策等について
(1) 音源対策
騒音公害に対する抜本的対策は、その発生源を根絶することである。被告は、厚木基地の移転、厚木基地の使用・運行方法の規制等の音源対策が可能であるにもかかわらず、これを行わない。米軍及び自衛隊による飛行規制措置は自主規制であり、違反に対する制裁もないいわゆる精神条項にすぎず、例外規定や除外規定も存在するため、規制の効果が上がっていない。
(2) 周辺対策
周辺対策は、侵害行為と被害の継続を前提とする対策であり、被害の軽減にはほとんど役立っていない。
住宅防音工事の効果は、極めて不十分であり、現実の激しい騒音のもとでは、生活妨害等の被害を解消することはできず、これによって原告らの被害が軽減されているとはいえない。そもそも、日常生活は、屋内のみで営まれるものではなく、自然の陽光と大気の中で展開されるものであり、住民を防音室内に押し込めてすむものではない。
その他の諸対策も効果が不十分であるか、騒音軽減とは無関係なものであって、いずれも考慮に値しないというべきである。
3 時効の抗弁について
(一) 本件における消滅時効の適用
本件は、蓄積する被害を引き起こす継続的不法行為であり、消滅時効の進行を日々認めることは、不法行為における消滅時効制度の趣旨や本件と同様な継続的不法行為に関する鉱業法一一五条二項の趣旨からして許されない。すなわち、公害のような継続的不法行為においては、被害者の立場の弱さや事案の複雑性から被害者の権利行使が困難であり、不法行為を分断してとらえることは実体にそぐわない。また、騒音による様々な被害は、日々の騒音の集積によって引き起こされ、増大し、累積するという特色を持つ。したがって、一定期間の継続した騒音が一つの侵害行為と評価されなければならず、原告らが回復を求めるものは、かような侵害行為によって蓄積された被害の総体である。このような損害は分割できるものではなく、加害行為が継続する限り時効が進行する余地はない。鉱業法一一五条二項は、被害が長年にわたって蓄積し、増大するという特質に鑑みて規定されたものであり、航空機騒音の場合にも類推適用され、あるいはその趣旨に基いた解釈がされるべきである。
(二) 時効の起算点
仮に加害行為継続中に時効の進行を認めるとしても、「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、不法行為として賠償請求ができる損害と賠償義務を負う相手方を知ること、すなわち、損害賠償請求権の存在とその行使可能性を知ることを意味するところ、本訴提起前原告らが騒音の程度に関する客観的数値やWECPNL値等受忍限度の判断に結びつく客観的指標を知っていたということはできず、駐留米軍の不法行為に関する理論が未成熟であったこと、被告が損害賠償責任を否認するなど原告らが違法性・責任を認識することを妨害してきたこと等の事実も考慮すると、原告らが「損害及ヒ加害者ヲ知」ったということはできない。
また、本件のように公害が継続するという新しい形態の不法行為については、「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」を判断するにあたり、加害者に時効援用を許容するに足りる正当な利益が存在するか否かを考慮すべきである。本件において、被害の存在を熟知しながら加害行為を継続し、その地位を利用して原告らが違法性・責任を認識することを妨害してきた被告に、かような利益がないことは明らかであり、この点からも、原告らが「損害及ヒ加害者ヲ知」ったということはできない。
七 再抗弁(時効の援用権の濫用)
消滅時効は、原則として弁済者の二重弁済を避けるための制度であり、時間の経過のみによって債務者の本来弁済すべき債務を免じ、債権者の権利を奪う理由はないから、債権の存在と弁済の事実の不存在が明らかな場合には消滅時効による保護を与える必要はない。このことは、不法行為の場合には一層強調されるべきである。不法行為における時効を広く認めることになれば、社会的強者がその地位を利用し、被害者を泣き寝入りさせることを助長する結果になるからである。本件においては、原告らの被害、侵害行為の違法性及び賠償が未だ行われていないことが明らかであるから、時効を認める根拠がない。
また、民法七二四条が短期消滅時効を認めた根拠として、時間の経過に伴う権利行使(立証)の困難さ、時間の経過による被害者の宥恕、権利の上に眠るものとして保護が不要であること等があげられるが、本件においては、いずれも当てはまるものではなく、また、同条が予定するのは、未知の当事者間における予期しない偶然の事故に基づいて発生する不法行為であるが、本件は、このような場合とは根本的に異なる。
被告は、国民の生命、健康を守るべき憲法上の義務を負っているにもかかわらず、次々と基地機能を拡充し、昭和四八年には空母ミッドウェーの、平成三年には空母インディペンデンスの横須賀母港化を実施し、被害の一層の拡大をはかってきた。かような事実関係や原告らの被害認識及び権利行使の困難性、原告らと被告との力関係の差異、審理を通じて得られた権利義務関係の明確化等の事情を考慮すれば、被告による時効の援用は、権利濫用として許されないというべきである。
八 再抗弁に対する認否
原告らの権利濫用の主張は争う。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
(事実認定に用いた書証について)
以下の事実認定に用いた書証は、いずれも成立に争いがないか、裁判所が証拠又は弁論の全趣旨によりその成立を認めたものである。よって、書証の成立については、これを個別に判示しないこととする。
第一当事者及び厚木基地の概要・管理関係等
一 当事者
当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告らは、厚木基地に近接する綾瀬市、大和市、相模原市、座間市、海老名市及び藤沢市等の区域内に居住する、あるいは過去に居住していた周辺地域住民であり、その居住地は、別表三原告らの住所・転入時期等一覧表記載のとおりである。
2 被告は、安保条約及び地位協定に基づき、アメリカ合衆国に厚木基地を提供して米軍に使用を許すとともに、その一部である飛行場区域に海上自衛隊厚木飛行場を設置し、自らこれを管理・使用している。
二 厚木基地の概要、設置・管理の経緯及び法律関係等
当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
1 厚木基地の概要
厚木基地は、神奈川県の中央部東側に位置し、大和市、綾瀬市及び海老名市の三市にまたがっている。南北方向に延びる幅四五メートル、長さ二四三八メートルの滑走路(その南北両端には、各三〇〇メートルのオーバーラン部分が存在する。)を有し、その面積は、約五一一万三六三三平方メートルである。
2 厚木基地の設置・管理の経緯及び法律関係等
(一) 昭和二〇年八月一五日(終戦)まで
厚木基地は、昭和一三年に旧海軍省が航空基地として建設に着手し、昭和一六年から帝都防衛基地として使用を始めた旧軍財産であり、終戦までは、飛行場の設置、管理、航空機の運航及びこれに伴う航空交通管制のすべてにわたって、旧海軍省が管理していた。
(二) 昭和二〇年八月一五日から同年九月一日まで
昭和二〇年八月一五日の終戦により、旧海軍省が解体されたため、厚木基地は、大蔵省所管の普通財産となった(この点は、今日に至るまで変更がない。)。
(三) 昭和二〇年九月二日(接収)から同二七年四月二七日まで
厚木基地は、昭和二〇年九月二日米軍に接収された。また、終戦によって、我が国の航空活動は、米軍によりほぼ全面的に禁止されることになり、右接収期間中は、米軍が、接収という事実行為に基づき、我が国領空の航空活動を完全に掌握し、独自の判断と責任において航空機の運航を行った。その結果、米軍の接収下においても、厚木基地の所有権は我が国にあり、大蔵省が普通財産としてこれを所管していたが、同基地の一切の管理使用権限は米軍が持ち、その施設及び区域の維持管理並びに航空機の保有、運航及びこれに伴う航空交通管制等の運航活動は、我が国内法の適用を受けることなく、すべて米軍の専権下にあった。
(四) 昭和二七年四月二八日(平和条約発効)から同三五年六月二二日まで
昭和二七年四月二八日平和条約が発効し、これと併せて締結された旧安保条約及び行政協定二条一項に基づき、厚木基地は、米軍の使用する施設及び区域として提供され(海軍飛行場キャンプ厚木)、被告は、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定の実施に伴う国有の財産の管理に関する法律」(昭和二七年四月二八日法律第一一〇号)に基づき、アメリカ合衆国に対し、厚木基地を無償で使用することを許した。米軍は、行政協定三条一項により、我が国の安全と極東における国際の平和及び安全の維持という提供目的を達成するために、厚木基地を排他的に使用し管理する権限を付与され、その結果、我が国は、条約上も厚木基地について管理使用権限を失うこととなった。また、厚木基地が飛行場であることから、行政協定六条一項により、米軍の右管理使用権限は、当然に飛行場に離着陸する米軍保有の航空機の運航管理も含むものであった。
昭和二七年七月一五日、「航空法」(昭和二七年七月一五日法律第二三一号)が制定されたが、同日、「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約に基づく行政協定の実施に伴う航空法の特例に関する法律」(昭和二七年七月一五日法律第二三二号)も制定され、米軍機の運航につき、いくつかの航空法適用除外事項が定められた。米軍は、航空法の制定に伴うこれら規範との調整を保ちつつ、自らの判断と責任において、厚木基地に離着陸する米軍及びその関係の航空機の運航管理を専権的に行うことになった。
また、航空法の制定後は、我が国の領空における航空機の航行に関する航空交通管制は、運輸大臣の権限事項とされ、米軍機もこれに服することになったが、行政協定(後に地位協定)六条一項に基づき、アメリカ合衆国に提供された飛行場施設の隣接、近傍空域における航空交通管制業務は、同国(具体的には米軍)が行う旨日米合同委員会で合意され、その結果、航空交通管制業務(航空路管制業務、進入管制業務、ターミナル・レーダー管制業務、飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務がある。航空法施行規則一九九条一項)のうち、航空路管制業務は運輸大臣が所管し(厚木基地については、運輸省東京管制区管制所が行う。)、その余の管制業務は、米軍が行うことになった(但し、進入管制業務及びターミナル・レーダー管制業務は、米軍横田管制所が行っていた(今日に至るまで行っている)ので、厚木基地の米軍は、飛行場管制業務と着陸誘導管制業務のみを行っていた。)。
(五) 昭和三五年六月二三日(安保条約、地位協定締結)から同四六年六月三〇日まで
昭和三五年六月二三日、安保条約及び地位協定が締結されたが、米軍に対する厚木基地提供の根拠が、行政協定二条一項から地位協定二条一項a、三条一項、六条一項に変わったほかは、法律関係に格別の変更はなく、米軍が厚木基地を専権的に管制使用する状況は、以前と同様であった。ただ、厚木基地の名称は、昭和三六年四月一九日調達庁告示第四号により、厚木海軍飛行場と改称された。
(六) 昭和四六年七月一日(共同使用開始の日)から現在まで
(1) 厚木基地は、昭和二七年四月以降、その全域が米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供され、米軍がこれを排他的に管理使用してきたところ、日米合同委員会の合意及び閣議を経て、その一部につき海上自衛隊と米軍との共同使用及び使用転換が決定され、昭和四六年七月一日から実施された。
すなわち、被告引用図表第一図(厚木基地管理区分図)の緑斜線部分は、地位協定二条四項aに基づき、引き続き米軍管理の下で海上自衛隊も使用できる共同使用区域になった。また、赤斜線部分(本判決において飛行場区域、あるいは海上自衛隊厚木飛行場と呼んでいる部分である。以下、本項(六)においては、「赤斜線部分」という。)は、我が国に使用転換されて海上自衛隊の管轄管理する施設となったが、同時に地位協定二条一項に基づき、同条四項bの適用がある施設及び区域として引き続きアメリカ合衆国に提供され、米軍機の米軍専用区域等への出入りのため及びそれに関連したその他の運航上の必要を満たすために一時使用されることになり、米軍が同区域を使用する期間は、地位協定の必要な条項が適用されるべきものとされた。その結果、この部分は、海上自衛隊の管理の下で米軍が共同使用する区域になった。
原告らは、この点につき、赤斜線部分は、地位協定三条一項二文に基づき、米軍がその専用区域及び米軍管理共同使用区域への出入りを可能とするため、そのつど使用を認められる部分として合意されたものであって、米軍による同部分の使用は、我が国の関係法令の範囲内でなされなければならない旨主張するようである。しかし、同条項は、提供施設及び区域への出入りの便を図るため、提供施設及び区域の隣接又は近傍の土地等において、必要な措置を執る場合に関する規定であるところ、赤斜線部分は、まさに提供施設及び区域そのものであって、その隣接又は近傍の土地等ではない。けだし、同部分については、使用転換によりその管理権が我が国に返還されたが、当該施設及び区域そのものが返還されて、提供施設及び区域でなくなったわけではないからである。したがって、同部分につき同条項の適用はなく、その適用があることを前提に、その使用が我が国の関係法令の範囲内でなければならないということはできない。
(2) 昭和四六年六月三〇日まで厚木基地の米軍が行っていた飛行場管制業務と着陸誘導管制業務は、同年七月一日以降、防衛庁長官(海上自衛隊の管制部隊)が行うことになり(航空法一三七条三項、同法施行令七条の二)、米軍機もそれに従うことになった。その余の航空交通管制の所管は、従前と同様である。したがって、米軍機及び自衛隊機のいずれについても、航空路管制業務は東京管制区管制所が、飛行場管制業務は海上自衛隊厚木航空基地隊の厚木管制塔が、着陸誘導管制業務は同厚木着陸誘導管制所が(「航空交通管制業務に関する告示」昭和四一年五月二〇日運輸省告示第一四九号)、進入管制業務及びターミナル・レーダー管制業務は従来どおり米軍横田管制所が、それぞれ行うことになった。しかし、ここで我が国が行うことになった飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務も、航空機の航行の安全を図ることを目的とするものであって、その性質上航空機が航行する際のいわば交通整理を行うにすぎず、米軍機の運航権限自体に関わるものではない。
(3) かくして、厚木基地は、昭和四六年七月以降も、安保条約及び地位協定に基づき、赤斜線部分を含むその全域が、我が国の安全と極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供されているのであるから、右目的達成のために、赤斜線部分に限ってより具体的にいえば、米軍機の米軍専用区域等への出入り及びこれに関連するその他の運航上の必要をみたすために、米軍が独自の判断と責任に基づき、厚木基地において航空機を保有し、運航活動を行うのは、条約上当然のことである。我が国に返還された赤斜線部分に対する管理使用権限や航空交通管制権も、米軍が右目的遂行のために行う運航活動を阻害することがないように行使されなければならず、したがって、厚木基地の一部につき使用転換及び共同使用が実施されたからといって、そのことの故に、就中赤斜線部分に対する管理使用権限を根拠に、我が国が米軍機の運航活動を実質的に規制することができるようになったわけではない。
(4) 我が国は、赤斜線部分の使用転換を受けて、そこに海上自衛隊厚木飛行場を設置し、海上自衛隊の施設として管理使用することになった。しかし、同部分は、既述のとおり、引き続き地位協定二条四項bの適用がある施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供され、米軍の使用が許されているのであって、同時に米軍の基地でもあるから、我が国の管理使用権限も、それとの関連で、当然に一定の制約を受けるものというべきである。勿論、我が国には自衛隊機の運航権限もあることを考えれば、右管理使用権限が単に飛行場施設を物理的に整備、維持するだけのものでないことは、いうまでもないが、他方、我が国には、厚木基地における米軍機の運航活動を実質的に規制する権限はないのであるから、原告らが主張するように、これを自衛隊専用施設における管理使用権限と同視することができないことも、また明らかというべきである。
第二本件訴えの適法性について
一 差止請求に係る訴えの適法性
1 原告ら(但し、別紙当事者目録一記載の原告らを除く。以下、差止請求及び平成三年一二月一七日以降の損害賠償請求について同じ。)は各自、被告に対し、被告自ら又は米軍をして、厚木基地において午後八時から翌日午前八時までの間航空機を離着陸させ、かつ、航空機のエンジンを作動させること及び午前八時から午後八時までの間、各原告の居住地に六五ホンを超える航空機騒音を到達させることの全面的禁止(以下、これらをまとめて単に「差止」ということがある。)を求めているが、被告が自ら行うこれらの差止とは、自衛隊機について差止内容を実現することを意味し、また、被告が米軍をして行わせるこれらの差止とは、被告が米軍機について差止内容を実現することを意味すると解されるので、本件においては、両者を区別して検討することが適当である。
2 米軍機に関する差止について
(一) 我が国とアメリカ合衆国との間には、安保条約及び地位協定が締結されている。これらによれば、アメリカ合衆国は、我が国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、その陸軍、空軍及び海軍が我が国において施設及び区域を使用することを許され(安保条約六条、地位協定二条一項a)、右施設及び区域内においては、それらの設定、運営、警護及び管理のために必要なすべての措置を執ることができることとされている(地位協定三条一項)。厚木基地は、前記のとおり、地位協定二条四項bの適用がある飛行場区域も含めてその全域が、地位協定二条一項aに基づき、米軍が使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供されており、米軍は、安保条約六条に掲げる目的を達成するため(飛行場区域について具体的にいえば、米軍機の米軍専用区域等への出入り及びこれに関連するその他の運航上の必要をみたすため、以下同じ。)、これを使用する権限を有する。これに基づいて、米軍は、同国の国家統治作用の一環として、自らの権限と判断により、厚木基地において航空機を保有し、かつ、運航している。他方、我が国は、安保条約及び地位協定の定めるところにより、米軍をして厚木基地を支障なく使用せしめる条約上の義務を負担しており、米軍が安保条約六条に掲げる目的を達成するために行う活動について、厚木基地の使用を一方的に禁止・制限することはできない。
然るに、我が国が米軍の意思如何にかかわらず一方的に差止内容を実現しようとすれば、アメリカ合衆国の国家統治作用の一環として、安保条約及び地位協定に基づいて行われている米軍の活動に対し、一方的に制限や制約を加える結果を招来し、同国の対外的主権の行使を一方的に規制することになるから、右のような条約上の義務を負う被告に対して、厚木基地の使用を一方的に禁止・制限する方法による差止内容の実現を請求することは、ただ単に法的に不能な給付を求めるというにとどまらず、我が国が外国に対する関係においておよそなしえない行為を訴求することに帰する。そして、裁判権の行使も国家統治権の発動の一態様であるから、このような事項については、我が国の主権によってその範囲を画されるべき民事裁判権(刑事裁判権に対する趣旨であり、行政裁判権を含む。)も及ばないものというほかはない。したがって、米軍の意思如何にかかわらず一方的に厚木基地の使用を禁止・制限することによって差止内容を実現することは、アメリカ合衆国を被告としてこれを求める場合は勿論、本件のように国を被告としてこれを求めることもできないというべきである。
原告らは、米軍が使用している施設及び区域内における作業は、公共の安全に妥当な考慮を払って行われるべきこと(地位協定三条三項)、米軍の構成員等は、我が国の法令を尊重すべき義務を負っていること(同一六条)等を指摘し、米軍が抽象的な安保条約の目的条項を振りかざせば如何なることもできるということはあり得ず、米軍の活動が第三者の権利を違法に侵害するような態様でなされる場合にまで、被告がこれに協力する条約上の義務はないと主張する。確かに、我が国における米軍の活動に条約上種々の制約が伴うことは、いうまでもないところであるが、本件において、米軍が安保条約及び地位協定に違反する活動をしているとまで断定しうるかは、大いに疑問であるうえ、右のような地位協定上の規定が存在するからといって、直ちに被告がアメリカ合衆国の意思決定に基づく米軍の活動に一方的な制限や制約を加え、あるいは我が国の国家権力をもってこれを強制することが可能になるわけではない(仮に米軍の活動が安保条約等に違反するか否かにつき、日米両国の見解が相違するような事態に立ち至った場合に、我が国がこれらにどう対処すべきかは、まさに後述のとおり行政府の高度に政治的かつ自由裁量的な判断に委ねられている問題というべきである。)。また、被告は、前記のとおり飛行場区域につき管理権を有するが、右管理権を行使するにあたっても、米軍が安保条約六条に掲げる目的達成のためにこれを使用することを尊重しなければならないというべきであるから、右管理権をもって、米軍機の運航活動に一方的な制限や制約を加えることができないことも明らかである。更に、被告(海上自衛隊の管制部隊)が行う飛行場管制業務及び着陸誘導管制業務は、航空機の安全な運航のための交通整理的なものであり、航空交通の安全確保の観点から、米軍機に対しても、一時的待機や飛行中止を命ずるなど事実上の制約を加えることはありうるが、これを根拠に米軍機の運航に一方的な制限や制約を加えることはできないというべきである。
(二) このように、米軍の意思如何にかかわらず一方的に差止内容を実現することができない以上、原告らの求めるところを実現するためには、被告がアメリカ合衆国と協議や交渉等を行い、最終的には同国の同意ないし協力を得るほかはないといわざるをえない。具体的には、安保条約や地位協定等を改正すること、日米合同委員会において新たな合意の成立を図り、あるいは既に成立している合意(本件においては、昭和三八年九月一九日及び昭和四四年一一月二〇日に、飛行時間の制限並びに飛行活動及び高度の規制等について合意がされている。)につきその厳格な遵守を米軍に求めることなど、様々な方法が考えられないではないが、これらはいずれもアメリカ合衆国との折衝や協議等を要する事柄であり、その意味で外交交渉たる性質を有するものということができる。
このような外交交渉は、本来政治部門たる行政府の権限に属し、その必要性を認識し、いかなる時期に、いかなる方法により、どのような内容の交渉を行うかは、その高度に政治的かつ自由裁量的な判断に委ねられているところであり、組織的にも手続的にも種々の制約を受け、また、直接政治責任を負わない立場にある司法裁判所が、これを拘束するような裁判をすることは、憲法の定める三権分立の精神に反するものと解される。したがって、被告がアメリカ合衆国との協議や交渉等を通じ、最終的には米軍の意思に基づいて差止内容を実現することを、裁判によって求めることはできないというべきである。
(三) ところで、米軍機の運航について、米軍の意思如何にかかわらず一方的に制限や制約を加えることによって差止内容を実現する場合も、また、被告がアメリカ合衆国との協議や交渉等を通じ、最終的には米軍の意思に基づいて差止内容を実現する場合も、その具体的な方法には様々なものが考えられる。しかし、いずれの場合も、被告がアメリカ合衆国ないし米軍に対し、何らかの積極的な行為をすることを要するのであって、被告の単純な不作為のみで差止内容が実現されるものではない(この点は、自衛隊機に関する差止請求と異なる。)。このような場合には、人格権・環境権の侵害を理由とするものである限り(抽象的に一定の事態を発生させないことだけを約し、それを実現するための具体的方法如何は全く問題としない旨の契約に基づく履行請求などは、別論である。)、実体法上、夜間飛行等及び騒音到達という事態を発生させないという一個の抽象的な包括的不作為債務が発生するとみるべきではなく、そのような事態の発生を阻止するために被告が採るべき積極的な行為ごとに、いくつかの具体的な作為義務が発生すると考えるべきであり、それを訴訟物として審判の対象に掲げるべきである(この点は、自衛隊機に関する差止請求に関連して、更に述べる。)。原告らは、米軍機に関する差止請求において、被告に求める具体的行為を特定明示せず、かような具体的行為は包括的不作為債務の単なる履行方法に過ぎないとして、これを二、三例示するのみであるが、このような方法で請求の趣旨及び訴訟物を特定することが許されるとすれば、具体的な作為(本件では、米軍の活動に対して一方的に制限や制約を加え、あるいはアメリカ合衆国と交渉を行うこと)を掲げて請求する場合に生ずる、既にみたような民事裁判権の範囲ないし政治部門の裁量論に関わる問題点をすべて回避しうるという不合理な結果を生ずる。かくして、原告らの右請求は、訴訟物も請求の趣旨もともに特定されていないといわざるをえない。
(四) よって、米軍機に関する差止請求は、我が国の民事裁判権が及ばない事項であるか、行政府の高度に政治的かつ自由裁量的な判断に委ねられた事項であり、また、請求の趣旨内容も不特定であって、これに係る訴えは、いずれにしても不適法といわなければならない。
3 自衛隊機に関する差止について
(一) 統治行為論ないし政治問題の法理について
(1) 統治行為とは、通常、政治部門の行う行為のうち、法的判断は可能であるが、その高度の政治性の故に、司法審査の対象とすることに馴じまない行為であると定義されるが、そもそもかかる概念を認めるべきか否か、認める場合にもその根拠をどう説明するか、更には具体的にいかなる行為が統治行為とされるのか等につき、未だ学説判例上定説を見るに至っていない。しかし、我が国の自衛権行使のための実力組織の規模、内容、程度及びその運用に関する基本的事項をいかに決定するかという問題が統治行為にあたることは、おそらく異論の少ないところであろう。外部からの侵略行為に対し、我が国がいかに対処し、そのためにいかなる準備を整えておくかは、国民の生存と自由及び我が国の存立に直接関わる極めて重大な問題であり、対処の方法や準備の基本的内容を決定するためには、高度の政策的考慮と政治的決断を必要とするため、裁判所の裁量的自制ないし司法権の内在的制約という問題に直面する場面だと考えられるからである。
(2) 被告は、原告らの差止請求は、厚木基地の使用を全面的に禁止することを求めるに等しく、その結果、裁判所に対し、防衛問題という国家統治の基本に関わる高度に政治的な事項について、重大な政策決定を求めるものであって、司法審査の範囲外であると主張する。
しかしながら、原告らの差止請求は、全部認容か棄却かの二者択一を迫るようなものではなく、その一部を認容することも論理的には十分可能な内容の請求であるから、その全部が認容されること、換言すれば、厚木基地の使用が全面的に禁止されることを前提に、その結果生じることが予想される事態を理由に、訴えそのものを不適法とすることは、合理性を欠くものと考えられる(なお付言すれば、原告らの差止請求は、夜間航空機を離着陸させれば、それによる騒音がそれぞれの原告に到達してもしなくても、差止の対象になり、また、昼間六五ホンを超える航空機騒音が到達すれば、それが一回だけであっても、差止の対象になるというもので、その全部が認容されることは、そもそも考えにくい請求である。)。
また、請求認容の判決の結果、基地の使用が全面的に不能になり、あるいは行政府のした重要な政策決定(例えば、重要な機能を営む基地の設置)の具体的効果を直接左右することになるからといって、そのことから常に、裁判所に対して防衛問題につき重大な政策決定を求めることになるわけではない。例えば、基地の枢要部分にある土地の所有権に基づき、その明渡を求める訴訟において、その請求を認容すれば、その結果基地の使用が全面的に不能になる場合もありえようが、そのことの故に、統治行為が問題になることはないであろう。
(3) 本件は、人格権等の侵害を理由に、被告が厚木基地の管理使用に関連して騒音を発生する行為の差止を請求する訴訟であって、安保条約や自衛隊法等の合憲違憲、我が国の防衛政策に関する重要な決定の有効無効等を直接審判の対象とするものではない。かかる事案において、統治行為が問題になる場合があるであろうか。結論を先取りすれば、この種事案においては、およそ類型的に常に問題になるとか、常に問題にならないとかいうことではなく、個々の事案における具体的な訴訟状態ないし紛争状態、言い換えれば双方当事者がする主張立証の具体的状況如何により、問題になる場合もあれば、問題にならない場合もある、ということに尽きる。
すなわち、かかる事案においては、後に説示するとおり、生命侵害や深刻な健康被害が現に生じているような場合はともかく、被害の程度が生活妨害、睡眠妨害、心理的情緒的被害といった日常生活上の不利益に止まる限り、人格権の侵害があるといえるか否かは、一義的に決め難く、これを肯定するためには、人格的利益が違法に侵害されていることを要し、その違法性の判断は受忍限度論によるべきところ、受忍限度を判断するには、侵害行為の態様や程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の発生源たる社会経済活動の持つ公共性(社会的・経済的有用性)の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容と程度等の諸事情の総合的な考察が必要である。したがって、本件においては、厚木基地の公共性が当然考慮されなければならない。
しかし、このことの故に、この種事案では常に統治行為が問題とされる、ということになるわけではない。基地の公共性も、先に掲げた諸々の考慮事項についてなされる総合的な利益考量におけるひとつの要素、ひとつの場面に過ぎないうえ、実際の訴訟においては、原告が違法性の評価根拠事実(侵害行為や被害)を、被告がその評価障害事実(基地の公共性や被害防止対策等)を主張立証することになるところ、それぞれの訴訟活動如何により、考慮要素のひとつである基地の公共性がその事件において持つ比重も、軽重様々な変容を呈する。事件によっては、基地の公共性に触れることなく、違法性の判断ができる場合も少なくないであろう。しかし、また、被害も相当深刻であるが、他方基地の公共性も重大であって、侵害行為が受忍限度を超える被害をもたらしているか否かの判断にあたり、当該基地が我が国の防衛体制に占める位置・機能等を具体的かつ詳細に検討することを迫られるようなハードケースにおいては、組織的にも手続的にも様々な制約の下にある裁判所として、困難な事態に直面することも、十分考えられる。
(4) かくして、当裁判所は、本件のような事案において、統治行為の問題が生ずる可能性を否定するものではないが、少なくとも本件については、後記のとおり、厚木基地の公共性を検討するまでもなく、実体判断をすることができるから、統治行為論を根拠に自衛隊機に関する差止請求の訴えを不適法とする被告の主張は採用しない。
(二) 民事訴訟による差止請求の可否について
(1) 被告は、<1>自衛隊機の運航活動は、防衛作用の一環として、本来的に国が統治権の主体として行う権力作用である、<2>少なくとも自衛隊法に根拠を有する防衛出動、治安出動、警備行動、災害派遣、領空侵犯に対する措置及び機雷等の除去の各場合(以下、まとめて「防衛出動等」ということがある。)における自衛隊機の運航活動は、「公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)たる事実行為(以下「公権力の行使に当たる事実行為」という。)であり、防衛出動等以外の自衛隊機の運航活動も、公権力の行使に当たる運航活動の任務遂行のために必要不可欠なものとして、防衛出動等と渾然一体となって行われ、密接不可分の関係にあるから、やはり公権力の行使に当たる事実行為である、と主張し、原告らの差止請求は、事実行為たる公権力の行使そのものについての不作為を求めるものであって、民事訴訟としては不適法であるとする。
(2) ここでの問題は、いうまでもなく、自衛隊機の運航等騒音発生行為が、原告らに対する関係において、行政事件訴訟法三条一項、二項にいう「行政庁の公権力の行使」ないし「行政庁の公権力の行使に当たる行為」といえるか否かである。これに該当することによって、初めてそれに関する不服は抗告訴訟によることができると同時に、抗告訴訟によらなければならないことになり、民事訴訟で争うことは不適法とされるからである。したがって、自衛隊機の運航活動は、防衛作用の一環として、本来的に国が統治権の主体として行う権力作用である、といってみたところで(そういうことについては、納得できる面もあるが)、これにより、自衛隊機に関する差止請求が民事訴訟によりえないことになるわけではない。防衛作用の一環として統治権の主体たる国が行う行政活動にも、法的には種々の性質のものがあり、右条項にいう公権力の行使に当たる行為のみが抗告訴訟の排他的管轄に属するものと解すべきだからである。
それでは、右条項にいう公権力の行使に当たる行為とは、いかなるものをいうか。その典型である行政庁の処分については、行政庁の法令に基づく行為のすべてを意味するものではなく、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものと説明されている。また、同条二項にいう「その他公権力の行使に当たる行為」に事実行為が含まれることは、一般に認められているところであるが、これについては、右のような行政処分との関連から、行政庁が一方的に行う事実行為であって、国民が法律上これを受忍すべく義務づけられているものをいうと解される。
ところで、我が国においては、法律による行政の原理とくに法律の留保の原則が、実定法上の原則として承認されているから、右のような公権力の行使に当たる事実行為が認められるためには、法律上それを基礎づける根拠がなければならない。しかも、それは、講学上いわゆる目的規範・組織規範・手続規範等では足りず、行政庁が一方的に行う事実行為を受忍すべき法的義務を国民に課する根拠規範でなければならないとともに、ある者に対して公権力の行使たる性質を持つ行為が、他の者に対してもそうであるとは限らないから、誰に対して受忍義務を課する規定であるかも検討されなければならない。
(3) そこで、自衛隊法の規定をみると、同法「第六章自衛隊の行動」においては、防衛出動、治安出動、警備行動、災害派遣、地震防災派遣、領空侵犯に対する措置に関する規定が置かれているが、これらの規定は、右の各行動に際しての手続面の事項について定めたものである。また、同法「第七章 自衛隊の権限」においては防衛出動時の権限、治安出動時の権限、防衛出動時の公共の秩序の維持のための権限、海上における警備行動時の権限、災害派遣時の権限に関する規定が置かれており、武力の行使、公共の秩序の維持のための行動等が許されているが、これらの権限は、防衛出動、治安出動等の対象(武力攻撃、間接侵略その他の緊急事態等を生じさせている相手方)との関係において、その対象に対する権限として規定されたものと解され、防衛出動等に伴い飛行場周辺住民に生ずる不利益(騒音等による被害)について受忍義務を課す規定であるということはできない。同法九九条(機雷等の除去)には、海上自衛隊が機雷等の除去を行うものとする規定があるが、この規定も受忍義務の根拠となるものではない。同法一〇三条(防衛出動時における物資の収用等)は、防衛出動時の施設の管理、土地等の使用、物資の収用等について規定しており、その限度で受忍義務を課する根拠規範となっていると解されるが、防衛出動の場合を予定した規定であり、また、飛行場周辺住民の騒音等による被害に係る不利益に関する受忍義務を定めたものとはいえない。
また、自衛隊機の通常の運航活動の内容については、航空機の使用及びとう乗に関する訓令三条(特に(3)以下)の規定から、推測することが可能であるところ、これらの運航活動それ自体は、単なる航空機の飛行活動であるにすぎず、民間の航空機の飛行行為と特に性質の異ならないものがほとんどである。
更に、これらの運航活動に伴って発生する騒音の点に着目して自衛隊法の規定をみると、自衛隊法一〇七条(航空法等の適用除外)は、有効な騒音基準適合証明を受けている航空機でなければ航空の用に供してはならないとする航空機の騒音基準適合証明制度(航空法二〇条の二)の適用を除外しているが、他方において、航空法八五条(粗暴な操縦の禁止)は、航空機が運航上の必要がないのに高調音を発すること等を禁止しており、この規定の適用は、自衛隊法一〇七条、自衛隊法一〇七条三項により航空法第六章(航空機の運航)の規定の特例を定めた自衛隊法施行令一二九条(防衛出動時における航空法の適用除外)及び同施行令一三〇条(治安出動時における航空法の適用除外)によっても除外されていない。
右にみたところに加え、生活環境整備法が自衛隊等の航空機の離着陸等によって生ずる音響に起因する障害について、様々な措置ないし損失補償をする旨の規定を設けていることも考慮すれば、自衛隊法の規定をもって、原告らに自衛隊機の運航活動に伴って生ずる騒音を受忍すべき義務を課す根拠規範であるということはできないというべきである。
(4) かくして、厚木基地における自衛隊機の運航活動は、公権力の行使に当たる事実行為であるということはできず、その性質は、内部的な職務命令により行われる、被告(防衛庁長官)設置の飛行場(自衛隊法一〇七条五項、「飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令」(昭和三三年一二月三日号外防衛庁訓令第一〇五号)二条)における、被告保有の航空機の運航活動にすぎないものであるというべきであり、被告の主張は採用することができない。
(三) 請求内容の特定について
(1) 被告は、原告らの差止請求のうち、騒音到達の禁止を求める部分は、その求める作為ないし不作為の具体的内容が特定されていないと主張し、原告らにおいて、被告の採るべき措置の具体的内容を特定明示しない点において、既にこの請求に係る訴えは不適法であるとする。
(2) 原告は、訴えを提起するにあたり、訴状に請求の趣旨及び原因を記載して、審判の対象たる訴訟物を特定するとともに、いかなる内容の裁判を求めるかを明らかにしなければならない。まず、請求の趣旨は、いかなる訴訟物についていかなる裁判を求めるかを簡潔に表示する訴えの結論にあたる部分であるから、その文言自体から意味内容が明確でなければならないとともに(特定の代金債権のうち然るべき金額を支払えというのは不可)、訴訟物との関係においてもその内容が明確でなければならない(一定金額を支払えという場合も、二口の貸金のうちの一部請求というのは不可)。また、訴訟物は、審判の対象たる事項であって、原告が請求として主張する実体法上の権利又は法律関係をいうのであるから、訴訟物が特定しているといえるためには、請求の趣旨及び原因により、実体法上の特定の権利又は法律関係が明示されていなければならない。
(3) それでは、本件騒音到達の禁止を求める訴えにおいて、請求の趣旨及び訴訟物は特定しているといえるであろうか。これと全く同一内容の請求の趣旨を掲げる場合であっても、騒音公害の加害者と被害者間で、とにかく一定限度以上の騒音を到達させない旨の抽象的な合意をし、それを実現するための具体的な方法は全く問題としないとの契約を締結し、その履行を請求する場合には、実体法上ひとつの抽象的な不作為債権債務が発生しているから、訴訟物も特定しており、また、請求の趣旨も、文言自体においても訴訟物との関係においても特定明示されているといえる。問題は、人格権等の侵害を理由に、一定限度以上の騒音による妨害の排除を求める場合、実体法上いかなる内容の請求権(ないし給付義務)が発生すると考えるべきかである。本件について、原告らは、ひとつの抽象的な包括的不作為義務が発生し、それを実現するための具体的な方法(作為ないし不作為)は、その履行方法に過ぎないと主張し、被告は、逆に右のような包括的不作為義務は発生せず、個々の具体的な作為ないし不作為義務だけが発生すると主張するようである。これは、結局実体法の解釈によって解決されるべき問題であるが、基本的には、実体法上の権利は、その発生要件事実が異なるごとに異なる権利として観念され、ひとつの権利については、その履行方法如何によって発生要件事実が異なるということはなく、また、異なる発生要件事実から生ずるのは、それ自体別個の独立した権利であって、より抽象的なひとつの権利の異なる履行方法に止まるということはないものと解される。
かかる観点から本件をみれば、人格権等の侵害を理由に、一定限度以上の騒音による妨害の排除を求める場合、人格権等の侵害があるか否かは、受忍限度論によって判断されるべきところ、原告が被告に対して具体的にいかなる作為ないし不作為を請求するかによって、そこでなされる総合的な利益考量も、具体的な受忍限度もそれぞれ異なってくるから、実体法上、原告が求める具体的な作為ないし不作為ごとに別個の請求権が発生する、と解するのが相当である。そうすると、本件騒音到達の禁止を求める請求は、これを文字通り理解する限り、訴訟物も特定されておらず、また、それとの関連で請求の趣旨も不明確であるといわざるをえない。
(4) しかしながら、被告は、自ら設置管理する海上自衛隊厚木飛行場を使用して、自ら保有する自衛隊機を運航すること等により、騒音を発生させているものであって、少なくとも自衛隊機の運航等をしないことにより、原告ら請求の差止内容を実現しうる地位にある(この点は、米軍機に関する差止請求と異なる。)。そのうえ、本件の審理においては、具体的な作為による差止内容の実現の可能性がほとんど問題とされなかったことも考慮すれば、原告らの騒音到達の禁止を求める請求の文理からは若干離れるが、これを、原告らの居住地に六五ホンを超える航空機騒音が到達する限度で、航空機の離着陸及び航空機エンジンの作動を禁止する趣旨の請求(限定された飛行等差止請求)をしているものと善解できないではない。そうするとすれば、訴訟物も特定しており、請求の趣旨も明確であるということができるから、その意味で、この点に関する被告の主張を採用しない。
二 損害賠償請求に係る訴えの適法性
1 統治行為論について
被告は、損害賠償請求の当否を判断するためには、厚木基地を自衛隊ないし米軍が使用することの適否、配備機種や運航方法の適否、我が国の防衛体制や極東における米軍の配置の適否、条約の効力等について判断することが不可欠であると主張する。
しかしながら、本件損害賠償請求において統治行為論がもつ意味も、基本的には、先に自衛隊機に関する差止請求の関係で説示したところが妥当する。そして、損害賠償請求においては、後記供用関連瑕疵の有無を審理判断するにあたり、差止請求におけると同様、受忍限度論に基づく総合的な利益考量をすることになり、その際厚木基地の公共性も考慮事項のひとつとして検討の対象となる。しかし、差止請求においては、厚木基地の使用供用行為を禁止制限するか否かが直接審判の対象であるから、その公共性、社会的・国家的有用性についても具体的かつ詳細に検討しなければならない場合がありうること前記のとおりであるのに対し、損害賠償請求においては、仮に請求が認容されても、厚木基地の使用供用ができなくなるわけではなく、その影響は間接的なものに止まるうえ、同じく受忍限度論に基づく利益考量をするにしても、被害者に生じた損害をいかに公平に負担させるかという観点が重視され、厚木基地の公共性については、抽象的類型的に(例えば、反社会的、非社会的、有用性が低い・高いといった程度に)考慮すれば足りると解されるのであって、それ以上に自衛隊ないし米軍が厚木基地を使用することの適否、ここに離着陸する航空機の配備の適否、あるいは我が国の防衛体制ないしこれに関連する米軍の厚木基地使用自体の適否に至るまで、その内容に立ち入って判断する必要はない。
したがって、被告が統治行為ないし政治問題を理由に本件損害賠償請求に係る訴えが不適法であるとする主張は採用しない。
2 将来の損害賠償請求について
原告らの請求のうち、将来の損害賠償を請求する部分(請求の趣旨3のうち、本件口頭弁論終結の日の翌日以降に履行期が到来する部分)に係る訴えは、不適法である。詳細については後に述べる。
第三侵害行為
一 航空機騒音
1 飛行騒音
(一) 飛行機種
当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
米軍は、昭和三〇年から同四〇年ころまでの間は、FJ(艦上戦闘機シーフェリー)、F―三D(同スカイナイト)、F―八U(同クルセーダー)、F―四B(同ファントム)を、昭和四一年から同四六年ころまでの間は、C―一三〇(輸送機ハーキュリーズ)、C―一A(艦載輸送機トレイダー)、R―四D(輸送機スカイトレイン)、R―五D(同スカイマスター)、TF―一(艦載輸送機)、H―三(艦載ヘリコプターシーキング)を、昭和四一年ころからは、EC―一二一(早期電子警戒機ウォーニングスター)、A―三(艦上攻撃機スカイウォーリアー)、EP―三(電子偵察機オライオン)、CH―一四六(輸送ヘリコプターシーナイト)を、それぞれ厚木基地に派遣し、あるいは配備してきた。また、米軍は、昭和四八年一〇月、空母ミッドウェーが横須賀港を寄港地とするようになってからは、F―四(艦上戦闘機ファントムII)、A―六(艦上攻撃機イントルーダー)、A―七(同コルセアII)、E―二C(艦載早期警戒機ホークアイ)を派遣、配備してきたが、昭和六一年から、FA―一八(艦上戦闘攻撃機ホーネット)がF―四とA―七に替わり、平成三年からは、空母インディペンデンスが空母ミッドウェーと交替したことに伴い、F―一四(艦上戦闘機トムキャット)、S―三A(対潜哨戒機バイキング)を派遣、配備している。
右のほかにも、厚木基地においては、米軍の各種のジェット機(戦闘機、攻撃機、偵察機、練習機等)、プロペラ機(輸送機、対潜哨戒機等)及びヘリコプター等が離着陸を行っており、空母ミッドウェーの艦載機以外の航空機が離着陸することもある。
自衛隊は、昭和四六年に厚木基地を使用するようになってから、P―二J(対潜哨戒機)、S―二F(対潜哨戒機)、P―三C(対潜哨戒機オライオン、但し、昭和五六年から配備された。)、YS―一一(輸送機)、S―六一A(救難機)、S―六二(救難機)、B―六五(練習機クインエア)、HSS―二B(哨戒ヘリコプター)、US―一(救難機)、EP―三(多用機)、LC―九〇(連絡機)、SH―六〇J(対潜ヘリコプター)等を配備し、厚木基地においては、これらの航空機が離着陸しているが、自衛隊機は、すべてプロペラ機である。
(二) 飛行コース
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
厚木基地の滑走路は南北に延びており、航空機は、北風の場合は北向きに離陸し、滑走路南側から進入して着陸するが、南風の場合はその逆になる。
厚木基地の航空交通管制方式によれば、出発の常用経路としては、北向きに離陸後直進する経路、同じく離陸後約五・四キロメートル直進してから右旋回する経路及び南向きに離陸後直進する経路があり、進入の常用経路としては、GCA(地上誘導管制)経路が厚木基地東側南北に広がっている(その概略は、別図一のとおりである。この航空交通管制方式は、昭和五三年七月三日に一部改められたものであり、旧方式のものに比べ、出発の際の上昇高度を高くとる等、若干の変更がなされている。)。
実際には、右の常用経路以外にも、北向き発進の後、早めに右旋回して南下したり、同じく左旋回して南下したりするコースが観測されている。外部から飛来して着陸する場合や連続離着陸訓練の場合には、厚木基地西側の場周経路が使われることが多く、その場合、南北一〇〇〇から二〇〇〇メートル付近で旋回するものと、二〇〇〇から三五〇〇メートル付近で旋回するものがある。連続離着陸訓練の際は、滑走路でタッチ・アンド・ゴー又はロー・パスを行い、この場周経路を繰り返し飛行する。また、外部から飛来して着陸する場合は、そのまま着陸するもの、厚木基地上空で旋回し、場周経路に従って着陸するもの、厚木基地上空を通過後、約一〇〇〇から三〇〇〇メートルで旋回し、場周経路に従って着陸するもの、タッチ・アンド・ゴーを行って着陸するものなどがある(これら飛行コースのうち、主要なものの概略は、別図二のとおりである。)。
(三) 昭和三五年以降の騒音状況の推移
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(1) 騒音調査について
神奈川県は、昭和三五年八月、厚木基地周辺の騒音調査を開始し、同年から昭和三九年まで、大和市や綾瀬町(当時)とも共同して、毎年九日間ないし一七日間にわたり、一か所三〇分程度で周辺地域を巡回する巡回調査及び周辺地域一〇か所ないし九〇か所において数時間ないし二四時間測定する定点調査を行った。昭和三九年には、新たに滑走路南北の二地点において、自動記録騒音計による通年二四時間測定を開始し、昭和四四年までは、二台の騒音計を用い、一か所について三か月位ずつ測定した後、次の測定点へ騒音計を移動するという方法を採っていた。昭和四五年(一部では昭和四四年)からは、八か所の固定点で継続的に騒音測定を行うようになり、途中測定地点に若干の変更(その経緯は、原告ら引用図表の表五にまとめられているとおりである。)はあるものの、測定を継続して現在に至っている。また、周辺自治体も独自に騒音調査を行い、あるいは県の騒音調査を引き継いで測定を続けている。
以下、右騒音調査結果に基づき、厚木基地周辺の騒音状況の推移についてみることにするが、昭和三五年から昭和四五年ころまでは、調査時間あるいは期間が限定的である等、その測定結果は必ずしも十分なものではなく、最近の測定結果との厳密な比較はできないが、当時の騒音状況の一端を窺い知ることができるので、これらの測定結果についても昭和四五年以降の測定結果とあわせて言及することとする。また、証拠として提出されている記録の中には、同一時期のものであるにもかかわらず数値の食い違いのあるものがみられないではないが、集計の際の計算の仕方等による誤差等であると思われるので、極端な違いがない限り特に問題にしていない。騒音測定データの平均値等については、証拠上数値の出ているものはそれをそのまま用いたが、計算して求めたものについては、適当な位で四捨五入して示している。神奈川県及び周辺自治体の騒音測定は、原則として七〇ホン以上の騒音が五秒以上継続したものを計測しているので、以下の数値も特にことわりがない限り七〇ホン以上の騒音についてである(但し、町田市においては、七〇ホン以上の騒音が三秒以上継続した場合のデータをとっていたこともある。)。また、騒音の最高測定回数、平均測定回数、最高持続時間及び平均持続時間は、一日あたりの数値である。なお、騒音の測定にあたっては、日本工業規格(JIS)等の規格で定めた耳の感度に似せた周波数補正回路を組み込んだ騒音計が用いられ、これによって測定された測定値、すなわち聴感補正済みの音圧レベル(騒音レベル)がホン又はデシベルとして表示される(計量法五条四四号)。この周波数補正回路として、A特性、C特性等があり、測定値はこの特性に応じて、デシベル(A)、ホン(A)等と表すのが正確であるが、本件における測定数値は、ほとんどがA特性で測定されたものであるので、以下においては、A特性であることを明示せず、また、証拠中の測定結果がデシベルで表示されているものについても、すべてホンに統一して表示した(測定値以外については、デシベルという場合もある。)。
便宜上、東西南北の方向別に検討するが、厚木基地の滑走路(以下「滑走路」という。)北端北西方向の線と同南端南西方向の線に囲まれた部分は、西側として扱った。なお、騒音測定地点を示すにあたり、滑走路北端、南端という場合、滑走路のオーバーラン部分を含まない滑走路端を意味する。以下、必要に応じて、測定地点名のあとにかっこ書きで滑走路端からの方向と距離を示す(例えば、滑走路北端北約一キロメートル地点の善徳寺は、「善徳寺(北端北一)」というように記載する。但し、北端あるいは南端であることが明らかな場合は、方向と距離だけを示すこともある。)。
(2) 厚木基地北側の騒音状況
昭和三五年以降の各地点における騒音測定データの主なものは、原告ら引用図表にまとめられているとおりである。厚木基地の北側について主要なデータを抽出すると、別表四1ないし9のとおりである。
最高音は、すべて一〇〇ホンを超えており、そのほとんどが一一〇ホン以上である。野沢宅(北端北一)においては、常に一二〇ホン前後の騒音が記録されており、昭和四五年には一三五ホンの記録がある。
七〇ホン以上の騒音の最高測定回数は、測定地点によって若干の差異はあるが、昭和五六年前後から従前に比べて大きな値を示すようになり、昭和六〇年代に入ってからは更に測定回数が増加している。特に野沢宅(北端北一)においては、昭和六〇年以降、四〇〇回台ないし六〇〇回台の数値が記録されており、著しい増加がみられる。
七〇ホン以上の騒音の平均測定回数についてもほぼ同様のことがいえ、昭和五〇年代後半から測定回数が漸増する傾向にある。野沢宅(北端北一)における最近一〇年間の一日平均測定回数は、七〇回台ないし一一〇回台である。なお、昭和四三年から四五年ころも比較的高い値が測定されている。
記録された七〇ホン以上の騒音回数のうち、八〇ホン以上の騒音が占める割合(以下「八〇ホン以上の騒音が占める割合」という。)は、昭和四五年以降それほど目立った変動はなく、七〇パーセント前後ないし八五パーセント前後の数値を示している。
七〇ホン以上の騒音の最高持続時間及び平均持続時間についても、昭和五六年前後からの増加傾向がみられる。
深夜早朝(二二時から翌六時。以下同じ。)の最高音は、いずれも一〇〇ホンを超えている。野沢宅(北端北一)においては、昭和五九年以降、一一〇ホン以上の騒音が測定されている。
深夜早朝の最高測定回数及び平均測定回数は、数値にややばらつきがあるが、野沢宅(北端北一)においては、昭和五七年以降、平均測定回数が一回弱ないし一・五回である。
(3) 厚木基地南側の騒音状況
北側の場合と同様、騒音測定結果から主なデータを抽出すると、別表五1ないし9のとおりである。
最高音は、森山宅(南端南南西二)で昭和五四年に記録された九九ホンを除き、すべて一〇〇ホンを超えており、その多くが一一〇ホン以上である。昭和五〇年において、月生田宅(南端南南東〇・八)で一二九ホンが記録されている。
七〇ホン以上の騒音の最高測定回数については、測定地点及び測定年度によるばらつきがあるが、最近一〇年間の数値は、それ以前に比べて大きく、月生田宅(南端南南東〇・八)及び森山宅(南端南南西二)においては、二〇〇回前後ないし五〇〇回台の数値が記録されている。なお、昭和四六年、昭和六一年及び六二年の数値が若干多めである。
七〇ホン以上の騒音の平均測定回数については、昭和五七年以降の数値が従前の数値に比べて大きく、月生田宅(南端南南東〇・八)においては、四五回前後ないし九〇回台まで、森山宅(南端南南西二)においては、六〇回台ないし七〇回台までの数値がそれぞれ記録されている。なお、森山宅(南端南南西二)における昭和四六年の数値が大きく、五二回を記録している。
八〇ホン以上の騒音が占める割合については、三〇パーセント台ないし八〇パーセント台までのばらつきがあるが、昭和四六年から四九年及び昭和五三年から六一年の割合が大きく、昭和六〇年代以降の数値はそれほど大きくない。
七〇ホン以上の騒音の最高持続時間及び平均持続時間については、昭和五五年ころからの増加が目立つが、月生田宅(南端南南東〇・八)においては、昭和四六年ないし四八年の最高持続時間及び平均持続時間も高い値を示している。
深夜早朝の最高音は、北側に比べて若干低い。月生田宅(南端南南東〇・八)においては、九四ホンないし一二五ホンまでが記録されているが、昭和四〇年代後半において最近よりも高い数値が記録されている。
深夜早朝の最高測定回数及び平均測定回数は、ばらつきがあるが、月生田宅(南端南南東〇・八)においては、昭和四六年から四八年及び昭和六〇年以降の数値が大きく、この期間の平均測定回数は、〇・九回ないし一・六回である。
(4) 厚木基地西側の騒音状況
西側について、騒音測定データの主なものを抽出すると、別表六1ないし9のとおりである。
最高音は、すべて一〇〇ホンを超えており、一〇五ホンないし一一五ホンの範囲の音が大部分を占めている。綾瀬小学校(南端西一・五)においては、昭和四九年に一二八ホンが記録されている。
七〇ホン以上の騒音の最高測定回数は、昭和五五年以降、一四〇回台ないし四〇〇回台まで記録されているが、二〇〇回台の記録が多い。平成二年、綾西小学校(南端西南西三・二)において、四九八回が記録されている。
七〇ホン以上の騒音の平均測定回数は、昭和五九年以降、柏ヶ谷小学校(北端西三)及び綾西小学校(南端西南西三・二)において、四〇回台ないし七〇回台まで測定されているが、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、昭和五七年から五九年までの間に五〇回台が続き、その後は四〇回台以下となっている。平成元年、綾西小学校(南端西南西三・二)において、七六・五回の記録がある。
八〇ホン以上の騒音が占める割合は、測定地点及び年度によってばらつきがある。綾瀬小学校(南端西一・五)においては、昭和四四年から四八年の間及び五二年に、五七パーセントないし六八パーセント、柏ヶ谷小学校(北端西三)においては、昭和四七年から五二年の間に、五三パーセントないし七九パーセント、東中学校(北端北西二・八)においては、四一パーセントないし四五パーセント、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)においては、昭和六二年から平成二年までの間に、四三パーセントないし五二パーセントがそれぞれ記録されているが、これ以外の時期については、三〇パーセント台以下である。綾西小学校(南端西南西三・二)においては、昭和五六年以降、八〇ホン以上の騒音が占める割合は漸減する傾向にある。
七〇ホン以上の騒音の最高持続時間及び平均持続時間は、昭和五七年あるいは五八年以降に大きな値が示されているが、綾瀬小学校(南端西一・五)における平均持続時間は、昭和四〇年代後半においても比較的高い値を示している。
深夜早朝の最高音は、南側よりもやや低めであり、九〇ホン台が目立つ。昭和六一年には、ひばりが丘小学校(北端北西二・六)において、一〇五ホンが記録されている。
深夜早朝の最高測定回数及び平均測定回数については、数値にばらつきがあるが、昭和六三年以降、いずれの測定地点においても比較的大きな数値が記録されている。昭和六二年、柏ヶ谷小学校(北端西三)において、最高測定回数一〇一回が記録された。
(5) 厚木基地東側の騒音状況
東側については、大部分が尾崎宅(中央東〇・八)のデータであるが、その主なものは、別表七1ないし3のとおりである。
最高音は、すべて一〇〇ホンを超えており、昭和四四年から五〇年までの間は、昭和四九年に一二八ホンを記録したほか、いずれも一一〇ホン台である。昭和五一年以降は、一〇三ホンないし一一五ホンの騒音を記録している。
七〇ホン以上の騒音の最高測定回数は、昭和五五年に一〇〇回台になってから増加傾向にあり、平成になってからの二年間は、四〇〇回台である。また、昭和六二年には五〇〇回を記録している。
七〇ホン以上の騒音の平均測定回数は、昭和四四年及び四五年に七〇回台であったが、その後減少し始め、昭和五五年前後から再び増加傾向にある。昭和六二年以降、六〇回台ないし八〇回台の数値が記録されている。
八〇ホン以上の騒音が占める割合は、昭和五〇年から五二年及び五七年から六一年までの間に、六〇パーセント台ないし七〇パーセント台を記録している。昭和六三年には八六・八パーセントを記録したが、平成になってからの数値はそれほど高くない。
七〇ホン以上の騒音の最高持続時間及び平均持続時間は、昭和五六年ころから増加傾向にある。平均持続時間は、昭和四四年及び四五年においてもかなり高い値を示している。
深夜早朝の最高音は、九〇ないし一〇四ホンであり、同じく最高測定回数及び平均測定回数は、昭和六二年以降、大きな値を示している。
(四) 空母ミッドウェーの横須賀入港と騒音状況
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
昭和四八年一〇月以降、空母ミッドウェーが横須賀港に入港するようになった。その入港状況は、原告ら引用図表の表一にまとめられているとおりである。これによると、年度によって多少の差異はあるが、空母ミッドウェーは、およそ一年の半分近くは横須賀港に入港していることになる。空母ミッドウェー艦載機は、同空母入港三日前くらいに厚木基地に飛来し、その出港三日後くらいに帰艦するので、このことを考慮すると、艦載機は半年以上厚木基地において離着陸している計算になる。
昭和四八年一〇月から昭和五一年七月までの騒音状況を滑走路に近い野沢宅(北端北一)についてみると<証拠略>、七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数と同平均持続時間は、空母ミッドウェー入港中の各日の測定値が、いずれも当月平均値よりも上回っており、二倍以上になっていることも多い。
また、月ごとの騒音状況を野沢宅(北端北一)及び月生田宅(南端南南東〇・八)についてみると、空母ミッドウェー不在の月における一〇〇ホン以上の騒音測定回数(後記(六)のとおり、一〇〇ホン以上の騒音は、米軍機によるものと考えられる。)は、他の月の測定回数及び月平均測定回数(年間測定回数から計算したもの。)に比べて目立って少ないことが多く、また、同空母不在の月について計算した七〇ホン以上の騒音発生回数に占める一〇〇ホン以上の騒音の発生回数の割合も、当該年度全体について計算した割合よりも低いことが多い。例えば、昭和六三年についてみると、昭和六三年一月から三月は、空母ミッドウェーが出港中であるが、野沢宅において、右期間の一〇〇ホン以上の騒音発生回数は、順に一八回、一八回、三一回であり、同年の一〇〇ホン以上の騒音発生回数の月平均は、二三七回である。同じく一〇〇ホン以上の騒音が占める割合を当該月ごとに計算すると、順に〇・八パーセント、一パーセント、一・三パーセントとなるが、昭和六三年全体では、八・二パーセントである。月生田宅においても同様であり、右期間の一〇〇ホン以上の騒音発生回数は、順に五回、五回、九回であるが、月平均は、昭和六三年が七七・七回である。一〇〇ホン以上の騒音が占める割合を月ごとに計算すると、順に〇・三パーセント、〇・四パーセント、〇・五パーセントであるが、昭和六三年全体の数値を平均すると三・二パーセントである。そのほかの測定データについても、数値が比較的低い時は、空母ミッドウェーの出港期間中である場合が多いことが窺われる。
以上によると、空母ミッドウェー入港時には、騒音の程度が激しくなる傾向があると認められるが、このことは、同空母出港中が平穏であることを必ずしも意味せず、例えば、記録された最高音は、同空母の寄港如何にかかわらず、高い数値を記録している。
(五) 夜間離着陸訓練(NLP)の実施と騒音状況
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(1) 昭和五七年二月から、厚木基地においてNLPが開始された。その実施状況は、原告ら引用図表の表二に示されているが、前掲各証拠により昭和五七年以降毎年の実施日数をみると、順に、七五日、七〇日、三二日、四〇日、六二日、五八日、五四日(原告らによると五五日)、四五日(同四四日)、三〇日である。
NLPは、艦載機パイロットに要求される高度な飛行技術を維持向上させるために課せられている訓練であり、滑走路の一部を空母の着艦甲板に見立て、夜間、厚木基地の上空を周回した後、地上の誘導ライトを頼りに滑走路に進入し、着地後直ちに急上昇して復航することを繰り返し行うものである。訓練は、通常日没後に開始され、午後一〇時までの間行われる。二機がひと組みになって実施され、北風の場合は北向きに離陸して厚木基地西側を旋回し、滑走路の南側に着地する。南風の場合は南向きに離陸して厚木基地西側を旋回し、滑走路北側に着地する。天候により視界が悪い場合は、東側を旋回することもある。訓練を実施するのは、FA―一八、F―四、A―六、EA―六、A―七、E―二等の機種である。旋回に要する時間は、機種によって異なるが、概ね三分ないし六分であり(二機で実施するため、滑走路に離着陸する間隔は、計算上この半分の時間になる。)、一機が二〇ないし三〇分程度訓練をして次の訓練機と交代する。訓練計画は、昭和五八年以降、周辺自治体に事前通告され、また、新聞等で公表されている。
(2) NLP実施時の騒音測定記録から、以下のような点を指摘することができる(数値の端数は切り捨てた。)。
野沢宅(北端北一)における一七時から二二時までの騒音測定回数は、昭和五二年から五六年までは二〇〇回台ないし四〇〇回台であったが、昭和五七年から八〇〇回台になった。その後、昭和六三年には一一一四回に達したが、翌六三年には七九一回となり、平成元年には再び八〇〇回台となった<証拠略>。また、同地点における昭和五八年から六二年までのNLP実施時間中の騒音測定回数を一日あたりの平均値でみると、一八回ないし二二六回であり、一〇〇回を超える場合も相当みられる<証拠略>。同地点で、昭和五七年から平成元年までの間、NLP実施時間帯(但し、開始時間は一定しておらず、最も早いものは午後二時からの記録である。以下、NLPとして通告・実施されたものは、夜間に行われていない部分も含めてNLPという。)において記録された最高測定回数を年別にみると、一七四回ないし三三二回である<証拠略>。
綾西小学校(南端西南西三・二)における昭和六一年一一月及び一二月の測定記録によると、NLP実施時の七〇ホン以上の騒音継続時間の合計は三九分ないし一六六分であり、WECPNL値は八三ないし九四であるが、それ以外のときは、騒音継続時間は一〇秒ないし四五分、WECPNL値は四六ないし八二である。同時期の森山宅(南端南南西二)の測定記録によると、NLP実施時の七〇ホン以上の騒音継続時間の合計は三八分ないし一四六分であり、WECPNL値は八九ないし一〇〇であるが、それ以外のときは、騒音継続時間は二分ないし四〇分、WECPNL値は六四ないし八八である<証拠略>。
昭和六〇年一一月一一日は、午後三時三〇分から午後一〇時までの間NLPが実施されている。この日の野沢宅(北端北一)における測定記録によれば、午後三時までの一時間ごとの七〇ホン以上の騒音測定回数は、最高三〇回台だったのに対し、午後四時以降はいずれも五〇回台、午後九時からの一時間でも四〇回を記録している。各時間帯の最高音は、午後三時から一〇〇ホンを超え始め、九時台には一一一ホンが記録されている<証拠略>。
(3) 当裁判所は、平成三年六月一〇日、滑走路オーバーラン北端から北約一六〇〇メートルの地点において、NLPの実施状況について検証を行った。その際の騒音測定結果は、検証調書添付の原告ら及び被告の各検証報告書のとおりであり、また、原告ら引用図表の表四にもまとめられている。
当夜は、一ないし二分に一回の割合で、主にA―六及びFA―一八が次々に飛来し、頭上を通過して離着陸訓練を繰り返した。屋外で測定されたジェット機の騒音は、概ね一〇〇ホン前後ないし一〇五ホン前後であり、最高音は一一七ホンであった。その騒音は、鋭く強烈な金属音で、圧迫感を覚え、音波によって身を打たれるような衝撃が感じられた。一一七ホンの騒音は、思わず身をすくめるほどのものであり、極めて激甚であった。また、屋内における騒音は、最高一〇〇ホンであり(窓等を開放したときの被告の測定結果による。)、全体的に屋外より低い値を示したが、音が内にこもるようであり、かえって重苦しく感じられた。また、航空機の位置を確認できないため、どのような状態でどこを飛んでいるのか、これから更に音が近づくのか、あるいは遠ざかるのか、正常に飛んでいるのか等が気になり、時には自分の頭上に向かって落ちてくるような恐怖感を覚えることもないではなかった。
(六) 機種ごとの騒音
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
大和市が昭和五〇年に厚木基地南北約一キロメートルにおいて測定したところによると、機種ごとの騒音ピークレベルは、ジェット機では、A―七、F―四が一二〇ホン、A―六が一〇三ホンないし一一五ホン、A―四が八五ないし一〇五ホンであり、プロペラ機では、輸送機のC―一三〇、C―一一七が八〇ないし九五ホン、対潜哨戒機S―二が七〇ないし九八ホン、同P―三が七八ないし九三ホン、早期警戒機E―二が七〇ないし九五ホン、ヘリコプターのS―六一が八〇ホンであった。また、自衛隊機(すべてプロペラ機である。)のYS―一一、P―二J、B―六五の最高音は、いずれも九八ホン程度であった。
横浜防衛施設局が昭和五七年に滑走路周辺六五〇メートルないし二五〇〇メートルの範囲で測定した自衛隊機(YS―一一、S―二F、P―二J、S―六二)の騒音は、最高値が九九・五ホンであった。
防衛施設庁の測定によれば、F―四の最高音は一二二ホン、FA―一八のそれは一二五ホンである。
当裁判所が実施した検証において測定されたP―三Cの最高音は、平成元年八月二八日においては九〇ホン、平成三年五月一七日においては八七ホン(被告の測定では八八ホン)であった。
2 地上騒音
<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
飛行騒音と区別される地上騒音には、ジェットエンジンの試運転や調整作業によって生じるエンジンテスト音、エンジン駆動音であるランアップ音などがある(エンジンテスト音は、ジェットエンジンを取り外し、修理した後のテスト音、ランアップ音は、地上におけるジェット機のエンジン駆動音であるが、過去の測定データにおいては、エンジン整備音、地上整備音、エンジン試運転音等という表現もあり、特に区別の実益もないので、以下単に「エンジンテスト音」という。)。
昭和三七年八月二三日から九月三日まで実施された騒音調査においては、飛行騒音のほかにエンジンテスト音も測定された。昼間(八時から一八時)は六〇ホン台ないし七〇ホン台の騒音が記録され、最高は八五ホンであった。八月二八日には、滑走路中央から東南東一・五キロメートルの地点で、夜七時から一〇時までほとんど連続して七〇ホン以上のエンジンテスト音が記録され、最高音は一〇五ホン、七〇ホン以上の騒音持続時間の合計は一時間四五分であった。
昭和三八年八月二七日から九月七日まで実施された騒音調査においては、昼間(八時から一八時)のエンジンテスト音は、七〇ホン台ないし八〇ホン台が記録され、最高音は九九ホンであった。日没後(一八時から二二時)のエンジンテスト音の最高音は九八ホン、七〇ホン以上の騒音持続時間は五六分であった。
昭和三九年八月二五日から9月五日まで実施された騒音調査においては、日没後(一八時から二二時)のエンジンテスト音の持続時間合計の最高は、約一八分であった。
同年五月から八月にかけて善徳寺(北端北一)において実施された自動記録騒音計による二四時間継続調査によれば、夜間(午後一〇時から翌六時)にエンジンテスト音が記録されたのは、一一一夜の測定のうち三四夜であった。七〇ホン以上の騒音持続時間が一五分ないし二五分を記録した日もあり、一夜あたり平均騒音持続時間は一分二四秒であった。
その後の騒音測定資料においては、飛行騒音とエンジンテスト音等の地上騒音とが区別されていないので、地上騒音のみを明確にすることはできないが、エンジンテスト音は、比較的長時間にわたって継続し、深夜早朝に生ずることも多い。
厚木基地においては、昭和四四年六月にエンジンテスト用及びランアップ用の消音機各一台、昭和五七年に機体用消音機一台が米軍によって設置され、海上自衛隊の消音機とあわせて、現在四台の消音機が設置されているが、地上騒音の完全な解消には至っていない。
当裁判所が平成三年五月一七日に実施した検証において、七三ホンのエンジンテスト音が測定されたが、低く重い、迫力のある持続音であり、地面が響くような感じの音であった。
3 騒音コンター等
当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告(防衛施設庁長官)は、周辺整備法及び生活環境整備法に基づく種々の周辺対策を実施する対象地域を確定するため、厚木基地周辺における騒音状況を把握し、その騒音状況に応じて区域指定をしてきた。区域指定は、騒音測定の結果に基づいてWECPNLを算出し、騒音コンター(等音線)を作成したうえ、道路や河川等現地の状況を勘案して行われており、現在WECPNL七五の騒音コンターにより第一種区域(自衛隊等の航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が著しいと認めて防衛施設庁長官が指定する防衛施設の周辺の区域)が、同九〇の騒音コンターにより第二種区域(航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が特に著しいと認めて防衛施設庁長官が指定する区域)が、同九五の騒音コンターにより第三種区域(航空機の離陸、着陸等のひん繁な実施により生ずる音響に起因する障害が新たに発生することを防止し、あわせてその周辺における生活環境の改善に資する必要があると認めて防衛施設庁長官が指定する区域)が、それぞれ画されている。これら区域指定の経過の概要は、以下のとおりである。
<1> 昭和四二年三月三一日、防衛施設庁告示第五号により、周辺整備法五条に基づく移転補償等の対策地域が指定された。現在、この地域は、生活環境整備法附則四項により同法五条一項の第二種区域とみなされている(みなし第二種区域)。
<2> 昭和五四年九月五日、同庁告示第一八号により、第一種区域(WECPNL八五以上)が指定された。
<3> その後、生活環境整備法施行規則二条が改正され、第一種区域の基準がWECPNL八〇以上とされたことに伴い、昭和五六年一〇月三一日、同庁告示第一九号により、第一種区域(WECPNL八〇以上)が追加指定され、また、第二種区域(WECPNL九〇以上)が指定された。
<4> その後、更に生活環境整備法施行規則二条が改正され、第一種区域のWECPNL値が七五とされたことに伴い、昭和五九年五月三一日、同庁告示第九号により、第一種区域(WECPNL七五以上)が追加指定され、あわせて第二種区域(WECPNL九〇以上)も追加指定された。また、同告示により、第三種区域(WECPNL九五以上)も指定された。
<5> 昭和六一年九月一〇日、同庁告示第九号により、第一種区域(WECPNL七五以上)が追加指定された。
(二) また、被告は、住宅防音工事を行うについて、第I工法(WECPNL八〇以上の区域を対象として計画防音量を二五デシベル以上とするもの)と第II工法(WECPNL七五以上八〇未満の区域を対象として計画防音量を二〇デシベル以上とするもの)を区別しているが、その区別の際には、昭和五六年一〇月三一日の告示によって指定されたWECPNL八〇の区域(上記<3>)を画する線を用いず、これとは別に、実態調査に基づいて作成された、WECPNL七五の騒音コンターとWECPNL八〇の騒音コンターとの間の区分線(以下「工法区分線」という。)を用いている。
(三) 以上の区域指定等ないし騒音コンター及び工法区分線は、被告引用図表の図八に示されているとおりであり、これを外側から示すと以下のとおりである(但し、一部交差する部分もある。また、みなし第二種区域は、同図に示されていない。)。
A 生活環境整備法に基づく第一種区域(WECPNL七五以上、昭和六一年九月一〇日防衛施設庁告示第九号)及びそれを画する騒音コンター
B 同第一種区域(WECPNL七五以上、昭和五九年五月三一日同庁告示第九号)及びそれを画する騒音コンター
C 工法区分線(昭和六三年七月一八日)
D 生活環境整備法に基づく第一種区域(WECPNL八〇以上、昭和五六年一〇月三一日同庁告示第一九号)及びそれを画する騒音コンター
E 同第一種区域(WECPNL八五以上、昭和五四年九月五日同庁告示第一八号)及びそれを画する騒音コンター
F 同第二種区域(WECPNL九〇以上、昭和五九年五月三一日同庁告示第九号)及びそれを画する騒音コンター
G 同第二種区域(WECPNL九〇以上、昭和五六年一〇月三一日同庁告示第一九号)及びそれを画する騒音コンター
H みなし第二種区域(昭和四二年三月三一日同庁告示第五号)及びそれを画する区分線
I 生活環境整備法に基づく第三種区域(WECPNL九五以上、昭和五九年五月三一日同庁告示第九号)及びそれを画する騒音コンター
(四) 被告は、現地調査(事前調査及び本調査)を繰り返して十分なデータを収集し、それに基づいてWECPNL値を求め、騒音コンター図を作成したうえで区域指定を行ったものであり、これらの区域指定は、騒音実態に照応した適正なものであるということができる。したがって、右区域指定及び騒音コンターは、厚木基地周辺における航空機騒音の実態を表すものとしてもまた十分な価値を持つものというべきである。
ところで、被告は、航空機騒音に係る環境基準(昭和四八年一二月二七日環境庁告示第一五四号)の趣旨をふまえて、順次右区域の範囲を拡大し、良好な環境の維持に努力してきたものである。また、被告は、厚木基地周辺の航空機騒音の実態を継続的に把握し、区域指定後の飛行態様の変化の有無、区域指定見直しの要否等を判断するため、厚木基地周辺で騒音の測定を行っており、このような騒音測定の実施は、「政府は、公害の状況をは握し、及び公害の防止のための規制の措置を適正に実施するために必要な監視、測定、試験及び検査の体制の整備に努めなければならない。」(公害対策基本法一三条)とする法の趣旨にも適合するものということができる。かくして、被告は、常に厚木基地周辺の騒音の実態を把握し、今後も実態の変化に応じた適切な対策を施すべきであるし、また、それが可能な地位にあるということができる。
そこで、このような観点から右(二)に述べた工法区分線についてみると、この区分線は、住宅防音工事を行うにあたり、WECPNL八〇以上の区域にある住宅とWECPNL七五以上八〇未満の区域にある住宅とを区別し、それぞれ異なる工法を用いるための区分線であるが、被告ら引用図表の図八によれば、その設定は昭和六三年七月一八日であると考えられるところ、この日付は、各騒音コンター告示の日付より新しいものであり、被告が右のような趣旨に基づいて実施している騒音測定の結果に基づき、最新の騒音実態を反映したものと解されるから、騒音コンターと同様、侵害行為を検討するにあたっても無視することができないものというべきである。
(五) ここで、別表四ないし六の各1ないし8、同表七1及び2に基づき、主要な騒音測定地点における数値を騒音コンターごとにみることにする。各地点における騒音測定期間が異なるため、必ずしも緻密な方法ではないが、示されているデータの最高値と最低値をもって比較すると、別表八のとおりである。
これによれば、いくつか突出した数値を示す部分もないではないが、厚木基地周辺の騒音測定データについても、騒音コンターの示すWECPNL値の程度が高くなれば、概ねそれに応じて高い数値が示されていることが窺われる。
(六) なお、被告は、区域指定の際に使用した騒音コンターは、周辺対策をできるだけ手厚くする趣旨の下で、特別の考慮を払って算出されたWECPNLに基づいて作成されたものであって、一日の間に厚木基地周辺のすべての飛行コースを航空機が飛行して騒音が発生したという、現実にはあり得ない状況を想定しており、各指定区域内において、直ちにその指定に対応するWECPNLに応じた騒音に暴露されることを意味せず、実際は、年間を通じてわずかな日数だけそのWECPNLに相当する騒音状況が生じているにすぎないと主張し、これを裏付けるために、日別のWECPNLに関する証拠を提出している<証拠略>。この点については、次の項で検討することにする。
4(一) WECPNLの算出について
右の区域指定等にあたって考慮されているWECPNL(加重等価継続感覚騒音レベル)は、昭和四六年、国際連合の下部機関であるICAO(国際民間航空機構)が採択した航空機騒音の評価方法である。ピークレベルが大きく、周波数成分にも特色があり、しかも間欠的な航空機騒音を評価するにあたっては、瞬間的な騒音レベル等をとらえるのみでは必ずしも十分でないため、これを適切に評価するため、いくつかの評価尺度が工夫されており、WECPNLもそのひとつである。WECPNLは、航空機騒音の特徴をよく取り入れた単位として、我が国の航空機騒音に係る環境基準において採用され、また、生活環境整備法施行規則一条においても用いられている。
WECPNLの計算にあたっては、精密計算法、近似計算法、簡易計算法などが使用目的によって使い分けられており、騒音監視や土地利用計画を目的とするときは、近似計算法、簡易計算法でよいこととされているため、我が国の航空機騒音に係る環境基準においても簡易化された計算法が示されている。
被告が区域指定にあたって用いたWECPNL値の算出は、生活環境整備法施行規則一条所定の方法で行われ、これは我が国の航空機騒音に係る環境基準において指示されているものと基本的に同様である。すなわち、WECPNLは、一日のすべての航空機騒音のピークレベルのパワー平均値(dB(A))と航空機数(N)の常用対数値の一〇倍との和から二七をマイナスして計算される(簡易化された計算式)。その数式は次のとおりである。
WECPNL=(dB(A))+10logN-27
航空機騒音のピークレベルのパワー平均とは、一日あたりの航空機の離着陸等に伴う騒音のデシベル単位の数値を加算して平均するのではなく、これらのデシベル単位の数値で表される騒音を一機ごとにエネルギーに戻して各々合算し、一機あたりに平均することを意味する。すなわち、音を表すために、音の強さと音の強さのレベル(音圧レベルも音の強さのレベルとほぼ一致するので、同一のものとみなしてさしつかえない。)とが区別され、前者は単位面積を通過するエネルギー量(Watt/m2)、後者はそのエネルギー量の対数値をとったもの(dB)である。騒音計によって計測されるのは後者の値であるので、これをエネルギー(音の強さ)に換算して加算し、平均したものがパワー平均である。
また、このときのNの値は、時間帯に応じて加重された航空機数の合計であり、午後一〇時から翌午前七時までの機数の一〇倍、午後七時から午後一〇時までの機数の三倍及びその他の時間帯の機数を合計したものである。その数式は次のとおりである。
N=N2+3N3+10(N1+N4)
N1:24:00~7:00
N2:7:00~19:00
N3:19:00~22:00
N4:22:00~24:00
民間航空機が使用する公共用飛行場の場合は、航空機の運航形態に規則性があるため、年間の総飛行回数を三六五で除すことによって、一日あたりの航空機数を把握することが可能である(WECPNLの計算にあたっては、こうして把握した航空機数をもとにして時間帯ごとに上記の加重を行う。)。ところが、厚木基地のようないわゆる防衛施設たる飛行場においては、公共用飛行場と異なり、航空機の飛行回数及び飛行コースが一定していないため、平均的な一日の飛行回数の把握が困難である。そこで、被告は、統計的手法により累積度数九〇パーセントの飛行回数を把握し、これを一日あたりの標準飛行回数とした(この場合も、WECPNLの計算にあたっては、累積度数を用いて把握した航空機数をもとにして時間帯ごとに上記の加重を行う。)。これによると、年間の総飛行回数を三六五日で除して算出した単純平均よりも大きい値が出ることになる。また、被告は、WECPNLの算出にあたり、右のほかに、着陸音補正(あるいは純音補正)及び継続時間補正を行っている(航空機騒音に係る環境基準においては、これらは共に特に考慮されていない。)。前者は、着陸音について二デシベル(A)を加えるものであり、後者は、飛行時における継続時間の補正値は、10logT/20によるとするものである。これらの処理は、周辺対策の対象戸数を増やすために行われているものである。
(二) WECPNL値及び騒音コンターの評価について
被告は、ある原告の住居がWECPNL八〇から八五の間の区域に位置することから、当然に同人宅における航空機騒音の暴露状況が年間を通じてWECPNL八〇から八五であると認定するというように、各原告の騒音暴露状況を騒音コンターのみに基づいて判断すると、真実と異なる認定をすることになるとし、この場合、年間を通じて何日間かはWECPNL八〇以上の騒音に暴露されることがあるというに過ぎず、その余の大部分の日は、それ以下の騒音状況である旨主張する。
確かに、厚木基地周辺の騒音状況は、空母ミッドウェーの入港によって少なからぬ影響を受ける等、時期によって程度の差があることを認めざるを得ない。また、WECPNLは、一定期間(<証拠略>によれば、原則として七日間、自衛隊機等スケジュールが一定していない場合は、飛行状況からみて適当と思われる日数について連続測定するとされている。)の騒音測定値に基づき、当該地域の騒音を評価した数値であって、当該期間を通じての騒音状況が継続して当該WECPNL値に相当するということを意味するものでもない。しかし、逆に、当該期間中、当該WECPNL値に相当する騒音状況が継続して存在しないとしても、そのことによって当該期間の騒音測定値に基づいて算出されたWECPNLが否定されたり、正しい騒音状況を表していないことになったりするわけではない。すなわち、例えば、一年間の測定データをもとに算出されたWECPNL値は、当然に一日のWECPNL値を表すものではなく、一日の測定データをもとに算出されたWECPNL値は、一年間の測定をもとに算出されたWECPNL値とはまた別のものであるから、両者を数値のみで比較することはできず、後者の数値をもとにして、前者を否定することはできないというべきである。
また、WECPNLは、簡易法によって計算する場合においても、いくつかの数学的処理を経て算出される抽象的な数値であって、これを具体的なイメージとして把握することは難しく(<証拠略>に、電話のベルを例にして、八〇デシベルの電話のベルが一日五回鳴るとWECPNLは六〇、一〇〇回鳴ると七三、一〇〇〇回鳴ると八三等という説明があるが、これもWECPNLの一側面を示す一例に過ぎない。)、WECPNL値さえ判明すれば、これに応じて直ちに被害の程度ないし損害賠償の額が明らかになるという性質のものではない。その結果、実際の侵害行為あるいは被害の認定に際しては、WECPNL値のみならず、その区域における騒音測定結果から、具体的に原告らの苦痛等を推測できる数値等(例えば最高音や騒音測定回数、それらの年間における変動状況等)をあわせて考慮せざるを得ず、当該区域が年間を通じてWECPNL八〇の騒音に暴露されているのか、あるいは数日間しか当該騒音に暴露されていないのかということは、必ずしも決定的な要因ではない。
いずれにせよ、被告は、たとえ周辺対策を手厚くする趣旨で特別な考慮を払ったとしても、防衛施設としての飛行場に適すると思われる方法を選択して、十分な調査の下に本件におけるWECPNLの算出及びこれに基づく騒音コンターの作成を行ったのであり、そのWECPNL値が、周辺対策を手厚くする方向で、他の方法によって算出されるWECPNL値より大きな値を示しているとしても、等質的な侵害行為ないし被害を受けている区域を画していることは明らかであって、騒音コンター及び工法区分線は、航空機騒音の実態を把握するために極めて有用であるというべきである。
(三) 日別WECPNL値について
被告は、<証拠略>により、厚木基地周辺の日別のWECPNLを明らかにしている。これらは、神奈川県の七つの測定点のデータをもとにして計算されたものであり、<証拠略>は、各地点の日別WECPNL、週別WECPNL、各月における日別WECPNLの算術平均あるいは月間平均を示し、同号証の一四ないし同号証の二二の三は、その集計整理結果である。
右の各証拠に示された日別のWECPNLが具体的にどのようにして算出されているのかは必ずしも明らかではないが、その数値を前提にすると、日別のWECPNL値にはかなりのばらつきがあり、騒音コンターによって示されるWECPNL値より低い数値を示している日も相当多い。しかし、日別WECPNL値は、一日の騒音測定データをもとに算出されたWECPNL値であって、騒音コンターの示すWECPNL値と数値のみで単純に比較できないことは前記のとおりである。
また、日別WECPNLの数値によると、年間のうち何日かは、航空機騒音に係る環境基準であるWECPNL七〇を下回る数値を示しているが、右環境基準に従ってWECPNL値を算出する場合には、前記のとおり、原則として連続七日間あるいは飛行状況からみて適当と思われる日数について測定を行い、一日ごとの単位WECPNLを算出し、そのすべての値をパワー平均することになっているから、一日のデータをもとに算出したWECPNL値と航空機騒音に係る環境基準に示された数値とを直接比較するのも無理がある。ちなみに、<証拠略>に記載された週別WECPNLの数値をみると、騒音コンターによればWECPNL九五以上の区域に属する野沢宅(北端北一)については、昭和五九年五月から昭和六二年四月までの間、同八五以上九〇未満の区域に属する吉見宅(北端北二・二)については、昭和五八年一月から昭和六二年四月までの間、いずれもWECPNL七〇以下の数値はみられず、同八〇以上八五未満の区域に属する森山宅(南端南南西二)については、昭和五九年五月から平成二年三月までの間、WECPNL七〇以下の数値を示すのは六回のみである。同じく同七五以上八〇未満の区域に属する綾西小学校(南端西南西三・二)については、昭和五八年一月から平成元年四月までの間、同区域に属する柏ヶ谷小学校(北端西三)については、昭和五八年から平成二年九月までの間、同区域に属する富士見台小学校(南端南南東四)については、昭和五八年七月から平成二年三月までの間、いずれも右各期間に示される数値のおよそ二分の一弱ないし二分の一前後がWECPNL七〇以下であり、同区域に属するひばりが丘小学校(北端北西二・六)については、昭和五八年一月から平成二年一二月までの間の数値のうち、五分の一強がWECPNL七〇以下を示している(但し、右証拠中の週別WECPNLにはデータ不足による計算不能や記載もれが相当みられるため、右の回数は必ずしも厳密なものではない。また、昭和六三年四月以降、週別WECPNLの欄に毎日のWECPNL値が記載されているが、その趣旨が明確でないため、右計算からは除外してある。)。
更に、被告は、防音工事の効果も考慮して、屋内においては、航空機騒音に係る環境基準が達成されたと同等の騒音状況が実現されている場合も多いとするが、この点についても、日別WECPNL値を用いて直ちに右環境基準と比較することはできない。
よって、日別WECPNLは、騒音状況を把握する一つの資料として有用であるといえるが、この数値をもって、直ちに騒音コンターの示すWECPNL値や航空機騒音に係る環境基準と比較できるものではないというべきである。
二 振動・排気ガス
1 振動
原告らの陳述書によれば、航空機の飛行に伴い、家、ガラス戸、障子戸、床、壁等が揺れる、タイル風呂にひびが入る等の被害を訴える者が散見され<証拠略>によっても、同様の被害を訴える者があることが認められる。
また、<証拠略>によれば、厚木基地周辺の住民の中にも、家屋・家具の狂い、耐用年数の低下、ガラス器具等の破損等の被害を訴える者があることが認められる。
更に、<証拠略>によれば、他の空港周辺住民の中にも振動による被害を訴える者があることが認められる。
騒音に伴い、窓ガラスや家具等が振動するという事実は、目と耳とによって簡単かつ明確に確知できる事実であるから、アンケート調査等の結果もあわせて考慮すれば、これらの被害に関する原告らの陳述書等の訴えは信用でき、航空機の飛行等により、窓ガラスや家具の一部等が振動することを認めることができる。しかし、これらの振動の有無及び程度は、家屋の構造や建築年数等によってかなり差があると考えられ、航空機騒音によって必然的に生ずるものとまでは断定できない。したがって、このような振動による侵害行為が認められるとしても、原告らに共通の侵害行為であるとまでは認められず、航空機騒音に付随して生ずる派生的な侵害行為であるというべきである。
そのほか、家屋全体が振動するという点については、どの程度の規模の家屋であるかにもよるが、通常は考えられない(原告らの陳述書における家全体の振動という記述も、厳密に家全体の振動を意味していない可能性がある。)。また、ガラス窓や家具等の振動に伴い、家屋に何らかの損傷等が生じるということも全く考えられないではないが、これについても建築年数、建築方法、家屋の材質、風雨及び大気の状況、家屋の保存・維持の状況等による影響が考えられるので、航空機の飛行による侵害行為とまでいうことはできない。
2 排気ガス
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
航空機のエンジン排気ガスは、自動車エンジンの排気ガスと同様、石油燃料の爆発的燃焼をエネルギーとした排気ガス体であり、成分的には同様なものが考えられる。その主要なものは、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物である。
一酸化炭素は、不完全燃焼物であり、アイドル時(エンジンのウォームアップ時)に濃度が高く、エンジン出力が上がり、高熱下完全燃焼に近づくほど排出が少なくなる。環境庁の東京国際空港(羽田空港)における測定によれば、空港内の地上走行時に八割以上が放出されている。炭化水素も不完全燃焼物であるが、実際には燃焼もれ成分である。これもエンジン出力が上がるにつれて減少してくる。前記測定結果によると、ほとんどがアイドル時に排出されている。これに対し、窒素酸化物は、高温燃焼時に温度に比例して急速に発生量が増加するものであり、アイドル時に少なく、離陸、上昇、着陸時に多く発生する。前記測定結果によると、高度一〇〇メートルないし一〇〇〇メートルの間に七〇パーセント強が排出されている。
エンジンを三基ないし四基搭載している航空機については、自動車に比較してかなり大量の排気ガスが発生するというデータがある。しかし、他方において、航空機の場合は、一滑走路を一機が利用し、離着陸に時間的間隔があること、自動車のような平行走行や渋滞がないこと、排気ガスの噴射の速度が速く、大容量噴気でPPM濃度が薄いこと、空港面積が広く、立体的な発進入が行われるため、排気ガスの拡散率が高く、局所濃厚汚染現象を示しにくいこと等も指摘されている。
ところで、右にみたような調査ないし分析結果は、主に旅客機及び民間航空機が離着陸する飛行場を対象としたものであり、軍用機にはアフターバーナ付ターボジェットエンジン(瞬間的に推力を増強させるため、燃焼排ガスにもう一度燃焼噴射して再燃焼させるもの。)を搭載するものが多いことや、厚木基地において集中的に行われるNLPの状況等を考慮すると、右の調査ないし分析結果が厚木基地の米軍機や自衛隊機にもそのまま当てはまるのか断定し難い。もとより、厚木基地において、排気ガスを測定したデータもない。
<証拠略>において、洗濯物に細かいごみやすすがつくこと、屋根に点々と黒い跡がついたこと、落ちにくい黒いすすの汚れが自動車につくこと、ガスと煤煙の存在が目に見えること、ぜんそく気味になること等が指摘されているが、原告らのうちどの程度の者に同様の被害があるのかは明らかでなく、また、これらが航空機の排気ガス等の影響によるものか否かも不明である。したがって、航空機がその飛行にあたって、排気ガスや煤煙等を排出していることは明らかであるが、それが大気汚染をもたらすような程度であるとはいえず、これによって洗濯物の汚れ等の被害を引き起こすことがあるとしても、派生的な侵害行為にすぎないというべきである。
三 墜落等事故の危険
当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
1 墜落事故等の発生状況について
原告らの主張によれば、昭和二七年から平成元年までの三八年間の厚木基地に関連する墜落事故、不時着事故、落下物事故等は、原告ら引用図表の表二九のとおりである。
これらの事故の発生については、被害状況等細部に若干争いがあるものの、概ね当事者間に争いがないか、あるいは右各証拠によって認定できるところである(但し、細部についてまですべて同表のとおり認定できるというわけではない。例えば、番号四及び七二の事故種別はいずれも墜落とされているが、証拠中には不時着とするものもあり、また、番号五四の事故種別は不時着とされているが、証拠中には墜落とするものもある。更に、番号五〇の発生場所は大和町福田であり、番号二〇五の日付は七月一二日、番号二〇六の日付は八月五日(以前)であると認められる。しかし、これらの細部の点についてまで厳密な認定を必要とするものではないので、ここではこれ以上立ち入らない。なお、同表においては、発生場所につき、大和市と大和町等の表示が必ずしも統一されていない。)。
これによれば、厚木基地に関連した事故及び厚木基地周辺で発生した事故は二一二件にのぼり、その内訳は、墜落七五件、不時着四四件、落下物五七件、その他三六件である(但し、前記のとおり、墜落と不時着の件数は、正確には確定し難い。)。このうち半数以上が、厚木基地内及びその付近並びに厚木基地周辺の大和市、綾瀬市、藤沢市、相模原市、座間市及び海老名市において発生しており、大和市における事故発生件数は四九件、厚木基地内及びその付近並びに綾瀬市、相模原市及び藤沢市における件数は、それぞれ一五件前後となっている。この間、複数の死者を出す悲惨な事故も何回か発生しており、全体的にみて死傷者の数も決して少なくない。
2 我が国の航空機の事故率(飛行時間一〇万時間あたりの数値である。以下同じ。)は、昭和五五年一月三一日現在の総飛行時間によって算出した資料によると、ボーイング七二七が〇・三、ダグラスDC―八が〇・二である。これに対し、昭和五四年一二月三一日現在の総飛行時間により算出した資料によれば、自衛隊のF―四Jファントムの事故率は六・九となっており、民間航空機に比較して大きな値を示している。
また、物件落下は、民間航空機より軍用機のほうが多く、落下物についても多種類のものがみられるという指摘があり、厚木基地関連の事故についてみても、燃料タンク、補助タンク、ワイヤーロープ、ジュラルミン部品、風防ガラス、模擬弾、アルミニウム扉、後部車輪、エンジンカバー、シートクッション等、様々な落下物がみられるところである。
3 以上のとおり、厚木基地周辺においては、これまでかなり頻繁に墜落、不時着、落下物等の航空機事故が発生し、ときには人命損失という悲惨な結果を招いたことが明らかである。そして、当法廷において、本人尋問を行った原告らのほとんどが墜落の危険について言及していることからも窺われるように、原告らは、これらの事故を身近に経験し、航空機事故の恐怖を極めて現実的なものとして感じていると考えられる。このような原告らの頭上を、飛行速度において民間機に勝り、事故率も民間機より高いという軍用機が飛行し、時には高度の技術を要する飛行訓練を繰り返し行うという状況においては、被告が関係諸法令等により、厚木基地の設備及び運行の安全性について配慮をしているという点を考慮しても、厚木基地における航空機の離着陸は、墜落・落下物等の危険性の点からみて、原告ら周辺住民に不安感、恐怖感を与え、精神的・心理的に悪影響を及ぼす侵害行為であると認めるのが相当である。
第四被害
一 被害認定の方法等
本件は、各原告の被告に対する個別の訴えの単純併合であるから、航空機騒音等が各原告にいかなる被害を与えているかを個別に認定判断しなければならないのが原則である。
しかし、本件は、特定の地域における共通の侵害行為によって類似の被害を受けたとする多数の原告らによって提起されたものである。すなわち、原告らが主張する被害は、航空機騒音によってもたらされたとされるものが中心であり、かような被害をもたらす侵害行為は、原告らの居住位置や環境状況等によって、その程度ないし影響を異にするものではあるが、いずれも厚木基地に離着陸する航空機の飛行による騒音、あるいは厚木基地からの騒音であるという点で共通である。このような騒音によって生ずる被害は、原告らの年齢、性別、居住地域、家族構成、生活環境、居住地における居住時間等の個別的な条件によって、様々な形をとって現れてくると考えられるが、それでもなお、これらの個々の生活形態にかかわらず、一定程度の騒音が発生している状況のもとで、当然に影響を受けると考えられる通常人の基本的な生活利益及びそれが妨げられたことによる共通の被害を容易に想定することができる部分も多いのであるから、必ずしも常に原告ら各自が現実に受けている被害を個別具体的に主張立証することを要求されるものではなく、一定の騒音量に暴露されている地域を類型的に把握し、その地域に居住する原告らを総合的に観察して、そのうちかなりの数の原告らに一定程度の基本的な生活利益の侵害が生じていることが明らかにされれば、被害の性質上個別的な立証が必要とされるものを除き、同一地域に居住するその余の原告らについても、同様の被害が生じているものと推定することができるというべきである。
右のような観点から、以下において、原告らの分類するところに従って、被害について検討することにする。なお、被害認定にあたり、原告らの陳述書やアンケート調査の証拠力が問題とされているところである。確かに、これらの資料には主観的要素が含まれているから、それだけで被害の存在を認定することは、通常は困難であると考えられるが、それでも最低限原告らの被害に関する訴えの存在、内容等をこれによって確知することは可能である。また、アンケート調査に関していえば、その対象範囲、調査手法等によっては、更に広い範囲で事実認定に用いることができるものもありうると考えられる。したがって、一般的にこれらの証拠力を論ずることはできない。これから、右に述べた限度で陳述書及びアンケート調査の内容を検討するほか、特に問題となる場合には必要に応じてその証拠力を個別的に検討することにする。また、以下に認定する被害は、米軍機あるいは自衛隊機の別を問わず、厚木基地に関連する騒音全体による被害である。
二 騒音被害に関する総論的事項
1 騒音の人体への影響
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(一) まず、騒音が人体に影響を及ぼす過程については、次のような説明がされている。
騒音は耳から入り、内耳、聴神経を経て、大脳皮質の聴覚域に到達する。騒音が強ければ耳の感覚器を冒して難聴を起こす。耳の感覚器からの信号は、大脳皮質の感覚域に到達して音の知覚を成立させる。音が大きければやかましさ(ノイジネス)や大きさ(ラウドネス)の感覚が起こり、聞きたいと思う音と同時に騒音が到達すれば聴取妨害を起こす。これらは音に特有な影響である。
耳からの信号は、網様体を介して大脳の広範な部位を刺激し、精神的妨害を引き起こし、仕事、勉強、休養、睡眠などの日常生活を妨害する。また、網様体から視床下部を経て大脳の旧古皮質(性欲、食欲等の本能的な欲望や行動、それに伴う快・不快等の情緒を発生させる部位)へも信号が送られ、性欲や食欲に影響を与えるとともに、不快感、怒り等の情緒的影響が生じる。更に、網様体から視床下部(自律神経系や内分泌系の働きを支配する中枢)へ伝達された信号は、脈拍・血圧・呼吸等の変調、ホルモンのアンバランス等の身体的影響を生じさせる。しかし、これらは、騒音特有のものではなく、暑さ、寒さ、痛み、臭い等の感覚でも同様の影響が生じる。
これらの影響の総合的結果として、アノイアンスが生じる。これは、騒音によって生じたわずらわしさ、迷惑感であり、様々な感覚的・情緒的影響や、日常生活妨害の体験から感じられる総合的な感じである。これが高じると、苦情、陳情、引っ越し、訴訟等の個人的・集団的行動や、防衛・防護対策を生じさせることになる。
(二) また、アノイアンスについて、次のような説明もされている。
アノイアンスは、聴覚的不快感と非聴覚的不快感を含む、実際の生活における騒音によるネガティブな心理的反応のすべてを意味する。
すなわち、音は、波動エネルギーであり、ラウドネス(音の大きさ)で示すことができるが、その影響は、大きく三つに分けることができる。第一は、生理的興奮であり、意識を通さず、生理的に身体に影響を与えるものである。これによって生理的反応の昂進や生理的バランスの崩れが生じる。第二は、音の感覚的評価の喚起であり、これには心理的快感と心理的不快感があるが、この心理的不快感によって生じる心理的拒否反応・不快反応を軸にノイジネス(やかましさ、音そのものに付随した不快感)の概念が存在する。このノイジネスが聴覚原因の(聴覚的)不快感である。第三は、音そのものによる意識集中の拘束であり、これは、日常生活の中の様々な対象に向けられている注意や意識が音にのみ向けられ、意識が集中・拘束されてしまうことを意味する。その結果、様々な方向に向けられていた注意行動が狭められ、音以外への注意が妨害されて、社会的・個人的な心理・行動の混乱、日常生活の混乱が起こる。そして、日常生活の混乱が繰り返されると、再び生活混乱が生じるのではないかという予期反応が生じる。また、生活混乱及び予期反応に対し、もとのバランスを回復しようとして対処行動がとられるが、それが成功しても失敗しても、新たな生活システムの混乱が発生してくる。これらの社会的・個人的な心理・行動の混乱、予期反応及び対処行動の結果による心理的・行動的問題をあわせて、非聴覚的不快感という。こうして、第二の聴覚的不快感によるノイジネスと、第三の意識集中の拘束から生じてくる非聴覚的不快感とを含むネガティブな心理的反応をアノイアンスというのである。
なお、音の心理的影響は、主に右第二及び第三の影響によってもたらされるが、第一の生理的変化に平行して心理的反応が生起する点も見逃せないところである。
2 騒音の影響に関連する諸要因と航空機騒音の特色<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(一) 騒音の影響に関連する諸要因
騒音のうるささ、不快感あるいは影響の大きさに関わる要素は様々であるが、騒音側の条件、騒音を聞く人間側の条件、音と人間との間の条件に分けて示すことができる。
騒音側の条件としては、<1>強さ、大きさ、<2>高さ(周波数)、音色(周波数構成と波形)、<3>持続時間と繰り返し、<4>突発性、衝撃性、<5>変動性、<6>発生時刻、<7>音の局在性、<8>必要性、<9>予測可能性、<10>制御可能性(対処可能性)が、人間側の条件としては、<1>健康度(健康人か病人か)、<2>性別、年齢、<3>性格、知能、好み、<4>心身状態(労働時、休養時、睡眠時の別、肉体労働か精神労働か)が、音と人間との間の条件としては、<1>馴れと経験、慢性影響、<2>利害関係の有無等の社会的関係が、それぞれ指摘されている。
(二) 航空機騒音の特色
航空機騒音は、音量が極めて甚大であること、高周波成分が多く、金属的な音質を有すること、不安定な断続的・間欠的騒音であること、立ち上がりが急であること、騒音レベルの変動が不規則、複雑であり、周波数変動も大きいこと、厚木基地におけるNLPは、家族が団欒、休息をとる時間帯に集中的に行われていること、飛行中の騒音であるため、音源が固定されておらず、絶えず移動しており、しかも頭上からの騒音であること、飛行場周辺の住民にとっては、基本的に不必要な騒音であること、軍用機の場合、騒音は予告なく突然起こり、音が聞こえる前まで全く予測がつかないこと、遮音や回避が困難であり、対処が難しいこと等の特色を有しており、右に指摘された騒音側の条件のうち、うるささや不快感を増大させる要素の大部分を具備しているということができる。
三 生活妨害
1 生活妨害に関する原告らの訴え
<証拠略>によれば、生活妨害に関する原告らの訴えの内容は、次のとおりであることが認められる。
(一) 会話、通話妨害
原告らのうち多くの者が、航空機騒音による会話の妨害に関しては、話が相手に伝わらないこと、相手の声が聞こえないこと、会話が中断してしまうこと、声が聞こえないために大声を出し、喧嘩になったり、話を止めてしまったりすることがあること、来客に気づかないこと等を訴え、また、電話の通話妨害に関しては、電話による会話が騒音で困難になること、話がうまく伝わらず、通話時間が長くなること、通話を中断せざるを得なくなる場合があること、仕事の電話や重要な電話に支障が生じること等を訴えている。これらの訴えは、会話、通話妨害そのものの被害のほか、いらいらする、やる気が失われる、相手に迷惑をかけて申し訳ない、家族間に不和が生じる等の精神的・心理的なものにも及んでいる。
(二) テレビの視聴妨害及びラジオの聴取妨害
航空機騒音によってテレビ、ラジオの音声が聞こえなくなることやテレビの画像が乱れることを訴える者も多い。見たいテレビが見られないことによる不満、失望、怒り、不快感等を訴える者も同様に多くみられるところである。また、ボリュームを上げ過ぎるため、飛行機の通過後は過剰な音量になるとの訴えもある。
(三) 読書、音楽等趣味生活と知的活動の妨害等
落ち着いて読書ができないこと、思考が中断されたり、不可能になったりすること、原稿執筆等の知的活動、楽器の練習や音楽鑑賞その他の趣味、祈りや瞑想等の宗教的活動等が妨げられること等の訴えがみられる。
(四) 教育、保育に対する悪影響
乳幼児が爆音で泣いたり、怯えたりすること、子供がひきつけを起こしたこと、乳幼児が爆音で起こされたり、寝つかなかったりして睡眠が十分にとれていないこと、生まれてくる胎児への影響が心配であること、子供が勉強に集中できないこと等の訴えが見られるが、これらは、騒音が原告らに直接及ぼす被害というよりも、騒音が原告らの保護する子女に影響を与え、それによって原告らが精神的苦痛や不安を覚えるという性質のものである。学校等の授業が中断・妨害されること等の被害を訴える者もあるが、この中には自らの経験として被害を述べる者と子女からの伝聞として述べる者の両方がある。受験期の子女の勉強が妨害されるという訴えもみられるが、この中にも、子女が騒音のない深夜の勉強を余儀なくされていること等の事実を述べる者、勉強ができないという子女の不満等を伝聞として述べる者、騒音の中で勉強をする子女へのいたわり、不安、心配等、親としての感情を述べる者等がみられる。
(五) その他家庭生活への悪影響
航空機騒音によって家族間の会話が荒々しい雰囲気になること、家族の団欒が乱され、失われること、いらいらして怒鳴り合ってしまうこと、家庭でくつろげないこと、落ち着いて食事ができないこと、知人や親戚の訪問の際、騒音のために気まずい雰囲気になること、騒音のため、親を引き取って同居することができないこと、近所での冠婚葬祭、行事、連絡等に支障がでること等、様々な家庭生活への影響が述べられている。
(六) 交通事故の危険
ジェット機の騒音によって自動車の走行音やクラクションが聞こえないこと、騒音に気をとられたり、判断力が鈍ったりすること等により、事故の恐怖や危険を感じ、あるいは実際の事故に遭遇したという訴えがみられる。また、子供の事故の危険を心配する者もある。
(七) 職業生活の妨害
厚木基地周辺の事務所、店舗等において仕事をする者は、仕事に集中できず、能率が低下すること、会話や電話が困難になり、仕事上の打合せ、連絡、指示、会議、客との応答等に差し支えが生じること、仕事の性質上、右のような状況により、身体・生命にも危険が生じること等を訴えており、自宅に仕事を持ち帰った場合にも、右と同様の状況があること、仕事が深夜に及ぶこと等が述べられている。また、騒音による睡眠不足のため、身体の疲れがとれず、仕事への集中力が低下し、能率が落ちること等を訴える者、睡眠不足による集中力の欠如による事故の発生を危惧する者、実際の事故の経験を述べる者等がある。
2 被害に関する証言
(一) 教育現場における被害について
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
証人山口の経営する幼稚園(滑走路北端から北約二キロメートルの位置にあり、<証拠略>によれば、WECPNL八五である。)においては、騒音のため、園児が屋内に入ってしまったり、話を中断されたりして、予定していた保育計画を変更することがたびたびあること、騒音がうるさいと園児が落ち着かず、行動全般も乱暴になること、園児をまとめ上げる導入過程がうまくいかないこと、通園の際、園児が先生や父母の静止等の指示を聞き取りにくいため危険であること等の状況がみられる。
引地台小学校(滑走路東約九〇〇メートル)においては、航空機騒音があると朝会や授業が中断されること、音楽や体育の授業が妨げられること、エアコンがなく、暑いときに窓を閉めると授業ができないこと等の状況がある。
栗原高等学校(滑走路北端から北西約三・八キロメートルの位置にあり、原告ら最終準備書面によれば、WECPNL七五である。)においては、ジェット機が飛ぶと、大声で怒鳴っても教室の後ろまで声が届かず、授業が中断され、多いときには一コマの授業で五、六回あるいはそれ以上中断させられること、一〇秒程度の中断でもすぐ元のペースには戻れないこと、予定通りの授業進行ができず、年間計画が狂うこと、ビデオを用いた授業や体育、音楽、書道等の授業に支障があること等の状況がみられる。
(二) 医療現場における被害について
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
同証人は、滑走路北端から北約三キロメートルの地点(<証拠略>によれば、WECPNL八〇である。)で診療所を開設する内科医である。
聴診は、内科学の中で非常に重要な位置を占めており、開業医がこれに依存する程度も高い。心音、呼吸音等を聴くことにより、身体の異常の有無を確知することができるだけでなく、病気の種類までも知ることが可能である。しかし、微妙な音を聞き分けなければならないので、集中力とともに非常に静寂な環境が必要である。ジェット機の激しい音がすると、聴診は不可能になる。
また、血圧を測定する場合にも音の聴取が必要であり、これも騒音によって妨害されてしまう。問診の際の会話も騒音によって妨げられる。
3 実態調査等にみられる訴え
(一) 厚木基地周辺の実態調査等
(1) 厚木基地周辺の実態調査
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
厚木基地周辺住民について、法務省人権擁護局が昭和三九年に、大和市基地対策協議会が昭和三八年に、厚木爆同が昭和三七年、四一年、五五年及び五八年に、財団法人労働科学研究所が昭和五七年に、それぞれ意識調査、実態調査等を行っている。それぞれ調査の時期、目的、手法、調査対象範囲、規模等は異なるものの、会話・通話の妨害及びテレビ・ラジオの視聴妨害の訴えは、いずれの調査にも共通してみられ、学習・読書・研究等の妨害、交通事故の誘発及び事務・作業等の能率低下等の訴えもほぼ共通してみられるところである。
このうち、厚木基地周辺のWECPNL七〇(神奈川県環境部が航空機騒音に係る環境基準に基づいて設定したもの)以上の地域の住民を広く対象にした比較的新しい調査である労働科学研究所「厚木基地周辺実態調査研究」の住民アンケート調査によれば、WECPNL八〇以上の地域で会話妨害、電話の通話妨害及びテレビ・ラジオ・レコードの聴取妨害「かなりある」と回答した者及び「時々ある」と回答した者の割合の合計(以下「『かなりある』『時々ある』と回答した者の割合」等というときは、これらの回答をした者の割合の合計を意味している。)は、順に九五・九パーセント、九四・三パーセント、九七パーセントであり、WECPNL七〇から八〇の地域でも八七・二パーセント、八一・九パーセント、九〇・四パーセントであった。また、読書・思考妨害について、「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で八二・二パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で六六・九パーセントであった。乳幼児のいる者の中で騒音が乳幼児に影響すると答えている者は、WECPNL八〇以上の地域で八七・四パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で八〇・五パーセントであり、その内容としては、うるさくてよく目をさます、飛行機の音に怯えたり泣いたりする、きげんが悪くなる、かんが強くなるというものが多く指摘されている。警笛等が聞こえず、交通事故の危険を感じたことが「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で四八・七パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で三二・二パーセントであった。
(2) 教育現場におけるアンケート調査
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
i 湘北教職員組合は、昭和五一年、草柳小学校の児童・父兄・教職員を対象に(<証拠略>。なお、本証拠表紙の文書作成年は誤記と思われる。)、昭和五四年、大和市内の小中学校教職員を対象に<証拠略>、平成元年一〇月、大和市、綾瀬市、海老名市、座間市、相模原市南部地区の全小中学校の教職員を対象に<証拠略>、それぞれアンケート調査を行った。このうち、平成元年に行われた「厚木基地の軍用機・戦闘機の騒音等が学校現場および生徒におよぼす被害実態調査」の主要項目の集計結果が原告ら引用図表の表三〇にまとめられている。これによると、九一パーセントの者が授業の妨害を訴えており、いつもあるいは時々授業が中断すると答えたものは八五パーセントである。また、八六パーセントの者がうるさいときは静かになるまで待つと回答している。児童・生徒の行動・様子の変化については、集中力や落ち着きがなくなる、話を聞かなくなる等の指摘がされている。
ii 神奈川県立栗原高等学校教諭柴田健は、平成元年、同校三年生の数クラスの生徒に対し、騒音被害アンケートを実施した<証拠略>。これによると、授業が中断する、教師の声が聞こえない、いらいらする等の訴えがみられる。また、同教諭は、同僚教諭に対するアンケートも実施し<証拠略>、一八名の回答を得たが、これにも授業の中断、妨害の訴えがみられる。
iii 前記労働科学研究所「厚木基地周辺実態調査研究」の小中学校教師に対するアンケートによれば、学校教育の各領域中、最も影響を受けるとされたのが教室での授業であり、教室での授業中に中断などの影響が「かなりある」「時々ある」とする者が八五・六パーセントあった。また、調査時(昭和五七年七月中旬ないし九月上旬)から一週間を振り返って、最も中断の多かった授業の一時限あたりの中断回数を集計すると、その平均は、二・六六回(WECPNL八〇以上の地域では三・四五回)であった。全体としてみて学校教育が騒音によって影響を受ける程度について、「重大な被害をうけている」「かなりの被害をうけている」とする者がWECPNL八〇以上の地域で八七・八パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で五八・八パーセントあった。騒音が児童・生徒に与える影響に関し、集中力、情緒の安定、思考力・理解力に悪影響を与えると回答する者が多く、集中力に対する悪影響については、七七・四パーセントの者が「大いにあたえている」「かなりあたえている」と答えており、騒音が全体としてみて児童・生徒の人間形成に与える否定的影響の程度につき、「おおいにあたえている」「かなりあたえている」と回答した者は、WECPNL八〇以上の地域で八〇・五パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で五二・二パーセントであった(なお、本調査の対象者は、小学校で八割、中学校で九割の者がWECPNL七〇から八〇の地域に属しており、集計に際しては、WECPNL八〇以上とWECPNL七〇から八〇との区別は、小学校についてのみ行われている。)。
同じく中学二年生に対するアンケートによれば、授業に対する影響が「かなりある」「ときどきある」とする者がWECPNL八〇以上の地域で九〇・四パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で八八パーセントであった。
(二)<証拠略>によれば、大和市に寄せられた苦情電話の中にも、会話が出来ない、電話が不可能、テレビが見えず、ラジオが聞こえない、子供が怯えきっている、勉強ができない、落ち着いて食事ができない、団欒がない、仕事に影響する等の訴えがあることが認められる。
(三)<証拠略>によれば、大阪国際空港、福岡空港、横田基地及び小松基地周辺においても、会話・通話の妨害、テレビ・ラジオの視聴妨害、知的活動・作業の妨害等の訴えがあること、これらの被害は、NNI(騒音の評価尺度のひとつである。<証拠略>によれば、WECPNLは、NNIに三〇ないし三五を加えて簡略に計算できるとされている。)やWECPNLの増加につれて増加する傾向がみられ、横田基地周辺の調査においては、その多くに有意差が検出されたことが認められる。
4 各種研究・実験結果等
(一) 会話等の視聴妨害
<証拠略>によれば、視聴妨害に関する研究結果等として、次のようなものがある。
(1) 東京都内の各地の小学校で児童を対象に行ったテスト結果によれば、授業に支障をきたさない程度の騒音レベルは、教室の中央で五〇から五五ホンである。
(2) 吉田拓正らのジェット機騒音による明瞭度テストによると、聞き取るべき音のレベルSがジェット機騒音のレベルNよりも一〇デシベル低い場合(S/N比マイナス一〇デシベル)、単音節(ア、パ、キャ等)明瞭度は五〇パーセントに低下した。文章の章句をテスト信号とした場合、S/N比がマイナス五デシベルのときは一〇〇パーセント近い明瞭度があったが、S/N比がマイナス一〇デシベルになると、明瞭度は五〇パーセントに低下した。
(3) 小林陽太郎らが日本語無意味百音節の単音聴取明瞭度に及ぼす白色騒音の影響を調べたところによると、信号音レベルがあまり低くない限り、その音節明瞭度は、S/N比が三〇デシベルのとき九四パーセント、二〇デシベルのとき八五パーセント、一〇デシベルで六八パーセント、〇デシベルで四五パーセント、マイナス一〇デシベルで一五パーセントである。
(4) 外国における実験結果には、周囲の騒音が七五デシベルC以上のところで会話の誤聴が急に増加したとするもの、航空機騒音のピークレベルが七六デシベルAあたりを超えると会話の了解度が急に悪化するというもの、航空機騒音のレベルが増加するにつれてアノイアンス、会話の困難さ、会話中断の回数が増加し、七七デシベルAで五〇パーセントの被験者が受け入れ難いと感じたとするもの等がある。
(5) アメリカ合衆国連邦環境保護庁(EPA)が一九七四年(昭和四九年)に発表した「公衆衛生と福祉を適切な安全限界によって保護するため必要な環境騒音レベルに関する資料」によると、会話によるコミュニケーションを保護するために決定されたレベルは、会話音声の了解度を一〇〇パーセントとするために、屋内でLeq四五デシベル、屋外でLeq六〇デシベル(屋内での音響レベルの減少を一五デシベルとする。)である(なお、Leq(等価騒音レベル)とは、<証拠略>によれば、A特性の重みづけをした騒音のエネルギーを時間的に平均し、デシベル値で表示した量であるとされ、また、<証拠略>によれば、変動騒音の表し方の一種で、測定時間内でこれと等しいエネルギーを持つ連続定常騒音の騒音レベルをいうと説明されている。そして、<証拠略>によると、Leqに一五を加えるとほぼWECPNLに近づくとされている。)。
(6) 国際標準化機構(ISO)によると、普通の話声で日常会話が了解されるのは、五五デシベルAで二・二メートル、六五デシベルAで〇・七メートル、七〇デシベルAで〇・四メートル、七五デシベルAで〇・二二メートルであり、電話による会話の可能性は、七〇デシベルAでは困難とされている。
(二) 学習、思考、教育に関する騒音の影響
<証拠略>によれば、学習、思考、教育に関する騒音の影響に関する調査研究等には、以下のようなものがみられる。
(1) 安藤四一は、昭和四八年、騒音地域(伊丹市内)と静寂地域の小学校各二校から二年生と四年生を被験者とし、九〇プラスマイナス五デシベルAの航空機騒音を聞かせてクレペリン検査(休憩をはさんで前半と後半の検査がある。)を行った。その結果、二年生については、前半の動揺率(作業曲線の振幅の大きさを示し、作業能率のむらの大小を意味する。)が刺激音の有無により大きく左右され、四年生については、刺激音にかかわりなく、騒音地域の児童に後半のV型落ち込み(作業曲線上の大きな振幅の回数をいう。意志解消や激しい努力、作業障害によっておこる。)が現れた。
(2) 児玉省は、昭和三九年から四四年にかけて、横田基地周辺で児童、生徒等について調査を行い、小学校二年生と六年生の知能検査の結果は、全国平均を上回り、対象地区との差は僅少だが、基地周辺地区のほうが高かったこと、基地周辺の小学校四年生と六年生に対し、ジェット機、雑踏、食堂等の騒音、田園シンフォニー等を聞かせ、知能テスト、推理問題、作文等を行ったところ、騒音下のほうが成績が良く、騒音の中でもジェット機騒音下での成績が良かったこと、同じく小学校四年生と六年生に対し、音楽とジェット機騒音の下で内田クレペリン検査を行ったところ、作業曲線の定型性が崩れたこと、基地周辺地区小学校児童の音楽能力は一般校より低いこと等を報告している。
(3) 録音された列車騒音(七四ホン)を断続的に小学生に聞かせ、単純な計算作業をさせたところ、対照群に比較して、騒音を与えられた実験群の成績が低下を示した。
(4) 文部省が小中学校にアンケート調査したところ、騒音が最もじゃまになるのは、国語、算数(数学)、英語、社会など頭を使う教科であり、文章題や解読問題に騒音の影響が大きかった。
(5) ロンドン・ヒースロー空港周辺の学校において、航空機騒音の授業に及ぼす影響を調査した結果、六五デシベルAで会話を中断する者が生じ、七〇デシベルAではそれが二五パーセント、七五デシベルAでは四〇パーセントに達した。
(三) 作業能率に対する影響
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(1) 長田泰公らは、ジェット機騒音、新幹線騒音、ピンクノイズを用い、持続時間二〇ないし二五秒の間欠音を暴露して、各種精神作業に及ぼす影響を調べた。これによると、点灯した標示灯に対応するスイッチを押す反応時間テストの場合、五〇ないし八〇デシベルAの範囲では、無音のときより促進的、覚醒的に作用し、標示灯を点灯して予め記憶させた一〇秒間の時間を再現するテストの場合、騒音による影響はほとんどみられず、図形を二〇ないし三〇秒で数えさせる図形数え作業テストの場合、騒音を聞かせることによって数え残しが増したものの、騒音レベルや頻度の差による影響の違いは検出できなかった。長田は、騒音はある程度まで精神作業を促進するが、作業が煩雑になったり、長引いたりすると妨害的に働くこと、白色騒音やピンクノイズのような非現実音よりも現実音のほうが妨害的であること、間欠音の頻度が増せば妨害度が高まること等が示唆されるとしている。
(2) 右のほか、騒音の負荷が作業能率に妨害的な影響を与えるとする数々の実験結果等があることが窺われ、いずれの実験結果においても、九〇デシベルC以上の騒音レベルになれば、誤謬の数は有意に増加するとの指摘がみられるが、他方において、騒音の作業能率に及ぼす影響について、まだ一般的な結論は得られていないともいわれており、ある程度の騒音が作業を促進する方向に働く場合があるとする研究結果も指摘されている。
5 検討
(一) 会話、通話及びテレビ・ラジオ等の聴取の妨害等
原告らのうち多数の者は、会話、通話及びテレビ・ラジオ等の聴取の妨害等(以下、まとめて「会話等の妨害」という。)を訴えており、これは、原告らに限らず、厚木基地周辺住民にも、また、他の飛行場周辺の住民にもみられるところである。騒音が音声伝達の妨げになることは、日常生活においても経験するところであり、厚木基地周辺における航空機騒音が原告らの会話等の妨害を惹き起こすであろうことは、通常の経験則上も容易に是認することができ、原告らをはじめ、同様の環境にある空港周辺住民が等しくこれら会話等の妨害を訴えていることも、理解するに難くないところである。
確かに、航空機騒音は、一過的、間欠的騒音であり、そのピークレベル音の持続時間も短いことは、被告の指摘するとおりである。また、室内においては、住宅防音工事の有無を問わず、ある程度の騒音低減効果があると考えられるから、会話等の妨害の程度も、屋外に比較して緩和されているということができる。
しかし、会話等の妨害に関する被害は、会話等ができない時間の合計ではかられるものではない。すなわち、会話等の妨害による被害は、直接には、音声が届かない、聞き取れないということだが、決してその間だけ被害があるのではなく、会話のために大声を出さなければならないこと、聞く者も神経を集中し、耳をそばだてなければならないこと、それまでの話の流れ、テレビ等の視聴等を中断させられ、雰囲気を壊されること、会話等に集中できなくなり、やがてはそれをやめてしまうこと、電話による通話が中断の繰り返しで必要以上に長引いたり、かけ直しを余儀なくされてしまうこと、見たい時に見られず、聴きたい時に聴けないこと、これらの事態の発生により心理的影響が持続することなど、すべてが会話等の妨害による被害として把握されるべきである。
そして、右のような被害は、騒音が間欠的で、一回ごとの持続時間が短くても等しく生じるものであり、航空機騒音がうるささを感じさせる様々な性質(大きさ、成分、音源等)を有していること、会話等は屋内のみで行われるものでなく、また、屋内であっても常に窓等を締め切って生活するのではないこと、厚木基地における航空機騒音は、既に相当長期間にわたって継続していること等も考慮すれば、原告らに共通して生じているものと解される。
なお、厚木基地において、飛行時間帯や飛行曜日等につき、米軍及び自衛隊による規制が行われていることは、その遵守状況如何の点を除き、当事者間に争いがなく、本件騒音測定データによっても、夜間や休日の飛行状況は、通常の場合と異なるものがある。そして、このような特定の時間帯や曜日における飛行状況の差異は、それ自体として軽視しえないものがあるが、原告らの被っている被害の性質及び航空機騒音に曝されてきた期間を考慮すると、その遵守状況に関する当事者双方の主張の違いは、さして重要なものとはいえないから、あえて具体的な検討はしないこととする。この点は、以下の被害認定においても同様である。
(二) 読書、音楽等趣味生活と知的活動の妨害等
航空機騒音が音楽鑑賞や演奏等、音の聴取に係る活動に被害をもたらすことは、会話等の妨害の場合と同様である。これに対し、精神的作業に関する騒音の影響は、各種研究結果等によっても必ずしも明らかにされておらず、作業の性質、作業者の心理状態等によっても異なるものと考えられる。しかし、一般的に騒音が学習、読書等の知的作業の妨害になりうることは経験則上明らかであり、また、後期のとおり、騒音は、いらいらや不快感などを生じさせ、精神の集中や安定を阻害するところ、このような状態が各種の知的活動に悪影響を及ぼすものと考えられる。
(三) 教育、保育に対する影響
騒音が乳幼児や児童・生徒の人格形成に悪影響を与えるのではないかという危惧は、原告らの陳述書や各種アンケート調査においてもみられるところであるが、このような悪影響の発生を裏付けるだけの資料はなく、これらの危惧があるとしても精神的被害にとどまるというべきである。
これに対し、教育、保育に関する活動は、基本的に会話等を通じたコミュニケーションと様々な知的活動の繰り返しで成り立つものであるから、騒音による会話等の妨害、知的活動の妨害が認められる以上、騒音が教育、保育に対して悪影響をもたらすことも当然認められるところである。また、家庭での学習や受験勉強も、それが知的活動である限り、騒音によって妨げられるであろうことは前記のとおりである。しかし、これら教育、保育への影響で被害を被るのは、直接的には教師や児童、生徒であり、これらの者の被る被害が直ちに本件原告らの被害というわけではない。原告らの中には、過去に教師あるいは児童・生徒として被害を受けた者があるかもしれないが、その点についての資料はなく、原告らの被害として把握できるのは、もっぱら精神的被害であると考えられる。
(四) その他家庭生活への影響
家庭は、心身の休養や疲労回復の場であるだけでなく、夫婦・親子や兄弟等の交流の場であり、自分自身や家族の成長を通して人間的充実を享受しうる最も重要な生活空間である。また、親戚との交流や近隣の人々との日常にわたるつきあいも、社会生活を営んでいくうえで重要である。原告らが「その他家庭生活への影響」として訴えるところは様々であるが、家族との生活、親戚や近隣の人々とのつきあい等の場面においても、会話等を通じたコミュニケーションが重要な意味を持っており、右にみたような会話等の妨害や知的活動の妨害等によって、家庭生活等に様々な影響が生じることは、経験則上容易に推認できる。この影響は、家族の年齢、性別、構成等の状況によって、いろいろな形をとって現れると考えられるが、原告らに共通の被害として把握することができる。
(五) 交通事故の危険
交通事故の危険を訴える者は、原告らの中にも、また、各種アンケート結果においても、ある程度みられるところである。これらの事故は、屋外で発生することが前提であるから、屋外の激甚な飛行騒音によって、クラクションや走行音等が聞こえなくなり、あるいは騒音や飛行状況に気をとられて、交通事故に遭遇する危険があるということも、一概に否定できないと考えられる。
この点に関し、<証拠略>には航空機騒音を原因とする踏切事故の記載が、<証拠略>には騒音のため相手方の車に衝突したとの記載がみられるが、騒音と事故との因果関係を肯定するに足りるだけの十分な証拠ということはできず、そのほかに、例えば厚木基地周辺において特に交通事故が多いというような資料があるわけでもないから、交通事故の危険は、あくまでも主観的ないしは抽象的なものにとどまると言わざるをえない。したがって、このような抽象的な危険の存在は、精神的、心理的、情緒的被害をもたらすものとして把握すべきである。
(六) 職業生活の妨害
多くの職業において、言葉による意思疎通が重要な意味を持つこと、仕事の内容によっては高度な知的作業を要するものがあること等は、経験則上容易に推測することができる。また、<証拠略>によれば、医療活動において、人体等の音を聞くことが極めて重要であることが認められる。したがって、右のとおり、騒音による会話等の妨害や知的活動の妨害が認められる本件においては、職業生活においても、一定の悪影響が生じることを否定できない。
しかし、原告らの職業は様々であり、中には無職の者もあるから、職業生活の妨害を共通被害として認定するには困難があり、会話等の妨害や知的活動の妨害のひとつの現れとして把握すべきである。
四 睡眠妨害
1 睡眠妨害に関する原告らの訴え
<証拠略>によれば、原告らの中には睡眠妨害を訴える者が多く、騒音のために眠れないこと、騒音が止んで布団に入ってもなかなか寝つかれないこと、騒音によって起こされること、一旦起こされるとなかなか眠れないこと、深夜や早朝にも飛行騒音やエンジンテスト音が生じ、睡眠を妨害されること等、騒音による直接的な睡眠妨害の被害を訴える者、これらの睡眠妨害の結果、睡眠不足、不眠症、ノイローゼ気味になること、睡眠薬や精神安定剤を服用するに至ったこと、疲れやすいこと、疲労がとれないこと等の波及的な被害を述べる者、仕事上の安全のために眠らなければならないのに睡眠を妨げられることへの苦痛を述べる者等がある。
2 実態調査等
(一) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
前記法務省人権擁護局、大和市基地対策協議会、厚木爆同及び財団法人労働科学研究所が行った意識調査、実態調査等によれば、夜寝つかれない、夜中に目がさめる等、睡眠妨害に関する訴えは、いずれの調査にも共通してみられるところである。
このうち、労働科学研究所「厚木基地周辺実態調査研究」の住民アンケート調査によれば、夜寝つかれなかったり、夜中に目がさめることが「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で六六・二パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で四二・一パーセントであった。また、自分を含む家族の中に不眠症の者があるとする回答もみられた。
(二)<証拠略>によれば、大和市に寄せられた苦情電話の中にも、夜勤明けで休もうとしてもできない、寝られない等の訴えがみられる。
(三) <証拠略>によれば、大阪国際空港、福岡空港、横田基地及び小松基地周辺においても、寝付きが悪い、目が覚める、眠れない等の睡眠妨害に関する訴えがあり、NNIやWECPNLの増加につれて被害率が増加する傾向にあることが認められる。
3 睡眠妨害に関する実験・研究等
(一) <証拠略>によれば、長田泰公らが騒音の睡眠に及ぼす影響について行った実験研究には、以下のようなものがある。
男子学生五名に対し、六時間の連続騒音(ホワイトノイズ、工場機械騒音、道路交通騒音)を聞かせて騒音の影響を調べたところ、四〇デシベルAの騒音でも睡眠が妨害されること、四〇デシベルAよりも五五デシベルAのほうが影響が大きいこと、ホワイトノイズよりも現実の騒音のほうが影響が大きいこと等の実験結果が得られた。
男子学生五名に対し、三〇分に一回の割合で連続騒音(二・五分間)と断続騒音(一〇秒オン、一〇秒オフで、オンタイムの合計を二・五分間)を聞かせたところ、六時間連続騒音暴露の場合(前段記載の実験)に比べて覚醒期脳波の出現回数が多く、平均睡眠深度も浅い等の実験結果が得られた。長田らは、三〇分に一回ごと合計三〇分の騒音暴露でも、六時間連続暴露と同程度の睡眠妨害を起こし、睡眠には連続した静けさが必要であると結論づけている。
男子学生五名に対し、睡眠時間中、前後三時間ずつ、列車と航空機の騒音をピークレベル五〇及び六〇デシベルAで聞かせたところ、睡眠段階が十分深くなるまでに要する時間は、騒音レベルの上昇とともに有意に延長し、対照とした連続的なピンクノイズ四〇デシベルAに比べ、三倍から四倍となった。長田らは、騒音の睡眠への影響は、レベル、頻度等の騒音側の条件と、性別や年齢等の人間の条件によって修飾されるとしている。
男子学生六名に対し、三時間ずつ、二〇分に一回の割合で新幹線騒音を聞かせたところ、脳波の変動は、六〇デシベルA以上で無音の対照実験との有意な変化がみられ、五〇デシベルA以上では、有意に睡眠が浅くなった。
しかし、<証拠略>によれば、これらの実験に対しては、睡眠深度は序数尺度であるのに間隔尺度として扱っている。REM睡眠を区別していない等の批判がされているほか、騒音負荷の条件が厚木基地周辺とは異なること、被験者が少数であること等の指摘もされている。
(二) <証拠略>によれば、騒音影響調査研究会による次のような実験研究がみられる。
男子学生三名に対し、一七秒間持続する航空機騒音(六五、七五、八五デシベルA)を不定間隔で八時間聞かせたところ、騒音を暴露した場合は、暴露しなかった場合に比べて、全睡眠時間に占める深い睡眠段階の割合が減少し、浅い睡眠段階の占める割合が増加した。また、騒音レベルが上昇するにつれて、より深い睡眠深度においても覚醒し又は睡眠が浅くなった。REM期においては、その特徴である急速眼球運動が各騒音レベルにおいて抑制され、不快の情動変化も各レベルの騒音で出現した。
男子学生八名に対し、前記と同様の方法で実験したところ、ほぼ同様の結果がみられたが、刺激夜の回数を重ねるにつれて、深い睡眠段階が全睡眠時間に占める割合が増加し、騒音を暴露しなかった場合に近づく傾向を示したこと、騒音を暴露した場合、一夜の記録中、覚醒及び各睡眠段階の出現回数の平均が増加し、それぞれの持続時間の平均は短くなり、騒音暴露により睡眠の深度が変わりやすいこと等の結果も得られた。
(三) <証拠略>によれば、騒音レベルが高いほど入眠時間が延長し、朝の覚醒が促進されること、騒音の就寝時の妨害度は、起床時のそれの三倍となったこと、睡眠中の音に対する反応は、馴れを起こさないこと、連続音よりも間欠音のほうが睡眠を妨害すること等の実験結果や研究結果等がみられる。
4 検討
騒音によって睡眠が妨害されることは、経験則上明らかであるうえ、右各実験結果等を総合すれば、睡眠への影響は、四〇デシベルA程度の騒音によって既にみられるところである。そして、原告らの陳述書や厚木基地周辺の騒音測定記録等によれば、航空機の日中の飛行や通常夜一〇時まで行われるNLPにおいて、相当のピークレベルを持つ騒音が発生しており、通常の睡眠時間帯とみられる時にも、航空機の飛行が記録されたり、地上音が発生したりする事実が認められるから、これらの騒音発生の時期が長期にわたっていること、夜間勤務者はもちろん、通常の勤務者でも病気療養等日中の睡眠を要する場合があること、夜間の騒音量は、それ以外の時間帯に比べて必ずしも多くないが、睡眠妨害は、飛行回数の多寡と必ずしも関係なく生じうること等も考え合わせると、その影響の程度や頻度は、原告らの居住地、生活態様等によって異なるとはいえ、原告らが多かれ少なかれ睡眠妨害を受けていることを認めることができ、これらの睡眠妨害が、疲労の回復を阻害し、日常生活に様々な支障や精神的心理的影響を及ぼすこともあるというべきである。
五 精神的被害
1 精神的、心理的、情緒的被害(以下「精神的被害」という。)に関する原告らの訴え
<証拠略>によれば、原告らの中にはいらいら、不安、恐怖等の感情を訴える者が多く、NLPの時には家族全員が地獄のような苦しみを味わうこと、騒音にいらいらすること、内臓が破裂するような恐怖を感じること、背筋が冷たくなったり、心臓が締め付けられたりするような感じがすること、騒音が近づいてくると身構え、身体が緊張し、頭上を通過するときは一瞬身体が硬直すること等、航空機騒音それ自体から生じる様々な感情を訴える者があるほか、爆音が想起させる墜落の危険に対する不安や恐怖を訴える者や、過去の墜落事故を目撃した等の経験からより現実的な恐ろしさを訴えている者も多い。また、自己の戦争体験に重ね合わせて、精神的苦痛を訴える者もみられる。
2 実態調査等
(一) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
前記法務省人権擁護局、大和市基地対策協議会、厚木爆同及び財団法人労働科学研究所が行った意識調査、実態調査等によれば、いらいらする、腹が立つ、墜落の危険・不安を感じる、ノイローゼになる等の訴えが共通してみられるところである。
このうち、労働科学研究所「厚木基地周辺実態調査研究」の住民アンケート調査によれば、イライラしたり腹が立つことが「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で八三・五パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で六八パーセントであった。また、飛行機の音がこわいと思うことが「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で七〇・六パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で六七・三パーセントであった。
(二) <証拠略>によれば、大和市に寄せられた苦情電話の中にも、ノイローゼになりそう、低空で怖い、墜落しそう、心身ともに疲労する等の訴えがみられる。
(三) <証拠略>によれば、大阪国際空港、福岡空港、横田基地及び小松基地周辺においても、いらいらする、腹が立つ、気がめいる等の精神的、心理的、情緒的側面についての訴えがあり、NNIの増加に伴い、訴えも増加する傾向にあることが認められる。また<証拠略>は、東京、大阪、福岡の各空港周辺における成人女性を対象とした調査であるが、これによると、大阪国際空港周辺において、いらいらする、カッとなる等の内容を含む尺度である直情径行性等が、WECPNLの高い地域ほど高くなっていたが、東京及び福岡の各空港においては、特に対応関係は認められなかった。
3 精神的被害に関する調査研究等
<証拠略>によれば、大阪市におけるアンケート調査の結果、気分がいらいらする、腹が立つ、不愉快になる、安静が保てない等の情緒的影響を訴える者の割合は、五五ないし五九デシベルAで五〇パーセントに達するとされたこと、工場騒音について、ピークレベル三五から三九デシベルAで付近住民の五〇パーセントが情緒的影響に関する被害を訴えたこと、学校における騒音影響調査において、五〇から五四デシベルAで情緒的影響が訴えられたこと等の調査研究結果等がみられる。
また、<証拠略>によれば、同証人が環状七号線周辺の居住者を対象にして、道路騒音、振動、排気ガスによる生活上の混乱に関する出来事(トラブルイベント)を調査したところ、道路に面した地区の住民(直面群)のトラブルイベント得点は、二五メートル奥の住宅地の住民(対照群)より著しく高いとの結果が得られたことが認められる。
4 検討
いらいら、不快感、不安感、恐怖感等の精神的被害は、その性質上主観的なものであるから、その存在を認定するにあたり、原告らの訴えやアンケート調査等の主観的資料を重視しなければならない。前記のとおり、原告らのみならず、原告らと同様の状況にある飛行場周辺住民は、いずれも高い比率で精神的、心理的、情緒的側面に関する被害を訴えており、これまでに認定した会話・通話妨害、知的活動等の妨害、睡眠妨害等の被害は、相互に影響しあって精神面にも悪影響を及ぼすことが経験則上容易に推認されることや、厚木基地における航空機騒音の性質(音の強大さ、高周波成分を含む金属的音質等)及びその発生状況、過去に発生した墜落・落下物等の事故の経験等も考慮すると、原告らの訴える精神的被害の存在は十分に肯定できるところである。
六 聴覚被害(難聴、耳鳴り)
1 聴覚被害に関する原告らの訴え
<証拠略>によれば、原告らの中には、自己ないし親族に難聴、耳鳴り、耳が聞こえにくくなっている症状等があること、医師から難聴であると診断を受けたこと、これらの症状と航空機騒音との間に因果関係があると思われること等を訴える者がみられる。
2 実態調査等
(一) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
前記法務省人権擁護局、大和市基地対策協議会、厚木暴同及び財団法人労働科学研究所が行った意識調査、実態調査等によれば、いずれにおいても、難聴、一時的聴力低下、耳鳴り、耳の痛み等の訴えがあることが認められる。
このうち、労働科学研究所「厚木基地周辺実態調査研究」の住民アンケート調査によれば、耳が痛いとか耳鳴りのすることが「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で三四・九パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で二一・二パーセントであった。
(二) <証拠略>によれば、大和市に寄せられた苦情の中にも、難聴になりそう、鼓膜が破れそう、左耳に障害がおきた等の訴えがみられる。
(三) <証拠略>によれば、大阪国際空港、福岡空港、横田基地及び小松基地周辺においても、同様の訴えがあることが認められ、身体的被害全般(頭痛等難聴以外のものも含む。)の訴えは、騒音レベルの上昇に伴って増加する傾向もみられる。
3 騒音が聴覚に与える影響に関する医学的知見等
<証拠略>により、騒音が聴覚に与える影響に関する医学的知見等を概観すると、以下のとおりである。
(一) 難聴は、聴力が正常に比べて劣っている状態であると定義されている(南山堂『医学大辞典』による。以下、専門的述語等に関しては、同辞典によることがある。)。一般的には、純音聴力域値(ある限度以上の状態になるとある現象が現れ始める場合、その限度を域値と呼ぶ。)が上昇したものを指し、正常耳に比べて、域値が二〇デシベル又はそれ以上上昇したときに難聴と考えられている。域値の上昇が三〇デシベルまでを軽度、六〇デシベルまでを中等度、九〇デシベルまでを高度難聴といい、九〇デシベル以上の域値上昇はろう(聾)といわれる。なお、国際標準化機構(ISO)の「音響関係―聴力保護のための職業性騒音暴露の評価」においては、五〇〇、一〇〇〇、二〇〇〇ヘルツにおける平均的は聴力の低下が二五デシベル以上の場合に聴覚が障害されたものとしている。
より一般的(国語的)には、難聴は、聴力の低下した状態、あるいは日常生活、日常会話に支障をきたす程度の聴力低下を指し、原告らが被害として主張する難聴もこの意味におけるものであると思われる。
(二) 耳鳴りは、外界から正常の音刺激がないにもかかわらず、耳あるいは頭蓋内に音が感じられる状態をいう。耳鳴りについては、まだ不明な部分が多いが、一般に内耳の刺激症状として障害の初期に難聴に先行して現れることが多いとされている。
耳鳴りには種々の型があり、音調(高音性のことも低音性のこともある。)、持続性(昼夜を分かたず鳴り続けるものや、時々思い出したように鳴るもの、静かな時だけ聞こえるものなどがある。)、強さ(注意しなければ聞こえないものから、仕事が手につかなくなるくらいうるさいものまでありうる。)、聴力への影響の有無(種々の難聴を伴っているものと、これを伴わないものとがある。)、部位(一側性の耳鳴りと両側性の耳鳴りとがある。頭の中で鳴っているように感ずる頭鳴りも一種の耳鳴りである。)等の観点からとらえることができる。
(三) 騒音によって聴力障害が生じうることは一般に認められており、この点について当事者間に争いはない。
すなわち、耳から入った音は、鼓膜を振動させ、その振動は内耳へ伝えられる。内耳内ではリンパ液が振動し、聴細胞を刺激する。聴細胞は音の高さに敏感に反応する内毛細胞と音の強さに敏感に反応する外毛細胞とに分かれているが、強烈な音で刺激されると外毛細胞が疲労して反応が弱くなり、ついで内毛細胞も反応が弱くなる。更に強烈な音刺激が加えられると、外・内毛細胞ともに破壊され、消失する。こうして、ある周波数の強烈な音を聴取すれば、その周波数の音に対しては難聴となり、更に強い音に対してはろうとなる。強い騒音環境下におかれた者あるいは動物の神経細胞や感覚細胞等に、変化、消失、傷害等が生ずることは、病理組織学的検索及び実験においても報告されている。
(四) 音響によって聴器が障害されて難聴になった場合、これを総称して騒音性難聴という。
騒音性難聴の場合、四〇〇〇ヘルツ付近の聴力の損失が大きく(この部分は音階の上でC5に相当し、聴力損失を図によって示したオージオグラムの上で深い谷を形成するところから、C5ディップと呼ばれる。)、八〇〇〇ヘルツ以上の音域の聴力は正常かあるいは軽度の損失を示すにすぎないことことがひとつの特徴であり、より高い周波数から進行する老人性難聴あるいは薬物中毒に起因する難聴との重要な相違点となっている。但し、四キロヘルツ付近の聴力損失のすべてが騒音暴露に起因するということはできず、逆に、八キロヘルツ付近の聴力損失が騒音暴露によるものでないともいえない。
騒音性難聴は、臨床的によく観察されるが、個体によって音に対する感受性が異なるため、個体差が非常に大きいこと、難聴は、耳の疾患や年齢によっても生じること等から、その解明には困難なものがある。
(五) 騒音性難聴は、永久的聴力損失(永久的域値移動、NIPTSあるいはPTS)ともいわれるが、聴力の低下(域値の移動)には、回復可能な一時的聴力損失(一時的域値移動、NITTSあるいはTTS)といわれるものもある。
激しい騒音に曝された場合には、耳に何らの生物学的欠陥のない場合でも、TTSに陥り、これが繰り返されるとPTSを生ずるとされている。アメリカ合衆国陸軍の諮問に対する同国科学アカデミー聴覚・生物音響学・生物力学研究委員会(CHABA)の答申によれば、同一騒音に八時間暴露され、暴露中止後二分経過した時の聴力の域値を測定し、騒音負荷前の域値より上昇している値を算出した場合、この値(TTS2)は、一日八時間一〇年間暴露された後のPTSにほぼ等しいとされている(TTS仮説)。TTSにより、当該騒音を引き続き長年聴いた場合のPTSの発生を集団的に予測できるとされているが、特定個人についてこの予測を行うことは困難であると考えられている。
これに対し、一日を単位として耳に入る音のエネルギー総量を基準としてPTSを予測する等価エネルギー仮説も立てられている。
4 騒音と聴力とに関する調査、研究等
(一) 山本剛夫らの実験
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
山本剛夫らは、昭和四五年から四八年にかけて、録音した航空機騒音を用い、主として四キロヘルツのTTSについて実験を行った。その結果、八〇デシベルA以上の騒音を暴露した場合にTTSの発生がみられ、騒音暴露時間(暴露回数)が多くなるに従い増加すること(総暴露時間の対数に対し、ほぼ一次式の関係でTTSが増加する。)、暴露頻度が同じ場合は、騒音のピークレベルが高いほどTTSの値が大きいこと、TTSを生じさせない限界のレベルは、七五デシベルAから八〇デシベルAの範囲にあると考えられること等の結論が得られた。
右研究結果に対しては、航空機騒音を録音再生して室内で行った実験であり、実際の航空機騒音の暴露と状況が異なること、被験者の数が五名程度と少ないこと、TTSについては、騒音暴露二分後のそれを求めるのが通常の方法であるところ、暴露終了一〇秒後から四〇秒測定した値から計算していること等の問題点が指摘されているが、これらの問題点に対しては、山本自身により、このような実験でも適切な方法で換算すれば普遍的な活論が得られること、被験者の数と精度の問題は推計学的な見地からは解決されていること等の反論がなされている。
(二) 児玉省の調査
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
児玉省は、昭和三九年から五年間にわたり、横田基地周辺における航空機騒音の様々な影響の研究を行った。この中で、横田基地滑走路南端一キロメートルにある拝島第二小学校と横田基地からの発進・着陸による直接的な影響を受けない東小学校とにおいて、小学校四年生及び六年生を対象に聴力検査を行った結果、拝島第二小学校の児童は、東小学校の児童に比べて全般的に聴力損失が大きいこと、拝島第二小学校では、四〇〇〇ヘルツに損失の大きい、いわゆるC5ディップ型を示す者が全体の二分の一から三分の一に及んでいること等が明らかにされた。成人についても、航空路直下で騒音の激しい堀向地区、航空機騒音はそれほどではないが、路面騒音が激しくなっている東中神地区及び航空機騒音の影響を受けない青梅地区において、年齢別に聴力を測定したところ、二五歳から三五歳までの年齢層については、青梅地区の者に聴力損失がほとんどないのに対し、堀向地区及び東中神地区の者にはその傾向がみられ、特に東中神地区では四〇〇〇ヘルツにおける損失の程度が大きいこと、三六歳から四五歳までの年齢層については、堀向地区における聴力損失が最大であること、四六歳から五五歳までの年齢層については、各地区においていずれも四〇〇〇ヘルツの損失がみられるが、青梅地区では聴力低下というほどではないのに対し、堀向及び東中神地区ではC5ディップの型を示していることが認められた。これらの調査結果から、児玉は、児童については、直ちに難聴ということはできないが、TTSとみるべきだとし、成人の場合も含め、聴力損失の原因が航空機騒音によるものと断定はできないまでも、その可能性が十分にあるとしている。
この研究に対しては、測定に用いられたオージオメーターの精度が低いこと、測定者の測定能力や測定場所にも問題があること、小学生を被験者にしているため、正確なデータが出ていない可能性があること、右耳と左耳の検査値に差がありすぎること等が指摘されているが、これに対しては、右オージオメーターもJIS規格のものより精度が高いこと、比較対照者についても同じオージオメーターで測定するから、比較の上では問題がないこと、六歳以上なら通常のオージオメーターによる検査が可能であり、しかも本件調査では小学校高学年の児童が対象であること、一般に左右の聴力のばらつきは否定できないこと等の反論がされている。
(三) 岡田諄らのTTS実験
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
財団法人航空公害防止協会は、東邦大学医学部耳鼻咽喉科教室(岡田諄)に委託し、航空機騒音による聴力損失の発生と回復の研究を行った(この研究は、後に昭和大学医学部耳鼻咽喉科教室(岡本途也)に引き継がれ、人体影響調査専門委員会(委員長大島正光)によって実施された。)。昭和五二年から三年間にわたって、航空機騒音、自動車騒音及び新幹線騒音を用いて実験が行われた結果、航空機騒音の連続八時間暴露によるTTSの上昇を認めることは困難であること、航空機騒音は自動車騒音に比較して聴力に及ぼす影響が少ないと推定されること、航空機騒音が九九デシベルA以上であれば、聴器に何らかの影響を与えることは否定できないが、一〇五デシベルAの騒音を八時間暴露した後でも三〇分経過後にはほとんど正常に回復しており、したがって、航空機騒音を聴取しても短時間で聴力は回復しうると推定されること等が報告されている。
この報告については、実験に用いられたのがB―七四七の上昇時の騒音であるところ、同機は低騒音型機であり、高周波成分が少ないこと、実験室の状況、被験者の配置状況、スピーカーの指向性の関係からして被験者が聞いた周波数や騒音レベルが低く、ばらつきがあった可能性があること、得られたTTSの数値の分析に際し、恣意的な区分や無理な意味付けをしていること、有意差検定を行っていないこと、有意差検定を行えば、すべての騒音レベルについて、推計学上有意なTTSの発生が認められること等の批判がされている(但し、有意差検定については、調査協力実施者の一人である竹内寿一郎が行ったとの記載が<証拠略>にみられる。)。
(四) 岡田諄らの聴力検査
<証拠略>よれば、次の事実が認められる。
財団法人航空公害防止協会は、昭和四六年から、慈恵会医科大学耳鼻咽喉科教室(岡田諄)に委託し、大阪国際空港周辺の航空機騒音の聴力に及ぼす影響を調査してきた(この調査は、後に財団法人大阪国際空港メディカルセンターに引き継がれ、人体影響調査専門委員会(委員長大島正光)によって実施された。)。その中で、空港周辺地域を含む騒音が明らかに認められる有騒音地域と、農村・漁村・山村等の騒音がほとんど認められない無騒音地域とにおいて、当該地域に長期間居住する住民の聴力を検査し、比較検討した結果、四〇〇〇ヘルツの低下度やきこえの平均値の低下傾向が有騒音地区に大きいということはなく、空港周辺、市街地などの騒音が純音聴力の年齢変化に影響を及ぼしてその衰退を促進するとは考えられないと結論づけている。
この調査については、調査地域の環境騒音が示されていないこと、最終報告書<証拠略>における被験者数は、中間報告書<証拠略>のそれよりも少なくなっており、それは人体影響調査専門委員会委員長大島正光が一部のデータを除外したためであること、伊丹地区女子の四〇〇〇ヘルツの純音聴力の低下度のデータが、中間報告書と最終報告書で異なっていること、四〇〇〇ヘルツの聴力が、五〇〇〇ヘルツ、一〇〇〇ヘルツ、二〇〇〇ヘルツの三分法による平均聴力に対して低下している程度が求められているが、他にそのような方法をとっている文献がなく、低下度の検証も不可能であること等の問題点が指摘されている。
(五) 小松基地周辺実態調査
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
小松基地周辺の医師らによって構成された騒音被害医学調査班(代表谷口堯男)は、昭和五八年から六二年にかけて、小松基地の航空機騒音の健康等への影響を調査し、その中で住民の聴力検査を実施したところ、いずれか一耳の聴覚が三〇デシベル以上の聴覚域値の低下を認める者、いずれか一耳の難聴度が二〇デシベルを超える障害を認める者、三〇デシベル以上の聴覚域値低下を示すC5ディップを示す者は、いずれも非騒音地域より騒音地域のほうが多いこと、難聴・耳鳴りを訴える者のうち、三〇デシベルを超える聴覚の低下を示す者は、騒音地域・非騒音地域を通じて、六〇ないし八六パーセント(小数点以下を切り捨てた。)に及んでいるが、六〇歳を超える者、騒音職歴や耳疾患のある者等を除くと、難聴・耳鳴りを訴える者の割合及びそれらの者のうち三〇デシベル以上の聴覚低下を示す者の割合は、いずれも騒音地域のほうが非騒音地域に比べて大きいこと、五〇歳を超える者、騒音職歴や耳疾患のある者等を除いた六四名についての検査結果を分析すると、騒音地域の聴力損失値は、非騒音地域のそれよりも有為に高いこと、騒音地域は、非騒音地域に比べて、平均聴力損失値において約六デシベルの聴力損失があること等の調査結果を得、ジェット機騒音が基地周辺住民の聴力障害のひとつの原因となりうると考えられたとしている。
(六) 杉山茂夫らによる大阪国際空港周辺住民の聴力検査
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
杉山茂夫らは、大阪国際空港周辺における八〇ECPNL(航空機騒音を評価する国際的単位として採用されているPNLに、一機ごとの補正をして算出されたEPNLに基づき、全航空機による騒音量を期間平均して求める航空機騒音の等価レベル)以上の地域に七年以上居住している二〇歳から三五歳までの主婦八〇名(但し、耳疾患のある四名を除外した。)の聴力検査を行い、その結果、いわゆるC5ディップが認められなかったこと、難聴を訴えた一一名のうち一〇名はほぼ正常域値であったこと、難聴を訴えた者一一名、耳鳴りを訴えた者二九名及び無自覚者の三群の聴力域値の平均値を比較しても差がなかったこと等を報告しており、これらの者と一般正常人との間に聴力の差がないと結論づけている。
5 そのほか騒音と聴力に関する証拠には、次のようなものがある。
(一) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
アメリカ合衆国連邦環境保護庁(EPA)が一九七四年(昭和四九年)三月に公表した「公衆衛生と福祉を適切な安全限界によって保護するため必要な環境騒音レベルに関する資料」によれば、最も騒音による影響を受けやすい四〇〇〇ヘルツ付近において、五デシベル以上のPTSが生じないようにする騒音レベルは、四〇年間にわたり一日八時間年間二五〇日の騒音を暴露するという条件設定のもとにおいて、Leq(8)七三デシベルである。これを、暴露時間一日二四時間、年間三五六日として、間欠騒音の補正をすると、Leq(24)七一・四デシベルとなり、統計誤差と安全性を加味して、一般国民の聴力保護のための環境騒音レベルをLeq(24)七〇デシベルとしている。これは、ほぼWECPNL八五に相当する。
(二) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
一九六九年(昭和四四年)にモントリオールで開催された国際民間航空機関(ICAO)の空港周辺における航空機騒音特別会議の報告書中には、「空港周辺で航空機の騒音を最大に受けることにより、一般的な意味での肉体的、精神的に深刻な影響を受けるということを示す明確な証拠は現在のところないということが結論された。」、「聴力に対する騒音障害の評価に使用された基準は、空港周辺において航空機騒音に曝らされても聴力に障害を与えていないということを示している。しかしながら、そのような基準はいくつかの点では主として工場騒音及び聴力データに基づいているものであって(例えば毎日の騒音を受ける時間の長さ、聴力障害の定義など)、空港周辺の地域社会の住民に対する非職業的騒音に対しては限定された関連しかないのである。航空機騒音の断続性は一時的な又は永久的な聴力損失を感じるが、空港周辺で生活し、労働しているいろいろな集団の人々が経験している一日八時間以上受けるというような騒音の特徴を考慮して現在の聴力保護基準を改善するための研究を行う必要がある。」、「空港周辺における航空機騒音が、健康及び聴力に有害であるということは未だ証明されていないということ、そして、その確認は、会議の知る限りでは未だ実施されていない長期的研究によってのみもたらされるであろうということが合意された。」という記述がある。
これについては、右報告は、航空機騒音が聴力に障害を与えることについて否定的な結論を示しているようだが、あくまでも推定にすぎないこと、報告から既に三〇年を経過していること、右報告に疑問をもった山本剛夫によりTTSの実験が行われるなど、その後の研究も存在すること等が指摘されている。
(三) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
スウェーデン国立公衆衛生研究所のラグナー・ラインランダーは、昭和四七年一一月に行った講演の中で、空港周辺における屋外騒音一〇〇ないし一二〇デシベルAの範囲内で、周辺住民の聴力に障害をきたすという資料は、これまでの文献では見当たらないこと、その理由は、住宅の内部では騒音が八〇ないし九〇デシベルAかそれ以下になっている(二〇デシベルA程度の減音がある)ことによること、空港周辺の騒音レベルは高いが、経験によると、耳は騒音と騒音との間で十分休む時間があり、これにより回復しているためと思われること等を述べている。
これについては、判断根拠が示されていないこと、家屋による減音の程度は、開放的な日本の木造家屋に当てはまらないこと等が指摘されている。
(四) <証拠略>によれば、長田泰公は、騒音による難聴の発生について、未だデータが乏しく、大規模な調査が必要だとしつつも、前記山本、児玉の調査研究等を示し、空港に近接する区域で難聴が発生する可能性を認めている。
6 検討
原告らの中には、難聴、耳鳴り、その他の聴覚に関する障害等(以下「難聴等」という。)を訴える者があり、実態調査等においてもこのような訴えがあることは右に認定したとおりである。また、右にみた各種の実験・調査等の中には、一定の騒音の継続的暴露によって、難聴の発生する可能性を裏付けると思われるものもみられ、厚木基地周辺住民についても、航空機の飛行の状況、原告らの居住位置如何によっては、何らかの聴覚障害を生じさせる可能性が全くないとは言い切れないと思われる。
しかし、難聴等を訴える原告らのうちには、医師の診断を受けていない者も多く、診断書等の客観的資料がないため、その症状の存在及び程度は必ずしも明らかではない。したがって、一定の聴力域値の上昇をもって難聴ととらえる限り、聴力域値の上昇の程度自体を知る資料がないのであるから、その認定は不可能であると言わざるを得ない。この点を措くとしても、難聴の原因には騒音のほかにも年齢によるもの等様々なものが考えられ、発症の個体差も大きいこと、間欠的騒音の場合、静穏時にある程度聴力が回復されると考えられるが、厚木基地における航空機騒音の頻度あるいは密度は、ミッドウェーの入港時とそれ以外の時、NLPの実施時とそれ以外の時とでかなり差があり、聴力回復の有無、程度等も容易に把握できないことから、右にみた各種実験・調査等の存在にもかかわらず、難聴の発生を一般的に推認することはできず、個別的にその存在、原因、航空機騒音との因果関係を検討していかなければならない。すなわち、難聴の被害は、一定の騒音に暴露される地域を類型的に把握したうえ、共通の被害としてこれをとらえることはできない性質のものである。このことは、難聴を一定の域値の上昇というように厳密にとらえず、日常生活・日常会話に支障をきたす程度の聴力低下ととらえたとしても同様であり、やはり各原告につき個別にその聴力低下の程度を把握し、原因及び航空機騒音との因果関係を認定していかなければならないものと解される。また、耳鳴りについても、基本的には難聴の場合と同様に解されるが、これについては、医学的に解明されていない問題点も多く、主観的な訴えをいかにして客観的に把握するかが難しいところ、本件においても、耳鳴りの被害の程度や性質を個別に判断するだけの資料はなく、これを共通の被害として認定することはできない。
したがって、難聴等の聴覚被害については、性質上、原告ら個別の主張・立証が必要であるところ、その主張立証はされておらず、また、右に述べたとおり、これを原告ら共通の被害として認定することもできないというべきである。
七 聴覚以外の身体的被害
1 高血圧、頭痛、消化器障害等
(一) 高血圧等の身体的被害に関する原告らの訴え
<証拠略>によれば、原告らの中には、高血圧、頭痛、肩凝り、めまい、心悸亢進、不眠症、消化器障害、自律神経失調症、メニエール症候群等の身体的被害(以下、これらをまとめて「高血圧等の身体的被害」ということがある。)を訴えている者があり、これらの症状と航空機騒音との因果関係を主張する者も多い。
(二) 実態調査等
(1) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
前記法務省人権擁護局、大和市基地対策協議会、厚木爆同及び財団法人労働科学研究所が行った意識調査、実態調査等によれば、いずれにおいても、血圧が高い、頭痛・胃痛がする、肩凝りがする、貧血・めまいがある、女性生理の変調がある等の訴えがみられる。
このうち、労働科学研究所「厚木基地周辺実態調査研究」の住民アンケート調査によれば、頭が痛いとか重いことが「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で四七・三パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で三〇・九パーセント、食欲がなくなったりすることが「かなりある」「時々ある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で二四・三パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で一三・九パーセントであった。また、妊産婦への影響につき、自分又は家族の「母乳が出なくなる」とする者がみられた。
(2) <証拠略>によれば、大和市に寄せられた苦情電話の中にも、頭痛、めまい、吐き気がする、血圧が上昇する、胸がどきどきする等の訴えがみられる。
(3) <証拠略>によれば、大阪国際空港、福岡空港、横田基地及び小松基地周辺においても、高血圧等の身体的被害の訴えがあり、頭痛がする、胸がどきどきする等の訴えについては、騒音レベルの増加に伴って増える傾向も見られる。
(三) 実験・研究結果等
(1) <証拠略>によれば、騒音が生理機能に及ぼす影響のメカニズムに関して、以下のような説明がされている。
耳から入った音の信号は、網様体から視床下部へ伝達され、内臓の働きを調節する自律神経系の交感神経緊張をもたらし、呼吸促進、脈拍数の増加、血圧の上昇、皮膚血管の収縮、発汗、唾液や胃液の分泌現象、胃腸運動の抑制、瞳孔の拡大などを生じさせる(自律神経系を介しての影響)。また、交感神経の緊張は、下垂体副腎皮質系のホルモン分泌を起こす引き金の役割を演じ、ホルモンのアンバランス等の影響を生じさせる(下垂体副腎系を介しての影響)。
これらは、騒音特有の影響ではないが、騒音が精神的心理的ストレスとして働く結果起こる非特異的間接的反応である。
(2) 循環器、呼吸器に及ぼす影響
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
i 谷口堯男は、小松基地訴訟の原告ら、その家族及び地域住民の血圧測定をし、騒音地域の住民の血圧平均値並びに高血圧及び境界域高血圧を合計した高血圧罹漢率は、非騒音地域のそれよりも高いこと、騒音地域の中でも騒音コンターのWECPNL値が大きいほど血圧が高い傾向にあること等の調査結果を得た。
ii 陳秋蓉らは、ホワイトノイズを被験者に暴露して血圧を測定し、誘発血圧の上昇を明らかにした。血圧は、騒音暴露開始後約一〇秒で最大となり、その後低下する傾向がみられ、音圧レベルが高くなるとともに血圧の上昇のピーク値も大きくなった。
iii 大久保千代次らは、ホワイトノイズと列車騒音を用いて、指先の光電脈波に及ぼす間欠騒音の影響を調べ、騒音によって脈拍数が僅かながら増加すること、ホワイトノイズのほうが反応が大きいこと等の結果を得た。また、子供に九〇ホンの騒音を聞かせると、血管が細くなるために脈動の幅が小さくなるというジャンセンらの実験結果もある。
iv 岡田幸子らは、九〇デシベルAの広帯域騒音を短時間暴露して、心拍数の変化を観察した結果、個々の被験者について有意な増加又は減少がみられたが、全被験者を通じた共通の一定傾向は見いだせなかった。
v 木村政長らが九〇デシベルAの騒音をウサギに聞かせたところ、騒音によって呼吸数が増すが、実験を繰り返すと七日目に至って増加率が減り、順応がみられた。また、石橋奎之輔が行ったウサギにブザーを聞かせる実験によっても、呼吸数の八〇パーセントの増加と血圧の二〇パーセントの上昇という結果が得られた。
vi そのほか、騒音と脈拍変動、血圧上昇等に関する実験、研究結果が多数報告されている。
(3) 消化器系に及ぼす影響
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
i 心理的、身体的ストレスと胃腸障害との関係については、古くから論じられているところであるが、これらのストレスが胃の酸性度を上昇させ、消化酵素を増加させること、胃潰瘍を発生させるなど胃腸等に障害を与えうること等についても動物実験等による報告がある。
ii キムは、一〇〇から一二〇デシベルのジェット機のエンジンテスト音を三〇分聞かせたときの胃の運動曲線を明らかにし、騒音開始後しばらくして正常な胃運動が止まり、騒音を中止しても三〇分間は回復しなかったこと、同じ結果がイヌによっても得られたこと、騒音により胃液の分泌が三分の二に減り、三〇分続いたこと、騒音により被験者の三分の二は胃酸が増え、三分の一は減ったこと、ネズミに実験的に胃潰瘍を作る実験によると、騒音は、胃潰瘍の発生率、重症度を高めたこと等の実験結果を得、これらの胃液分泌の変化、胃運動の抑制、胃潰瘍の悪化は、騒音による下垂体の副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)分泌亢進と交感神経緊張が原因であろうとしている。
iii そのほか、イヌ、ウサギ、ラットを用いた実験によって、騒音による胃液の変化、胃の収縮回数の変化、十二指腸潰瘍の発生等が報告されている。
(4) 内分泌機能に及ぼす影響等
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
i 騒音により、視床下部の自律神経中枢が刺激され、交感神経緊張状態が起こると、これをきっかけにして下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が分泌され、副腎皮質刺激ホルモンは、副腎皮質を刺激して、副腎皮質ホルモンの分泌を高めるものと考えられる。
しかし、この点について、坂本弘は、騒音が副腎皮質ホルモンの分泌減少、性腺刺激ホルモンの分泌減少、甲状腺刺激ホルモンの分泌増加をもたらすと報告し、逆に、有薗初夫らは、ホワイトノイズによるラットの副腎皮質刺激ホルモンの増加を報告している。その後、田多井吉之介及び長田泰公らは、男子五名に対し、ジェット機及びプロペラ機の航空機騒音等を聞かせ、尿中のコルチコステロイド(副腎皮質ホルモン)等を測定する実験を行い、騒音がある程度大きいと副腎皮質ホルモンは増加するが、ある程度以上ではかえって減るという実験結果を得ている。
ii 内分泌機能に関しては、右のほかにも長田泰公らによる実験がある。
男子学生に対し、ジェット機騒音を間欠的に暴露する実験から尿中コルチコイド(副腎皮質から分泌されるステロイドの総称)排出量が騒音レベルの上昇によって増加するが、あるところからは減少すること、二分に一回の暴露よりも四分に一回の暴露のほうが増加が大きかったこと等の結果を得た。
二〇歳代と四〇歳代の男女に航空機騒音、列車騒音、パイルハンマー打撃音を聞かせる実験を行い、交感神経系の緊張と下垂体副腎系の刺激状態として理解しうる数値を得た。三種の騒音の中では航空機騒音の影響が最も大きく、また、男子よりも女子、四〇歳代より二〇歳代により強い影響が現れた。
道路交通騒音による低レベル長時間暴露実験を行い、副腎皮質は、騒音によって刺激されるが、ある負荷レベルを超えるとかえって抑制されるとの結果を得た。
iii その他、騒音暴露により、副腎皮質ホルモン、血球数等に変動が生じたとする実験結果が多数報告されている。
iv なお、騒音が交感神経緊張や下垂体分泌の変化をもたらすことから、性腺刺激ホルモンにも影響を及ぼし、生殖機能にも障害を与える可能性が考えられる。この点についても、動物実験による受胎率、出産率及び生存率の減少、出産時の体重減少等が報告されている。
(5) 生活妨害と身体的影響との関係について
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
前記のとおり、山本和郎は、環状七号線沿線住民について調査し、道路公害による生活混乱と健康状態について分析を行った。生活混乱については、従来の調査に基づいて整理したトラブルイベント項目(例えば、「会話が途切れることがある」「電話がうまく聞き取れない」「窓をあけた暮らしをしたいと思うができない」等である。)を用い、健康状態については、日本版CMI(被験者の心身両面の自覚症状の調査及び神経症程度の測定を目的とした質問紙法テスト)から、心臓脈管系、疲労度、疾病頻度に関する質問項目を用いて調査した結果、両者の間に有意に高い相関がみられた。ここから、トラブルイベントの認知量が多い人には不健康状態が多いということが推論されたとする。
(四) 検討
原告らが高血圧等の身体的被害を訴えており、諸種のアンケート調査においても同様の訴えがみられることは、前記のとおりである。そして、騒音による音の信号が視床下部や下垂体に伝達され、これらの症状が生じてくる生理的メカニズムについては、一応の説明がされていると考えられること、原告らは、既に認定したような騒音による日常生活上の様々な被害を受けているところ、右山本和郎の調査研究によれば、これらの生活の混乱(日常生活上の被害)が原告らに健康被害を引き起こす可能性を必ずしも否定しえないことからすれば、原告らの右訴えは、全く根拠のないものだとはいえない。
確かに、騒音が身体に及ぼす影響は、間接的・非特異的なものであり、暴露される人間の側の諸要因等によっても影響されること、騒音以外にも多様なストレスの原因が考えられること、原告らの訴える高血圧等の身体的被害の存在、程度等について、客観的に認定できる資料が必ずしも十分でないこと等を考慮すると、高血圧等の身体的被害と航空機騒音との因果関係を肯定することもまた困難である。
しかし、原告らは、その居住位置や時期によって、程度の違いはあるものの、厚木基地周辺において、現実に相当の騒音に曝されており、その期間も長期にわたっているのであるから、原告らにストレスを生じさせる諸要因のうち、騒音の占める割合は決して小さくないと考えられる。そして、騒音それ自体によって、あるいは騒音がもたらす生活の混乱によって、高血圧等の身体的被害が生じてくるメカニズム及び可能性については、一応説明がされているのであるから、厚木基地に離着陸する航空機に起因する騒音等が原告らの健康に悪影響を及ぼす客観的危険性は、これを否定することができない。したがって、原告らの主張する高血圧等の身体的被害を聴覚以外の身体的被害として認定することはできないが、このような状況におかれた原告らは、各自が相当の精神的苦痛を被っているというべきである。
2 乳幼児、児童、生徒の発育に対する影響
発育に対する影響のうち、学習面に関する影響については、生活妨害のところで扱い、ここでは、身体面及び精神面の発育について検討する。
(一) <証拠略>によれば、乳幼児や子供達の発育に関し、騒音により発育上良くない影響を様々に受けていること、ひきつきを起こして苦しんだこと、子供の聴覚を鈍くするのではないかと心配していること、騒音のため落ち着きがないこと等の訴えがみられる。
(二) 実態調査等
(1) <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
前記法務省人権擁護局、大和市基地対策協議会、厚木爆同及び財団法人労働科学研究所が行った意識調査、実態調査等によれば、騒音による母体への悪影響、異常出産、青少年の粗暴化・不良化の助長、子供の落ち着きのなさ等を被害として訴える者や、子供のきげんが悪い、飛行機の音におびえたり泣いたりする、うるさくてよく目を覚ます、かんが強くなる等と訴える者がみられる。
(2) <証拠略>によれば、大和市に寄せられた苦情電話の中にも、子供がひきつけを起こす、子供を避難させている、子供が寝られない等の訴えがみられる。
(3) <証拠略>によれば、大阪国際空港、福岡空港、横田基地及び小松基地周辺においても、乳児が昼寝をしていても手足を動かす、子供が眠れない、目を覚ます、怖がる、集中力がなくなる等の訴えがみられ、乳幼児への影響については、騒音レベルの増加に伴って増える傾向もみられる。
(三) 調査研究等
<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(1) 高橋悳らは、神奈川県の委託を受けて、昭和四〇年及び四一年に、厚木基地周辺の乳幼児、児童、生徒らに対する航空機騒音の影響を調査した。
この調査により、高橋らは、<1>乳幼児の発育には、騒音の影響はみられなかったが、未熟児の出生率が高かった、<2>騒音は、身体発育、特に体重の増加に悪影響を及ぼし、女子より男子、低学年生徒より高学年生徒に強く影響が及んでいた、<3>騒音と血圧の関係については、はっきりした結果が得られなかった、<4>フリッカー値は、騒音の甚だしい地域に居住する生徒、特に男子高学年生徒が低かった、<5>聴覚性発声反応時間(刺激音が聞こえてから「ア」と発声するまでの時間)を検査したところ、飛行場に近接して居住する小学六年生につき、成長に伴う反応の正常な発達が阻害されていた、としている。
但し、この調査研究に対しては、地域区分が不適切で、騒音量を反映するものになっていないこと、調査対象者数が少なく、区分された地域ごとの対象者数も均衡を欠いていること、数値の分析にあたって平均値を用いているのは妥当でないこと、追跡調査をしていないこと、個々の児童・生徒のその他の発育の要因について配慮していないこと、数値の分析結果が恣意的あるいは杜撰であり合理的に欠けること等の批判がされている。
(2) 騒音影響調査研究会(会長梶原三郎)は、大阪国際空港周辺の乳幼児、児童、生徒等について、昭和四四年から昭和四六年にかけて調査を行い、以下のような調査結果を報告している。
伊丹市(全市が大阪国際空港の騒音領域にある。)において、ジェット機就航後に出生した子の出生時平均体重が軽くなっており、ECPNL九〇以上の地域では、低体重、低身長出生児が増加している。その原因として、騒音による母体のホルモンの変調、血液中のコルチコイドの増加が考えられる。なお、妊娠中毒症(主として妊娠後期の貧血など)が航空機騒音の増加とともに増しており、ECPNL九〇以上の地域においては、他の地域の二倍であった。
生後一年以内の乳児の睡眠中における航空機騒音への反応は、母親が騒音区域に転入する時期に左右される。妊娠初期五か月までに騒音地域に転入した母親から生まれた乳児は、騒音によって睡眠を妨げられることが少なかったが、それ以後に転入した母親から生まれた乳児は、騒音によって睡眠を妨げられる者が多かった。
ジェット機が定期的に運航されるようになった昭和四〇年から四二年に生まれた子供につき、幼稚園に入園した時点で発育状況を調査したところ、伊丹市内に生まれた者及び生後同市内に転入した者は、周辺都市の子供に比べて、体重が軽く、身長が低かった。これは、幼児の発育が騒音によるストレスによって抑制されているためであり、その原因のひとつは、副腎皮質から分泌されるコルチコイドによると考えられる。
なお、この調査については、出生時の体重の変化は、大阪国際空港の騒音量の傾向と結び付けて説明することが困難であること、乳幼児の反応については、その調査方法が母親が意識を聞くものになっていること、妊婦の就職状況等の要因の考慮が不足していること等の批判がある。
(3) 森本政之は、右調査結果を受けて、ジェット機就航の直前、直後に生まれた伊丹市の中学一年生の身長を調査したところ、対象地域の中学生に比べて劣っていることが明らかになった。
(4) 安藤四一らは、前記騒音影響調査研究会の調査に引き続き、昭和四七年から五〇年にかけて、大阪国際空港周辺で乳幼児等について調査を行い、次のように報告している。
出生後二か月ないし四か月の乳児の航空機騒音に対する自然睡眠中の反応を指尖容積脈波を記録して客観的に検査したところ、母親の騒音領域への転入時期によって、騒音に対する乳児の反応に差がみられ、前記騒音影響調査研究会の調査結果(妊娠初期5か月までに騒音地域に転入した母親から生まれた乳児は、騒音によって睡眠を妨げられることが少なかったが、それ以後に転入した母親から生まれた乳児は、騒音によって睡眠を妨げられる者が多かった。)を裏付けるデータが得られた。
大阪国際空港周辺(騒音群)において、母体のヒト胎盤ラクトーゲン(HCS。一定の時期に一定の量が分泌されないと胎児が危険であるとされる。)を測定し、航空機騒音のない対象群(神戸地区)と比較したところ、HCSの分泌量が標準平均レベルより低い者の割合及び胎児に危険を及ぼす数値を示す者の割合は、騒音群のほうが対象群よりも大きいこと、騒音レベルの増加に伴って、標準平均レベルより低いHCSの値を示す者の割合が増加していること、HCSの測定値が低い母親から生まれた子供は、出生時体重が軽いこと等の結果を得た。
(5) 児玉省は、昭和三九年から四五年にかけて、横田基地周辺住民について調査し、昭和四二年から四四年までの横田基地周辺の未熟児出生率はそれぞれ六・九四パーセント、五・九パーセント、五・〇パーセントであり、対照病院(立川病院)のそれは、五・〇パーセント、五・三パーセント、六・五パーセントであったこと、基地周辺では未熟児に騒音に対し敏感な者が多いこと、昭和三六年における三歳児の検診の結果、身長、体重は、全国平均を上回ったこと、昭和四〇年四月における基地周辺の小学校生徒の身長は、低学年でやや低いが、高学年では対照校と差がなく、体重にも差がなかったこと、平均発達指数は、周辺地区のほうが低いが、一般的平均にはあること等の結果を報告している。
また、小学生に行った心理的諸検査において、基地周辺地区の小学生は、握力検査では途中放棄型が多く、努力型が少ないこと、語い連想検査では快・不快などの感情的内容のものや願望要求が多く、感情的不安及び攻撃的傾向が強いこと、内田・クレペリン加算作業では対照地区と差がないこと、情緒不安定検査では自己不安が高く、身体不安が普通であり、対人不安・家庭不安・社会不安が高く、攻撃性が高いこと、ロールシャッハ検査では情緒的不安、攻撃性、衝動性傾向が強く、全体として航空機に結び付く反応が多いこと等の結果を得た。
但し、小学生に対して行った心理的諸検査に対しては、握力検査による方法は必ずしも適切でないこと、成人向けのテストを児童に用いるため、どのような配慮をしたのか不明であること、ロールシャッハ検査の被験者が少なく、分析にも問題があること等の批判がある。
(6) 東京都公害研究所が、昭和四五年、横田基地周辺において調査したところによると、乳児(生後二四か月まで)については、「昼寝をしながら手足体を動かす」という反応につき、NNI五〇から明らかな影響が認められ、幼児(生後二五か月から四八か月)については、「昼寝をしながら手足体を動かす」「遊びをやめる」「耳へ手をもっていく」「昼寝をしていても途中で目を覚まして泣き出す」という反応につき、NNI四〇から影響が生じるとされている。
(四) 検討
原告らが、その保護する乳幼児等の発育に関し、騒音の様々な影響を訴えていること及び厚木基地周辺や他の飛行場周辺における調査結果等においても、同様の訴えがみられることは、右に認定したとおりである。また、前記調査研究等の中には、母親の騒音領域への転入時期によって、乳児の騒音への影響に差があるとする研究結果もある。
しかし、前記各調査等においても、特に身体の発育に関するデータは、必ずしも一貫したものがみられるわけではなく、調査方法や調査結果の評価等について問題があると指摘されるものもあること、騒音が身長、体重に影響を及ぼす生理的メカニズムについては、必ずしも十分に明らかになっているわけではなく、発育に影響する因子は様々であると考えられること等の点を考慮すると、航空機騒音が乳幼児等の発育に与える影響については、未だ明確にされているとはいえない。しかも、原告らの主張は、その保護する乳幼児等、あるいは子供達一般に関し、その発育への心配、不安、危惧等を述べるものであって、原告らに固有の身体的被害を主張するものと解することはできない。
したがって、乳幼児等の発育に関する被害としては、原告らが乳幼児等の発育あるいは情緒面に与える影響を憂慮するという、精神的側面での被害としてとらえるほかなく、その限度で認定しうるものである。
3 療養の妨害
(一) <証拠略>によれば、病気療養中に、墜落したら逃げられないという恐怖感からじっと寝ていられない状態になったこと、テレビやラジオの聴取も妨害され、気を紛らわせてくれるものがなかったこと、睡眠が十分にとれず、いらいらして苦しかったこと、病人にとっては、とりわけジェット機の大きな音は苦痛であり、普段にもましていらいらしたり腹が立ったりすること、爆音による不眠が喘息の発作を生じさせること、高血圧の者に悪い影響を与えていること等の訴えがみられる。
(二) <証拠略>によれば、激痛に苦しんでいた骨肉腫の患者が、飛行機が飛ぶことによって痙攣を起こし、これが動かなくなった足についても生じたこと、その患者が、癌による激痛の中で痙攣を起こすことが耐えられないと訴えたこと、末期的患者ほどちょっとした雑音がこたえるものであり、安静は身体的にも精神的にも要求されるものであるから、振動や騒音は、体の弱った者には耐えられないことが認められる。
(三) 実態調査等
(1) <証拠略>によれば、前記法務省人権擁護局、大和市基地対策協議会、厚木爆同及び財団法人労働科学研究所が行った意識調査、実態調査等において、騒音による安静療養妨害、休養妨害等を訴える者があることが認められる。
このうち、労働科学研究所「厚木基地周辺実態調査研究」の住民アンケート調査によれば、飛行機の騒音が病気の人の療養生活に「かなり影響がある」「多少影響がある」と回答した者の割合は、WECPNL八〇以上の地域で八七・八パーセント、WECPNL七〇から八〇の地域で七四・五パーセントであり、その理由として、睡眠妨害等により安静を保てない、いらいらするため病状がよくならないとする者が多い。
(2) <証拠略>によれば、福岡空港及び小松基地周辺においても、療養への悪影響を指摘する者がみられる。
(四) 検討
病気等の療養に際して、身体的安静のみならず精神的安静が必要であることは明らかであり、既に認定したとおり、騒音が健康人に対しても睡眠妨害や精神的被害をもたらすことや、共通被害とまではいえないものの、騒音が身体諸器官やホルモン分泌に影響を与えうると考えられることも考慮すれば、厚木基地における騒音が病気等の療養に悪影響を及ぼすことは、十分に考えられるところである。そして、本件における騒音被害の期間も考慮すれば、原告らがこれまでに何らかの療養妨害の被害を受けたことも認めるに難くないというべきであろう。
しかし、療養等の妨害は、病気の種類、療養の内容等によって異なり、妨害の程度もそれに応じて様々であると考えられ、また、過去のある時期に、原告らのうちのある者が療養妨害の被害を受けたということはありうるにしても、原告らすべての者あるいは大部分の者が、特定の期間は常に療養妨害の被害を受けているということは、通常考えられないところである。したがって、療養妨害を共通被害として認定することはできず、原告らのうちのある者が、その病気療養等の間に、本件航空機騒音によって療養妨害の被害を受けた可能性が認められるにとどまるといわざるをえない。そして、実際に原告らが療養妨害として受けた個々の被害があるとすれば、睡眠妨害や精神的被害として評価すべきものである。
八 財産的被害
1 <証拠略>によれば、電話代やクーラー使用の電気代が余計にかかること、騒音から逃れるための交通費等がかかること、不動産の価値が下がったこと、アパート等への入居者が減ること、振動によって家屋に損傷が生じたり、煤煙やオイルのために屋根等が汚染されたりしたこと、洗濯物にごみやすすがついたこと等が述べられている。
2 実態調査等
<証拠略>によれば、前記法務省人権擁護局、大和市基地対策協議会及び厚木爆同が行った意識調査、実態調査等において、家屋や家具の狂い、耐用性の低下、ガラス器具等の破損、爆風・汚水等による農作物の被害、家畜等への被害等を訴える者があることが認められる。
3 検討
原告らの主張する財産的被害は、騒音による出費の増加、財産の評価や家賃収入等の減少、振動等による家屋や家具の損傷・汚損等である。このうち、電話代の増加は、騒音による通話妨害が認められる以上、当然ありうるものと考えられ、また、住宅防音工事に伴うクーラー等の電気代の増加も、厚木基地における騒音がなければ生じなかったものということができよう。財産評価や家賃収入の減少については、これを認めうる証拠がなく、一般的に考えられないことではないといえるにとどまる。振動による家屋や家具の損傷に関しては、家屋等の建築年数、建築方法、材質、構造、居住地域等によっても異なるものがあり、振動が窓ガラス等の振動、瓦のずれ、建て付けの悪化等の一因となりうることは、想像に難くないところであるが、航空機騒音との因果関係まで認めることは困難である。
しかしながら、これらの財産的被害については、本来これに起因する具体的な財産的損害を主張立証して金銭賠償を求めるべく、財産的損害が賠償されれば、原則として精神的損害も残らないものと解されるところ、原告らは、これら財産的被害と称するものから生じた具体的な金銭的被害を主張立証するものではなく、原告らが被っている被害のひとつの局面として財産的被害を主張するにとどまるものと解されるので、被害の認定としては、右の程度で足りるものと考える。
九 総括
以上、原告らの主張する区別をもとにして、その被害について検討してきたが、騒音による被害は、個別類型的な被害に分類して主張しきれるものばかりではないと考えられる。実際には、これらの複数の類型にまたがるもの、特定の類型に分類し難いもの等様々なものがあり、これらが相互に影響し合い、重なり合って、全体として騒音被害を形成するものであろう。訴訟の場面では、これらの被害を類型的に分類して主張せざるを得ないが、分類された個々の被害の場面では、その立証過程で多数の実験・研究等が示されているものの、これらの実験等が限定された条件のもとに行われていること等の事情もあり、客観的な面において、騒音と被害との関係が十分に明らかにされていない場合もあり、全体としての騒音被害を個別に分類することで、かえって被害の立証が困難になる場合もないとはいえないと思われる。
しかし、類型的に主張された被害のそれぞれが必ずしも十分に立証されていないからといって、全体としての被害が立証されていないとは、必ずしも断定できない。裁判所の行った検証の結果によっても、「うるさくてたまらない」という原告らの主張は、容易に理解し得たところであり、このような騒音に曝されることにより、原告らに被害が生じていることは否定できないと解される。そして、被害の類型的な主張・立証は、「うるさくてたまらない」という根本的な被害部分を、より具体的、説得的に主張・立証するための過程であると考えられる。
第五厚木基地の使用ないし供用の公共性
一1 当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
厚木基地は、安保条約及び地位協定に基づき、我が国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国に提供された施設及び区域である。また、海上自衛隊厚木飛行場は、昭和四六年七月一日、防衛庁長官により厚木基地内の飛行場区域に設置され、管理使用されているものである(自衛隊法一〇七条五項、飛行場及び航空保安施設の設置及び管理の基準に関する訓令二条)(なお、本項(第五)においては、海上自衛隊厚木飛行場につき、自衛隊の活動に関しても「厚木基地」という。)。
終戦直後は、アメリカ合衆国陸軍が厚木基地を接収使用していたが、昭和二五年一二月に同国海軍が移駐し、現在、厚木基地には、西太平洋艦隊航空部隊司令部及び厚木海軍航空施設隊が置かれている。西太平洋艦隊航空部隊司令部は、西太平洋に所在する第七艦隊等に対し、航空機による作戦支援、艦載機等の整備・修理・補給等の後方支援業務、訓練活動を行っている。また、自衛隊に関しては、海上自衛隊航空集団司令部、第四航空群、第五一航空隊、第六一航空隊、航空管制隊が置かれており、対潜哨戒活動、災害派遣等の民生協力活動、海難救助、掃海活動、教育訓練活動等の諸活動を行っている。
2 米軍は、安保条約に定められた目的に従い、また、自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び関接侵略に対し我が国を防衛すること及び必要に応じて公共の秩序の維持にあたることを任務として、それぞれ活動を行うものであるが、右の目的を実現し、その任務を遂行する直接の活動が公共性を有するものであることは明らかであるのみならず、これらの直接の活動に至る諸活動及びその準備・訓練にわたる活動も、右直接の活動を行うために当然必要とされるものであるから、一般論として、厚木基地において行われている米軍機及び自衛隊機の飛行行為とそれに伴う諸活動が公共性を有するものであることは疑いがなく、また、厚木基地も、このような活動の基盤として重要な意味を持つことは明らかである。
二1 <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
我が国は、四面を海に固まれており、資源、エネルギー、食料等を海外に依存する割合も大きく、その存続と発展を維持するために、海上交通の安全を確保することは重要な意味を持つ。また、有事の際における継戦能力の保持、米軍の来援基盤の確保という観点からも、海上交通の安全確保が必要である。海上交通の安全確保のためには、対潜哨戒機による周辺海域の広域哨戒が重要であるところ、厚木基地には、昭和五六年一二月から、対潜哨戒機P―三Cが配備された。同機は、従来の対潜哨戒機に比べて、航続距離及び速度において格段に優れており、総合情報処理等の能力を備えた大型対潜哨戒機である。現在、厚木基地は、P―三Cの中枢基地としての役割を果たしている。
厚木基地の第四航空群は、数多くの災害派遣及び海底火山観測を行っており、その内容は、被告引用図表第一表及び第二表に整理されている。また、昭和六三年から平成二年までの間、合計八回にわたり、防災訓練に協力し、昭和五四年六月から平成三年七月までの間、合計一五回にわたり、近郊の火災消火のために出動している。なお、自衛隊法に規定された海上自衛隊の行動(防衛出動、治安出動等)のうち、現在まで発動されているのは、災害派遣のみである。
米軍が行っているNLPは、艦載機パイロットの技量を最高度に維持するために課せられている訓練である。夜間、ほとんどのライトを消し、荒天の海上を揺れ動きながら航行する空母へ着艦するには、細心の注意と極めて高度な技量を必要とする。そこで、艦載機パイロットは、訓練によって、常時その練度を保つ必要があり、NLPが必須のものとなる。なお、米軍側の要請及び騒音問題の解決等の観点から、代替施設を検討中であるが、候補地である三宅島では住民の間に反対の意見が強く、暫定措置として、硫黄島で訓練を実施すべく、諸施設を整備している。
2 厚木基地において、海上自衛隊第四航空群は、右に認定したような活動を行っており、これらの具体的な活動が公共性を有するものであることは明らかである。
米軍機の運航活動については、NLPの必要性に関して右のような事実が認められるが、それ以外の点については、その活動が安保条約及び地位協定に基づくものであり、我が国の安全を維持し、極東の平和と安全を維持するために欠くことができないと主張されているにとどまり、それ以上に、その公共性あるいは重要性を基礎づける事実が具体的に主張されているわけではない。
三1 被告は、米軍及び自衛隊にとって、厚木基地の重要性が高いとして、次のように主張する。
米軍の西太平洋艦隊航空部隊司令部が後方支援業務及び訓練を行うについて、陸上の航空基地が不可欠であるところ、厚木基地は、第七艦隊が寄港地としている横須賀から近距離にあること、横須賀にある在日米軍司令部や在日米海軍司令部が、国内各地の司令部や部隊と連絡調整を図る等の任務を遂行するため、横須賀から近距離に飛行場が必要であること等から、米軍にとって、厚木基地の重要性は高い。
厚木基地には、海上自衛隊の航空集団司令部が設置されている。航空集団司令部は、自衛艦隊の主力である航空集団の中枢として、全国各地に所属するれい下航空部隊を一元的に指揮するほか、我が国周辺海域の防衛、整備に関する業務、演習等の指導・監督、教育訓練計画の策定・実施・監督・評価等を行うとともに、航空部隊の訓練の指導及び航空機装備体系の研究等の中枢として、極めて重要な任務を帯びている。このような航空集団司令部が厚木基地に置かれているのは、厚木基地が重要な航路帯を含む海上に容易に進出しうる位置にあるため、同基地を利用した任務遂行が我が国の安全確保に極めて大きな意義を有するとの認識があるからである。
2 また、被告は、厚木基地の適地性として、次のように主張する。
飛行場の立地条件として、地形的には、山岳地帯から離隔し、平坦な地にあり、高層建築等障害物がないこと、気象的には、年間の悪天候の発現日数が少ないこと、風向きがほぼ一定していること等が必要であるが、厚木基地は、内陸にあるものとしては恵まれた地形的環境にあり、気象の面でも好条件を備えている。
米軍及び海上自衛隊の航空基地の立地条件として、海に近いこと、航空交通管制上の制約が少ないこと、機材・燃料等を入手するための鉄道等交通機関の便が良好であること等が必要であるが、厚木基地は、これらの条件をすべて充足している。
厚木基地は、横須賀に近く、横須賀には、米軍及び自衛隊のそれぞれについて重要な司令部が存在しているので、指揮・調整・連絡等に極めて便利である。空母が横須賀に入港した際の艦載機の陸揚げ及び陸上訓練のための基地としては、空母と連絡を密にでき、出入港時は迅速に離着艦できる距離にあることが望ましいところ、厚木基地は、いずれの条件も具備している。
右のような立地条件を具備する航空基地を新たに取得することは、現実問題として極めて困難である。
3 右の主張のうち、米軍及び自衛隊の司令部及び部隊等の配備状況やその業務、厚木基地と横須賀とが近距離にあること、飛行場の立地条件として、被告の指摘するようなものがあり、厚木基地がそれを備えていること、新たな航空基地を取得することは極めて困難であること、被告が厚木基地を極めて重要なものと認識していること等は、これまでに指摘した証拠や弁論の全趣旨によって認めることができるが、後方支援業務のために陸上基地が不可欠であること、厚木基地が連絡調整等に便利であること等については、被告が厚木基地を重要なものと考える根拠として理解できないではないが、実際のところは必ずしも明確ではない。
四 本件において、これまでに認定判断したところに基づき、厚木基地の使用ないし供用の公共性を検討することの具体的意味、その際これをいかなる視点で評価し、他の国家的ないし社会的諸活動との比較においてどの程度の重要性ないし優先性をもつものと考えるべきか等については、後に本件侵害行為の違法性を判断する際にふれる。
第六地域性、先(後)住性及び危険への接近
一1 <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
厚木基地周辺の交通網をみると、東側に小田急江ノ島線が、北側に相模鉄道、小田急小田原線、東名高速道路及び国道二四六号線が、南側に東海道新幹線が、それぞれ敷設・設置されている。このうち小田急線と相模鉄道が厚木基地周辺において開通した時期をみると、小田急小田原線は昭和二年四月、同江ノ島線は昭和四年四月、相模鉄道は大正一五年五月である。
厚木基地周辺各市の人口の推移については、被告引用図表第二図から第七図に整理されているが、これにより各市の人口増加の傾向をみると、大和市については、昭和一七年前後から緩やかに増加し始め、昭和三〇年代後半からその程度が増し、昭和五〇年代に入って若干緩やかになっていること、綾瀬市については、昭和三六年ころから緩やかに増加し始め、昭和四四年ころから増加の程度が増し、昭和五〇年代後半には緩やかになっていること、海老名市については、昭和一八年前後から緩やかに増加し始め、昭和三〇年代後半から若干増加の程度が増していること、座間市については、終戦前後からわずかずつ増加し始めているが、昭和三〇年代中頃までほとんど変化がなく、それ以後増加の程度が目立っていること、相模原市については、昭和一四年ころから増加を始め、昭和三七年ころから急激に増加していること、藤沢市については、昭和一四年ころから増加を始め、昭和三五年前後から更に増加の程度が増していることが窺われる。
2 当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
厚木基地は、昭和一三年に旧海軍省が航空基地として建設に着手し、昭和一六年から帝都防衛基地として使用が開始されたが、昭和二〇年九月米軍に接収され、一切の管理使用は米軍の専権下にあった。当初、米陸軍の輸送基地となっていたが、昭和二五年一二月、米海軍厚木航空基地として、第七艦隊所属の艦載機の修理・補給・偵察・訓練等のために利用されるようになった。その後、昭和二七年四月二八日締結の旧安保条約及び行政協定並びに昭和三五年六月二三日締結の安保条約及び地位協定に基づいてアメリカ合衆国に提供され、米軍が専権的に管理使用する状況が続いたが、その間、昭和三二年の滑走路延長工事、昭和三三年のオーバーラン設置工事、昭和三四年の滑走路かさ上げ工事等により、飛行場機能が拡充され、ジェット機の離着陸が本格化した。昭和四六年七月一日、日米合同委員会の合意及び閣議を経て、厚木基地の一部について、海上自衛隊と米軍との共同使用が開始され、昭和四八年一二月二五日には海上自衛隊航空集団司令部が設置されたが、この間、周辺自治体や市議会等により、移駐等に反対する決議、要請等が行われた。また、厚木基地の共同使用が開始されたころから、いわゆる空母ミッドウェーの横須賀母港化問題が生じてきた。この問題は、昭和四六年秋ころのアメリカ合衆国の非公式な打診に始まり、翌四七年一一月の外務省の空母乗組員家族を横須賀市内等に居住させること等についての同市に対する意向照会、これに対する神奈川県知事の反対申し入れ、横須賀市長の現状やむを得ないとする旨の了承、周辺自治体等の横須賀母港化撤回要求等の経緯を経たが、結局、昭和四八年一〇月五日、空母ミッドウェーは横須賀港に初入倦し、以後、同空母の艦載機が厚木基地に飛来して、整席・補給・訓練等の諸活動を行う状況になった。また、自衛隊に関しては、昭和五五年一〇月、厚木基地へのP―三C配備が発表され、翌五六年一二月二五日から配備が開始された。その後、昭和五七年二月のNLP開始、平成三年の空母インディペンデンスの配備及び同空母の横須賀入港等を経て、今日に至っている。
なお、厚木基地に関連し、自治体等から様々な要請・決議が繰り返されているが、その状況は、原告ら引用図表の表三一に整理されているとおりである。
二 地域性・先(後)住性及び危険への接近の理論に関する被告の主張
被告は、厚木基地周辺地域は、早くから飛行場の存在による種々の影響を受ける地域としての特性が形成され、それについての社会的承認を得ており、その後に居住を開始した相当数の原告らについて、地域性、先(後)住性、危険への接近の各理論により、差止請求及び損害賠償請求が認められないとし、以下のように主張する。
1 侵害行為に公共性があり、被害の内容・程度が生命・身体に直接関わるものでない場合において、空港周辺が航空機騒音を抱える環境であることが社会的に承認された場合、すなわち、当該地域が航空機活動による騒音を伴う環境を有する地域であるという認識が一般的に浸透し、客観的に定着した場合には、被害者側の個別的・主観的事情を問題にすることなく、いわゆる地域性あるいは先(後)住性の理論により、違法性が否定ないし減殺されるべきである。
厚木基地及びその周辺地域は、昭和一六年六月の厚木基地の設置により、航空機の運航のために利用され、ある程度の航空機騒音を受けるという地域特性を有するに至り、終戦後のアメリカ合衆国の接収、昭和二七年四月の同国への提供によって、アメリカ合衆国に提供されている軍用飛行場施設が存在するという地域特性を帯びた。そして、昭和一六年六月には、軍用飛行場が維持、運用される地域としての社会的承認を、昭和二七年四月には、米軍の使用する軍用飛行場が存在する地域としての社会的承認を、それぞれ得た。こうして、厚木基地の周辺地域は、高度の公共性を有し、かつ、早くからアメリカ合衆国に提供されている軍用飛行場施設が存在するという地域特性を帯び、このような地域特性を前提として利用されることが広く社会的に承認されるに至ったものとみることができる。
2 入居者が侵害行為の存在について認識を有しながら、それによる被害を容認して居住を開始したこと、その被害が精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので、直接生命・身体に関わるものでないこと、侵害行為に高度の公共性があることの各要件を充足する場合には、実際の被害が入居時の侵害行為から推測される被害の程度を超えるものであったとか、入居後に侵害行為の程度が格段に増大したとかいうような特段の事情がない限り、入居者において被害を受忍しなければならず、侵害行為に関する責任は免除されるべきである。本件において、ジェット機の離着陸する防衛施設たる飛行場であることの認識を有して入居した原告らについては、右の騒音による日常生活の支障等身体的被害に至らない程度の障害の存在は当然予測しているのが通常であると見られるから、被害の容認があったものと推定すべきである。
3 厚木基地の使用開始(昭和一六年六月)より前に居住を開始した六名を除き、その余の原告らは、厚木基地の使用開始によって、軍用飛行場地域としての地域特性が形成された後に居住を開始したのであるから、地域性、先(後)住性、危険への接近の各理論の適用により、差止請求及び損害賠償請求は許されないというべきである。右区分が相当でないとしても、行政協定に基づいて厚木基地をアメリカ合衆国に提供した時点(昭和二七年四月)においては、既に継続して米軍が厚木基地を使用しており、また、当時ジェット機も就航していて、米軍の使用に伴う厚木基地の今日の形態は十分予測可能であったから、右時点以降に居住を開始した原告ら一四三名については、右各理論が適用されるべきである。更に右区分が相当でないとしても、地位協定に基づいて厚木基地をアメリカ合衆国に提供した時点(昭和三五年六月)においては、ジェット機の運航する飛行場であることは何人にも明らかであったし、提供施設及び区域である旨の告示もされ、同年から周辺地域住民に対して移転措置対策も開始されたのであるから、右時点以降に居住を開始した原告ら一二九名について、右各理論が適用されるべきことは疑いがない。
三 地域性、先(後)住性について
いわゆる地域性あるいは先(後)住性を考慮するためには、厚木基地がジェット機等の頻繁な離着陸など強大な騒音を伴う用途に供され、厚木基地周辺地域がそのような騒音に曝される地域であることが一般的、社会的に認識され、あまねく了承されていることが必要である。すなわち、騒音に曝される地域であることが一般的、社会的に認識されているだけではなく、あまねく了承されていることが必要なのであって、これが違法性を否定あるいは減殺する方向に働く事情であることを考慮すれば、あまねく了承されているというためには、そのような地域であることが一般に広く認容されていることが必要であると解すべきである。
これを本件についてみれば、厚木基地周辺の大和市、海老名市、相模原市及び藤沢市については、前記のとおり、戦前に被告が厚木基地を設置したころから緩やかな人口の増加がみられる。しかし、同時にこれらの地域には、はやくから鉄道も敷設されていたのであるから、厚木基地の設置に伴って交通網が整備されたとは必ずしも断定できず、また、厚木基地の設置に伴う交通網の整備が人口増加の主たる原因であると推認させるだけの証拠もない。また、厚木基地については、昭和二七年にアメリカ合衆国に提供された際及び昭和四六年に海上自衛隊が使用することになった際に、それぞれ告示がされていること並びに一貫して防衛施設たる飛行場として使用されてきたことが認められるが、これらの事実のみをもって、厚木基地周辺が軍用飛行場の存在を前提とし、その恩恵を受けつつ発展してきた地域であるということはできず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠もない(その意味では、寺院あっての門前町、軍港あっての軍港都市とは事情を異にする。)。これに加えて、厚木基地に関しては、プロペラ機の時代はともかく、ジェット機が本格的に離着陸するようになった昭和三五年以降、周辺自治体等の様々な要請、決議等が繰り返し行われていることも考慮すれば、厚木基地がジェット機等の頻繁な離着陸など強大な騒音を伴う用途に供され、厚木基地周辺地域がそのような騒音に曝される地域であることが一般的、社会的に認識され、あまねく了承されているという事実を認めることはできないから、本件において、地域性ないし先(後)住性の理論は採用しない。
四 危険への接近について
1 危険に接近した者が、その存在を認識しながら、あえてそれによる被害を容認していたようなときに、事情の如何によって加害者の免責を認めるべき場合がないとはいえない。本件についていえば、居住者が航空機騒音の存在についての認識を有しながら、それによる被害を容認して居住を開始したものであり、かつ、その被害が騒音による精神的苦痛ないし生活妨害のごときもので、直接生命・身体に関わるものでない場合においては、厚木基地の公共性並びは米軍機及び自衛隊機の活動の公共性を考慮すれば、特段の事情(当該居住者の居住開始後に実際に被った被害の程度が、居住開始の際同人がその存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであった場合、居住開始後に騒音の程度が格段に増大した場合等)のない限り、その被害を受忍すべきであり、右被害を理由として差止ないし損害賠償を請求することは許されないものと解するのが相当である(以下、この理論を「危険への接近の理論」という。)。
2 危険への接近の理論の本件における適用について
(一) 被告は、地域性、先(後)住性、危険への接近の各理論の適用について一括して論じているので、その趣旨必ずしも明確でない部分もあるが、いわんとするところは要するに、厚木基地開設時、行政協定に基づいて厚木基地がアメリカ合衆国に提供された時、地位協定に基づいて厚木基地がアメリカ合衆国に提供された時を基準とし、当該基準時以降に居住を開始した原告らについて、一律に航空機騒音の存在についての認識及びそれによる被害の容認があった(あるいはそのように推定できる)と主張するものと解される。
(二) しかし、<証拠略>によれば、原告らの中には厚木基地が厚木市にあると思っていた者及び厚木基地がどこにあるか知らなかったとする者が相当数いることが認められる。
終戦後、連合国軍最高司令官として、マッカーサー元帥が厚木飛行場に降り立ったことは、公知の事実であり、厚木飛行場という名称自体は、多くの日本人にとって決して耳新しいものではないと思われる。しかし、その名称に反し、厚木基地は、厚木市には存在しない。したがって、厚木飛行場という名称の飛行場が存在することを知っている者でも、それが大和市、綾瀬市及び海老名市にまたがって存在していることまで知っているとは限らず、むしろ正確な場所を知っている者のほうが少ないのではないかと思われる。したがって、厚木基地が厚木市にあると思っていた等と原告らが述べるのは、決して不自然ではないというべきであり、これらの者が航空機騒音による被害を認識していたと推定することはできない。
(三) <証拠略>によれば、原告らの中には、厚木基地の場所について知っていたとする者、あるいは居住地等の関係からその場所を知っていたと推認しうる者があることが認められる。しかし、本件において、居住者が認識すべき危険とは、飛行場の存在それ自体ではなく、航空機騒音の存在であるから、右のような者についても、直ちに危険への接近の理論の適用があるわけではない。右のような者を含めて、本件の原告らの中には、下見に行ったのが休日であり、その時には飛行機が飛ばなかったとする者、実際に見に行った時には飛ばなかったとする者、飛行機は飛んだが気にならなかったとする者、当初は航空機騒音はひどくなかったとする者、自分の居住地がこれほどうるさくなるとは思わなかったとする者等が多くみられるところ、厚木基地においては、民間航空機が使用する公共用飛行場と異なり、航空機の飛行回数及び飛行コースが一定していないことも考慮すれば、これら原告についても、その全員が航空機騒音による被害を認識していたということはできない。
また、原告らの中には、陳述書が提出されていない者や、陳述書において十分に事情が記載されていないため、居住開始当時にどのような認識を持っていたか明らかでない者がある。しかし、危険への接近に係る事情は、その適用を主張する被告において主張立証すべきものと解されるところ、被告の主張するような地域特性の形成及びその社会的承認の存在が認定できない以上、一定の時期以降に居住を開始したという一事をもって、直ちに航空機騒音の存在の認識及びその被害の認容があったということはできず、他にかかる事実を認めるに足りる証拠もない。<証拠略>によれば、昭和三五年七月二七日の朝日新聞全国版に、ジェット騒音に悩む厚木周辺という記事が掲載されているが、新聞記事は、当該記事に何らかの関心がある者を除き、特に気にとめないことが多く、また、「厚木周辺」という見出しからしても、この記事の存在から、原告らが厚木基地に関わる騒音の存在について認識していたと推認することはできない。
更に、これらの原告の中に、居住開始当時、仮に航空機騒音による被害を認識し認容していた者がいるとしても、昭和五七年二月から開始されたNLPについては、その実施が家族の団欒時である夕食時から休息・睡眠時間である夜間に及ぶこと、この間連続的で密度の濃い航空機騒音が発生すること等からして、右の時期を境にして、騒音量に質的な変化がみられるということができるから、少なくとも厚木基地におけるNLPの開始前に厚木基地周辺に居住を始めた者については、居住開始後に実際に被った被害の程度が、居住開始の際同人がその存在を認識した騒音から推測される被害の程度を超えるものであったか、あるいは居住開始後に騒音の程度が格段に増大した等の特段の事情があるというべきである。
(四) <証拠略>によれば、原告らの中には、騒音のことを知っていたとする者(原告番号一九、七五、一一〇、一五七)もないではない。
しかし、鈴木伸治(原告番号一九)については、<証拠略>により、前任者から騒音について申し送りを受けたというにすぎないこと、下見の際にも飛行機が飛んでいなかったこと、実際に赴任してきてあまりにその音が凄まじいので大変驚いたことが、下川セツ子(同七五)については、<証拠略>により、騒音が予想外であったことが、荻窪幸一(同一一〇)については、<証拠略>により、同人は出生時から厚木基地周辺に住んでいること、現住所下見の際にはジェット機が飛ばなかったことが、石井照男(同一五七)については、<証拠略>により、同人は、現在の居住地に居住する時点において騒音のひどさについて認識していたものの、高校生の時から隣地に居住しており、当該隣地への居住は父親の決定によること、当時、厚木基地の存在を知らず、下見の時も日曜日で飛行機が飛んでいなかったことが、それぞれ認められ、いずれも被害を容認したということができず、また、右原告らは、いずれも昭和五七年二月より前に厚木基地周辺で居住を開始した者であるから、少なくとも特段の事情の存在が推認できるというべきである。
(五) 原告らのうち、昭和五七年二月以降に厚木基地周辺において居住を開始した者(原告番号二六、九〇、一〇一、一一八、一四六)については、個別に検討する必要がある。
このうち、前田晃(原告番号二六)は、昭和五七年三月二八日に厚木基地の西側に転入した者であるが、<証拠略>によれば、同人の転入時は、まだNLPの開始から間がなく、しかも同人が土地を購入したのは昭和五一年であること、下見に行った時は騒音がほとんど気にならなかったこと、飛行機が飛ぶのは飛行場の上か滑走路延長線上だと考えていたことが認められ、同人について航空機騒音の認識、容認があるということはできない。加藤晶美(同九〇)は、昭和五七年九月六日に転入した者であるが、<証拠略>によれば、同人は、配偶者と死別して一人になった義父の世話をするために転居してきたことが認められるが、これは同人にとって選択の余地のない転居であるから、騒音被害について認識はあるものの、その容認があるということはできない。角田信成(同一〇一)は、昭和五八年四月一日に転入した者であるが、<証拠略>によれば、同人の転入は、就職に伴う親許からの独立と推認しうるところ、同人は、大和市鶴間において出生し、幼い時から騒音の中で育ったことが認められるから、危険に接近した者ということができない。河津勝則(同一一八)は、昭和五七年一一月七日に転入した者であるが、<証拠略>によれば、同人は、昭和三八年に大和市に居住を始め、大和駅周辺、大和市草柳を経て、現住地に転入したことが認められるから、転入後の損害賠償を求めているものの、実際の居住状況からして、NLP開始後に厚木基地周辺において居住を開始した者と単純に同視することができない。福田博(同一四六)は、昭和五七年一〇月一〇日に転入した者であるが、<証拠略>によれば、同人は、昭和五二年一月から昭和五七年一〇月まで大和市上草柳に居住していたこと、それ以前にも鶴間等に居住していたこと、上草柳に移転するに際してはある程度の騒音を予想していたが、下見の時は休日で飛行機が飛ばなかったこと、現住地に移る際にも、騒音が全然ないとは思わなかったが、通勤上の便宜、値段、環境等を総合的に考慮して決定したこと、昭和五七年の転入当時、NLPについては知らなかったことが認められ、同人については、騒音の状況について相当程度認識があったと推認できるが、その容認まで認めることはできず、また、実際の居住状況からして、NLP開始後に厚木基地周辺において居住を開始した者と単純に同視することができない。
(六) 右にみたところによれば、原告らについて危険への接近の理論の適用があるとする被告の主張は、これを採用することができない。
五 被告は、本件において、地域性、先(後)住性及び危険への接近の各理論のみによっては原告らの請求を否定し得ないとしても、居住開始時期が新しくなる程、騒音による影響を受忍すべき程度は強くなるべきだと主張する。確かに、居住地の選択が原告らの自由意思によって行われること、居住開始が遅くなる程、航空機騒音の実態を知り得る蓋然性が高くなることは、被告の主張するとおりであると考えられる。
しかし、本件において最も居住開始の遅いNLP開始後の居住者についてみると、前記のとおり、前田晃(原告番号二六)は、既に昭和五一年に土地を購入していた者、加藤晶美(同九〇)は、義父の世話をするために転居してきた者、角田信成(同一〇一)、河津勝則(同一一八)及び福田博(同一四六)は、いずれも昭和五七年以前から厚木基地周辺に居住していた者であり、いずれも入居にやむを得ない事情があるか、あるいは昭和五七年以降に厚木基地周辺地域以外の地域から転入してきた者と単純に同視できない者である。
また、NLPの開始以前に居住を開始した原告らについては、昭和四八年のいわゆる空母ミッドウェーの横須賀母港化の時期を基準にして、それより前の入居者とそれ以後の入居者とを区別できないかが問題になりうる。確かに、昭和四八年末ころまでに、厚木基地周辺の騒音等による被害がある程度社会問題化していたと推測できないことはないが、その後昭和五七年のNLP開始により、厚木基地周辺の騒音状況は、量的にも質的にも相当の変化をきたし、航空機騒音の程度に一般住民の予測を上回る大きな変動があったということができるから、NLPの開始前であればともかく、これが開始されて一〇年近く経過している本件においては、昭和四八年の時点をもって、それ以後の転入者とそれ以前の居住者とに分け、慰謝料額算定の上で区別するだけの十分な理由を見出すことは困難というべきである。
したがって、本件においては、居住開始時期によって原告らに取り扱いの差を設けないこととする。
第七周辺対策及び音源対策等
当事者間に争いのない事実、既に認定した事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
被告は、当初は行政措置により、その都度施設整備等の助成措置や住宅等の移転補償等を行っていたが、その後、昭和四一年七月二六日以降は周辺整備法に基づき、昭和四九年六月二七日以降は生活環境整備法に基づき、種々の周辺対策等を実施してきた。その概要は、次のとおりであり、また、その実績については、被告ら引用図表の第四表ないし第二〇表に整理されているとおりである。
一 生活環境整備法による区域指定
生活環境整備法による防衛施設周辺の生活環境等の整備として、住宅の防音工事の助成(四条)、移転の補償等(五条)、緑地帯の整備等(六条)を行うにあたり、被告は、第一種ないし第三種区域の指定を以下のとおり行ってきた。これらの区域の指定は、生活環境整備法施行令八条、同法施行規則一条所定の方法で算出されるWECPNL値(基本的には「航空機騒音に係る環境基準について」に指示された算出方法と同様だが、平均的な一日の飛行回数を把握するにあたり、累積度数九〇パーセントの数値を用いていることは、前記のとおりである。)により、等音線を作成したうえ、道路、河川等現地の状況を勘案して行われたものであり、その内容は、被告引用図表第八図に示されているとおりである。なお、同法施行の際、周辺整備法五条一項によって指定された区域が存在していたが、同区域は、生活環境整備法附則四項により、同法五条一項の第二種区域とみなされた(みなし第二種区域)。
1 昭和五四年九月五日、防衛施設庁告示第一八号により、WECPNL八五以上の地域について、第一種区域を指定した。
2 昭和五六年一〇月三一日、同庁告示第一九号により、WECPNL八〇以上の地域について、第一種区域を追加指定し(昭和五四年九月一四日総理府令第四一号により、生活環境整備法施行規則二条のWECPNL値が「八五」から「八〇」に改正されたことによる。)、WECPNL九〇以上の地域について、第二種区域を指定した。
3 昭和五九年五月三一日、同庁告示第九号により、WECPNL七五以上の地域について、第一種区域を追加指定し(昭和五六年一二月二一日総理府令第四九号により、生活環境整備法施行規則二条のWECPNL値が「八〇」から「七五」に改正されたことによる。)、WECPNL九〇以上の地域について、第二種区域を追加指定し、WECPNL九五以上の地域について、第三種区域を指定した。
4 昭和六一年九月一〇日、同庁告示第九号により、WECPNL七五以上の地域について、第一種区域を追加指定した。
二 住宅防音工事の助成措置
1 被告は、昭和五〇年度から、厚木基地周辺の個人住宅に対し、住宅防音工事の補助金交付を実施している。
当初、住宅防音工事は、周辺整備法五条一項の移転対象指定区域(みなし第二種区域)内の住宅を対象として、行政措置に基づいて開始されたが、その後、生活環境整備法に基づき、前記一のとおり第一種区域を指定、告示し、これを実施してきている。
補助金交付の対象となる住宅防音工事は、当初、一世帯一室を原則とし、五人以上の家族構成で六五歳以上の者、三歳未満の者、心身障害者若しくは長期療養者が同居する世帯については、二室としていたが、現在は、家族数が四人以下の場合一室、五人以上の場合二室とすることを目標としており、終極的には全室化防音工事(五室を限度とするが、我が国の個人住宅の一般的規模からすると、右限度でほとんどの住宅について、全室について防音工事が可能であると解される。)の助成を目標としている。但し、防音工事の対象は、居室に限られており、塾の教室、礼拝堂、料理を作るだけの台所等は対象にならない。
被告は、年度実施計画に従って関係自治体に計画戸数を通知し、各自治体に関係自治会と調整をしてもらい、優先順位を付した実施希望者名簿の提出を求め、あるいは国自ら実施希望者の受け付けをし、これに従って現地調査を行い、採択決定をして助成を行っている。
2 被告は、各対象家屋所有者らに対し、改造工事施工費用相当額を補助金として交付する。通達により補助の限度額が決められているが、ほとんどの場合に工事費全額が補助され、特殊な場合を除いて個人負担が生ずることはない。
平成二年度までに、一〇万〇〇八八世帯について、被告の助成による防音工事が完了しており、その補助金総額は、約一九〇六億六〇七八万六二九〇円にのぼる。新規工事の補助額の平均は約一六四万円、追加工事のそれは約三四四万円である。ここ数年、厚木基地に関しては、全国の住宅防音工事予算の約四〇パーセント程度が充てられている。
WECPNL八〇以上の区域においては、住宅防音工事の助成を必要とする住宅(世帯)数は、約七万四四〇〇戸(世帯)であるが、そのうち住宅防音工事の希望世帯約三万三五九九戸(世帯)に対しては、既にその工事を完了しており、全室防音工事は、一万四五〇〇世帯について完了している。WECPNL七五以上八〇未満の区域においては、住宅防音工事の助成を必要とする住宅(世帯)数は、約二万九〇〇〇戸(世帯)であるが、そのうち約一万一九九九戸(世帯)、四一パーセントについて工事が完了している。したがって、当面は、残りのWECPNL七五以上八〇未満の第一種区域内の対象者について、逐次住宅防音工事を完了させることとなる。
3 住宅防音工事の内容は、開口部、壁、室内天井面の遮音及び吸音工事並びに冷暖房装置及び換気装置を取り付ける空気調和工事であり、防衛施設周辺住宅防音事業工事標準仕方書に従って行われる。その標準的工法は、第I工法と第II工法とに区別されている。前者は、WECPNL八〇以上の区域に存する住宅について施す工法で、二五デシベル以上の計画防音量を目標とし、後者は、WECPNL七五以上八〇未満の区域に存する住宅について施す工法で、二〇デシベル以上の計画防音量を目標とする。いずれも右仕方書どおりの工事が行われれば、室内におけるWECPNL値が六〇以下になるとされる。
被告の効果測定によれば、住宅防音工事により、二五ないし三〇デシベル程度の遮音効果があるとされ、また、当裁判所が実施した検証においても、防音工事の行われている室内においては、室外に比べて二三ないし三一デシベル(室内の暗騒音より一〇デシベル大きい測定結果によるときは、いずれも二五デシベル以上)低い測定値が得られた。また、昭和六〇年五月一〇日に実施された東京高等裁判所の検証における測定結果によれば、遮音量は、二六ないし二八デシベル、二四デシベルないし三一デシベル、二三デシベルないし二九デシベルとされている。
4 原告ごとの住宅防音工事の実績については、被告ら引用図表の第四表の一及び二のとおりである。原告らについて、その工事費用を平成二年度までの実績によってみると、新規工事については、一世帯平均約一八四万円、追加工事については、一世帯平均約三五八万円にのぼる。
5 被告が住宅防音工事に相当の精力を傾注していることは明らかであり、その効果についても、計算上ないし理論上は、WECPNL九〇の地点でも、室内において、WECPNL六〇の状態を生じさせるものということができる。したがって、防音工事の程度に応じて、原告らの騒音被害はある程度軽減されるというべきである。また、工事により、室内がきれいになり、あるいは冷暖房等の機能が備わるという副次的効果もある。
しかし、被告が行った同一家屋における遮音効果測定のデータ<証拠略>によっても、遮音量は二五デシベルから三五デシベルまで幅があり、航空機の飛行状況、機種、家屋の構造、家屋の建築年月、天候等の諸状況により、防音工事の効果の現れ方は様々であると考えられる。また、住宅によっては、防音工事をしなくての相当程度の遮音が可能な場合があるから、遮音効果のすべてが被告の防音工事の結果であるとまではいうことができない。
更に、原告らの生活は、防音工事が実施された部屋のみで営まれるわけではなく、防音室が増えたとしても、それに伴う電気料金等の負担の増加、締め切った環境で過ごすことによる閉塞感や冷房等の使用による健康上の悪影響の発生等新たな問題が生じてくることも考慮する必要がある。加えて、人の生活は、屋内のみで営まれるものではなく、たとえ騒音の発生時に限られるとしても、自ら望むのではなく部屋を締め切って過ごさなければならないということ自体が苦痛であるから、住宅防音工事によって、騒音被害が完全に救済されるということはできない。
三 住宅防音以外の防音対策
1 学校等の防音工事
学校等の防音工事は、昭和二九年度から昭和四一年七月二五日までは行政措置として、同月二六日から昭和四九年六月二六日までは周辺整備法三条二項に基づき、同月二七日から現在に至るまでは生活環境整備法三条二項に基づき、必要費用相当の補助金(工事費、実施設計費、地方事務費)を関係自治体等に交付して行われてきた。その対象は、学校(小学校、中学校、高等学校、高等専門学校、大学、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園)、専修学校、保育所、精神薄弱児施設、精神薄弱児通園施設、教護院、精神薄弱者更生施設、精神薄弱者授産施設及び職業訓練校であり、補助の限度は、原則として一〇分の一〇である。
平成二年度までの実績は、被告引用図表第九表のとおりであり、補助金の交付金額は、小・中学校が約一五二億八七〇一万円(一〇八校)、高校・併設校が約六一億三一一四万円(一七校)、幼稚園・保育所が約三三億七九四〇万円(三一施設)、精薄児通園施設・精薄者更生施設・精薄者授産施設が約二億七七一六万円(四施設)である。
このうち、小学校、中学校、幼稚園及び保育所に対しては、昭和四八年度から、行政措置として、防音工事関連設備(換気設備等)の維持・管理に要する費用(電気料金の三分の二。昭和六二年度からは、除湿設備の維持・管理に要する費用のうち、ガス代、燃料油代の一部も支出している。)についても補助金を交付している。その実施状況は、被告引用図表第一七表のとおりであり、平成二年度までの交付金額は、八事業主体に対して約一〇億一四一八万円である。
2 病院等の防音工事
病院等の防音工事は、前記1と同様、昭和三五年度から行政措置として開始され、その後、周辺整備法及び生活環境整備法三条二項に基づき、補助金を関係自治体等に交付して行われてきた。その対象は、病院、診療所、助産所、保健所、重症心身障害児施設、救護施設、特別養護老人ホーム及び母子健康センターであり、補助の限度は、原則として一〇分の一〇である。平成二年度までの実績は、被告引用図表第九表のとおりであり、補助金の交付金額は、病院一〇施設、特別養護老人ホーム二施設につき、合計約一五億三二〇五万円である。
3 民生安定施設の防音工事
被告は、生活環境整備法八条に基づき、地方公共団体が防衛施設周辺地域の住民の生活又は事業活動の障害緩和のために、防音工事を施した公共施設を整備する場合に、これに対しても助成を行っている。これは、単に防音工事の工事費用を補助するというだけでなく、防音装置を備える公共施設を造るための助成をも行うものである。その対象は、生活環境整備法施行令一二条の表に定める養護施設、看護婦養成所、准看護婦養成所、養護老人ホーム、老人福祉センター、一般住民の学習、保育、休養又は集会の用に供するための施設等であり、これらの用途、目的に応じ、前記1に準じて補助を行う。平成二年度までの防音助成の実績は、被告引用図表第一一表のとおりであり、公民館、図書館、学習等供用施設、保健相談センター施設、特別集会施設、老人福祉センター施設等六一施設について、合計約四七億七二八六万円の補助を行っている。
4 右各施設の防音工事は、音響の防止又は軽減量による一級から五級までの工事種別により、改築、改造、併行及び移転の方法によって行われ、併せて換気、除湿(冷房)及び温度保持(暖房)工事も施工する。但し、厚木基地周辺の学校については、申請がないため、一般教室については除湿整備が施されていないものがほとんどである。
厚木基地周辺の学校等公共施設においては、防衛施設周辺防音事業工事標準仕方書<証拠略>に基づき、一級(三五デシベル以上音響を防止し又は軽減する。)及び二級(三〇デシベル以上三五デシベル未満音響を防止し又は軽減する。)の防音工事が行われており、大和市立南林間中学校及び大和市立桜森学習等供用施設における測定によれば、右の計画防音量も達成されている。
5 右にみた各施設への防音工事は、相応の効果をあげていると推測されるが、学校等の教育施設においては、教室外の教育活動には対応できないこと、締め切った環境による悪影響が危惧されること、冷房が設置されていないこと等を考慮する必要があると考えられる。
四 移転措置等
被告は、昭和三五年から、厚木基地周辺で、飛行場に近接し、航空機の運航上好ましくなく、また、航空機騒音等の影響により、居住等の環境として適切でないと思われる区域に建物等を所有する者を、より好ましい環境に移転させるとともに、その跡地を買い上げて緑地緩衝地帯とする移転措置対策を行っている。
1 移転措置
移転措置は、昭和三五年一〇月一八日から昭和四一年七月二五日までは行政措置(昭和三五年一〇月一八日閣議決定)として、昭和四一年七月二六日から昭和四九年六月二六日までは周辺整備法五条に基づき、同月二七日以降現在に至るまでは生活環境整備法五条及び同法附則四項に基づき、移転補償及び移転に伴う土地の買収という方法により行われてきた。前記一記載の第二種区域及びみなし第二種区域が移転措置の対象区域であり、区域指定の際、現に所在する建物等が移転措置の対象となる。
平成二年度までの移転措置の実績は、被告引用図表第五表のとおりである。昭和五九年五月三一日の告示の時点において、移転措置の対象区域は面積約三二〇ヘクタール、移転補償の対象家屋数は約一七〇〇戸であったが、平成二年度末において、移転済み建物の戸数は二三三戸、買収済みの土地は六七万九二六六平方メートルであり、支出金額は合計約五三億五五一五万円である。
しかし、建物については、昭和五九年度及び六〇年度を除き、昭和四七年度から平成二年度まで、土地については、平成元年度及び二年度は、いずれも実績がゼロであり、予期されたほどの効果をあげていないものと考えられる。
また、被告引用図表第六表のとおり、移転先地の公共施設の整備につき、合計約二〇五七万円の助成を行った(生活環境整備法五条三項)。
2 緑地整備
被告は、昭和四五年度から、移転措置実施後の跡地について、行政措置及び生活環境整備法六条に基づき、緑地化対策を行ってきた。これは、航空機の運航上の支障を軽減するとともに、その跡地を整備し、植樹等によって緑地化し、飛行場に近接した地域としての好ましい自然環境に整えようとするものである。
平成二年度末までの実績は、被告引用図表第七表のとおりであり、五二万三七四三平方メートルの土地区域を緑地緩衝地帯とし、約五億二二五四万円を支出した。
また、被告が買い上げた移転跡地は、広場等としての利用に供するために、公共団体に対し、無償で提供されている。
しかし、緑地緩衝地帯が上空からの航空機騒音に十分対処できるとは考えられず、また、跡地利用が自然環境や居住環境の改善に役立っているとしても、これが騒音被害の救済に直接役立つということもできない。
五 その他の周辺対策
1 騒音用電話機の設置
昭和四七年度から行政措置として実施されている。その対象は、厚木基地の着陸帯の短辺の延長で厚木基地の外辺から各一キロメートルの距離にある点及び長辺の延長で厚木基地の外辺から各五キロメートルの距離にある点を通って主要着陸帯に平行する直線で囲まれた長方形を基準として、その周辺の地形、集落の状況等を考慮して別に定めた区域内において、現に通常の電話機を設置している者のうち、騒音用電話機の設置を希望する者である。
昭和五八年度末までの実績は、被告引用図表第一二表のとおりである。設置が完了した騒音用電話機は一万二四〇六台であり、約六一九六万円を補助している。昭和五九年度以降については、申し出が少なく、実施していない。
騒音用電話機は、一〇〇デシベル未満であれば通話が可能であるとされているが、正しい使用方法をとらないと十分な効果をもたらさず、使い勝手が必ずしも良くないようであり、電話による通話妨害の被害を十分救済するものとはいえない。
2 テレビ受信料の補助措置
財団法人防衛施設周辺整備協会は、放送受信障害対策事業として、前記1の区域とおおむね同一の区域に居住する者に対して、受信料の二分の一の補助をしている。そこで、被告は、同協会に対し、行政措置として、補助された受信料相当額を補填している。昭和四五年度以降、平成二年度末までの実績は、被告引用図表第一三表のとおりであり、補填延べ件数は一〇八万五六九五件、補填総額は約五二億二五四六万円である。
しかし、原告らは、他方において、受信料不払い又は受信契約の不締結という手段をとっており、また、受信料の補助措置は、テレビの視聴妨害ないしそれによる精神的、情緒的被害を解消させるものではない。
3 障害防止工事の助成
被告は、自衛隊等の使用する施設の周辺において、自衛隊等の行為によって生ずる障害を防止又は軽減するために、生活環境整備法三条一項に基づき、河川、排水路の改修工事及びテレビ共同受信施設の設置につき、補助金を交付している。
その実績は、被告引用図表第一四表及び第一五表のとおりであり、被告は、平成二年度までに、テレビ共同受信施設の設置に総額九億二五八二万円、排水路改修工事に総額約二二億〇二四四万円の補助金を交付している。
しかし、右助成措置は、周辺住民の生活に何らかの利便をもたらし、間接的に航空機騒音による精神的、情緒的被害を軽減させるに役立つことが窺えるものの、航空機騒音の被害を直接的に救済する措置であるということはできない。なお、このことは、以下の4ないし8の助成措置等についても同様である。
4 民生安定施設の一般助成(防音工事助成以外のもの)
民生安定施設の助成は、防衛施設の設置又は運営によって周辺地域の住民の生活又は事業活動が阻害されるような場合、その障害を緩和するために、地方公共団体が生活環境施設又は事業経営の安定に寄与する施設の整備について必要な措置を採るに際して、当該地方公共団体に補助金を交付する措置である(このうち、防音工事の助成については、前記のとおりである。)。昭和三八年度から昭和四一年七月二五日までは行政措置として、同月二六日から昭和四九年六月二六日までは周辺整備法四条に基づき、同月二七日以降は生活環境整備法八条に基づき、それぞれ行われてきた。その対象となるのは、生活環境整備法施行令一二条の表に規定する有線ラジオ放送施設、道路、無線設備及びこれを設置するために必要な施設、消防施設、公園、緑地その他の公共空地、水道等である。
その実績は、被告引用図表第一〇表のとおりであり、昭和三八年度以降、平成二年度末までに、一般助成として、右施設等の設置事業に対し、総額八六億一二六八万円の補助金を関係自治体に交付している。
5 特定防衛施設周辺整備調整交付金の助成
被告は、生活環境整備法九条に基づき、特定防衛施設関連市町村に対し、公共用の施設の整備に充てる費用として、特定防衛施設周辺整備調整交付金を交付している。その実績は、被告引用図表第一六表のとおりであり、昭和五〇年度から平成二年度までに、大和市及び綾瀬市に対し、総額約七八億八九五六万円の調整交付金が交付された。
6 農耕阻害補償
被告は、昭和二七年から昭和五四年九月三〇日までの間、厚木基地の南北進入表面下にあって農業を営む者に対し、農耕阻害として損失補償を実施した。すなわち、昭和四九年三月三一日までは、「日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊等の行為による特別損失の補償に関する法律」(昭和二八年八月二五日法律第二四六号)一条に基づき、同年四月一日から昭和五四年九月三〇日までは、生活環境整備法一三条に基づき、被告引用図表第一八表のとおり、合計五三五五万円の補償金を支払ってきた。なお、昭和五四年一〇月一日以降、この補償は、後記7の借り上げ措置に引き継がれた。
7 飛行場周辺の民有地の借上げ措置と緩衝地帯の設定
被告は、昭和五四年一〇月一日から、厚木基地に離着陸する航空機による障害防止に資するため、その南北進入表面下に緑地帯整備等の必要を認め、みなし第三種区域(生活環境整備法施行令附則三項)に所在する民有地のうち、農耕地等について賃貸借契約を結び、緩衝地帯の用に供するために借り上げている。このために被告が支出した賃料の総額は、被告引用図表第一九表のとおりであり、平成三年末までで約二億三四一七万円である。
8 国有提供施設等所在市町村助成交付金(基地交付金)及び施設等所在市町村調整交付金(調整交付金)の助成
基地交付金は、「国有提供施設等所在市町村助成交付金に関する法律」(昭和三二年五月一六日法律第一〇四号)に基づき、昭和三二年度から、被告が所有する固定資産のうち、米軍に使用させている固定資産や自衛隊が使用する固定資産の台帳価格に応じて、被告が当該市町村に交付しているものであり、固定資産税に代わる財政補給の趣旨で交付するものである。
調整交付金は、「施設等所在市町村調整交付金交付要綱」(昭和四五年一一月六日自治省告示第二二四号)に基づき、昭和四五年度から、米軍の資産に係る税制上の非課税特例措置等により当該市町村が受ける影響を考慮し、被告が財政補給の趣旨で交付しているものである。
被告引用図表第二〇表のとおり、これまでに、相模原市、大和市、座間市、綾瀬市及び藤沢市に交付した基地交付金の総額は約二二〇億一〇六一万円、調整交付金の総額は約四三億〇六一三万円である。
六 音源対策等
厚木基地内には、昭和四四年六月に二基、昭和五八年四月に一基の消音装置が設置された。後者については、五〇〇メートル地点において、五四ないし六五デシベルA及び五九ないし六七デシベルAという測定結果がある。また、厚木基地内のJ3試運転装置消音装置につき、基地境界線上(排気塔出口から最短距離一八〇メートル)において、規制値五五デシベル以下であったとの測定結果もある。
更に、厚木基地における航空機の運航に関し、米軍機については、日米合同委員会の合意により、午後一〇時から午前六時までの間の飛行活動の禁止、日曜日の訓練制限、アフターバーナー(ジェットエンジンの推力増強装置)使用の抑制・停止、低空高音飛行の禁止、エンジン試運転時間の制限、消音器の装備・使用、エンジンテストの場所的制約等の規制があり、自衛隊機については、午後一〇時から午前六時までの間及び日曜日の訓練飛行及び地上試運転の原則的禁止、低空飛行の禁止、離陸時のアフターバーナー及び補助エンジンの使用の制限・中止、連続離着陸訓練の制限等、厚木基地の利用についての自主規制が行われている。昭和五三年七月三日からは、厚木基地を離陸する航空機の飛行コース及び上昇高度の改定も行われた。
航空機のエンジンの改修等直接の音源対策については、被告もその限界を認めるところである。また、各種の規制についても、運用上の必要、米軍の態勢を保持するうえに緊要と認められる場合、任務及び訓練で必要な場合等の除外規定等があり、厚木基地周辺における騒音測定結果のデータや、原告らの陳述書等にみられる周辺住民の声を考慮すると、実際には、これらの除外規定等にあたるものとして運用され、規制時間外に騒音が発生している事例も少なくないと推測されるが、それ以上に、米軍及び自衛隊の規制等の遵守状況及びその効果等については、必ずしも明らかではない。
第八違法性
一 違法性の判断基準(受忍限度)
これまでに認定判断したところによれば、本件において認められる侵害行為は、主として航空機騒音であり、被害として認められるのは、各種の生活妨害、睡眠妨害、精神的被害といった日常生活上の不利益であって、聴覚被害や高血圧等の身体的被害については、その可能性を否定することができないというにとどまる。このような場合に、右侵害行為が違法といえるか否かは、当該侵害行為による被害が社会生活上受忍するのを相当と認められる限度を超えるものか否かによって決せられるというべきである。けだし、ここで侵害される人格的利益は、その概念が十分明確なものでないうえ、これに対する被害の程度は、殆ど取るに足りないものから深刻なものまで、千差万別でありうる。他方、侵害行為も、一面では人格的利益に対する侵害という否定的な結果を伴うと同時に、反面では様々な分野及び程度において社会的国家的に必要ないし有益な機能を果たすものがあって、一概にこれを違法又は適法とすることは許されず、両者を中心とした諸々の利益考量に基づいて事を決すべき問題だからである。
そして、その判断にあたっては、侵害行為の態様と侵害の程度及び被侵害利益の性質と内容(これらは同時に評価の対象でもある。)、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止又は軽減に関する措置の有無、内容及び効果等の諸事情を総合的に考察することが必要である。その際、侵害行為及び被害の存在は、違法性の評価を根拠付ける方向に働き(評価根拠事実)、侵害行為の公共性等は、違法性の評価を障害する方向に働く事情(評価障害事実)であって、前者は原告が、後者は被告がそれぞれ主張立証すべきものと解されるところ、本件においては、評価根拠事実として、侵害行為及び被害を、評価障害事実として、厚木基地の使用ないし供用の公共性、厚木基地周辺の地域性・先(後)住性・原告らの危険への接近及び被告の周辺対策・音源対策等を、総合的に評価・検討すべきである。また、具体的な受忍限度を定めるにあたっては、騒音等に対する行政的な規制に関する一般的基準(特に環境基準)が重要な手掛かりのひとつになると考えられる。
そこで、受忍限度を判断するにあたって考慮すべき以上のような諸事情については、既に個別に認定し、判断してきたところであるが、まず環境基準について検討したうえ、右諸事情についても、受忍限度の判断との関係において更に検討を加えることとする。
二 環境基準
本件において受忍限度を具体的に決定するにあたり、航空機騒音に係る環境基準が特に重要な意味を持つと考えられるが、その性格について当事者間に争いがあるので、まずこの点について検討する。
1 当事者間に争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
公害対策基本法九条は、政府に対し、騒音に係る環境上の条件について、人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準を定めることを要求している。環境庁長官は、昭和四六年九月二七日、騒音防止施策を総合的に推進するとともに、これら施策の共通の行政目標として、公害対策基本法に基づく環境基準を設定することが急務であるとし、中央公害対策審議会に対し、特殊騒音(航空機騒音、鉄道騒音等)に係る環境基準の設定について諮問を行った。これを受けて、中央公害対策審議会騒音振動部会特殊騒音専門委員会は、昭和四六年一二月一八日、環境保全上緊急を要する航空機騒音対策について当面の措置を講ずる場合における指針について報告し、更に昭和四八年四月一二日、航空機騒音に係る諸対策を総合的に推進するにあたっての目標となるべき環境基準の設定に際し、その基礎となる指針(指針値、測定方法等)について報告した。中央公害対策審議会は、右報告をもとに、昭和四八年一二月六日、航空機騒音に係る環境基準の設定について答申を行い、環境庁長官は、昭和四八年一二月二七日、航空機騒音に係る環境基準(環境庁告示第一五四号)を告示した。
右告示は、飛行場周辺地域のうち、専ら住居の用に供される地域(地域類型I)については、WECPNL七〇以下、右以外の地域であって通常の生活を保全する必要がある地域(地域類型II、商工業の用に供される地域等)については、WECPNL七五以下をそれぞれ基準値として定めている(以下、本項においては、告示された航空機騒音に係る環境基準全体のみならず、この基準値自体を「環境基準」ということがある。)。また、飛行場の区分に応じて、環境基準達成期間及び改善目標を定め、自衛隊等が使用する飛行場の周辺地域においても、平均的な離着陸回数及び機種並びに人家の密集度を勘案し、類似の条件にある飛行場の区分に準じて、環境基準が達成され、維持されるよう努めるものとした。防衛庁は、昭和五三年五月、厚木基地を環境基準中の第一種空港に相当するものとして扱うこととしたが、この区分においては、段階的に、五年以内に八五WECPNL未満とすること又は八五WECPNL以上の地域において屋内で六五WECPNL以下とすること、一〇年以内に七五WECPNL未満とすること又は七五WECPNL以上の地域において屋内で六〇WECPNL以下とすることを中間的な改善目標とすべきものとされている。
神奈川県は、昭和五五年、「環境基準に係る水域及び地域の指定権限の委任に関する政令」(昭和四六年政令第一五九号)に基づき、厚木基地周辺において、環境基準の地域類型I及びIIに当てはめる地域を指定し(「航空機騒音に係る環境基準の地域類型指定」昭和五五年五月二三日神奈川県告示四二六号)、昭和六一年、その範囲を一部拡張変更した(「同変更指定」昭和六一年三月二五日神奈川県告示二五一号)。
2 公害対策基本法によれば、環境基準は、維持されることが望ましい基準として定められるものであり、政府は、公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより、右基準が確保されるように努めなければならないとされている(同法九条一項、四項)。また、環境基準は、段階的、中間的な達成目標を定めるとともに、自衛隊等が使用する飛行場に関しては、同基準第二1項の表の飛行場の区分に準じて、環境基準が達成・維持されるように努めるものとするとし、航空機騒音の防止のための施策を総合的に講じても、定められた達成期間内に環境基準を達成することが困難と考えられる地域においては、家屋の防音工事等により環境基準が達成された場合と同等の屋内環境が保持されるようにするとともに、極力環境基準の速やかな達成を期するものとしている。
右のような環境基準の制定経過に照らせば、これが行政上の目標として作成されてきたことが明らかであり、公害対策基本法及び環境基準の文言にも、その目標あるいは指標としての性格が表されている。また、環境基準の達成について、中間的、段階的な改善目標が定められており、特に第一種空港及び福岡空港については、達成期間もかなり不確定な形で規定されている。これらの点を考慮すれば、環境基準は、国がその達成を図る現実的かつ重大な責務を負うものであるとしても、これをもって直ちに最低限現実に達成されなければならない基準あるいは差止や損害賠償請求における違法性の判断基準であるということはできず、行政上の目標値あるいは指針であるというべきである。
しかし、このことは、環境基準が受忍限度を判断する際の重要な資料のひとつとなることを否定するものではない。すなわち、環境基準は、行政上の目標値であるとしても、人の健康を保護し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準として定められたものであり、飛行場の区分に応じて達成期間まで示されているのである。しかも、その設定にあたっては、聴力損失など人の健康に係る障害をもたらさないことはもとより、日常生活において、睡眠障害、会話妨害、不快感などをきたさないことを基本とすべきであるとの考えのもとに、航空機騒音の日常生活に及ぼす影響に関する住民への質問調査、道路騒音、工場騒音による住民反応、聴覚等に及ぼす影響についての調査研究等に関する内外の資料等の検討や、航空機騒音対策を実施するうえでの種々の制約(エンジン製造を外国に依存していること、航空機騒音の影響が広範囲に及ぶこと、輸送の国際性・安全性等)の考慮がなされている。したがって、環境基準には、人の健康を保護し、生活環境を保全するためのひとつの価値判断が示されているのであり、これが直ちに受忍限度を判断する基準にならないとしても、十分参考に値するものと解すべきである。
三 差止請求の関係
1 差止請求は、過去に生じた被害に係る損害賠償とは異なり、当該活動に対する直接の規制を請求内容とするものであるから、同じく受忍限度判断において諸事情を総合考慮するにあたっても、当該活動の社会的有用性・公共性とそれがもたらす被害とに着目し、差止を認める場合あるいは認めない場合にそれぞれどのような影響が生じるかという観点から具体的な検討をすることが不可欠であって、その結果、個々の考慮要素のもつ意味や重要性も、損害賠償の受忍限度判断の場合とは自ずから異なるというべきである。また、差止が認められた場合は、当該活動に及ぼす打撃も大きいから、その活動に社会的有用性・公共性が認められないなど特段の事情がない限り、被害の内容・程度がもはや金銭賠償による救済だけでは足りないと認められるほどに深刻であることを必要とし、差止の受忍限度は、損害賠償の場合のそれよりも更に厳格なものでなければならない。
2 そこで、差止請求との関係において、侵害行為及び被害について検討することとするが、前記のとおり、米軍機に関する差止請求の訴えは不適法であって却下を免れないから、本件において考慮されるべきものは、厚木基地に離着陸する自衛隊機の発する航空機騒音等に限られる。
しかし、既に認定した侵害行為及び被害は、厚木基地において離着陸する自衛隊機及び米軍機の双方によるものであり、このうち自衛隊機による侵害行為及び被害のみを特定することはできない。しかも、厚木基地における自衛隊機はすべてプロペラ機であり、騒音の最高音は、一〇〇デシベルに達しないこと、また、厚木基地における最も深刻な騒音源であるNLPは、米軍機が行っていることからして、右の侵害行為及び被害の中心的部分は、米軍機によるものと考えられる。
もっとも、<証拠略>において、伊澤多喜男は、P―三Cが初中終朝の七時台から夜遅くまで、ぐるぐる座間の上空を周回飛行しており、プロペラ機といっても相当うるさい旨を、金子豊貴男は、夜一〇時以降に多く飛ぶのは自衛隊機と米軍のP―三Cであり、NLPは米軍機が行うが、タッチアンドゴーは海上自衛隊のP―三Cも行う旨を、渋谷正子は、自衛隊機はほとんど飛ばない日はないくらい飛んでいる旨を、加藤晶美は、自衛隊のプロペラ機の騒音はNLPほどではないがやはりうるさく、音の大きさもNLPと比較して小さいが、うるさい時間が長い旨を、それぞれ述べており、自衛隊機による被害も無視できないと考えられる。しかし、他方において、<証拠略>によれば、自衛隊のP―三Cが飛行するときは、さほど苦情が持ち込まれないことも窺われる。
以上によれば、本件において、自衛隊機の活動により原告らに何程かの被害が生じているであろうことは否定できないが、その程度を把握するに足りるだけの証拠はないというべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、自衛隊機による受忍限度を超える侵害行為及び被害の存在を認めることができない。
四 損害賠償請求の関係
1 損害賠償請求の関係でも、受忍限度判断において考慮すべき諸事情は、差止請求のそれとほぼ共通であるが、損害賠償請求においては、当該活動が続けられる(あるいは続けられた)ことを前提としつつ、それによってもたらされている損害をいかに公平に分担させるかという観点からの考慮が重要であり、その結果、個々の考慮要素のもつ意味や重要性も、差止請求における受忍限度判断とは自ずと異なるというべきである。かかる見地に立って検討すれば、厚木基地の供用使用によって被害を受ける地域住民はかなりの多数にのぼり、その被害内容も広範かつ重大なものであり、しかも、これら住民が厚木基地の存在によって直接利益を受けることは殆どないことも明らかであり、結局、既に認定したような公共的利益の実現は、原告らを含む周辺住民という限られた一部少数者の特別の犠牲の上でのみ可能であって、そこに看過することのできない不公平が存することを否定できない。また、損害賠償請求の関係では、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性についての検討は、差止請求の場合におけると異なり、しかく厳密かつ具体的にする必要がなく、類型的な判断で足りることも、既にみたとおりである。
2 損害賠償請求の関係においては、米軍機と自衛隊機の双方によってもたらされる侵害行為及び被害が検討の対象になる。
(一) 侵害行為及び被害を検討するに際し、まず考慮されるべきものは、厚木基地周辺における騒音測定データである。
厚木基地周辺において、騒音の測定が開始されたのは、昭和三五年であり、以後、現在に至るまで測定が継続されている。当初の騒音測定データは必ずしも十分なものではないが、測定されたデータをみる限り、その後の測定結果と比較して決して程度の低いものではなく、何よりも騒音測定を開始したという事実自体が、当時の騒音による侵害行為の存在を物語っているということができる。その後、昭和四〇年代に入り、継続的な騒音測定が開始され、厚木基地に近接する地域では、測定された最高音が一〇〇ホンを超えるという状態が現在まで継続し、ことに昭和五〇年代の半ば以降、あるいは昭和六〇年以降の騒音状況に著しい程度の変化があることは既に認定したとおりである。かくして、厚木基地周辺地域は、測定開始から既に三〇年以上にわたり、相当程度の騒音に曝されていることが明らかである。
ところで、右測定データには、最高音のほか、騒音測定回数、騒音の持続時間等の数値も示されており、既に長期間にわたるデータが蓄積されてきているが、厚木基地における騒音の状況が時期によって一定しておらず、騒音の影響も長期間かつ広範囲にわたっているため、これらのデータをどのように評価するかについては、難しい問題がある。最高音や最高測定回数等の最高値は、突出した騒音レベルあるいは回数が一回あるいは一日だけあっても記録されるし、騒音の平均測定回数や平均持続時間等の平均値は、被害を平均化して、その密度をつかみにくくする面がある。また、長期間にわたる測定データのどの時期に着目して分析するか、どの地点のデータを分析するか等により、得られる評価も様々になり得る。
(二) そこで、侵害行為及び被害の程度を把握する資料として、右の騒音測定データに加え、厚木基地に関して行われている区域指定(騒音コンター)のWECPNL値及び被告が住宅防音工事を行うについて用いている工法区分線を考慮することが現実的かつ合理的であると考えられる。
既に侵害行為の検討の際に指摘したように、区域指定は、被告が周辺対策を実施する対象地域を確定するため、騒音測定の結果に基づいてWECPNLを算出し、騒音コンター(等音線)を作成したうえ、道路や河川等現地の状況を勘案して行われたものであり、厚木基地周辺における騒音状況を把握するうえで、極めて信頼度の高い資料ということができる(なお、厳密にいえば騒音コンターと区域指定の範囲が一致するとは限らないが、両者は概ね一致すると考えられるので、以下においては両者を特に区別しない。)。また、工法区分線も被告が実態調査に基づいて作成したもので、同様に信頼度の高いものである。そして、実際の騒音測定データの数値も、騒音コンターの示すWECPNL値が大きくなるに従って、大きな値を示す傾向が窺われることは、前記のとおりである。
なお、被告が、区域指定の際に使用した騒音コンターは、周辺対策をできるだけ手厚くする趣旨の下で、特別の考慮を払って算出されたWECPNLに基づいて作成されたものであると主張していること、それにもかかわらず騒音コンター及び工法区分線は、等質的な侵害行為ないし被害を受けている区域を画すものとして、航空機騒音の実態を把握するために極めて有用であることは、既に侵害行為に関して述べたとおりである。
(三) 厚木基地における航空機騒音が原告らにもたらす被害の内容は、会話・通話妨害、テレビ等の視聴の妨害、趣味や知的活動の妨害等の生活妨害を中心とし、睡眠妨害、精神的被害に及び、明確な身体的被害は認定できないものの、それに至る危険性(但し、この危険性自体を独立の被害として認定するものではない。)も否定し難い。そして、これらの被害には、個々の類型に分類して把握し難いものがあること、相互に影響し合って更に別の被害を増大させていく面があることに着目すべきである。
また、被害の性質及び認定した被害が原告らに共通してみられるものであるという点を考慮すれば、その被害の程度は、区域指定におけるWECPNL値の増大につれて大きくなる傾向があるといって差し支えない。
(四) 我が国の防衛は、戦後安保条約に基づく日米安全保障体制に依拠しているところ、厚木基地は、安保条約及び地位協定に基づきアメリカ合衆国に提供されており、また、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し国を防衛することを主たる任務とする自衛隊は、厚木基地内の飛行場区域に海上自衛隊厚木飛行場を設置しており、厚木基地を起点とする米軍機及び自衛隊機の運航も、直接間接に我が国の防衛に関わる活動であるということができるから、その意味において公共性を有するものであることは疑いがない。厚木基地も、このような活動の基盤として重要な意味をもつものということができる。そして、海上自衛隊が行っている海難救助や災害派遣等の活動については、その社会的有用性が具体的に明らかである。
しかしながら、これとても、戦時であればともかく平時においては、特に損害賠償請求の関係で、その公共性を過度に強調することはできず、国民の日常生活の維持存続に不可欠な役務の提供のように絶対的ともいうべき優先順位を主張しえないことはもとより、他の行政諸活動とは隔絶した公共性ないし公益上の必要性を有するものともいい難い。
(五) 地域性、先(後)住性及び危険への接近に関しては、既に認定判断したとおりであり、原告らについて、これらの理論の適用はない。また、居住開始時期により、原告らの間で区別を設けることもしない。
(六) 被告が実施してきた周辺対策は、直接の音源対策に限界があるところからやむを得ずとられている次善の策というべきであるが、そこに傾注された精力は相当のものであり、相応の評価を受けるべきものと考えられる。しかし、本件においては、住宅防音工事について、これを受けた原告らの被害の一部分が軽減され、したがって、損害賠償額の減額事由として考慮されるというにとどまる。それ以外の諸施策については、その効果が十分でないか、被害の解消の面からは間接的なものである。
(七) 航空機騒音に係る環境基準は、WECPNL七〇ないし七五以下という数値を示しているが、同基準が示す数値は、基本的に行政上の指針にすぎないこと、騒音コンターの作成に際して用いられたWECPNL値の算出方法は、同基準に定められたものと全く同一ではなく、騒音コンターの示すWECPNL値と同基準の示すWECPNL値とを単純に比較できないこと、被告は、周辺対策等において、予算的には相当程度の支出をし、それなりの努力をしてきたとみられること等を考慮すれば、同基準の示す値をもって直ちに受忍限度の基準値とすることはできない。
しかし、同基準が、五年目標として屋外でWECPNL八五以下、一〇年目標として同WECPNL七五以下という数値を掲げているのは、これらの数値をできるだけ早い時期に達成させようとする趣旨であると考えられる。厚木基地においては、同基準の告示から既に二〇年近くが過ぎようとしているが、騒音コンターの策定状況等に照らすと、右基準値の達成は、大幅に遅れていると言わねばならない。
(八) そこで、これまで検討してきたところを総合すると、WECPNL八〇以上の区域に居住し又は居住していた原告らについては、航空機騒音等による侵害行為ないし被害が受忍限度を超えたものとして、侵害行為が違法性を帯びるものと認めるのが相当である。そして、その区分は、工法区分線をもって行うのが妥当である。
第九自衛隊機に関する差止請求について
一 原告らは、差止請求の根拠として、人格権及び環境権を主張している。
人格権は、人格そのものから流出する、あるいは人格と分離することのできない法益、すなわち生命身体自由名誉等を目的とする私権である。民法は、そのうち身体自由名誉につき、その侵害が不法行為を構成すると定めるが、これは単なる例示に過ぎず、このような明文の規定がなくとも、人たるに値する生活を営むために必要不可欠な人格的利益は、法的保護の対象になるというべきである。そして、人格権は、一般に支配権と理解され、物権と同様に排他性を有する権利というべきであるから、これが侵害された場合には、不法行為法上の保護を与えられるほか、侵害予防請求権や妨害排除請求権など差止請求権の根拠になると考えるのが一般である。しかし、人格権の目的たる人格的利益の中には、生命身体自由及び名誉等その概念が明確なものばかりでなく、本件において問題となっている生活上の諸利益などのように内包外延とも不明晰なものも含まれており、また、かかる生活上の諸利益に対する侵害といっても、殆ど取るに足りないものから深刻なものまで、その程度は様々である。したがって、かかる内容の不明確な人格的利益が侵害されるとき、いかなる場合にこれを人格権の侵害と評価すべきかは、困難な問題といわざるをえない。しかし、本件におけるように、生活上の諸利益が騒音をはじめガス、臭気、煙、熱及び振動等の侵入によって侵害される場合(いわゆるインミッション)には、その侵害行為及び被害が受忍限度を超え、違法な法益侵害があるといえる場合に、それを人格権の侵害として、その法的効果を認めるのが相当である。
これに対し、原告らが主張する環境権は、人の生存に必要な最低限の水準を有する環境を享受すべき権利というものである。しかし、環境は、多くの要素によって構成されており、しかも、各人の人格とは分離され、その外側において、対象として把握されるものであるから、人格権のように個人に結び付いた利益の侵害を考える場合と異なり、環境に関する権利ないしその侵害を法的に保護するには、なお様々な条件が必要であって、現段階においては、権利として未成熟であるといわざるを得ない。原告らは、環境権の内容として、生活が支障なくなしうる程度の静穏に対する権利を主張しているが、このような権利も人格権の侵害の問題として把握することができると解される。
二 しかし、既にみたように、厚木基地を起点とする自衛隊機の活動により原告らに何程かの被害が生じているであろうことは否定すべくもないが、その程度を把握するに足りるだけの証拠はなく、受忍限度の判断にあたり考慮されるべきその他の諸事情について検討するまでもなく、自衛隊機の航空機騒音等による侵害行為及び被害が受忍限度を超えるものであるということはできないから、自衛隊機に係る原告らの差止請求は、いずれも失当といわざるをえない。
なお、差止請求が認められるためには、口頭弁論終結時において、将来にわたる違法な侵害発生の危険性が存在することを必要とするから、本件の審理中に転居し、口頭弁論終結時においては、既に厚木基地周辺地域に居住していない原告ら(原告番号三四、四四、一〇一)については、その余の点につき検討するまでもなく、その請求を認めることはできない。
第一〇損害賠償請求について
一 根拠法条及び被告の責任
1 国家賠償法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠如している状態、すなわち、他人に対し通常及ぼしてはならない危害を及ぼす危険性のある状態をいうが、これは、ひとり当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって一般的に右のような危害を生ぜしめる危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において、当該営造物の利用者又は第三者に対し危害を生ぜしめる危険性がある場合を含む。すなわち、当該営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても、それを超える利用によって危害を生ぜしめる危険性がある状況になる場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物の設置又は管理には瑕疵があるというを妨げない。したがって、右営造物の設置・管理者において、かかる危険性があるにもかかわらず、これにつき特段の措置を講ずることなく、また、適切な制限を加えないままこれを利用し、その結果利用者又は第三者に対して現実に危害を生ぜしめたときは、それが右設置・管理者の予測しえない事由によるものでない限り、国家賠償法二条一項の規定による責任を免れることはできないと解される。
また、営造物の設置又は管理に瑕疵があるというためには、前記のとおり、他人に対し通常及ぼしてはならない危害を及ぼす危険性があることを要するところ、本件のように、基地ないし飛行場を利用する航空機の運航に伴う騒音等により、その周辺住民に日常生活上の各種の被害を及ぼす場合には、単に周辺住民に何らかの被害が生ずるというだけでは足りず、その被害が一般に社会生活上受忍すべき限度を超え、違法に同人らの人格的利益を侵害するものであって、初めて瑕疵の存在を肯定しうるものと解すべきである。
更に、民事特別法二条は、国家賠償法二条一項と若干表現を異にする点もあるが、同条にいう土地の工作物その他の物件の設置又は管理の瑕疵には、これまで国家賠償法二条一項について説示してきたところが、そのまま妥当すると解するのが相当である。
2 被告は、昭和一六年に厚木基地を設置した後、昭和二七年以降は、旧安保条約及び行政協定に基づき、昭和三五年以降は、安保条約及び地位協定に基づき、厚木基地を米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供し、昭和四六年には、厚木基地内の飛行場区域に海上自衛隊厚木飛行場を設置して、これを管理するとともに自らも使用し、また、米軍にも使用を許してきた。この間、昭和三五年までに飛行場機能が拡充整備され、昭和四八年からは空母ミッドウェーが横須賀港に寄港して、その艦載機が厚木基地に飛来するようになり、更に昭和五七年には、厚木基地において米軍によるNLPが開始された。
以上のような経緯のもとで、被告は、海上自衛隊厚木飛行場を設置管理するとともに自らも使用し、また、飛行場区域も含めて厚木基地を米軍に提供し、その使用に供してきたものであり、厚木基地周辺のWECPNL八〇以上の区域(工法区分線による。)に居住し又は以前居住していた原告らは、厚木基地を離着陸する米軍機及び自衛隊機が発する航空機騒音等により、受忍限度を超える生活妨害等の被害を受けているのである。被告は、周辺対策等一定の措置を講じてはいるが、被害を一部軽減するにとどまり、結局のところ、これを防止するに足る措置を講じないまま、厚木基地ないし海上自衛隊厚木飛行場を継続的に航空機の離着陸のために提供、使用してきたのであって、被害が被告の予測しえない事由によるものであることを認めるに足りる証拠はなく、また、少なくとも日米合同委員会における協議・交渉という手段が存在する以上、被告において被害の発生を回避する可能性が全くなかったということもできないから、被告は、国家賠償法二条一項及び民事特別法二条に基づく責任を免れないというべきである(もっとも、被告は、海上自衛隊厚木飛行場につき管理権を有するとはいっても、同飛行場を使用する米軍機の運航を管理する権限がないことは、既にみたとおりであるから、供用関連瑕疵が問題とされる本件において、この点を重視すれば、海上自衛隊厚木飛行場についても、米軍の使用に供している関係では、むしろ民事特別法二条の類推適用を考える余地がないではない。)。
二 一部請求・一律請求
本件においては、原告らが主張するように、侵害行為が性質上各原告について同質のものであることを理由に、そのような同質の侵害行為に曝されること自体を共通被害を呼ぶことは、いささか困難であろうが、原告らの身体に対する侵害、睡眠妨害、その他日常生活の営みに対する妨害等の被害及びこれに伴う精神的苦痛を一定の限度で原告らに共通するものとしてとらえることは、可能といえよう。勿論かかる被害といえども、原告ら各自の生活条件、身体的条件等の相違に応じて、その内容及び程度を異にしうるものではあるが、そこには、全員について同一に存在が認められるものや、また、その具体的内容において若干の差異はあっても、生活妨害という点においては同視しうるものも存在しうるのであり、このような観点から同一と認められる性質・程度の被害を原告ら全員に共通する損害としてとらえて、各自につき一律にその賠償を求めることも許されるものというべきである。
また、継続的不法行為による損害につきその一部の賠償を請求する場合は、被告主張のように、履行期によって特定される各部分ごとに請求範囲を特定することは、必ずしも必要とされず、始期と終期とによって画される一定期間内に生ずる損害全体の一部であることを示せば足りるとするのが、実務の一般の取り扱いである。
三 将来の損害賠償請求
将来の給付の訴えが許容されるためには、ただ単にあらかじめ請求する必要があるというだけでは足りず、そこで請求される権利は、例えば期限付請求権や条件付請求権のように、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証しうる別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立した時に、改めて訴訟により右請求権成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものであることを要する、と解するのが相当である。継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権についても、例えば不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了まで賃料相当額の損害金を請求する場合のように、期限付請求権等と同視しうるような場合はともかく、そうでない限り、たとえ同一態様の行為が将来も継続することが予測される場合であっても、それが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲如何等が流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができるとともに、その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれを立証すべく、事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえて、その負担を債務者に課するのが不当と考えられるようなものは、将来の給付の訴えにおける請求権の適格を欠くものというべきである。
然るに、本件においては、これまで検討してきたとおり、原告らの被害が利益考量上受忍すべきものとされる限度を超える場合に、初めてそれによる損害が賠償の対象となるべきところ、その判断にあたって考慮されるべき諸事情は、いずれも将来にわたって変動することが予想されるから、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することはできない。また、今後における事情の変動を新たな権利成立阻却事由とし、その主張及び立証をあげて被告の責任とすることは、相当でないと考えられる。
したがって、原告らの損害賠償請求に係る訴えのうち、本件口頭弁論終結の日の翌日である平成三年一二月一七日以降に生ずべき損害(これに関する弁護士費用を含む。)の賠償を求める部分は、権利保護の要件を欠き、不適法として却下されるべきである。
四 差止請求に係る弁護士費用
本件差止請求に係る訴えについては、既に説示したとおり、米軍機について夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止を求める部分がいずれも却下されるべきものであり、また、自衛隊機について夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止を求める請求がいずれも棄却されるべきものである以上、右請求に関する弁護士費用に係る損害の賠償請求は、その余の点について論及するまでもなく、理由がないことは明らかである。
第一一消滅時効
一 被告が昭和六二年三月一八日の本件口頭弁論期日において、昭和五六年一〇月二二日前の損害賠償請求権につき消滅時効を援用した事実は、訴訟上明らかである。
二 既に認定判断したとおり、本件の侵害行為は、被告の使用供用する厚木基地における航空機の離着陸及びエンジン作動に伴う航空機騒音であり、これによる原告らの被害は、生活妨害、睡眠妨害及び精神的被害等である。これをみれば、右侵害行為が日々継続されるだけでなく、原告らの被害も、これに見合う形で日々発生し続けるものということができるから、これを原因とする損害賠償請求権は、日々新たに発生し、それぞれ別個に消滅時効にかかるものと解するのが相当である。
したがって、侵害行為が長期にわたって蓄積することにより、それが一定の段階に達した時、初めて損害が発生する(あるいは更に発生し続ける)場合とは、類型を異にするから、このような場合を対象とする鉱業法一一五条二項の規定を本件にも類推適用すべしとする原告らの主張は採用しない。
三 民法七二四条に消滅時効の起算点として定められている損害とは、本件についていえば、受忍限度を超える被害を意味するから、損害を知った時とは、原告らが自ら被っている被害が受忍限度を超えていると判断できる程度に損害の発生を認識した時をいうことになる。しかし、その際、原告らが騒音の程度についての客観的数値やWECPNL値の詳細について認識することまでは必ずしも必要でなく、一般人として法的措置をとりうるに足りる被害事実を認識すれば足りると解される。また、同条にいう加害者とは、本件においては被告であるが、厚木基地が米軍に対して提供され、共同使用及び使用転換が実施されるなどの経緯もあり、これを法的に正しく認識することは困難であったといえないこともない。
しかし、昭和五一年九月八日に、いわゆる第一次厚木基地訴訟が当裁判所に提起された事実は、当裁判所に顕著であり、既に認定した第一次訴訟提起までの諸事情及び原告らの主張する厚木爆同の活動経過もあわせ考慮すれば、遅くとも昭和五一年中には、原告らは損害及び加害者を認識したものと推認できるから、昭和五一年までに発生した損害賠償請求権については、すべて昭和五二年一月一日には消滅時効が進行を開始しており、同日以降発生した損害部分については、日々新たな不法行為に基づく損害として、その賠償請求権の消滅時効が進行するというべきである。また、同日以後の転入者については、転入時から消滅時効が進行するということができる。
したがって、本件訴え提起の日である昭和五九年一〇月二二日から三年前である昭和五六年一〇月二二日前に発生した損害についての原告らの損害賠償請求権は、国家賠償法四条、民法七二四条により、三年の期間の経過によって時効により消滅したものというべきであり、被告の時効の抗弁は理由がある。
四 原告らは、被告の消滅時効の援用を権利の濫用であると主張し、縷々事情を述べるが、仮にそのような事情があったとしても、これを根拠に援用権の濫用ということはできず、他にこれを基礎づけるに足りる事実を認めることもできないから、その主張は採用しない。
第一二損害賠償額の算定
一 慰謝料
1 原告らは、それぞれが被った非財産的損害の一切につき包括的な賠償を求めているが、その本質は、様々な被害を一括し、これに伴う精神的苦痛を一定の限度で原告らに共通するものとしてとらえ、それを慰謝料の形で請求するものと解される。そして、その被害は、居住地における航空機騒音の程度が増大するに従って増大する傾向がみられ、居住地の航空機騒音の程度は、騒音コンター及び工法区分線並びにこれらの意味するWECPNL値を参考にして判断することができるから、慰謝料額の算定にあたっても、これらのWECPNL値を基準にしつつ、類型的に把握した居住地域ごとに一律に算定することとする。
2 当事者間に争いのない事実、既に認定した事実、<証拠略>によれば、WECPNL八〇以上(工法区分線による。)の区域に居住し又は以前居住していた原告らの氏名、居住地、損害賠償の期間・月数、居住地のWECPNL値(口頭弁論終結時における騒音コンター及び工法区分線によって示されるWECPNL値をいう。)、防音工事室数は、別表一原告ら損害賠償額一覧表のとおりである。
(一) 同一覧表中、居住地は、原告らの損害賠償が認められる期間・区域内における各原告の住所を示している(住居表示の変更があった場合は変更後のもののみを掲げている。)。
(二) 賠償期間は、年及び月のみを表示し、昭和五九年九月の時点、住所移転の時点、防音工事が完成した時点に応じ、各原告ごとに区分したうえ、月単位で計算した賠償月数を示している。原告らの損害は、日々発生しているが、慰謝料額の算定にあたっては、原告らの請求が一か月を単位としていること、一日単位の計算が煩瑣であること、本件賠償期間が長期にわたっていることからして、一か月単位で計算することとしたものである。
賠償期間は、昭和五六年一〇月二二日前に発生した損害についての賠償請求権が時効によって消滅しているため、同年一一月から起算し(但し、これ以降に転入してきた者については、当該転入日を基準にし、後記のとおり計算する。)、本件口頭弁論終結の日(平成三年一二月一六日)の属する平成三年一二月までとした(但し、口頭弁論終結後の損害賠償を認めた趣旨ではなく、また、賠償期間の途中で死亡した者については、死亡日の属する月までとする。)。新住所に移転した場合及び防音工事が完成した場合は、これらが各月の一日である場合を除き、すべて翌月にこれらの事実が生じたものとして計算する(例えば、平成三年九月一日に新住所へ移転した場合は同月から、移転が同月一三日の場合は一〇月から、それぞれ新住所にあるものとして計算する。)。
(三) 前記一覧表中、居住地のWECPNL値については、WECPNL八〇以上八五未満の区域(工法区分線より厚木基地に近い区域で、後記WECPNL八五以上の区域を除いた区域)を八〇、WECPNL八五以上九〇未満の区域(昭和五四年九月五日防衛施設庁告示第一八号により第一種区域とされた区域で、後記WECPNL九〇以上の区域を除いた区域)を八五、WECPNL九〇以上九五未満の区域(昭和五六年一〇月三一日防衛施設庁告示第一九号により第二種区域とされた区域及び昭和五九年五月三一日防衛施設庁告示第九号により第二種区域とされた区域で第三種区域を除いた区域)を九〇としている。
3 これまで認定した一切の事情を総合考慮し、一か月あたりの慰謝料額は、次のとおりとするのが相当である。
WECPNL八〇以上八五未満の区域 五五〇〇円
WECPNL八五以上九〇未満の区域 九〇〇〇円
WECPNL九〇以上九五未満の区域 一万三五〇〇円
4 原告らのうち防音工事を受けた者及びこれと同居する者については、防音室数に応じた被害の減少があるものとし、一室につき一〇パーセントを減額する。
二 弁護士費用
原告らが本件訴訟の提起及び追行を弁護士である原告ら訴訟代理人らに委任したことは、本件記録上明らかである。
損害賠償請求に係る弁護士費用については、本件訴訟の難易度、認容額等諸般の事情特に同種事件の二次訴訟であること等を考慮すると、前記慰謝料額の一〇パーセント相当の金額をもって、本件と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
第一三結論
一 差止請求に係る訴えについて
1 本件における差止請求は人格権等に基づくものであるところ、人格権等及びこれに基づく妨害排除請求権は、いずれも帰属上の一身専属権であり、既に死亡した原告ら(原告番号四九、五二、一二五)の差止請求権は、その死亡によって消滅し、訴訟承継人に承継される余地もないから、同原告らの訴えのうち差止を求める部分については、被承継人の死亡により当然に訴訟が終了しているというべきである。
2 したがって、別紙当事者目録一に記載した、被承継人死亡により訴訟を承継した原告ら及び差止請求につき訴えを取り下げた原告を除く、その余の原告らの訴えのうち、米軍機について夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止を求める部分は、不適法であるからいずれもこれを却下し、自衛隊機について夜間飛行等の差止及び騒音到達の禁止を求める部分は、その請求に理由がないからいずれもこれを棄却する。
二 損害賠償請求に係る訴えについて
1 本件における損害賠償請求は、人格的利益の侵害を理由に慰謝料及びそれを訴求するために必要な弁護士費用相当額の賠償を請求するものであるところ、既にみたとおり、その請求権は日々新たに発生するものであって、口頭弁論終結前に死亡した原告ら(原告番号四九、五二、一二五)については、その死亡後に発生する余地がなく、したがって、それを承継することもないのであるから、同原告らが死亡した後の損害賠償を求める部分(過去の損害賠償請求の一部及び将来の損害賠償請求の全部)については、被承継人の死亡により当然に訴訟が終了しているというべきである。
2 したがって、
(一) 別紙当事者目録一に記載した、被承継人死亡により訴訟を承継した原告ら及び将来の損害賠償請求につき訴えを取り下げた原告を除く、その余の原告らの訴えのうち、平成三年一二月一七日(本件口頭弁論終結の日の翌日)以降に生ずると主張する損害の賠償を求める部分は、不適法であるからいずれもこれを却下し、
(二) 原告らの請求のうち、平成三年一二月一六日までに生じた損害の賠償を求める部分については、別表一原告ら損害賠償額一覧表中の「原告氏名」欄記載の各原告につき、同表中の各原告に対応する「損害賠償額合計」欄記載の金員及びそのうち「昭和五九年九月までの慰謝料額」欄記載の金員に対する昭和五九年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、理由があるからそれぞれこれを認容し、
(三) 前項記載の原告らの平成三年一二月一六日までに生じたと主張する損害に係るその余の賠償請求(但し、別紙当事者目録二に記載した、被承継人死亡により訴訟を承継した原告らの請求については、被承継人死亡後の分を除く。また、原告福田一二は、昭和五九年一〇月一日以降の賠償請求を取り下げている。)、その余の原告らの平成三年一二月一六日までに生じたと主張する損害の賠償請求(但し、別紙当事者目録三記載の原告の請求については、被承継人死亡後の分を除く。)及び原告らの差止請求に係る訴えに関する弁護士費用の損害賠償請求は、いずれも失当であるからこれを棄却する。
三 よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐久間重吉 辻次郎 伊藤敏孝)
当事者目録一<略>
当事者目録二<略>
当事者目録三<略>
別表一 原告ら損害賠償額一覧表<略>
別表二 損害賠償請求額一覧表<略>
別表三 原告らの住所・転入時期等一覧表<略>
別表四1 厚木基地北側の最高音<略>
別表四2 七〇ホン以上の騒音の一日最高測定回数<略>
別表四3 七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数<略>
別表四4 八〇ホン以上の騒音が占める割合<略>
別表四5 七〇ホン以上の騒音の一日における最高持続時間<略>
別表四6 七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間<略>
別表四7 深夜早朝(二二時から翌六時まで)の最高音<略>
別表四8 深夜早朝の騒音の一日最高測定回数及び平均測定回数<略>
別表四9 厚木基地北側の騒音状況・厚木基地北側遠隔地の騒音状況<略>
別表五1 厚木基地南側の最高音<略>
別表五2 七〇ホン以上の騒音の一日最高測定回数<略>
別表五3 七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数<略>
別表五4 八〇ホン以上の騒音が占める割合<略>
別表五5 七〇ホン以上の騒音の一日における最高持続時間<略>
別表五6 七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間<略>
別表五7 深夜早朝(二二時から翌六時まで)の最高音<略>
別表五8 深夜早朝の騒音の一日最高測定回数及び平均測定回数<略>
別表五9 厚木基地南側の騒音状況<略>
別表六1 厚木基地西側の最高音<略>
別表六2 七〇ホン以上の騒音の一日最高測定回数<略>
別表六3 七〇ホン以上の騒音の一日平均測定回数<略>
別表六4 八〇ホン以上の騒音が占める割合<略>
別表六5 七〇ホン以上の騒音の一日における最高持続時間<略>
別表六6 七〇ホン以上の騒音の一日平均持続時間<略>
別表六7 深夜早朝(二二時から翌六時まで)の最高音<略>
別表六8 深夜早朝の騒音の一日最高測定回数及び平均測定回数<略>
別表六9 厚木基地西側の騒音状況
別表七1 厚木基地東側(尾崎宅)の騒音状況(1)<略>
別表七2 厚木基地東側(尾崎宅)の騒音状況(2)(二二時から翌六時)<略>
別表七3 厚木基地東側の騒音状況<略>
別表八 騒音コンターごとにみた騒音測定値
別図一 <略>
別図二 <略>
(別冊)
原告第一審最終準備書面(第一分冊、第二分冊)<略>
原告最終準備書面別冊(引用図表)<略>
被告最終準備書面(第一分冊、第二分冊)<略>
被告最終準備書面引用図表<略>
【編注】オーバーラインの表記について、一部のブラウザでは表示されないため、該当部分を網掛けしてあります。